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滋味佳絶  作者: 大甘財閥
トマト煮
19/61

若輩

 都合が良ければ明日にでもコテージに訪問したいという貸衣装屋の伝言をスターレンスは持ってきた。


「随分早いな」

 セドリックはサラダにビネグレットソースをどばどばかけてからレタスを頬張る。


「貸衣装屋のモローさんは依頼を出すと即決で了承しました。アデル様は一度お会いになっていますよね」

 ミートボールにナイフを入れてスターレンスがアデルを見た。


「ああ、あの時の」

 数日前、社長の婚約者の隣にいた黒髪で黒縁眼鏡の女性がすぐに思い浮かんだ。


「話を持っていった時、モローさんはこれからでもという勢いでした」


 会った時に採寸だけでもと熱量高く誘われたことも今更思い出した。


「モロー? もしかして、ブリュールにも店がある『モロー商会』?」

「ご存じなのですか、お兄様」

「ああ。確か、フロレンス国の宮廷衣装を担当していたクチュリエールを引き抜いたんだよな」


 アデルはそういう業界にはまったく疎いので、兄が流行に敏いのに驚きを覚えた。


「はい。引き抜いたというより、結婚してバルギアム国に来たという方が正しいです」


 あの黒縁眼鏡の女性はそんなにすごい人だったのかと、それならあの熱量も頷けると、変なところで納得した。


「なんでも、アデル様に創作意欲をかき立てられたと言っておりましたから、明日は賑やかになるかもしれません」


 明日はセドリックがメインだし、ドレスを持っているアデルは当日の髪型と化粧だけでいいはず。


 だが、スターレンスの言った通り、賑やかになりそうなのはなんとなく予見できた。


 その熱さで体力を奪われないように、今からしっかりとエネルギーを蓄えておこうと、アデルは残りのミートボールを口に入れてよく噛んだ。


「それとさあ、当日は俺達が一番の序列だってことだけど、やっぱりダンスもしなきゃだめなんだよね?」

「そうですね。できれば、数人のお相手をしてくださると有難いです」


 そうか、と溜息をついてワインを飲み干したセドリックに、スターレンスが継ぎ足す。


「貴賓ですので、三人くらいでいいと思います」


 アデル様も、と言われたのでカトラリーを置き、ミートボールの咀嚼もそこそこに飲み込んでしまった。


「まずは、主役である弊社社長のフェルトゲンと婚約者のフーケ嬢ですね」


 ここを外したら会の意味がなくなってしまう。


「次に、主催であり社長の甥である本館総支配人のクルーガー夫妻ですね」


「あの本館のきびきびした人物は社長の甥っ子だったのか」


 セドリックの驚きとまったく同じだったので、アデルも目を丸くした。


 若いのに要職に就いているのにはそれなりの理由があったのだ。


「あとは……そうですね、町長夫妻か商工会の会長夫妻とか、その場の雰囲気で」


 序列の上の方の誰かと踊れば、任務完了で帰っても咎められはしないとスターレンスは締め括った。


「君も当日は本館に駆り出されたりすんの?」


 本館総支配人は夜会に出席するとなれば、誰かが仕事の代行をしなければならない。


 どのような組織体制になっているかは預かり知らないが、尋ねてみたのは好奇心からだった。


「実は私も夜会に出席します。業務代行は本館の副総支配人がします」


 別館もまた然りです、と付け加えた。


「では私と踊りましょう、スターレンスさん」


 これでノルマ達成だ。

 顔見知りで済んで良かったと、アデルは内心でほくそ笑んだ。


 だが、隣から大きな溜息が聞こえた。


「あのなあ、こういうのは男性側から誘うもんだぞ」

「あ……」

「スターレンス君も困惑してるじゃないか」


 微かに頬を染めて固まっている。

 不躾な申し出にどう返答すれば差し障りなくなるのか、と頭を巡らせているようだった。


「あまりダンスは得意ではないのですが、アデル様のお役に立てるなら」

「まあ、ありがとうございます」


 不作法の穴埋めをするように、アデルはせめて令嬢っぽく礼を言った。


「いい答えだよ、スターレンス君。実に差し障りがない。ところで、君は妻君などいるのだろうか」


 セドリックも三人目の確保を目論んでいるようだ。


「すみません、まだ独身です」


 ですが、と挽回するようにセドリックの方に体を向ける。


「姉に誰か適任を紹介するように伝えます」

「君の姉上に?」

「はい。申し遅れましたが、クルーガー夫人は姉です」


 姉と踊った後に誰か紹介するようにすれば、終わった後アデル様と共に帰りの馬車に乗れますと言うが、それよりも前半部分が気になってそれどころではなかった。


「え、じゃあ、あの本館の総支配人は姉婿で、君も社長とは姻戚になるの?」


 スターレンスはその問いに肯定した後、広い肩を少し竦めた。


「はい。別館とはいえ、若輩の私が総支配人を任されているのは義兄がいるからです」


 料理学校エコールドキュイジーヌを卒業して、F&Aホテルの厨房へ一度は配属された。


 だが、義兄がティユーの総支配人になる時に一緒に異動になり、ティユーでの人事任命権のあるクルーガーの一存で、できたばかりの別館の総支配人に任命されて今に至っている。


 そう話したスターレンスは、どこか後ろめたいような影を帯び、濃い睫毛をわずかに落とした。

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