*6
鳥飼くんひとりになった。
木村くんがはなれて行くのを確認する。
話しかけるチャンスだよね? でも、なんて話しかけたらいいんだろう?
なにしてるの? でいいかな?
木村くんとなに話してたの? とかのほうがいいかな? でもでも、なんかさぐってる感じする?
…………なにしてるの? で、いいよね?
後ろから近付いて行く途中、鳥飼くんはやけにきょろきょろしてる感じがする。
なんか、まずい? 人がいないの確認してる感じ? それとも、さがしもの、とか? でも、けっこう上のほう見てる?
木? あ、鳥だ。白と黒の。鳥見てる? 鳥すきなのかな? 今行くの、じゃまじゃない?
………………やめとこ。なんか、声かけないほうがいい気がする。
そう思って、紅実ちゃんたちのところに戻ろうとしたときに、さっきの鳥がこっちの方に飛んできて、どこかへ行ってしまった。
「海原さん?」
えっ? 振り向くと鳥飼くんで…当たり前だけど…まさか、話しかけられるとは思ってなくて、心臓が爆発しそうだった。
「あ、な、なななに?」
見てたのばれたのかな? あやしい子だって思われた? ストーカーとか………。
「何してるの?」
「べ、別に、なにも。ちょっと、こっち、なにがあるのかな? って、思って………」
苦しくない? こんなことなら、もっと、さらっと話しかけといたほうがよかった。
「何も、ないと思うけど?」
そうよね、そうよねっ。あたしもそう思う。鳥飼くんが歩いてくの見てなかったらきてなかったと思うし。木村くんがどっか行くまで見てたとか、こわすぎるよねっ?
どうしよう? なんて答える? どう答えたら、こわくない? あ、そうなんだ、くらいに思ってもらえるかなっ?
「な、なんとなく? と、鳥飼くんはなにしてたの?」
苦しい、ぜったいあやしいとしか思われないよね?
「僕も、なんとなく?」
…………そう、なの? え? でも、さっき、なんか探してるっぽかったよね?
そのとき、さっきのとは違う鳥の声がして鳥飼くんが思わず声のしたほうを見る。
「鳥、すきなの?」
✳︎♠︎✳︎♠︎✳︎♠︎✳︎
ここで、素直にそうなんだって、答えてもいいのか? 似合わないとか、暗いとか思われないか? いや、似合わないのも、暗いのも事実だけど、海原さんに否定されるのは辛い気がする。
「いや、何か鳴き声が聞こえたから気になって………」
多分、オオルリだ。今日見れてない………というか、最近は鳴き声を聞くこともなくて、なかなか見つけられないから、いるなら見たい。
今日、見られればいいな、と思っていた野鳥の筆頭だし。
「あ、これ?」
海原さんが、オオルリのさえずりに反応する。そう、そうだけど………。
「向こうから?」
「そう、かな?」
あまり興味がない振りを装って、海原さんの視線を追う。
だいたいの場所はわかるんだよな。なかなか見つけられないだけで。海原さんも、同じ………?
「あ、あれ?」
海原さんの指差す方向を見る。
「え?」
「きれいな青いの………」
「オオルリだ」
思わず、口に出してしまったあと、はっとして、口を抑える。
海原さんはくすっと笑っただけで、しばらく何も喋らずにオオルリを見ていた。
「あ、先生呼んでるね?」
少しして、先生の声が聞こえる。時計を見ると集合の5分前だった。
…………海原さんって、耳いいのかな?
「さっきの、オオルリ? の前に見てたのは?」
「………エナガ」
僕が答えると、またくすっと笑う。
………どう思ったんだろう?
