7*
「ごめん、取れた」
手嶋君が申し訳なさそうに言う。
「いいよ。前にも取れたことあるし。気にしないで」
貸していたマーカーを僕のペンケースに戻してくれようとして、引っ張ったときにファスナーの持ち手が取れたらしい。
また付けようとしてくれるけど、うまくいかないみたいだった。
もうずいぶん使ってたし、仕方ない。
「そろそろ買い替えどきかな、と思ってたし」
この前、親に欲しいものを訊かれた時、ペンケースを頼んだ。今日か明日には届くはずだし、丁度よかったな。
「でも、次の買うまで使いにくくない?」
「それはそうだけど、今日1日くらいのもんだし」
「どしたの?」
坂上さんが、手嶋君に声を掛ける。
「あれ? 何しに来たの?」
「今日、昼休み委員会あるって言うの忘れてて、咲妃に言ってから行こうと思って」
横に海原さんもいる。思わず目が合って、逸らす。連休明けから……というより、弟にバレてから、余計に意識してしまう。
その間に手嶋君がファスナーのことを坂上さんに話していた。横で海原さんも聴いている。
大したことじゃないから言わなくてもいいのに。こんなにボロボロになるまで使ってて、ダサい奴と思われてないかと、心配になってしまう。
「それなら、いいのあるよ」
「いいの?」
手嶋君が聞き返す。
いいの?
「咲妃、まだ持ってるでしょ? 青い鳥の、何だっけ?」
青い鳥?
海原さんが慌てて鞄から小さな袋を取り出して、坂上さんに渡す。
「ちょっと借りるね?」
言って、袋から取り出した何かをペンケースに付ける。
「うん。これでいいんじゃない? 逆さになっちゃうけど、新しいの買うまでなら」
言って、返してくれたペンケースのファスナーに青い鳥のクリップが付いていた。クリップが持ち手の代わりになってくれている。
これ、もしかしてオオルリ……?
「あ、いいじゃん?」
「うん。ありがとう………」
オオルリ、だよな? 何で、海原さんが?
「じゃ、私、委員会あるから」
言って、坂上さんについて、海原さんも教室を出て行こうとするところを慌てて呼び止める。
「ごめん。月曜日、返すから」
新しいのに替えるまでくらい借りててもいいよな? あとで写真撮っておこう。
…………いや、写真まで撮るのはさすがに気持ち悪いか。
「い、いいよ、返さなくて。よかったらもらって?」
言って、海原さんも教室を出て行く。
い、いいのか? 本当に貰っても。単純に喜んでも?
海原さんがこのクリップを持ってたのって、もしかして校外学習の時のことを思い出して、とか? 確かに、オオルリはキレイだし、海原さんが、ただそう思ったから持っていたんだとしても、僕にとっては特別なことに思えて、嬉しかった。
そして、その顔を見ていたらしい手嶋君がふいっと、自分の席に向き戻る。
………気付かれて、ないよな?
*♡*♡*♡*
教室を出て、委員会に行く紅実ちゃんを追いかけながら、言う。
「さっきの、あれっ………」
「よかったね? 喜んでたじゃん?」
なんでもないみたいに返される。そりゃ、紅実ちゃんは鳥飼君のことなんとも思ってないからそのくらいなのかもだけどさ。
あ、あんな顔で言われたら、頭の中で顔とセリフがくり返されちゃって大変なんだけどっ!
「そ、それはっ、うれしかったけどっ! 持っててもらえるのもうれしいけどっ! なんかっ、心臓がっ……」
「今回はついでみたいな感じだっだけどさ、今度はちゃんと自分であげなよ?」
「そ、そんなの、心臓がもたない気がする」
「慣れないとね?」
確かに、そうだけどっ。
「やっぱり、誕生日知りたい。お祝いとかさせて欲しいし。いっしょに帰ったりとか。おやすみの日にお出かけしたりとか………よくばりになってる」
「いいんじゃない? そういうとこ、嬉しいと思うよ? 可愛くて」
紅実ちゃんが、いつものからかうような感じじゃなくて、やさしく笑って言ってくれて、胸が熱くなる。
「私には真似できないけどね」
*♠︎*♠︎*♠︎*
家族以外から何かもらうのとか何年振りだ? しかも女子からとか、初めてじゃないか?
