*43
「おじゃましましたっ」
「またおいでね」
玄関で見送る際に、父さんがまた海原さんの頭を撫でる。
この前も注意したのに。
今日は髪の毛、ふわふわにはしてないけど、ちゃんと手入れしてるだろうに………くしゃ、とか…………。
海原さんを送るために駅へ行く途中、ずっと海原さんの頭が気になっていた。
「ごめんね、大丈夫?」
「うんっ。ぜんぜんだよっ。やさしいお父さんだねっ? お母さんもケーキ用意してくれてて、すっごい嬉しかった。そのうちお母さんにも会えるかなぁ?」
「どうだろう?」
そういう事を訊いたんじゃなかったんだけどな。
それから、父さんと話してて僕の昔の話を聴いて嬉しかった事なんかをずっと話してくれる。
さっきの事は、何とも思ってなかったみたいに。
本当に何とも思ってないのかな? もしそうなら、僕がやっても……………?
今日は、髪ふわふわにしてる訳じゃないし、学校の時みたいにピンで横留めてるだけだし、その辺触らなかったらいいんじゃないか?
ちょっと、手を出そうとして戸惑う。
いきなり触るのはよくないよな?
向かい合ってるとかじゃないし、びっくりさせちゃうんじゃないか?
せめて、父さんみたいに駅で別れる時に、とか…………それなら、いいよな? 自然な感じで………。
海原さんの頭をじっと見て、柔らかいんだろうな、とか、さらさらしてるんだろうな、とか。
つい見てしまっていると、それが段々と後ろに下がっていってしまって、立ち止まる。
「ごめん。歩くの早かった?」
「ううんっ。あたしがちょっと遅くなっちゃっただけだからっ」
海原さんがすぐに横に並んだあと、少し前を歩きはじめる。
目の前で、海原さんの髪が揺れてる。
気を付けてるつもりだったけど、早くなってた?
駅に着くまで、そういうことが何度かあって、その度に海原さんは照れ笑いして僕に追いついてきた。
どうしたんだろう? 疲れてる?
それで、大丈夫? と訊くと、必ず大丈夫と言って笑った。
駅に着くと、花火大会や夏祭りのポスターが貼ってあって、海原さんが立ち止まる。
「花火、好きなんだっけ?」
「うんっ。この青葉花火大会はね、紅実ちゃんと行く予定なのっ」
「近くで見るの?」
「うんっ。なるべく近くで見たいっ。空いっぱいに広がるとことか、音が体に響く感じとか」
だったら、僕が小さい頃行ってた花火大会もけっこう近くで見られるよな? 日向川花火大会だっけ………。
ポスターでは来週の土曜日だった。
青葉花火大会は8月の終わりの方だから日にちは重ならないけど、海原さんの家からだと、さらに2駅先だもんな。帰るのも遅くなるだろうし、危ないよな。
「鳥飼くんも小さい頃は花火見に行ったりしてた?」
「してたよ。父さんと燕と」
「そっか……………」
まだ何か言いたげな顔をするけど、続かない。
ちょっと俯いてしまって、顔が見えない。
「どうしたの?」
「あのねっ、えと…………」
どうかした? と、続けるつもりだったのに、海原さんが勢いよく顔を上げる。
「やっぱりいいやっ。うんっ。大丈夫っ。なんでもないっ。そろそろ、電車来るから行くねっ?」
海原さんの後に続いて、改札を抜ける。
「えっ⁈」
改札を通る時のピッという電子音に海原さんが反応して振り向く。
「ごめん。この前、電車来るまで一緒に待ったから、いいかと思って………」
「あの時はっ、電車どれに乗るか不安だったからっ…………でもっ、多分もう大丈夫だよっ?」
「迷惑?」
「迷惑じゃないよっ? でもっ、鳥飼くんが大変かなって…………」
「僕はいいよ。早く帰らないといけない用事もないし」
さっきまで海原さんは父さんと話してて、僕の方はあまり話せてないから、もうちょっと一緒にいたいし。なんなら、家まで送ってもいいと思ってるし。
そこ迄はさすがに言えないけど。
「………………鳥飼くんって、あまやかすのうますぎ」
不貞腐れたように、僕を見る。
「ご、ごめん」
でも、怒ってる訳じゃないのはわかるし、海原さんのこういう顔も可愛くて仕方ない。たったこれだけのことでそんな顔を見せてくれるのとか…………。
「すきなとこ、またふえちゃう………」
「え?」
「な、なんでもないっ」
言って、ぷいっと前を歩きはじめる。
…………聴き間違い、じゃないよな?
こんなので好きになってくれるならいくらでも甘やかしたいと思ってしまう。
✳︎♡✳︎♡✳︎♡✳︎
やっぱり、花火大会一緒に行きたいって、言えばよかったっ!
