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スズサキ*  作者: さより
意識
23/63

*23

「咲妃、大丈夫?」

 5時間目の終わるチャイムが鳴って、少しして紅実ちゃんが来てくれる。

「う、うんっ。だ、大丈夫っ」

「ごめん。大丈夫な訳なかったね?」

「大じょぶ……っ…………」

 言いながら、声が震えて涙がこぼれる。

「ほら、大丈夫じゃないじゃない。6時間目も休んで、終わったら迎えに来るから一緒に帰ろっか?」

「う、うんっ。と、とりっ………」

 また泣いてしまって、うまくしゃべれない。鳥飼くんが何かしてくれたのはなんとなくわかるけど、何があったのかとか、5時間目遅れて先生に怒られたりしてないかとか、他の人にいろいろ言われたりしてないかとか……いろいろいろいろ気になるのに、きけない。

「ごめんね? 一緒にいてあげられなくて」

「う、ううんっ」

 紅実ちゃんが申し訳なさそうに言う。

 全然、気にしなくていいのにっ。

 あたしのせいで紅実ちゃんまで授業遅れちゃったらそのほうが申しわけないし。

「1組の前通ったときに七尾さんから、あんたのこときかれたよ?」

「あ、な、なん……て?」

 ケンカのことで目立っちゃったし、しばらくみんなからいろいろきかれたりするのかな? あたし、そのたびに泣かないようにしないと………。

「私が何て言おうか迷ってたら、気分悪いんでしょ? 生理? って」

「え? ……っ………?」

 生理? なんで?

「あたしが一緒に行ってなかったから、大したことないと思ってたみたい」

 あ、そっか。あたしいつも紅実ちゃんといるから………ああいう時、紅実ちゃんならぜったいついてきてくれるもんね。

 でも、助かる。

 こんな状態の時に、みんなからいろいろきかれたら、ぜったい泣いちゃう。ケンカのせいだけじゃないのに。

 たまたまついて来てもらえなかった、から…………?

 紅実ちゃんの顔を見ると視線をはずしてちょっと怒った、でも、ちょっとこまった感じで言う。

「もーーーっ‼︎ アイツ何なのっ⁉︎ 咲妃のこと泣かせといて、ついてくんな、とか。指図すんなっ! って、思ってたけど………」

 鳥飼くんが、紅実ちゃんについて来ないように言ったの?

 保健の先生が顔を出して、しーってする。

 2人ですみませんと頭を下げたあと、紅実ちゃんがまた小さい声で話しはじめる。

「とにかく、あんた戻って来ても多分誰も興味持たないから。気にしないで戻って来れるようにはなってるから」

「う、うんっ……」

 やっぱり、あきらめらんないよぉっ。

 そう思うと、また涙が止まらなくなった。

「ごめん。私教室戻るね? また帰り来るから」

 言って、紅実ちゃんが慌てて教室に戻って行く。

 鳥飼くんはやさしいからきっとみんなに同じことするんだろうけど…………まだ、嫌われてはないのかなぁ?


     *♠︎*♠︎*♠︎*


 5時間目の終わった後は、席を外していて、放課後は都合よく? 先生に呼ばれた。

 ケンカのことで少し訊かれたけど、よくわからないで通した。

 実際、知らないし知る必要もないと思ってる。

 教室に戻ると誰もいなくて、海原さんの鞄が机の横にまだ掛けられてあった。

 七尾さんは荷物持って行ってあげなかったのかな? 海原さんはまだ戻れないのかな? どうするんだろう?

 僕が持って行く………? でも、まだ教科書とか机の中だよな? それに、女子の荷物とか触っていいのか?

 誰かに頼む? 頼める人………いないか。

 保健室に行って、一度様子を……大丈夫そうだったら荷物あるの教えて………でも、もう関わりたくないんだよな………。

 それなのに、海原さんにあんな………絶対嫌だったに決まってる。でも、他に思いつかなかったし………仕方ない、よな。犬にでも咬まれたと思って、忘れてくれれば………僕は、忘れられそうもないけど………。

 だいたい、なんでケンカ止めに入ったりしたんだろう? ほっといても先生が来ただろうし………他にも………。

 最近、イラついてるせいだよな。以前はもっと冷静に対応できてたはずなのに。

 また溜め息がこぼれる。

 教室の後ろのドアが開いて、心臓が跳ねる。

 振り向くと坂上さんで、ちらっと僕を睨んで行く。

 あの時、保健室には僕が連れ行くからって……ついて来ないように言ったの怒ってるのかな? 怒ってるよな?

