*9
テストに名前書くとき、名字だけとか、できないもんな。
どう思われたんだろう?
こんなことなら、手伝ったりせずに教室から出て行っておけばよかった。
昨日、日直の時に手嶋君の好きな子が他の子だって教えてもらったから、もしかしたら少しくらい話しかけてもいいかと思って手伝う振りをして………ちょっとくらい、とか、慣れないことするから、こういうことになるんだ。
リビングに行くと父さんがミックスナッツをつまみにビールを飲みながらテレビを観ていた。
ちょっと、イラッとしながら話しかける。
「僕の名前、父さんがつけたんだったよね?」
「燕もな。それがどうかしたか?」
昔は単純に野鳥が好きだったから、弟と比べられるようになるまではそんなに嫌じゃなかった。
ツバメはモチーフなんかにもよく使われてて、そういうところも区別されているような気がして嫌になった。
「なんでそんな名前にしたの?」
「かわいいだろう?」
得意気に話す父さんに、更にイラッとする。
「大人になったとことか想像できなかった?」
皮肉混じりに言ってはみたものの、通じない。
「そうだなー…。覚えてもらいやすそうで、よくないか?」
「女の子だったら、よかったんだろうけどね」
「女の子だったら、平仮名だな。平仮名で『すずめ』って、更に可愛くないか?」
もっと、かっこいい名前にしようとか思わなかったんだろうか。同じ鳥の名前でも、鷹とか隼とかの………それこそ似合わないか。
思わず、ため息がもれる。
ドアが開き、母さんが顔を出す。リビングを通り、キッチンに向かいながら話に入ってきた。
「何の話? また鳥?」
風呂上がりのようで、髪がまだ濡れている。そのままの状態で、冷蔵庫から缶ビールを取り出して、開ける。
「名前の話だよ」
父さんが答える。母さんが一口……じゃないよな。多分、もう半分くらいは飲み終わった缶ビールを持ったまま、リビングに戻って来た。
「なぁにーー? また何か言われてるの?」
呆れたように、面倒臭そうに父さんの横に座りながら訊いてくる。
「そういうんじゃないけど、テストとか配られる時に恥ずかしいと思って」
母さんは僕が名前のことでからかわれていたことも、弟と比べられていたことも知っている。
「そんなの言わなきゃわかんないでしょ? あんたの名前なんか気にする子いるの?」
………………あれ?
確かに、1年の時もテストだとかノートだとか配られることはあったけど、誰も気にする人なんかいなかったよな。
からかうとか、そういうことじゃなくて、そもそも興味がないというか………。
「どうしたのよ?」
「………月曜と木曜は休肝日にするとか言ってなかったっけ?」
「細かい男は嫌われるわよ?」
母さんは、ふんっと笑って残りのビールを飲み干した。
言っても聴かないのは知ってるけどね。
「風呂入ってくる」
「ごゆっくり」
言って、振り向きはせずに手を振ってくる。思わず、ため息がこぼれた。
リビングのドアを後ろ手に閉めたところで立ち尽くす。
あのとき、海原さんどんな顔してた………?
*♡*♡*♡*
あ、鳥飼くんだ。どうしよう? 昨日、怒ってたっぽいし………気まずいっ。
時間、ずらせばよかったかな。
せっかくちょっと仲よくなれたかと思ったのに。
横にいるけど、あいさつもしづらい。
顔見れないっ。怒ってるかな? 怒ってるよね?
いっつも笑ってるわけじゃないけど、あんな言いかた、ふつうしないもん。
あやまったほうがいいのかな? でも、まだ怒ってたら話しかけられるのもいやだよね? でも、このまま話しづらくなっちゃうのもやだな………。
「………おはよう」
上から、鳥飼くんの声が聞こえて、勢いよく顔を上げる。
「あ、あっ、うんっ、おはよっ」
思わず、声が大きくなる。鳥飼くん、びっくりしてる。
「ご、ごめっ………」
慌てて、口を抑える。
「ううん。元気ないのかと思って」
「そんなこと、ないよっ」
つい、俯いてしまう。だめっ、今、謝るべき、だよね? 今じゃないと、だめな気がするっ。
「き、昨日、ごめんねっ? 名前のことっ……」
あ、でも、また、言うのもどうなんだろっ? せっかく忘れかけてたのにとかだったら………。
「もしかして、気にしてた?」
「え? あ、そんなこと、ないけど……うん………」
あるけどっ。でも、そうだよね? 鳥飼くんはそんなことで怒ったりしないよね? でも、でもっ、鳥飼くんにもふれられたくないこととかあるよねっ?
