*38
鳥飼くんがコーヒーとカフェラテを持って、2階に上がる後ろをついて行く。
多分、隣が燕くんの部屋なんだろうな。それで、お向かいがお父さんとお母さんの部屋かな?
なんか、緊張するっ。
鳥飼くんの部屋って、どんなだろっ? 物は少なそうだけど、鳥の図鑑とかあったりするのかなっ? アルバムとかあったら見せてくれるかなっ?
……………………今日はそんなんじゃないのにっ。テスト勉強のためなんだってばっ。
鳥飼くんに続いて、おそるおそる? 部屋に入る。
「うわぁ……………」
机とベッドしかないっ?
「お、思った以上にシンプルだねっ?」
「無理しなくていいよ。何もなくて殺風景なだけだっていうのは分かってるから」
ば、ばれてる…………。
「学校の物とか、服とか、趣味の物とか……そういうのはっ?」
「服はそんなに多くないし、教科書なんかは机の中だし、本も図書室とか図書館とか………なるべく電子で買ったり、小まめに処分したりしてるから、クローゼットの中にしまえるくらいしかないよ」
「そうなんだ……………」
なんか、いつでも出て行けるような…………?
「…………で、でもっ、勉強に集中できそうだねっ?」
「それは、そうかもね」
鳥飼くんはくすっと笑って、机の上にカフェラテとコーヒーの乗ったトレイを置いた。
「ごめんね。ちょっとテーブルとか座布団とか持ってくるから」
「あ、あたしも手伝うっ」
「いいよ。そこ座っといて」
言って、鳥飼くんはエアコンをつけてくれる、けど……………?
「つけない方がいい?」
あたしっ、顔に出ちゃってたっ?
「ううん……………リモコンって、いっつもそこ置いてるの?」
「え? うん。下に置いてたら邪魔でしょ?」
「そ、そっか。そうだねっ」
「?」
鳥飼くんは不思議そうな顔をしながらも、テーブルなんかを取りに部屋から出て行った。
………………ふつう、エアコンの上にリモコン置くっ?
試しに手を伸ばしてみるけどまったく届かない。
うんっ、いいんだけどねっ。あたしが低いんじゃなくて、鳥飼くんが高いだけだしっ。
でもっ、もし一緒に住んでて、うっかり上に置かれちゃってたりしたら…………踏み台いるねっ。高めのやつ。
………………あたし何考えてるんだろっ? 一緒に住んだら、とか…………。
でも、朝とかはさっきみたいに鳥飼くんがコーヒー淹れてくれて、あたしは朝ごはんの準備とか……………………だから、まだ早いってばっ。
だめだっ! 妄想が止まんないっ!
階段を上がってくる音がして、ドアを開ける。
テーブルとか持ってきてくれるって言ってたから、たぶん大変なはず。
「あ、ありがとう」
鳥飼くんが驚いた顔をして、入ってくる。
「ううん。あたしこそっ、いきなり押しかけちゃったのにっ」
「それはいいよ。僕が誘ったんだし、海原さんが家にいるのって、なんか………ちょっと落ち着かないけど…………嬉しい、から」
最後のほうはぼそっと、気を付けてないと聞こえないくらいの声だった。
そういうのがかえって、きゅんとする。
………………今なら、きいてみていいよね?
少し迷って、テーブルを準備してくれている横できいてみる。
「鳥飼くんって、学校で話しかけられるの、なんでいやなのっ?」
鳥飼くんはちょっと驚いた顔をした後、気まずそうに答えてくれる。
「前にも言ったと思うけど、海原さんが、僕みたいなのと話してたら、何か言われるんじゃないかと思って」
「そんなの気にしないよっ」
あたしのほうが、いっしょにいると鳥飼くんがはずかしいんじゃないかと思うのに………。
でも、今気づいてないと思うし、気にしてないのに、あたしが言ったことで気にしはじめちゃったらいやだから、黙ってる。ずるいよね、とは思うけど。
たぶん、鳥飼くんならそんなこと気にしないんだろうけど、もしかしたら、と思わずにいられない。
「うん………多分、一番は僕の自信のなさ、なんだろうけど……………海原さんも、僕と付き合ってるとか、思われたくないんでしょ?」
鳥飼くんはちょっと悲しそうな顔で言う。
「そんなことないよっ? た、ただ…………なんか冷やかされたり、からかわれたりしそうでしょっ? 七尾さんとか、けっこうそういうとこあるしっ。それに、ねたまれたりっ?」
「妬まれたり?」
「だって、鳥飼くんと付き合ってるとかなったら……………」
「どういうこと? 僕のことが恥ずかしいからとかじゃなくて?」
なに言ってるんだろ? むしろ、鳥飼くんが彼氏とか自慢したくて仕方な……………………あ、これ、あれだっ! 無自覚イケメンってやつっ! 鳥飼くんらしいって言えばそうなんだけど、ほんとにちょっとも自覚ないんだっ?