 でも、あの時はああした方がいいような気がして………うまく説明できる気はしないけど。

 今のうちに帰ろうか? 海原さんの荷物取りに来たみたいだし。大丈夫だよな?

 それでもなかなか足が動かなくて、教室を出て行けなかった。

「そんなに心配?」

 海原さんの席に座って、机の中の荷物を鞄に入れながら冷たい声で訊かれる。

 必死で当たり障りのない回答を探して、自信のないまま答える。

「坂上さんが行ってあげるなら大丈夫だと思うけど………」

 答えると、坂上さんが勢いよく立ち上がって僕をまっすぐに睨んでくる。

「言っとくけど、あの泣いてる半分以上はあんたのせいだからね⁉︎」

「なんで、僕のせい?」

「わかんないの? あんた、咲妃にひどいことしてる自覚ないの? あの子が、あんたに何した?」

「別に、何も」

 僕が勝手に勘違いしてただけで、海原さんが悪いわけじゃない。

「だったら、なんで無視するの? ラインなんか既読にもなんないし、目も合わせてくれないって、泣いてんのよ?」

「何で、そんなことくらいで………」

「それ、本気で言ってんの⁉︎」

 海原さんの席から、僕の側まで来て、鞄をぶつけてくる。

「……つっ…………」

 そして、怒鳴ってくる。

「あんたが何に対してムカついてんのかは知んないけど、そのムカついてる理由くらいは説明してやってよっ⁉︎ このままじゃ、あの子納得できないからっ‼︎」

 坂上さんは僕に海原さんの鞄を押し付けたまま、教室を出て行った。

 どうしろって言うんだろう? 僕が海原さんにムカついてる理由? そんなのない。ただ、僕が、自分にムカついてるだけだ。それを、何て説明する?

 僕がどれだけ格好悪くて、情けなくて、惨めかとか。これ以上、海原さんには知られたくないと思うのに。


     *♡*♡*♡*


 保健室のドアを開けて、紅実ちゃんが入ってくる。

「大丈夫?」

「うん。だいぶ泣いちゃったけど、ちょっとすっきりしたよ」

 うん。たぶん、もう大丈夫。ちょっとすっきりしたのはほんとうだから。

 少し笑うと、紅実ちゃんは申し訳なさそうな顔をした。そしてものすごく言いづらそうに、言う。

「…………ごめん。咲妃の鞄で鳥飼君殴って来ちゃった」

「えっ⁈ なぐっ……………⁉︎」

 びっくりしすぎて言葉につまる。

「ほんとごめんっ」

「あたしの、かばん………?」

「うん。しかも、机の中身全部移した後」

「あたしは、いいけど………鳥飼くんは?」

「…………さあ?」

 鳥飼くん、大丈夫なのかなっ?

 な、何があったんだろっ? 紅実ちゃんがおかしいっ。

 意外に熱いとこもあるけど、だいたいはいつも冷静で、冷たいくらいのときもめずらしくないのに。

「じゃ、かばん…………」

「あ、うん。鳥飼君に押し付けて来ちゃった」

 苦笑しながら、頭をかいて答える。

「鳥飼くんが?」

「わかんないけど、多分…………」

「あたしっ、取りに行ってくるねっ?」

「私も………」

 さすがに悪かったと思ってるのか、迷ってる。

「大丈夫」

「でも………」

「もし、鳥飼くんいたら…………話してくるっ」

 もしいても、なに言ったらいいのかとか、なにきいたらいいのかとか、よくわかんないけど、いたらいいなっ、て思う。

 また、笑ってくれないかな? とか。照れ顔見れないかな? とか。また、公園とかでピクニックしたいな、とか。いろいろ思っちゃうけど、とりあえずお礼っ。たぶん、ケンカ止めてくれて、保健室はこんで…………鳥飼くんが、だよね?

 あのときは、そんな余裕なかったけど………だめだ。またどきどきしてきた。

 どうやったら、すきじゃなくなれるんだろ?