「ごめん。言い方、きつかった?」
申し訳なさそうな顔。
ちがうのっ。あたしが、そんな仲よくもないのに踏み込んじゃったからだからっ。
「ううん。そ、そんな、こと、ないけど…………」
あと、なんて言ったらいいんだろっ?
「……昔、名前のことでからかわれたこととかあって………ちょっと……」
トラウマ的な? それなのにあたしってばっ、さいていっ! そりゃ、いやだよねっ?
「ご、ごめんねっ。知らなかったとはいえ、ただの興味本位でっ………」
嫌われるかなっ? それでも、仕方ないのかもだけど………。
「そういうつもりじゃなくて……」
「あたしもねっ、咲妃って、妃っていう字入ってるの恥ずかしくてっ、それなのにっ………」
「海原さんのは可愛いよ」
「え?」
今、かわいいって、言った?
「ごめん」
「あ、ううん………」
鳥飼くんが、さっさと教室の方に行ってしまう。顔、見えなかったけど。
な、名前がよねっ? 名前がっ! あたしの、名前っ………?
だから、単純に名前が、なんだってばっ。
でも、顔あついっ。
*♠︎*♠︎*♠︎*
可愛いとか、僕が言っても気持ち悪いだけじゃないか?
それに、そんなにきつい言い方したつもりなかったのに、怖がられてたよな………気を付けよう。もし、僕の態度で挨拶すらしてくれなくなったりしたら………。
海原さんって、僕と話しててもそんなに嫌そうな顔とかしないもんだから、ちょっと安心してしまってたんだな。
やっぱりお返しとかも、しない方がいいのか? 海原さんはそんなつもりないだろうし、僕の自己満足でしかないもんな。
でも、物貰っておいてそのままっていうのも、失礼じゃないか? 一応、お礼は言ってる訳だけど、それだけってどうなんだろう? ちゃんとした物っぽかったし………。
この前からずっとこの繰り返しだな。
「どしたの? 泣きそうな顔してる」
振り向いた手嶋君が訊いてくる。
「それは、もともとでしょ?」
昔から、情けない顔とか、泣きそうな顔とかはよく言われる。
父さん譲りの垂れ目垂れ眉のせいなんだろうけど結構気にしてる。
「そんなことないよ。いつもは目と眉が垂れてるだけだけど、眉間に皺よってる」
慌てて眉間を隠す。
その様子を見て、手嶋君が笑う。
「ははははっ。勉強のことじゃないなら話くらいきこうか?」
結局、迷いに迷った末に話を聴いてもらうことにした。
昼休みに園芸倉庫近くのベンチで話を聴いてもらう。
「別になんでもいいんじゃない? しなくていいとも思うし」
「そう? しなくても………」
このまま何もしない方が、マイナスの印象になることはないよな。
「ああいうのなら、多分いくらでも作ってるだろうし」
そっか、いくらでも………。
「作って︎る⁉︎」
「だって、手芸部だし」
「ち、ちょっと待って? 手作りってこと? どっから?」
「え? 全部じゃない? さすがにクリップとかの材料は買ってるだろうけど」
オオルリの刺繍とか入ってたけど、それもってこと?
「あんなのも自分でできるの?」
「海原上手だよ? よくカバンのポケットに何か付けてたりするけど、自分で作ってるっぽいし」
そういえば、キラキラしたのとか花っぽいのとか、付いてたような気がする。
「そんなの聴いたら、尚更お返しとかしないわけにいかなくない?」
「変に気使われるのは嫌みたいだよ」
いや、でも、手作りとか………。
「顔、赤いけど?」
「わかってるよ!」
女子の手作りとか、何か特別な物じゃないのか? それこそ特別な人に、みたいな………。それを成り行きとはいえ、僕なんかが貰ったりしてよかったのか?
「手作りってわかって、何か想像した?」
「し、してないし!」
少し笑って、顔を覗き込んでくる。
「だからさ、結局はどうしたいかじゃない?」
「どう、って………」
何もしなければ何もないけど、木村君が言ってたみたいにこのまま終わりにしたくないというか………。
「………海原のどこがいいの?」
「どこがって………か、可愛くない?」
これくらいの言い方なら、普通だよな?