僕、明日死んだりしないよな?
………嬉しくて、仕方ない。
海原さんにもらったってことと、オオルリだっていうこととで二重三重にも嬉しかった。
ペンケースは新しいものに替えるとしても、オオルリのクリップは? いつも持ち歩いていたい気もするけど……似合わないよな? 余計にキモいとか思われるようになっても嫌だし。見えないとこならいいか?
「にーちゃんっ、メシっ‼︎」
思わず、体が強張る。
「ノックぐらいしろって言ってるだろ⁉︎」
思わずクリップを後ろ手に机の引き出しの中に隠す。
「なんか隠した?」
「別に、何も」
「あっ! もしかして、あいさつの子から、なんかもらったとか?」
言って、僕の後ろを覗こうとする。
「何でもないって言ってんだろ⁉︎」
何でこういう時はピンポイントで当てて来るんだ? そういう能力はテストで発揮しろよ。
「そんなに仲よくないとか言いつつ、そんな話はするんだ?」
「違っ……たまたまだ。偶然………」
あ。
「やっぱ、なんかもらったんじゃん?」
くそっ‼︎ 何なんだよ。この前といい、今回といい………こんなだったか? もう少しくらいはうまく躱せてたはずなのに。
「お前に関係ないだろ?」
「………お返しとか考えてんの?」
考えて、ないことはないけど………いるのか? 流れで……みたいな感じだったし。僕からとか、迷惑なだけじゃないか?
「お、お前もしてないだろ?」
「オレのは、なんかちがうじゃん? ありがとーって言っときゃそれで十分だし」
だよな。そう思ってる子がほとんどだろうし。ただ、僕は違うよな。僕がありがとうって言ったくらいで十分だとか思われることなんかないだろうし。むしろ……だよな? それでも一応、言うべきだとは思ってるから言うけど。
でも、海原さんにはそれだけじゃなくて、何かしたいとか思ってしまう。そんなつもりはなかったとしても。
「でも、好きな子だったらアメ玉1個だったとしてもお返しくらいするよ? その子にそんなつもりがなかったとしてもさ」
す、好きな子?
「ま、今までしたことねーけどな」
言いながら、部屋から出て行こうとする。
………もっと、しつこく詮索されるかと思ったのに、意外とあっさりしていてほっとした。
「早く行かねーと、かーちゃんの機嫌悪くなんよ?」
「わかってるよ」
階段を下りながら不本意ではあるけど、訊いてみる。
「………お前だったら、どうする?」
仕方ないよな。女子の好みとかわかんないし。何あげていいのかわかんないんだから。
「なにが?」
「お返しとか…………何を………とか………?」
「アイス」
「それ、自分が食べたいだけじゃないのか?」
冬でも毎日食べてるもんな。相手のこととか考えてるのか?
だいたい、そんなの学校に持って行くこともできないし、もし渡すとしても……………。
気付いて、思わず立ち止まる。その気配を感じてか、弟が振り返りニヤっと笑った。
ムカつく。
でも、手嶋君とからなら嬉しいんだろうけど、僕からっていうのは、どうなんだろうな。
*♡*♡*♡*
「おはよ」
「おはよう」
へへっ………って、ここで満足しちゃうからなかなか進展しないんだよね。
もう、連休どっか行った? は、ないよね? おやすみの日、なにしてる? とか、このタイミングできいてもいい? すきなたべものとか、誕生日とか………た、誕生日はとうとつすぎるよね?
「海原さんって………」
え? と、鳥飼くんからっ?
「海原さん、おはよー」
七尾さんのあいさつで鳥飼くんの言葉がさえぎられる。
「あ、お、おはよ」
いったん、鳥飼くんを避けて七尾さんにあいさつを返す。
そのあとで、鳥飼くんにきき返した。
「な、なに?」
「ごめん、何でもない」
言って、先に教室に行ってしまった。
え? なに? なんだった? ぜったい、なんかあったよね? すごい気になるんだけど?
