*5
晴れたな。ネットで調べたら、時期的にはエナガとヤマガラ、オオルリなど、ってあった。
オオルリは、微妙だな。エナガとかに比べて履歴が少なかった。遭遇率は低いんだろうな。
父さんが野鳥好きということで、一緒に出かける時はいつもそういう場所だった。その影響は強く、小学校の自由研究では近所の野鳥マップなんかを作って提出したこともある。今ではそれがスマホアプリに移行され、さらに増えていくのが楽しみでもあった。
海原さんは手嶋君や木村君とのことを仲がいい、とは言ってくれたけど、実際はそこまでじゃない。クラスの中ではよく話す方、っていうくらいだし、席が近かったから、っていう理由の方がしっくりくる。
もともと班行動とか面倒でしかなかったし、他に楽しみもあるしな。
いつもより早めに家を出て、学校に向かう。
「ごめっ」
教室を出て来る海原さんとぶつかりそうになる。あ………。
「こっちこそ、ごめん」
もう、体操服に着替えていて、髪をひとつ結びにしている。
いつもと違う。首筋とか、普段見えない場所がはっきりと見えて、ドキっとする。
「な、なに?」
「あ、ごめん。いや、いつもと違うな、と思って。髪………」
慌てて、目を逸らしたけど、見てたのバレてるよな? 気持ち悪いとか思われてないか?
「今日は、暑そうだし、結んだほうがいいかと思ったんだけど、変?」
「いや、いいと思う」
こんなこと言っていいのか? 上からな感じじゃないか? 可愛いと思うよ、とか………それこそ、気持ち悪いか。
「おはよ。海原今日髪まとめてるのな? かわいいじゃん」
後から来た手嶋君が言って、教室に入る。
ああいうふうに、さらっと言えたら、気持ち悪いとか思われないんだろうな。
学校から歩いて、ということになるのでけっこう距離がある。基本的にはみんなで歩くものの、班ごとの移動だった。
ずっと喋りながら歩く訳じゃないしな。
前を見ると、手嶋君は赤井さんと木山さんに捕まっていて、海原さんと七尾さんが少し後ろを歩いている。
木村君は、僕たちの班に混じって中川君と話していた。せっかく、班が同じになってもそういうもんだよな。さすがに、突然仲良くなったりはしないか。
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「なんか、ちょっとお腹痛くなっちゃった」
七尾さんが、つらそうな声で言う。
出発前に生理きちゃった、って言ってたもんね。やっぱり大丈夫じゃないよね?
「痛み止めとか、のんだ?」
「今日、鞄から入れ替えるの忘れてたみたいで、入ってなかったの」
それって、それって相当つらいんじゃない? 七尾さん、たまにはげしくつらいときあるって言ってたし。今回のがそうだったら………。
「休む?」
「それは、やだ。歩けないほどじゃないし」
でも、絶対つらいはず。でも、休んでたりなんかしてたら、どうしたの? って、みんなにきかれるだろうし、知られたくないよね?
今日、保健の先生いっしょに来てなかったし、だれに言ったらいいんだろ?
「大丈夫? 何か辛そうだけど」
おろおろしているところに、声をかけてくれたのは木村くんだった。
でも、どうしよう? 木村くんには言えない。
「荷物持とうか?」
木村くんが七尾さんに話しかける。
「い、いい」
「持ってもらったほうがいいよっ!」
申し訳ない気持ちはわかるけど、多分、ぜったい持ってもらったほうがいいと思う。少しくらいは楽になるだろうし。
あたしが言ったことで、七尾さんは申し訳なさそうに荷物を渡す。
「海原も」
「え? あたしはいいよ」
何で、あたしまで? あたし、平気だけど。
「佐伯先生が救急バックみたいの持ってたらしいからさ、とりあえず言ってきてもらえる?」
救急バック? もしかして薬とかも持ってるのかな? 佐伯先生なら女の人だし、手芸部の顧問だし、話しやすいっ。
「で、でも、どこ?」
「2組と3組の間くらいにいると思うけど、頼める?」
「うん」
あたしが返事をすると、木村くんがあたしの荷物を持ってくれようとする。申しわけないけど、荷物をあずけて山道を下る。
待ってても、そのうち佐伯先生が上がってくるだろうけど、下りたほうが早いもんね。木村くんが荷物持ってくれてるし………。
木村くんって、やさしいっ。それに、あたしの荷物まで持ってくれたりとか、あたしに言いに行かせてくれたりとか。いっしょの班でよかった。
佐伯先生のところに行く途中で、1組の一番後ろのほうを歩いている鳥飼くんとすれ違った。
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海原さん、大丈夫かな? 思ったより、急いで下りて……こけたりしなきゃいいけど。