「まあ、可愛いっちゃ、可愛いけど。ガキじゃん? 彼女とか言ったら絶対ロリコンとか言われるだろうし、ウザいと思うけど?」
「ウザい?」
「坂上と一緒にいるとことか見てたらわかるじゃん? めっちゃべったりだし、甘えてるし。坂上だから、適当にあしらってるけど、ほどほどの距離保ってないとうんざりしそう」
あまえて? うんざり?
「今、うんざりするくらい甘えられてみたいとか思った?」
「お、思ってないよっ!」
余計に顔が熱くなる。
「ははははははっ。わかりやすっ」
本当は思ったよ。ものすごく思ったけど、それもバレるとか。恥ずかしすぎる。
手嶋君が笑いながら言う。
「海原のことだから、無視はされないんじゃない? お返しでも、なんでも、声かけてみたら?」
「それができれば、悩んではないと思うんだよね」
自分のはっきりできないところに呆れる。
海原さんって、普通なんだよな。多分。僕みたいなのにも普通にしてくれる。嫌な顔しないでくれるとか、挨拶してくれたりとか。僕からも話しかけていいのかと、錯覚する。
…………………確かに、無視はされたこと………ないよな?
むしろ、挨拶とか海原さんの方からも………それに+αくらいの会話も………あるよな?
「あ、海原じゃん?」
見ると、海原さんと坂上さんが校舎に戻っていくところだった。
*♡*♡*♡*
「今日は森崎くんと一緒じゃないの?」
「森崎、今日食堂行くって。1年の子に昼奢ってやる約束しちゃったらしくてさ」
手嶋くんが話しかけてきて、紅実ちゃんと話しはじめた。
森崎くんって、同じ野球部の人だっけ?
それで、今日は鳥飼くんと食べてたんだ?
ここ、何かしゃべったほうがいい?
朝、一応謝ったけど、まったく気にしてないことないよね?
話しかけるにしても何話したらいいんだろっ? また、変なこと言ったりとかしたら………。
「この前話してたお店のことなんだけど………」
「マカロンのっ?」
思わず、勢いよく反応してしまう。
「あ、ごめっ」
だから、こういうところがっ………ほら、引かれてるし。
でも、鳥飼くんから話しかけてくれたってことは、もう、気にしなくてもいいってことでいいよねっ?
あんまり、気にするのもよくないよねっ? っていうか、もしかして、あたしに気つかってくれてるっ?
「うん。買いに行こうと思うんだけど、何がいい?」
「あげる人のすきなのがいいと思うよ? だれにあげるの?」
あ、もう余計なことは言わないって思ってたのにっ。ばかばかばかばかっ。
「ご、ごめんねっ。言いたくなかったら別に………」
「海原さんに、だけど?」
「あ、あたしっ?」
なんでっ?
「クリップのお礼に、と思ってるけど」
「い、いい、いらないよっ? そんなつもりであげたんじゃないしっ。そんな大したものでもないからっ」
「でも、嬉しかったし、何かしたいと思って。他のでもいいけど」
だ、だだだだって、そんなのっ、なんでもいいっ。鳥飼くんからならなんでもうれしいっ。
「………あのとき言ってたアイスのほうが、いい?」
「あ、アイスって、と、とけちゃわないっ?」
鳥飼くん、わざとっ? 笑わせようとしてくれてるとかっ?
「うん。だから、その場合は帰りに、とかになるけど」
………………………………え?
か、帰りっ? い、いっしょにってことっ? えっ? いっしょに帰るってことっ?
「いいのっ?」
ばかばかばかっ。そんなわけなくないっ? 社交辞令だってばっ。本当は悪いからいいよってなるとこなんじゃ………?
「いいよ。でも、テスト終わってからの方がいいよね? 部活とか、休みの日ある?」
「テストの最後の日まではお休みだよっ」
「じゃ、テスト最後の日なら大丈夫?」
あ、でも、その日はっ。
「その日は紅実ちゃんと約束してて………」
「坂上も一緒に行ったらいいじゃん?」
前で話していたはずの手嶋くんが、話に入ってくる。
「私はいいけど?」
紅実ちゃんが、にこって笑ってくれる。
紅実ちゃんっ、この恩はぜったい忘れないからねっ?
「おもしろそうだから、オレも行こっかな」
「じゃ、それで、いい?」
「うんっ」
う、うわっうわーっ。テストどころじゃないんだけどっ⁉︎