それに、せっかく話しかけてくれたのにっ。
「どうしたの? 鳥飼くんと何か話してた?」
「あ、ううん。なんでも?」
笑って、ごまかす。
「………海原さんって、鳥飼君に挨拶するんだね?」
あ、もしかしてあやしまれてる?
「え? あ、うん。まあ、同じクラスだし。同じ時間になること多いし」
「ふーーん? 海原さんが話すのって、手嶋君くらいかと思ってた」
あ、あやしまれてるよね?
「そんなことないよっ? 遠足のとき、木村くんとも話してたでしょ?」
「そっか。そういえばそうだったね」
言って、笑顔になる。それを見て、あたしはほっとしていた。
他の人なら、七尾さんにも言ってると思うけど、鳥飼くんのことは知られたくない気がする。
七尾さん、鳥飼くんのことあんまりよく思ってないもんな。
「でも、鳥飼君ってここで見る時と教室で見る時って、何か違うよね?」
「そ、そう?」
そうかな? それは、よくわかんない。
「何となくだけど、あんまり怖い感じしない気がする。そんな感じしない?」
「変わらない、と思うけど?」
「そっかな? まぁ、そんなに興味ないか」
言って、あたしの前を歩きはじめる。
え? え? なに? 興味とか、ありありだよ? 鳥飼くん、教室がいやってこと? 勉強がいやとか? そんなことないよね? なんで? あたしわかんないっ。七尾さんにはわかるの? あたしのほうがぜったい鳥飼くんのこと見てると思うのに、なんで? なんかやだっ!
*♠︎*♠︎*♠︎*
いや、無理だろ?
僕にそんな器量も度量もない。相手の迷惑も考えろよ。何にしても、相手によるものなんだから。
ここはクッキーとかチョコみたいなお菓子の方が………普通、か? 普通だよな? 残るものより消えるものの方が、とか聴くし。どんな物がいいとかどこの店のがいいとかは、多分あるんだろうけど。
貰うことも、あげることもなかったから、どういうものが喜ばれるとか、考えたことなかったな。
自分が、あれだけ嬉しかったんだから、少なくとも同じくらいは喜んでもらいたい、と思うのに、どれもそこまでには至らない気がする。
それでなくても、僕からなんだからそんなに喜ばれたりしないだろうに。
海原さんって、何が好きなんだろう? 何あげたら、喜んでくれるんだろう?
「え? あげたの?」
「うん。マカロン。コンビニのだけど」
木村君が、昼休みに一緒に食べようと言ってくれて、めずらしいな、とは思ったけど………。
「マカロン?」
「姉ちゃんに聴いたら、それがいいんじゃないかって………」
「お姉さんも、いるんだ?」
「もう働いてるし、家出てるけどな。昨日までこっち帰って来てたから」
お姉さんね。頼りになるんだろうな。
「結局さ、てっしぃにあげたくて俺にくれただけなんだろうけど、それだけで終わらせたくないな、って思っちゃったんだよな」
照れながら、教えてくれる。
多分、木村君が七尾さんのこと好きなの僕しか知らない、ってことなんだろうな。
よかったのかな? こんな話聴く相手が僕で。
でも、それだけで終わらせたくないっていうのは、わかる気がする。
「マカロンって、おいしいの?」
「食ったことないからわかんない。でも、女子が幸せになれるお菓子らしい」
「そうなんだ?」
一応、僕もネットでは調べたけど、確かに上位にあがってたもんな。僕も、そういうのにした方がいいかな。
そういう物のほうが、昇降口でも渡せるし、貰う方も気楽だよな? 好きでもない相手からもらうんだし。
あいつが言ってたのもわかるけど、好きな相手じゃなきゃ迷惑なだけだよな。
「喜んでくれたの? 七尾さん」
「うん。まあ。最初驚いてたけど」
「よかったね」
「うん。サンキューな」
ちょっと、木村君が羨ましかった。