だから、あたしでもがんばれば大丈夫だったんだ?
紅実ちゃん変わってるから、いっつもああいうこと言ってるのかと思ってたけど、もしかして鳥飼くんの自覚のなさで、みんなが気付いてないだけだったり?
あたし、ものすごくラッキーだったんじゃないっ? だって、もしライバルいっぱいだっら、あたしなんか鳥飼くんの視界にも入れてなかったかもしれないもんねっ? すごくないっ?
「そんなことないよっ? それにっ、鳥飼くんからは話しかけてくるでしょっ?」
「慣れたい、とは思ってて………全然だけど」
でも、けっこうしゃべってるよね? 普通に………というか、かなりどきどきはさせられちゃってるけどっ。
見た目だけじゃなくって、そういうとこも無自覚だよねっ?
「それなのに、あたしから話しちゃだめなの?」
「それは…………………」
折りたたみテーブルの足を立てながら、口ごもる。
よくわかんないっ。
「最近、七尾さんからも徳永さんからも話しかけられてるでしょ? なんで、あたしダメなのっ⁈」
あ、ちょっときつくなっちゃった。
う〜〜っ。でもっ、あたしも話したいんだもんっ!
でも、鳥飼くんはそんなこと気にしない感じで、言いづらそうに答える。
「……………………海原さんは違うでしょ?」
知ってるんだったら、我慢して、ってこと?
でもっ、彼女なんだからむしろほかの人よりかまってくれてもよくないっ?
………………こういうのがわがままって言われるんだ。
そのまま言ったらだめだよねっ?
「なにが、だめっ? 話し方とかっ?」
「そうじゃなくて、海原さんからいきなりっていうのはちょっと………………」
鳥飼くんはまた、その先をにごしてはっきりと言ってくれない。
「ちょっとって、なにっ? だめなとこあるならなおすの努力するしっ」
歩み寄りって、こんな感じっ? 大丈夫っ? 責めてる感じになってない?
「そうじゃないって。僕側の問題だから……………」
「でもっ! あたしも話したいもんっ」
目が合ってしまって、どきっとする。
鳥飼くん、困ってるよねっ? あたしの言ってるのわがままだなって。
けどっ! そのくらいさせてほしいっ!
鳥飼くんはそんなあたしの気持ちなんか関係ないみたいにふいっと顔をそらして、テーブルを置いた後、一緒に持ってきていた座布団を渡してくれる。
あたしは鳥飼くんの正面に座布団を敷いて座る。
それなのに顔は上げないまま、あたしの顔を見ないで言う。
「海原さんからいきなり話しかけられたら、普通じゃいられないでしょ?」
「それって、どういう…………?」
「そこは、察してくれると有難いんだけど?」
ん?
「え? なんでっ?」
「わかるでしょ?」
もしかして、照れてるっ?
「わかんないっ!」
顔っ、見たいっ!
顔を伏せる鳥飼くんの顔を覗き込む。
「あ、顔っ、あかっ…………?」
「み、見ないでくれる?」
自分の大きな手で、あたしから見られないように隠してるけど、耳までまっか。
照れてるっ!
今までも照れ顔見ちゃったことはあったけど、まっかだっ!
な、なんか、きゅんきゅんするっ!
うわ、うわっ、うわ一一一一一一っ!
あたしまで顔赤くなっちゃうっ!
少ししてあきらめたのか、まだちょっと赤い顔のまま、仕方なさそうに話してくれる。
「海原さんからいきなり話しかけられると、普通に対応できないというか……………どきどきする、から………」
そんなこと、そんな顔して言うっ⁈
鳥飼くん、どんだけあたしの心臓に無理させるんだろっ?
「で、でもっ! 鳥飼くんからはっ、話しかけてくるでしょっ? あれはっ?」
「だから、慣れようと思って…………自分からなら心の準備くらいはできるし………2人の時とか………それでも、普通に喋るみたいにはできないけど……………」
なにそれっ?
「ずるいっ!」
「な、なんで…………?」
「だって、あたしだってどきどきしてるもんっ!」
「そ、そんなことないでしょ? 海原さんは、別に………」
「してるもんっ! 七尾さんにばれないようにするのとか大変なんだからねっ?」
「……………ご、ごめんねっ⁉︎」
不貞腐れたようにそっぽを向いてるけど、見えてるからねっ?
かわいくって、頭なでなでとかしてあげたいっ!
してもいいかなっ? 今なら、手届くし。手を伸ばそうとしたところで、鳥飼くんがこっちを向く。
「何からやる?」
話をそらすように言って、ノートや教科書をテーブルに出す。
あたしは思わず手を引っ込めて、テーブルの下に隠した。
「えっと、化学か数学………」
「じゃ、この前説明してくれるって言ってた化学からやる?」
「うんっ。教科書と、ノート………」
鳥飼くんに気付かれないように、テーブルの下で手を握って、思い返す。
あたしっ、頭なでなでとか…………何考えてるんだろっ? 男の子がそんなのされてもうれしくないよねっ?