大日向川花火大会っていうのだったら鳥飼くんのうちからもそんなに遠くなさそうだったし、いいよって、言ってくれたかもしれないのにっ!
でもっ、人多いとこ苦手って言ってたしっ………無理してくれたりするかもしれなくて………あんまりわがまま言いたくないな、って…………。
歩くのも、ちょっとうしろになっちゃっただけで止まってくれるし………横だと、鳥飼くんの手の位置、よくわかんないからちょっと下がって、いきなりつないじゃおっかな、とか…………この前、遊びに行った時もタイミング悪くてつなげなかったし…………。
花火大会だったら、人多いしっ、はぐれないようにっ、とかでつなご、とかも言いやすいかな………とか……………。
でも、なんにもなくて、手つなご、とか、言えないよ一一っ!
夏休みって言っても、高校って課外授業あるから実際の休みってけっこう少ない。その分、鳥飼くんに会えるからいいけど。
いくら付き合ってるって言っても、休みだからって毎日会えるもんじゃないもんね。
おうちもちょっと遠いし…………。
朝、紅実ちゃんとの待ち合わせ場所に行くと、いつものように紅実ちゃんはすでに待っていて、いつものように推しのインストを見ている。
「おはよ。chitoseさん?」
「うん。最近、暑くて家まで待てずに帰り道で缶ビール、って」
言って、スマホの画面をこっちに向けてくれる。
川沿いの写真の隅に缶ビールを持った手が写っていた。
「帰り道の川沿いでビールとか……かっこよすぎ」
「でも、紅実ちゃんよっぱらい嫌いって言ってなかったっ?」
「chitoseさんはいいの! なんなら、酔っ払ってぐてんぐてんになったとこ介抱してあげたい…………お酒強そうだけど」
「たしかにっ!」
お酒強そうなのはわかるっ!
でも、よっぱらって……って、いうのはどうなんだろう? お父さんとか酔ってるの見るとめんどくさっ、て思うけど………。
紅実ちゃんって、人のこといろいろ言うけど、顔がよかったらなんでもゆるしちゃいそうなところとか、心配っ。
顔がいいって言っても、鳥飼くんみたいなのはタイプじゃないみたいだから安心なんだけどね。紅実ちゃんは近寄りがたいくらいきりっとしたのがすきなんだよね、知ってるんだからっ。
何枚かアップされてる写真をスワイプさせていく途中で、気になる写真が現れる。
「あ、ちょっとまってっ⁈」
「何?」
「前の写真………」
言うと、紅実ちゃんが写真を戻してくれる。
「あ。もう1個前」
「これ?」
やっぱりっ! 似てるっ! この前、鳥飼くん家行ったとき、前に見たことあるかもって思ったけど、これだったんだ。
「この写真が、どうしたの?」
「うん。あのねっ………」
この前のことを話すと、紅実ちゃんがくい気味にきいてくる。
「本当? 間違いない? 絶対?」
「そ、そこまで言われると自信ないけど………」
「ちょっと鳥飼くんにも訊いてみてよ? URL送っとくから」
「う、うんっ」
学校について、昇降口で鳥飼くんを見つける。
「おはよっ!」
「おはよう。何かあった?」
いつもよりテンション高めの挨拶なってしまって鳥飼くんがふしぎそうにきいてくる。
「うんっ。この前の河川敷、見たことあるかもって、言ってたでしょっ?」
「うん」
「これ、似てないっ? 同じ場所っ?」
スマホを見て、確認した後答える。
「確かに似てるね? 同じ場所だと思う」
「だよねっ? ここ、紅実ちゃんの推しのインストによく出てくる場所なの。もし、そうなら行ってみたいねっ、て」
「推し?」
「うんっ。服屋さんのね、店員さんなんだけどすてきな人なの」
「…………海原さんも好きなの?」
「うん。すてきな人だと思う。あたし着れる服ひとつもないから紅実ちゃんといっしょのときに少し見るくらいだけど」
「そうなんだ。海原さんも行くの?」
ん? あれ?
「言っとくけど、咲妃のは好きとかそういうんじゃないからね?」
紅実ちゃんも気になって、上履きに履き替えた後やって来た。
「べ、別に張り合おうとか思ってる訳じゃないから」
「いや、そこは張り合おうとするくらいの気概は見せなさいよ。勝つのは無理だけどね」
「わかってるよ」
「それより、場所。咲妃が言ってるとこであってる?」
「多分。この大きな石と木の辺りとか似てるし」
「じゃ、今週土曜行ってみよっか?」
紅実ちゃんがあたしにきいてくる。
でも、ひさびさだ。それに、鳥飼くんも一緒来てくれるかなっ?