少し前に海原さんを見たら………見ないようにしようと思ってたのに。
隣にいた七尾さんを、海原さんが心配そうな顔で見ていて、気になった。
木村君は気付いてるのかな? と思って声を掛けるために早足で歩いて近付く。
「あれ? 後ろにいたんじゃなかった?」
「うん。まあ、そうだけど………」
中川君をちらっと見て、木村君にだけ聴こえるように言った。
「七尾さん、具合悪い? 荷物とか……大丈夫そう?」
「え? マジで?」
言って、前を向く。七尾さんの様子はわからない。でも、声くらい掛けた方がよさそうな気がする。
「そう?」
「よくは、わからないけど。あと、佐伯先生が救急バック持ってたから、本当に具合悪そうとかなら、海原さんとかに言いに行ってもらった方がいいかも」
「佐伯先生?」
出発前に持っていたのは見た。
後ろを向くと佐伯先生は2組の終わりのあたりにいるようだった。
「2組の終わりくらいかな?」
「………とりあえず、声掛けてみるわ」
「うん」
言うと、木村君はすぐに七尾さんのそばまで行った。
木村君って、体力あるし、力もあるよな。
海原さんの荷物まで持ってあげたりとか。
僕ならそこまで、気回らないな。
海原さんがまた追い越していくのが見えて、ほっとする。わざわざ下りていかなくても、佐伯先生が登ってくるのを待ってればよかったのに………。
海原さんは、僕のことやさしいとか言ってくれたけど、海原さん達に比べれば全然そんなことない。
15分くらい歩くと、途中の休憩場所に着いた。点呼が終わって、少しの休憩がある。
海原さんを探すと、まだ気分の悪そうな七尾さんと一緒にいた。近くに木村君もいて、心配そうに見ている。
でも、さっきよりは大丈夫そうだよな?
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「ありがとう。大分よくなったから」
七尾さんが木村くんにお礼を言ってる。ほんと、よかった。手嶋くんも休憩場所についてから何があったのかききにきたけど、七尾さんの気分が悪いってことで納得してた。
もしかしたら、手嶋くんってそういうことに気づいてて軽く流してくれたのかもしれないけど。
「でも、まだ辛そうだし、行きくらいは荷物持つよ」
木村くん、やさしいっ。
「海原は自分で持ってな? さすがに2人分は辛いから」
笑いながら、荷物を返される。
「ごめんねっ、もちろんだよっ!」
持ってもらってたこと忘れてた。すっごい、もうしわけない。
「ほんと、海原さんもありがとね?」
「気にしないでっ。木村くんいっしょの班でよかったねっ?」
「………うん」
休憩もあったことで、七尾さんの顔色も戻ってきて、山頂を目指す。
木村くんもいっしょに近くを歩いてくれてて、3人で少し話した。
「鳥飼くんといっしょの班になれなくてごめんね?」
「あー、いいよ。1年ときからあんなだもんな。何か壁あるって言うか……」
「そうなんだ?」
「そう。おかげで、サッカー部誘いそこなってんだよね」
「サッカーうまいの?」
「慣れてる感じはしたけどね。近所の子と遊んでるだけで、部活とかの経験はないらしいけど」
近所の子と遊んであげてるの? え? 見たいっ! やさしいっ。面倒見いいんだ。どんな感じなんだろ? それに、勉強はできるんだなって、思ってたけど、運動もできるんだ? すごくない? 紅実ちゃん、あんなこと言ってたけど、モテないわけなくない?
あたしみたいなのでも、可能性とかあるのかな?
山頂について、お弁当の時間になる。
木村くんは山頂についてから、もう大丈夫そうだけど、何かあったら言って、と手嶋くんたちのほうに行ってしまった。
うん。でも、よかった。ほんとに。
「七尾さん、お弁当食べられそう?」
「うん。もう、大丈夫。念のため、また佐伯先生に薬もらいに行くし」
「よかったね?」
「うん」
なんか、ちょっといつもとちがう? つらそうってわけじゃないけど………。
「なんかあった?」
「………木村君ね、海原さんが佐伯先生のところに行ってくれてる間、何にも聴かないし、何にも喋んなくて……」
「やだった?」
木村くんに言われて、すぐ佐伯先生のとこ行っちゃったけど………木村くんとそんなに仲いいわけじゃないもんね? 心細かったよね? ごめんね、と言おうとしたところで、七尾さんがまた話しはじめた。
「ううん。そうじゃなくてね、何か返って楽だったっていうか……変に大丈夫? とか、きいてきたりしなくてね、ほっとしてた」
「そっか。よかったね?」
「でね、なんか、ちょっと、かっこいいな、とか思っちゃって………」
「えっ⁈」
「海原さん、声おっきいっ‼︎」
慌てて、あたしの口を抑えにくる。
え? え? え? あれっ? いいのっ?