 また、涙が出そうになってがまんする。

 やだな。けっこう泣いたからもう大丈夫だと思ったのに。

 教室の前まで来て、立ち止まる。

 開けて鳥飼くんいなかったら、あしたお礼言って終わり。いたら、今お礼言って終わり………?

 しかたないよね。すぐにはあきらめられないけど、もう関わってほしくなさそうだし。あきらめちゃったほうが、何にも残らないぶん楽だよね?


     *♠︎*♠︎*♠︎*


 仕方なく、鞄だけ保健室に持って行こうと思って、教室を出ようとドアを開けると、海原さんの驚いた顔が目に入る。

「ごめっ」

 一瞬だけ、僕の顔を見上げて、すぐに顔を伏せる。目が、腫れてた。もう、泣き止んではいるみたいだけど。

「別に、僕は……」

 こんなに泣いてるのが僕の所為? 僕が避けてたから?

「…………あたしの、鞄?」

 持っていた鞄に気付いて、泣き腫らした目で僕を見る。

 そんな訳、ない。

「あ、うん。持って行こうかと思って………坂上さんが荷物まとめてくれて………」

 中身までは触っていないから、と言い訳をするように答える。

「あ、ありがとうっ。あたしもう、しゃべっ、くれな……」

 だんだん、声が震えてきて、また泣きはじめる。

 ………大丈夫なのかな? ちゃんと、帰れるのか?

 こんなふうに目の前で泣かれたら、さすがに放って帰る訳にもいかず、椅子に座らせる。

 何が出来る訳でもないけど、何となく隣に座った。

 これも僕の所為なのか? 坂上さんは、そう言ってたけど。

 ただ、僕と喋らないとか、ラインしないとか、それだけでこんなに泣かないよな?

 少し、落ち着いてきたみたいだけど、また、すぐに泣きそうな顔をする。

「ごめっ。もう、大丈夫っておもっ………」

 何か言ったほうがいいのかな? 僕が何か言ったら泣き止むのか?

「坂上さんは?」

 海原さんは顔を伏せたまま、首を横に振る。

 ついて来てもらわなかったのかな?

「行き違いになった?」

 また、首を横に振る。

「ひとりでっ、いいっ………言っ………」

 坂上さんはついてくるつもりだったけど、海原さんが断ったって事?

「とりかっ……はなしたかっ………から」

「え? 何?」

 訊き返すと、ちょっと語調が強くなり、海原さんの体が強張るのがわかった。

「ごめっ……と…かいくっ………はなっ………っ……」

「ごめん……怒った訳じゃ………」

 しばらく何も言えず、何も出来ないでいて、むしろ一人にしてあげた方がいいんじゃないかとも思うのに、立ち上がれなかった。

 少し落ち着いたら、海原さんはまだ少し震えた声で、詰まりながら話し始めた。

「あ、ありがと。今日、助けてくれて」

「僕は、別に………」

 海原さんはまた少し黙ってしまう。

 また泣いているのかと思ったけど、今度はずいぶんと迷っているようだった。

「あたしが、燕くんに会ったの、よくなかった? ………おうちで、なんか言われたり………?」

「言われないよ」

「日曜日、いやだった?」

 わざわざ遠回しに訊かなくても………。

「弟のこと知ってたの?」

「え? う、ううん」

「だったら、何で知ってたの?」

 だめだ。また、口調が強くなる。

「鳥飼くん、弟がいるって…………」

 それは言った。

「それだけで、わかる訳ないよね?」

 こんなことが言いたいんじゃないのに。

「でも、中学生って言ってたし、背高かったから」

「それだけ?」

「………自分も鳥飼なんですって、言ってたし」

「どういうこと?」

「あたしが、鳥飼くんって呼んだら、自分も、って」

「何で呼んだの?」

「鳥飼くんと思ったから」

「何で僕だと思ったの?」

「後ろからで………」

「後ろから?」

「振り向いたら違うなって思ったけど………背高くて中学生だったし……」

 さっきから背が高いってことと中学生だからってことしか言わない。

 当然だよな。共通点と言えば身長だけだし、僕から教えたのは2つ下だってことくらいだもんな。

 多分、僕に言いづらいことでも………?