「なんかっ、すごくいい点取れそうな気がするっ!」
ふしぎっ。鳥飼くんの説明って、つるんって入ってくるっ。
それに、教えてもらった後逆に説明して、とか………わかったつもりになってたとこ確認できるし、自分で説明するから、さらに定着していく感じ。
「楽しみだね?」
くすっと笑いながら、鳥飼くんがものすっごいやさしい顔をする。
そんな顔、直視できないってばっ。
「…………そこまではないけど」
ちょっと、調子に乗りすぎだねっ。
「今までどのくらいできてたのかは知らないけど、最初答えられなかった問題もできるようになってるよね?」
「う、うんっ。家でもがんばるっ!」
そしてまたやさしい顔をする。
この人、ほんとにあたしの彼氏、なんだよねっ?
あたしのどこがよくて付き合ってくれてるんだろっ?
「あたしっ、教えてもらってばっかりで、全然教えられることないねっ?」
いっつももらってばっかりで、ちょっと申しわけなくなる。
でも、そういうのもわかってくれてるのか、ちょっときいてくれたりする。
「海原さんは、家庭科ってどうやって勉強してる?」
手芸部ってこと知ってるから得意って思われてるんだよね? 確かに他の教科に比べてダントツでいいけど。
「テストの前の休み時間に教科書めくるくらいかなあ?」
「………え?」
ごめんなさいっ。実はほとんど勉強しないからわかんないっ。
「だ、だって、家庭科ってもともと知ってることがほとんどだから、勉強しなくてもけっこう取れるよねっ?」
日常的に使う知識が多いから、覚えちゃうし。そのへん、同じよねっ?
「同じ日にある他の教科に専念できてお得だよねっ?」
笑って、ごまかす。
「……………そうなんだ?」
「あ、あと現代文も漢字くらいしか勉強しないですむから、その日の別の教科はいっぱい勉強できるよねっ?」
「……………海原さんって、何で理系なの?」
あーーんっ、やっぱりおばかだって思われてるっ!
だって、そうだよねっ? 数学も理科もそれほど得意じゃないのに、理系って………。
「紅実ちゃんが、理系って言ってて…………」
あ、こんな言い方したら自分でなんにも考えてないって思われちゃうっ?
「理系なら数学の時間にCADやったりするってきいて………部活の先輩が型紙作るのに便利って言ってたから」
紅実ちゃんの受け売りがほとんどだけど、あたしもそうだなって思って決めてるんだから、もうちょっと自信持っていいよねっ?
「やっぱり、そういう仕事目指すの?」
「それは、わかんないっ。今はまだ趣味とかその程度でしかないし」
まだ、具体的には決めきれない。紅実ちゃんは将来的には自分のデザインしたものとか売りたいって言ってるけど、そんなの限られた人だけだってこともわかってる。
多分、あたしのやってるのは趣味の範囲でしかない。
鳥飼くんは、自分で将来のこととかちゃんと考えてそうだよねっ?
「鳥飼くんはっ? どんな仕事したいとかあるのっ?」
「………………………公務員」
やっぱりっ。まじめだし、ちゃんと考えてる感じがするっ。
「鳥飼くんらしいねっ? がんばってねっ」
「う、うん。ありがとう」
ちょっと照れくさそうに、でも申し訳なさそうな顔にも見えた。
その時、あたしそばにいられてるのかなっ?
少し不安になって、それをかくすように話を変える。
「あのねっ。今日、スコーン作ってきたの、食べるっ?」
「試験前なのに?」
あ……………勉強しないで遊んでばっかりって思われてるっ?
「ち、ちがうのっ。ほんとはお休みの日って朝ごはんにホットケーキとか作って食べるんだけど、スコーンだったら持ってこれるよねっ、て。いつもの………ついでっていうか………勉強したくないからって訳じゃなくて……………」
苦しいよねっ? 気分転換って言っても、勉強してないのは本当のことだしっ。
ばかなのに、勉強もしないとか…………。
「怒ってる訳じゃなくて…………勉強の時間削ってまでとかなら、申し訳ないと思って…………」
「そ、そんなことないよっ? 大丈夫だよっ。ちゃんと勉強もしてるしっ。そういうのじゃないからっ」
勉強は、ちょっとだけどっ。でも、いつもよりはしてるっ! 鳥飼くんに教えてもらってるのにいい点取れないともうしわけないもんっ。せめて教えてもらってる化学と数学は前よりいい点取れないとっ!
仕方ないな、というふうに小さなため息をついて、笑う。
「………………休憩しよっか? カフェラテもう1杯飲む? 冷たいのもできると思うけど」
「うんっ。じゃ冷たいの、お願いしてもいいっ?」
わーーいっ! 鳥飼くんっ、やさしいっ!
次回、アイツが帰って来ます。