✳︎♡✳︎♡✳︎♡✳︎
好きなもの知れて、うれしーーっ。鳥好きなんだ? 詳しそうだった。ちょっと照れてた? 鳥飼くんの照れ顔ってかわいいよねっ。
「可愛くない」
ミシンを止めて、紅実ちゃんが冷たく言う。
「こっちは?」
「ブサイク」
「せめて、ぶさかわとか……」
「可愛いの要素、ひとつもないよ。悪いけど。そのまんまの方がいいと思うけどね」
校外学習が終わって、5月の連休に入ったけど、どこかに行く予定とかはそんなにあるわけでもなくて、紅実ちゃんの家で遊んでた。
遊ぶと言っても、今日は部活の延長みたいな感じで、紅実ちゃんが洋服を作る横で刺繍の図案を描いている。
鳥飼くんと観た鳥。オオルリとエナガ。スマホとにらめっこして、最初はリアルっぽい感じで描いてみて、ゆるキャラっぽくしていこうと思っていくつか描いてみた。
このあと、実際に作り始めようと思ってたんだけど、なかなか紅実ちゃんのOKが出ない。
「そっかな?」
「そうそう。あんた、デフォルメの才能はないと思う」
「ひどいっ」
「だって、本当のことでしょ? それに、リアルっぽい方が子供っぽくなんなくていいんじゃない? 自分で使うならさ」
「そのままのほうが、大人っぽい?」
「というか、普通っぽい」
「普通って………」
それって、どうなの? 今回はもっと。かわいいっ‼︎ って、思わずなっちゃうくらいのやつにしたいのに。
「デフォルメは才能ないと思うけどさ、糸の色選びとかは、かなりセンスあると思うよ。色鉛筆の下絵だとそうは思わないけど」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
そう言われて、最初の下絵を布に写して刺していくことにする。
「ブローチ? ヘアクリップ?」
「クリップ、かな? 学校でも使えるようなのにしたい」
「ハンカチとかは?」
「………ハンカチはほとんど見えないでしょ?」
「見えない?」
「鳥飼くんと、話すきっかけ、とかっ……」
「やらしっ」
「いいでしょーっ⁈」
あたしの反応を見て、紅実ちゃんが笑って言う。
「いいんじゃない? なんなら、あげちゃえばいいのに」
「そ、そこまでは………」
「この前、いっしょに見た鳥が可愛くて作っちゃった、とか。軽い感じで」
「やだやだやだ。いくら軽い感じでって言っても、そういうの重いってば。それでなくても、刺繍とか手間かかってる感ありありにしか思われないのにっ」
「気にしなくていいんじゃない? 言いたい奴には言わせとけば。悠仁なんかあたしの作ったシャツとか普通に着て、遊びに行ってるけど?」
「それは、家族だからでしょ?」
「まあ、そうね。あたしも経験あるし、わかんないことないけどね」
手作りって重いイメージだもんね。ただすきでやってるだけなのに………今は、ちょっと、下心もあるけどさ。
でも、一緒にオオルリ見てた時のこと思い出してる時間がうれしいんだもん。連休中、会えなくて寂しいのをまぎらわすっていうか………。
そのうち、お休みの日も会えるくらい、仲よくなれるかな?
「そろそろお昼食べる? 悠仁のお弁当のついでにカツサンド作ってるよ」
「うん。そう言ってたから、あたしミネストローネ作ってきたよ」
「あっためなおす?」
「まだ大丈夫だと思う」
✳︎♠︎✳︎♠︎✳︎♠︎✳︎
「あ、いたんだ?」
「悪いか?」
リビングにコーヒーを淹れに行くと部活から帰って来たばかりの弟が話しかけて来る。
「べっつにーー。この連休中はとーちゃんとどっか行ったりしねーの?」
「予定が合わないってさ」
コーヒーメーカーに豆と水をセットしながら答える。
今年は父さんが職場の人と釣りに行ったりキャンプに行ったりするということで予定が合わなかった。一緒に行っても構わないとは言われたけど、父さんの職場の人も一緒というので遠慮した。
車でないと行けないようなところを期待してたんだけどな。
「それで、チャリで遠出してんの?」
「仕方ないだろ?」
バイクの免許くらい取っても構わない高校にすればよかったとは、少し後悔している。無条件で許可してくれるような高校は少ないんだろうけど。
バレなければいいと思ってはいても、もし見つかったら停学となると、なかなか思い切りがつかない。
「今日は行かねーの?」
「天気も悪くて、期待できないからな」
「鳥以外に予定とかねーの?」
「ないよ」
「西脇さんは?」
「連絡ないから忙しいんじゃないのか?」
「誘ってみりゃいいのに。よろこぶんじゃね?」
「そんなわけないだろ?」
向こうは交友関係広いからな………。
それなのに、たまに思い出したかのように連絡をくれたりするし、見かけると必ず声をかけて来る。よくわからない。
暇潰しに丁度いいくらいは思われてるのかもしれないな。家にいることが多いし、出掛けていても一人だから、遠くなければ出て来るし。
ただ、燕の兄、ではなくて僕として見てくれる数少ない相手ではある。
だからなのか、この前の校外学習でオオルリを見つけた時のことを話していて、海原さんのことまで言ってしまいそうになった。
だから、余計に会い辛い。
バレてないよな?
「………この前の校外学習で仲よくなった相手がいるっぽいってきいたけど、その人とは遊ばねーの?」
は?
突然のことに言葉が出ない。動悸までする。
それでも、変に思われないようにと、やっとのことで訊き返す。
「聴いたって?」
「西脇さんから」
「そんなに会ってるのか?」
「学校から帰るときに西脇さんとこの店の前通るじゃん? 最近、よく店にいるみたいだし、話しかけられるけど?」
普通、言うか? そういうところがこっちから連絡取らない理由の1つだってこと、わかってないんじゃないのか?