 僕が少し大きな溜め息を吐くと、びくっとして一瞬顔を上げて、また伏せる。

 ………仕方ないよな。

「ごめん。もう関わりたくない」

 言って、席を立とうとすると、また泣き出す。

「ま、待ってっ。なんでっ? やっぱり、燕くんに会ったのがいけなかった? でもねっ、ぐうぜん………」

「もういいよ。会ったのは偶然でも、前から知ってたんでしょ? アイツ目立つし、実際モテるしね。でも、間に僕挟むのはやめてくれる?」

 自分でも驚くぐらい冷たい口調になる。

 でも、僕も泣きそうなくらい辛かった。

「ちがっ……あたしほんとに…………」

「名前で呼ぶくらいは仲よくなれたんでしょ?」

 僕がどれだけ悩んで誘ったのかとか、知らないんだよな? それなのに、アイツは簡単に話し掛けたり名前で呼んだり、軽く先に…………。

「あ、声」

 海原さんの声で思考が停止する。

 よくわからないまま、訊き返す。

「声?」

「うん。声、似てた。後ろからだったから鳥飼くんと思って…………」

「僕と? 似てる?」

「う、うん。……………言われたこと、ない?」

 声? そんなこと、言われたことない。似てる、か?

 椅子に座り直して、海原さんを見る。

「そんなに、似てる?」

「あ、でも、しゃべりかたとか違うからふつうに話してたらまちがわないと思うけど……言葉短かったりとか……名前だけとか…………」

 そもそも、僕と話す人とかそんなにいないし、指摘してくる人なんかいなかった。

 でも、嘘にしては…………ほんとに、知らなかった?

「会うの、初めてだった?」

「うん」

「弟と、何話してたの?」

「何、って?」

「やけに楽しそうだったし」

 海原さんは、顔をあかくする。

 もし、会うのが初めてでも、やっぱり僕なんかより、アイツと一緒の方が楽しかったんだろうな。

 何も答えない。答えられないのかな?

「アイツと話す方が楽しかった?」

 本当はそんなのは知ってる。わざわざ訊くことでもない。

「ちがっ、そういうんじゃなくて……」

 言葉に詰まって、先が続かない。

 また、溜め息がこぼれる。

「本当は、会わせたくなかったんだよね。比べられると思ったし」

 海原さんは、首を傾げる。こういうの、もう、諦めないといけないのにな。

「昔から比べられてて、嫌だったんだ。誰も、僕のことなんか見てないし、名前も………燕の方が格好いいしね」

 自虐的に、少し笑って言ってみる。馬鹿みたいだ。

 それに、はっとしたように顔をあげて、海原さんが迷いながら言う。

「あ、あたし、鳥のことはまだよくわかんないけど、ツバメは夏しかいないけど、スズメはずっといるんだよね?」

 ツバメは夏鳥でスズメは留鳥だけど、それが何…………。

「あたしは、ずっといてくれるほうが、いいなっ、て思うよ?」

 あかくなりながら、戸惑いながら僕を見る。でも、すぐに逸らす。

「あたしは、鳥飼くんが、いたほうがいい、と、思う」

 ちらちらと僕を見る。

 僕の反応を気にしてる? 僕なんかの?

「あ………だ、大丈夫?」

「え?」

 海原さんが驚いた顔をして、戸惑った後、制服の袖口で僕の目元に触れる。

「ご、ごめん。大丈夫だからっ!」

 慌てて、顔を逸らして、隠す。

 僕、泣いて?

 何やってんだ?

 ………恥ずかしすぎる。

「だ、誰にも、言わないよ?」

 そういうことじゃなくて。海原さんに情けない所を見られたくないのに………。

 じっと、僕を見てくる。

 でも、もう、無理だ。こんなに真っ直ぐに見てくれてたのに、僕の方から…………。

「…………ごめん」

 言葉が、こぼれる。

「え?」

 顔、見れない。見せられない。

 海原さんの腕を引っぱって、耳元で言う。

「好き、だから……また……って…………」

 顔見ないでこんなのとか、情けないな。海原さんの反応もわかんないし。

 海原さんは、どう思って………。

 耳元で、海原さんの声がする。息がかかる。

「あ、あたしも…………す、すき、だよ」

 手をゆるめても、海原さんは恥ずかしそうに俯いたままだった。

 しばらく、そのままお互いに何も言えなくて、帰宅のチャイムが鳴るまでそのままだった。

「帰れる?」

「うん」

 少し顔を上げると、顔がまだあかくて、でも、泣き腫らした跡が痛かった。

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