「て、手嶋くんは?」
「好き。でも、木村君もかっこよかったんだなーーって、思っただけ。まだ、よくわかんない」
ごまかすように、七尾さんは笑ってた。
でも、もしかしたら、ここから、木村くんのことすきっ、とかなっちゃったりしそうな感じ?
うわっ、うわーーーっ。
そのあとすぐ、紅実ちゃんと、七尾さんがふだんおひるをいっしょに食べてる人たちが来て、みんなでお弁当を食べた。
✳︎♠︎✳︎♠︎✳︎♠︎✳︎
「なー?」
後ろから声を掛けてきたのは木村君だった。
でも、そのあとの言葉が続かない。
僕から訊いたほうがいいのかな?
「………七尾さん、大丈夫だった?」
「うん。まあ………」
何かあったのか?
しばらく沈黙が続いた後、やっと口を開く。
「鳥飼って、七尾のこと好きなの?」
「は?」
「具合悪そうなのとか、すぐ気付いてたみたいだしさ。ずっと見てたのかな、とか?」
「たまたまだよ。具合悪そうって思ってからはちょっと見てたけど、そのくらい」
まさか、海原さんのこと見てて、とは言えないもんな。七尾さんに関しては、本当にそのくらいだし。
「ふーーん? じゃ、何で俺に言ったの?」
「たまたま、後ろ歩いてたから。同じ班だし」
「それだけ?」
「そうだけど?」
まさか、気付かれるってことはないと思うけど………。
「俺に言ったのって、俺が七尾のこと好きなの知ってたからじゃないの?」
「………何となく、そうなのかな? とは、思ってたけど」
そこまでは、仕方ないか。
木村君は照れ臭そうに、でも困ったように俯いて頭を掻いた。
「てっしぃにも気付かれてないと思ってたんだけどな。すげえな? お前らんとこみんなそうなの?」
「僕達のとこ、って?」
「鳥飼燕って、お前の弟じゃないの? 中学ん時、1回試合で当たったことあるけど、ヨミと安定感がすごくて、ほんとに中1かよ? って、思った覚えある」
背中が冷える感じがした。
やっぱり、県内の公立高校くらいじゃ、離れてても知らないやつばっかり、とはなんないよな。
「それ、誰かに言った?」
「言ってないよ。やっぱ、言ってほしくない感じ?」
「………うん」
木村君みたいに弟のことを知ってる人がいて、わざわざ興味を持たれるのは嫌だった。
「別に、言うつもりはないけどさ。嫌じゃなかったら、ライン教えてくんない?」
「………弟は、あんまり家にいないよ」
「へー? 羨ましいね? 俺んちも弟いるけど友達呼んで騒ぐから、めちゃくちゃうるさいんだよね」
あれ? サッカーつながりで、弟に用……とかじゃないのか?
「あ、あとさ、サッカー部入んない?」
「僕が?」
「そう」
「冗談………」
「冗談じゃないよ。うち、キーパー弱いしさ。本当は近所の子じゃなくて、弟の練習付き合ってやってんじゃないの?」
「いや、あり得ないから」
「ははっ、言うと思った。でも、まあ、暇な時くらい遊ばない?」
そんなふうに言われるとは思ってなくて、返答に困る。
「…………僕とじゃ、おもしろくはないと思うけど?」
「いいよ、はい」
言って、スマホでQRコードを差し出される。戸惑いながらもそれを自分のスマホで読み込んで登録する。
「七尾は、多分てっしぃのこと好きだと思うんだよね。けど、サンキューな」
僕も、それはそうじゃないかと思ってる。
だから、木村君に声を掛けたんだ。
もしかして、木村君に気遣ってもらったことで、七尾さんの気持ちが手嶋君から離れたら、海原さんももう少し楽になるんじゃないかな、とか思ったから。
それなのに、木村君にあんなふうに言われて、罪悪感を感じた。