「校外学習の日に帰って来た時、やけに機嫌いいなー、とは思ってたけど、目当ての鳥見れただけじゃなかったんだ? どんな人なん?」
ムキになって答えても、余計に追求されるだけだと思って、無難な答えを慌てて用意する。それで終わりだと思った。
「お前に関係ないだろ? それにそんなに仲いいわけじゃないからな?」
「ふーん? そんなに、ね? 休みの日に遊ぶほどではないけど、仲よくないわけじゃないんだ?」
「何が言いたいんだ?」
「だって、今言ったじゃん? 全然仲よくないわけじゃないんだろ?」
何でこんな小さいことに引っかかるんだよ? 普段は適当にしか聞いてない癖に。
「挨拶くらいだよ」
「へぇーー? あいさつ?」
わざとらしいくらいに大袈裟な反応をするのがムカつく。
向こうから挨拶してくれるくらいだから、それほど悪くは思われてないんじゃないかというだけだ。ただ、自分にとってはずいぶん特別だから、嬉しく思ってしまうだけで、仲がいいとか、そういうことじゃない。
「別に挨拶くらい、女子とだってするだろ?」
普通だろ? と、言わんばかりの態度で、しれっと答える。それなのに、またそこに反応される。
「女子っ⁉︎ にーちゃんが⁉︎ ライン教えてもらったのって女子だったん⁉︎」
「ライン?」
…………木村君のことだ………確かに静にも話した気がする。
「にーちゃんが女子とライン?」
「違っ……ラインは男だ。ちょっと、いろいろあって……」
慌てて取り繕おうとするけど、そんなにうまい言葉は見つからない。
「じゃ、さっきの挨拶してる女子ってのは? なに? トクベツな関係なん?」
「そんなわけないだろっ⁉︎」
最悪だ。自分から余計なこと言って、しかも弟にバレるとか………。恥ずかしすぎる。
「そのこと、西脇さん知ってんの?」
「…………言うなよ?」
弟はにやにやしながら要求してくる。
「オレ、カツサンド食いてーんだけど?」
何でお前にカツサンド奢ってやらないといけないんだよ? と、思ってはいても、静にバレても余計に詮索されるだけで、いいことなんか少しもない。
これは、奢っとくべきなんだろうな。
自分の迂闊さに呆れて溜息が出る。
✳︎♡✳︎♡✳︎♡✳︎
オオルリとエナガのクリップは連休中にできあがった。
鞄に付けてみる。
………やっぱり、やめよっかな。なんか、わざとらしいよね。重い感じするし。
そう思い直して、セロファンの袋に入れて封をする。
でも、紅実ちゃんにはできあがったの見せよ。2つとも初めてにしてはよくできてると思うし。
「あれ? クリップ付けてくるんじゃなかったの?」
紅実ちゃんが鞄にクリップがついてないのを見て言う。
「やっぱり、なんか、ちょっと、あれかなー? とか思って………」
言って、鞄の中からできあがったクリップを出す。
「やっぱり、可愛いよ。きれいじゃない。付けてたらいいのに」
「あたしの自己満足だしね。ま、いいかと思って」
作ってるあいだ楽しかったし。それだけでいいんだもん。
昇降口で上履きに履き替えていると、いつものタイミングで鳥飼くんがやって来る。
「おはよ」
「おはよう」
うわーーっ。こういうふうに笑ってくれるのたまんない。連休明けだからなおさらだぁ。
思わず、顔が赤くなってしまったんじゃないかと思って俯いてしまう。
クリップがなくても話すきっかけくらいあるもん。「連休中何してた?」とか、「どっか行った?」とか、いろいろ、いろいろあるよねっ?
きいてみてもいいよね? だって、もう、あいさつくらい普通だし………。
そうやって迷ってる間に鳥飼くんはもう教室に行ってしまったみたいでいなかった。
「海原さんおはよ。連休中何してた?」
七尾さんが来て、話しかけてくれる。友達だったら、こういう話題も普通なのにな。
「2日くらいは紅実ちゃんと遊んでた。っていうか、いろいろ作ったりとか。七尾さんは?」
「あたしね、家族で旅行。デズニーランドとか行ったの。お土産買ってきたからあとで渡すね?」
「うん。ありがとう」
教室について、七尾さんがお土産をくれる。
あたしの2つ後ろの席に木村くんが来たのを見て、七尾さんが木村くんのそばに行く。
え? 木村くん?
「おはよ。あのね、校外学習の時荷物持ってもらったから、お礼もかねて。大したものじゃないんだけど」
「いいのに。でも、サンキューな」
あ、あれ? 木村くん、うれしそう。確かにおみやげはうれしいと思うけど、それだけじゃない感じっていうか………え? 木村くんってもしかして七尾さんのことすきだったり?