「ナニナニ? 朝からどっか行く予定っ?」
通りかかった徳永さんがどこかに行く予定と聞いて話に入ってくる。
紅実ちゃんが事情を話していると、徳永さんもおっきな声を出す。
「マジで⁈ あたしも行きたい! あたしもその人好きダシ!!」
「じゃ、土曜日に…………」
徳永さんもいっしょとかっ、初めてだっ! なんかおもしろいことあったりしてっ。
「海原サンが案内してくれんの?」
徳永さんが振り向く。
「えっ?」
でもっ、そうだよねっ?
たしか駅からまっすぐだったし、もう2回も行ってるし、大丈夫なはずっ! 自信はないけど………。
「改札出て、右側だよねっ?」
「あ、うん。西口ね。その後、桜台通りをまっすぐ」
「え? 桜台通り? って、右だよねっ?」
「多分………」
不安そうな顔されてるっ? でも、右っ、右であってる。鳥飼くんも多分って、言ってるし…………………大丈夫かなっ? 不安だから鳥飼くんもいっしょにっ、て…………。
「位置情報送っとこうか?」
あーーんっ! 鳥飼くん親切っ! そして、スマホ便利すぎっ!
「は? ちょっと待ちなさいヨ? 家近いんでショ? オレもいっしょに行くヨ、とか、案内するヨ、とかないワケ? 海原サンも一緒行くって言ってんのに?」
「え? でも、女子ばっかりだし………」
徳永さんっ、ありがたいけど鳥飼くん困ってるっ!
女子ばっかりの中、男子1人って、いごこち悪いよねっ? 会いたい気持ちはあるけどっ…………。
「あ、じゃ手嶋君とか誘ったら?」
「いいネ? あたし、ライン送っとく」
紅実ちゃんの提案から、徳永さんがすぐにラインのメッセージを送る。
すばやいっ! これで、手嶋くん来るって言ったらみんなで遊べるっ! 夏休みって感じっ! 楽しみっ!
「え? でも、ちょ…………」
「みんなで遊べるの楽しみだねっ?」
「………………うん」
✳︎♠︎✳︎♠︎✳︎♠︎✳︎
手嶋君が午前中は部活あるって言ってたから、昼からの約束になって…………大丈夫かな?
手嶋君達が心配ということではないけど……………。
そわそわしながら、駅の改札近くで待っていると少し遅れて海原さんと坂上さん、手嶋君と徳永さんが見えた。
「鳥飼、あそこ」
「ほんとだっ!」
手嶋君達からも見付けられたようでほっとする。
「すぐわかった?」
「こういう時、背高いと助かるね?」
坂上さんがいつになくうきうきした顔をしている。
意外だ。坂上さんって、普段冷静だしこういう事で騒いだりしないタイプかと思ってたのに。
それに……………海原さんは相変わらず可愛いけど、女子だけじゃなくて、手嶋君もテレビで見るような洒落た感じの格好をしている。
僕、一緒にいていいのかな?
「あたし、こんなふうにみんなで遊ぶのはじめて」
「そうなの?」
海原さんがちょっと不安そうな顔をする。
「だって手嶋くんがボールとグローブ持って来たからキャチボールしようって」
「え? キャッチボール?」
「ちゃんとボールとれるかなぁ?」
それは、僕も心配かも。それに、そんな目立つことしたくないんだけどな。
「大丈夫だって。ガチでやる訳じゃないし、柔らかいボールも持って来たからさ」
手嶋君が僕達の不安そうな顔を見て子どもみたいな顔で言う。
そういうつもりじゃなかったんだけどな。
手嶋君はまた徳永さんの方に戻って行く。
「出口、あっちだよねっ?」
僕に確認してくる。
「うん」
答えると、ちょっと得意げな顔をする。
………………可愛い。
もしかして、僕の家までの道覚えようとしてくれてるのかな………とか。
「で、こっちだよねっ?」
また得意げな顔をするけど、指差した方向が逆だった。
「こっちだよ」
「あれっ? え? うそっ?」
…………………2回も来てるし、そんなに難しい経路でもないと思うけど…………仕方ないか。いや、でも慣れてない人には難しいかな?
