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滋味佳絶  作者: 大甘財閥
レモンジャム
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アデル

 石畳みの表通りから一本奥の小路に入り、店前に並び吊るされている看板を見ながら雑貨屋へ入った。


 ドアベルが鳴り、少し離れた所からいらっしゃいませという女性の声がしたので、アデルは入口で店員が来るのを待った。


 現れたのは中年の女性で、アデルを見るとふっくらとした頬を染めて用向きを尋ねた。


「ジャムを入れる保存瓶を探しています。何か適当な物はありますか」

「ええ。蓋付きの物でよろしいですか」


 店主夫人の先導で木枠の棚が並んでいる店内を進み、調理器具を陳列している区画で止まった。


「ジャムでしたら手入れもしやすい陶器製、ガラス製、琺瑯製がいいと思います。どうぞお手にとってみてください」


 絵付けのしてある陶磁製のころんとした形のものや、色ガラスを使って遮光性もあるガラス製、頑丈そうな琺瑯製など、いくつもあるので目移りしてしまう。


 食品を長く保存しておくために使用するので、見た目よりも実用性を重視しなくてはならないのに。


 いつくもある中で、アデルは本体が透明なガラス製で蓋がステンレス製のものを選んだ。


「こちらは蓋の内側に薄くコルクが貼ってあるので、密閉性の高い瓶で持ち歩きにも便利ですよ」

 店主夫人はにこやかに付け加えると、会計のカウンターへと誘った。


「奥様のお使いですか? 感心ですねえ」


 瓶を紙で包みながら問いかけてきた。


 この手の探りは初めてではないので、アデルもいつものようにさらりと答える。


「私は独身で、こんな格好をしていますが女性です。ジャムは自分でこれから作ろうと思っています」


 はっと手を止めて、アデルを見てから顔を染めた店主夫人は、大変失礼しましたと口元に手を当てて頭を下げた。


 勘繰りたくなるのも無理はない、とアデルはカウンターの片隅にある等身大の鏡に映る自分を見て思った。


 背丈はこの国の男性の平均身長程あり、顔周りでうねる銀色の髪は肩にも届かない。


 着ている上着もシャツもパンツも仕立て上がりで、糸杉のような体を引き立てている。


 知らない人なら、男か女か判別するのにしばらく掛かり、探りをいれたくもなるだろう。


 会計を済ませると店の外まで店主夫人は送り出してくれた。


「色々ご丁寧にありがとうございました」

「どういたしまして。美味しいジャムが出来ますように」


 挨拶で軽く微笑むと、店主夫人の丸い顔が真実を知ってもなおトマトのように赤らむ。


 またお越しくださいませ、という送り言葉に熱が籠っているのを感じた。


 小路を抜けて表通りに出てから、食料品店で砂糖と蜂蜜を買い、メモを確認する。


 あとは肝心のレモンを買うだけとなった。


 メモにはレモンの選び方も記してあった。


 

・表面がつるっとしていてなめらかなもの

・艶やはりがあるもの

・全体に色むらがなく、できるだけ形が左右

 対称のもの

・ずっしりと重みがあるもの



 露店の果物屋で全部触って確かめる訳にもいかないので、店番をしている十代後半くらいの娘に尋ねた。


「レモンジャムを作りたいのですが、素人なのでどれがいいのかわかりません。どのレモンにしたらいいでしょうか」


 娘は話しかけられて急に肩を硬らせ、頬を染めながら震える手でいくつか見繕って渡して寄越した。


 そのどれも、メモの条件を満たしている。


 この商店の娘は正直者のようだ。


 アデルは娘が選んでくれた物を全て買い上げ、ついでにアプリコットのコンポートの瓶詰めも付け加えた。


「あ、あの、コンポートはおまけします。初めて作って売りに出しているので……もしよかったら感想を聞かせてください」

 脇に並んでいるりんごのように顔を赤らめて娘が一生懸命に告げる。


 また勘違いされているのを何となく感じるが、断るのも気の毒なので好意に甘えることにした。


「おいおい、アンナ。随分気前がいいなあ」

「オレ達にはそんないい顔見せたことないのによお」

 アデルの肩を押し、娘と同じくらいの歳の青年二人が割り込んできた。


「お前、こんな優男が趣味だったのかよ」

「知らなかったなあ」


 一人の青年がアデルの肩を抱き、ぽんぽんと叩いた。


「何だ、随分ひょろいな。女みてえだな」

 嘲るように言うと、隣の青年がげらげらと笑った。


「その手を離しなさい」


 アデルが青年の目を見て告げると、サファイアのように冴えたアデルの瞳に怖気付いたか、自分が確信していた性別に疑問が生じたかしてわずかに怯んだ。


 肩を抱く腕が緩み、アデルは青年の肘をはたいて腕を落とした。


「何だ、おい」

「おい、やめろ。こいつ、女だ」

 肩を抱いていた方の青年は気づいたようで、もう一人の青年の短気を制止する。


「こんな、男の格好してて女なのか?」


「私は女性です。アデル・マリー・ド・ギレム。父は南西部のサンゼイユ侯爵です」


 サンゼイユ侯爵ギレム家アデル・マリー、侯爵令嬢であると告げる。


 青年二人はおろか、売り子の娘ははっと息を飲み、居並ぶ露店の店員達は一斉に振り向いた。


 見た目か称号か、それとも両方なのか、広場は驚きで静まり返った。


「その肩を気安く抱くなど、お前はどこの上位貴族か王族か」


 声を落とし目を逸らさずに言うと、青年二人は顔色を失う。



 バルギアム国南東部、王家の所領マルトランジュ、新興街のティユー。


 公園前の噴水広場は水音だけが響き渡っていた。

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