うわっ、うわーーっ。なんか、いい感じじゃない? いいなーーっ!
「これ、てっしぃにもあげるの?」
「え? あ、うん。みんなで、食べて」
木村くんっ! そこは木村くんだけもらっといていいんじゃない? たぶん、七尾さん、手嶋くんのこと忘れてたよ? って、教えてあげたいっ!
「じゃ、昼休みにでも渡しとくな?」
「うん。ありがとう」
木村くんって、七尾さんが手嶋くんのことすきって知ってて、言ったんだろうな。すごいなー。あたしだったら、ぜったい言わない。やさしいんだな………。
あたし、自分のことばっかりだ。
✳︎♠︎✳︎♠︎✳︎♠︎✳︎
昼休み、弁当を持って席を離れようとすると木村君に呼び止められる。
「これ、七尾から」
「七尾さん?」
「連休中、デズニーランド行ったみたいでさ、お土産だって。校外学習ん時のお礼も兼ねて、ってさ」
「僕、何もしてないけど?」
「けど、鳥飼が言ってくれなかったら、オレ気づいてなかったと思うしさ」
言って、袋の中からクッキーを2つくれようとする。
「ごめん。僕甘いのはちょっと……気持ちだけもらっとく」
「あ、そうなんだ?」
そのあと、木村君は手嶋君にも声をかけていた。
七尾さんは手嶋君にあげたいから木村君に渡したのかな? 最初は、木村君のこととか考えてなかったけど、今はうまくいってくれればいいな、と思う。
でも、そう簡単にはいかないか。
…………七尾さん、教室にはいないよな?
5時限目の予鈴の鳴る少し前に教室に戻って、七尾さんを探す。
海原さんと話してる………。
弟に好きな子がいる、くらいは勘付かれて、海原さんの近くに行くだけで、弟ににやにやされているような気がして戸惑ってしまう。
今は、海原さんじゃないよな。七尾さんに用があるだけだからな。
自分に言い聞かせて、2人の近くに行くと海原さんが気付いて顔を上げる。目が合うと、さすがに顔に出てしまいそうで、慌てて七尾さんに、視線を移す。
「七尾さん、木村君からお土産………」
苦手だったから貰わなかったとか、言わないほうがいいよな?
「ありがとう」
「う、うん」
もしかして、想定外だった? 言わないほうがよかったか? いや、僕とか、ついで、でしかないのに、こんなふうに言われるとか思ってなかったよな?
ちょっと、間違えたかもしれないと思って、さっさと席に戻った。
海原さんは何してたの? とか、どこか行ったの? とか、ついでを装ったとしても、訊けないよな。
✳︎♡✳︎♡✳︎♡✳︎
い、いいなーっ。七尾さん。鳥飼君に話しかけられるとかっ。しかも、ありがとう、とかっ。
「あたしも言われたいっ!」
部活の時間になって、昼休みのことを紅実ちゃんに話した。
「ちゃんとお礼は言えるのね?」
「そうなんだよねっ。わざわざ、早めに戻って来たんだと思うのっ。やさしいっ。クッキーもそんなに入ってたわけじゃないと思うから、もらってても1つか2つくらいだと思うのに。クッキー1個であんな言われるんならホールケーキでも持って来たい気分っ」
「それこそ重いからやめときなさいね。持って帰る時も嵩張るだろうし」
「わかってるもん。買ったやつで、1個とかだったからよかったんだって、そのくらいわかるもんっ」
「………誕生日とかだったら、あげやすいんじゃない?」
「だって、誕生日知らないもんっ。ものすっご一一ーく知りたいけど知らない。どうやって調べればいいかわかんないっ」
「本人に訊く、って発想はないの?」
「そんなの、どうやってきくのっ?」
そんなうまい方法あったら、ぜひとも教えてほしい。
「好きだから教えて、とか?」
「もーーっ! また、そんなこと言うっ?」
そんなことだとは思ってた。
「でも、ちょっとくらいわかりやすい方がいいと思うけど? かなり鈍そうだし。はっきり言わなかったらグレーじゃない?」
「それは、そうかもだけど………気付いて避けられたりしたら?」
「それでも強引に行けば? 鳥飼君って押しに弱そうだしさ」
「それは、美人さんだったら、そうかもだけど………」
紅実ちゃんはけっこうモテるからわかんないんだ。
「咲妃は、確かに美人って感じじゃないけど、可愛いんだからいいんじゃない?」
そのかわいいも、子どもとか動物とかに言うのと同じだ。女の子として、かわいいって思ってくれてるのとは違う気がする。