「あーーーっ! あそこっ! これっ! この写真と一緒じゃない⁈」
「おんなじ一一一っ!」
坂上さんと徳永さんが盛り上がっていて、インスタと同じ構図で写真を撮っている。
もちろんビールは無理だから、持っているのは缶ジュースだけど。
「仕事の時って、毎日ここ通ってるのかと思うと、たまんないね? 同じ道歩いてんだよ?」
「うんうんっ。うれしいよねっ」
その感覚はよくわからない。
「もういい? 早く遊ぼうって!」
手嶋君は興味がないみたいで退屈そうだ。
「いいよ。ボール持って来たんでしょ?」
ひとしきり、写真を撮り終わった徳永さんが手嶋君の荷物からグローブを受け取ると、2人でキャッチボールをはじめる。
………………ガチでやる訳じゃないって言ってた気がするけど、結構激しくないか? 手嶋君は野球部だから当然としても、徳永さんもよく捕るし、投げるのも早い気がする。
「徳永さんソフトボール部だから、なれてるのかな?」
「もともと女子野球部入りたかったのに、なかったからソフトやってるって言ってたしね」
「そうなんだ? 女子野球部ある高校って、あんまりきかないもんね」
3人で話していると、手嶋君が呼ぶ。
「そっちで話してないで一緒にやろ一一っ!」
グローブが足りないこともあって、柔らかいボールを使ってのボール鬼をやる事になった。
海原さんが鬼になって、なかなか代われないでいると徳永さんがわざと当たりに行ってあげたりする。そして、僕が狙われたり………。
こういう遊びって、小さい頃は狙われるばっかりで嫌で仕方なかったりしたけど、結構楽しいんだな、と思った。
こんなに汗掻きながら遊んだのって、いつ以来だろう……………。
こういうふうに小さい頃から体を動かす遊びが好きだったら、僕もそんなに体育が嫌いになってなかったかもしれないと思った。
でも、辛くはないけど、きつい。
「もうバテてんの?」
「運動部の人と一緒にしないでくれる?」
手嶋君が河川敷の上の通りを歩く人に気付いて言う。
「浴衣着てる人多いね。お祭りかなんかあんの?」
「花火大会じゃないかな?」
「花火大会?」
「うん。駅で言うと2つ先くらいの所なんだけど、大日向川花火大会っていうのがあるから、それじゃないかな?」
「マジで? オレ、屋台の焼きそば好きなんだよね」
「ここからなら、歩いて行けないこともないよ? ちょっと遠いけど」
「え? どのくらい?」
「30分くらいかな」
「うわっ。確かにちょっと遠い………けど、歩いても行ける距離だな。鳥飼は行かないの?」
「行かないよ」
「この後、なんか予定あんの?」
「ないよ」
「んじゃ、行こ。道案内よろしく」
「え? でも…………」
「今日、花火大会あるって一一一っ‼︎」
断る間もなく、手嶋君の呼び掛けにみんな集まって来る。
「30分とか、みんなで歩いてたらすぐよ」
坂上さんも行きたいんだ?
「あたしっ、花火見たいっ!」
だよな。海原さん、花火好きって言ってたもんな。
「私、たこ焼き。あと、綿菓子」
結構動いてるし、お腹も空いてるよな。特に、徳永さんと手嶋君はみんなより動いてるし。
「でも、帰り遅くなるから危ないよ。多分、電車なくなるから送れないし、危ないし」
「そんな早く終電なんの?」
手嶋君が驚いた顔をする。
「僕が、みんな送った後だと帰れなくなる………」
「もしかして、私達の家まで送ろうとか思ってた? そこまで頼まないわよ。みんないるんだし」
「オレだっているし」
「でも…………」
「何? オレじゃ頼りになんない?」
「そういう訳じゃないけど………」
手嶋君一人でみんな送るの大変じゃないか?
それに…………人多いし、知り合いに会いたくない。
「知ってる人に会いたくないとか?」
こういうとこ、手嶋君は鋭いよな。
「それなら、コンビニでマスクくらい買って行く?」
「あたし、メガネ持ってるシ。ダテだし、貸すヨ?」
徳永さんまで…………そんなに?
「じゃ、道案内だけ」
自分だけだと30分くらいと思っていたけど、寄り道したりで思ったよりも時間がかかってしまった。
でも、まだ花火上がるまでにはもうちょっとあるよな。
「ここ、まっすぐ行ったところが会場だけど、花火は川の近くで上がるから早めに移動した方がいいかも。人は少なめけど、屋台のあるところからは少し離れてるから」
「マジで帰んの?」
「うん。手嶋君がいるから大丈夫って言ったでしょ?」
「いや、言ったけどさ一一一」
ちらっと、海原さんの方を見る。
海原さんはちょっとしゅんとした顔をしている。
「海原と一緒に回りたくないの?」
「そういう訳じゃないけど………」
「だったら、一緒行こうよ。海原も絶対喜ぶって」
「そうかな?」
こういうのは、一緒にいて楽しい人の方が盛り上がるんじゃないか? 僕くらいいなくても…………。
「鳥飼くんっ、ほんとに帰っちゃうのっ?」
海原さんが悲しそうな顔で、僕を見上げてくる。
………………こ、こんな顔でそんなこと言われたら断れなくないか?
坂上さんと徳永さんが後ろでにやにやしていた。
私は出かけていても知り合いに会う機会は少ない方ではないかと思いますが、近所で会わないのにどうしてここで? という場所で会うこともあります。
会えると嬉しい気もしますが、普段とは違う自分なのでちょっと照れたりすることもあります。




