*20
振り向くと、全然ちがう人だった。
やだっ。はずかしっ。
そうだよねっ。あたし、ラインでまっててって送ったもんね。来るわけないのにっ。
とりあえず、お礼っ。
「すみません。ありがとうございます」
ペットボトルを受け取ろうとするけど、なかなか渡してもらえない。
「あの………?」
見あげると、その人はじっとあたしの顔を見てくる。
なんだろっ?
それにしても、この人背高いな。たぶん、鳥飼くんほどじゃないけど。それに、大人っぽく見えるけど、学校のジャージ?
「どっかで会った?」
「あ、いえっ。ごめんなさい。人ちがいですっ」
はずかしくて顔あわせらんないっ。
こういうのって、ナンパみたいに思われてるのかな? そんなんじゃないのにっ。
「………オレも鳥飼なんだけど」
…………えっ? そ、そんなことって、あるっ?
びっくりして顔をあげる。
よく見たらジャージの胸に刺繍された校章の真ん中に「中」の字。中学生っ?
あ、あれっ? ううんっ、そんなのあるわけなくないっ?
そう思いつつも、おそるおそる確認してみる。
「………もしかして、お兄ちゃんが青葉台高校に通ってたり?」
あたしがきいてみると、表情がぱっとゆるんで子どものような顔になる。
「あれ? にーちゃんのこと知ってんの?」
やっぱりっ。背高いし、中学生っ。それに、なんか、そんな感じするっ。
「う、うん。同じクラスで………」
でも、なんて説明したらいいんだろ? 学校では仲よくさせてもらってます? でもでもっ、かんちがいとかされたら鳥飼くんも迷惑だよねっ? 今いっしょにいるのとか…………。
「カイハラサキ……さん?」
「え? あ、なんでっ?」
もしかして、あたしのこと家でもしゃべってるっ? あたし、どんなふうに言われてるのっ?
「あ、やっぱそうなんですね?」
あたしが反応すると、にこっと笑う。
すっごい、笑うし、人懐っこい感じ。鳥飼くん、似てないって言ってたけど、確かにそうかもっ。
「あ、オレ、鳥飼燕って言います。にーちゃん、今日あおば自然公園ってとこに鳥見に行くって言ってたんですけど、もしかして一緒でした?」
「あ、や、そういうんじゃ………」
いっしょにいたのバレたら、いやだよねっ? おうちでいろいろ言われるかもしれないしっ。
「そうなんですね? てっきりデートかと」
「ひ、ひとりだよっ? それに、鳥飼くんとはそういうんじゃないんでっ」
デ、デデデデデートって、なんでっ?
「………そっか、まだ付き合ってないんでしたっけ?」
こういうとこは笑ったりしないのっ?
冗談でもなく、まじめな顔で、あたしと鳥飼くんが付き合ってたと思ってたふうに言う。
「ま、まだ、とかじゃ……た、ただのクラスメイトだしっ」
なになになになにっ? え? どういうことっ? つ、燕くんだっけ? どこまで知ってて、そんなこと言うのっ?
「そーなんですか? 残念。咲妃さん、めちゃくちゃにーちゃんのタイプなのに」
「えっ?」
燕くんが、あたしの顔を見てにやっとする。
あ………今、たぶん、あたしめちゃくちゃうれしい顔してた。
だって、あたしが鳥飼くんのタイプって、そんなふうに言われたら、うそでもうれしいに決まってるじゃん? 仕方なくないっ? でもでもっ、鳥飼くんにばれたらどうしようっ? もう、今日言うつもりだったけど、他の人からきくのって、いやだよねっ? しかも弟くんからとかって………。
「え、と………」
戸惑っていると、燕くんがにこにこしながら、今までのこと、なんとも思ってないみたいにきいてくる。
「もしかして、咲妃さんにーちゃんと連絡取れます?」
「え? お兄ちゃんと連絡とれないの? 急用?」
もしかして、あたしといっしょにいたから、気つかって出なかったのかな?
「急用ってわけじゃないんですけど、ちょっと困ってて」
「どうしたの?」
「オレ、実は今帰れなくなってるんですよね」
「かえれない?」
どういうこと?
「ICカード忘れたうえに現金あんま持ってなくて、しかもスマホ充電切れ」
言って、ジャージからスマホを出して電源ボタンを入れてみせるけど、画面には空っぽになった電池のマークが表示されている。
「走って家帰るよりこっちのが楽かと思って、ダメ元で探しに」
「え? む、むりじゃないっ? 電車賃貸そうかっ?」
「いやいや、にーちゃんに怒られるんで」
「で、でもっ、探すって……」
燕くんって、めちゃくちゃなこと言ってない? あおば自然公園って言っても、結構広いよ? そんなぼんやりした情報で探しにきたの?
「まだ帰ってないなら、駅で張ってたらすぐわかると思うんですよね。ほら、にーちゃん背高いでしょ?」
「そ、それは、そうだけど………」
燕くんは笑ってるけど………ここ、笑うとこっ? だって、もし会えなかったら電車で1時間くらいかかるとこ、走って帰るつもりだったのっ?
やっぱり、ぜんっぜん、似てないっ。
ほんとに鳥飼くんの弟っ?
「にーちゃんのラインは知ってますよね?」
「う、うん。知ってるっ。電話も………連絡できるよっ。ちょっとまっててね?」
言って、スマホをバックから取り出す。
ど、どうしようっ? 鳥飼くんに迷惑じゃない? 燕くんに会ったとか。それに、燕くんといっしょにいたら、すきとか言えなくなるよねっ?
「咲妃さん?」
思わず、鳥飼くんに呼ばれたみたいでどきっとする。
鳥飼くんもいつか名前で呼んでくれたりするかなっ?
想像して顔が熱くなる。
「もしかして、咲妃さんも充電切れ?」
「え? あ、ううん。大丈夫だよっ」
だめだっ。もう今日はむりかもっ。
でも、困ってるんだもんねっ、仕方ないよねっ? 鳥飼くん、鳥見に行くことになってるって言ってたし、あたし知らなかったふりしたらいいよねっ?
偶然、近くにいたみたいってことにしたらっ。
スマホで鳥飼くんの番号を表示させる。
電話でしゃべるの初めてだっ。緊張するっ。
どきどきする暇もなく、鳥飼くんが出てくれて、やさしい声で心配そうにきいてくれる。
《どうしたの? 何かあった? 今そっちに行こうかと思ってたんだけど》
うわーーーっ。耳もとで鳥飼くんの声っ。どきどきするっ。
「えっとね、鳥飼くんの弟くん………燕くんがいて………」
《え? 燕? 何で?》
すごいびっくりしてる。あたりまえだよねっ?
「なんかねっ、帰れなくてこまってるって。あたしたちね、今あおばの森自然公園っていうとこの近くにいるんだけど、鳥飼くんは公園に来てるって言ってて………会える? もし、むずかしいならあたし電車賃貸しとこうか?」
わざとらしいかな? でも、鳥飼くんいっしょにいたってばれたくないよね? 察してくれるよね?
《あ、でも、それは悪いから………》
「悪くないよっ? 明日、学校で返してくれればいいしっ」
そっちのほうがここで燕くんと別れられるから、このまま公園戻れるよっ?
伝わんないかなっ? どうしよっ?
あたしがおろおろしているのを見て、燕くんが視界に入ってくる。自分を指さして変わって欲しいという合図をする。
「つ、燕くんに代わるね?」
《え? あ、うん………》
スマホを燕くんにわたす。大丈夫かな?
「にーちゃん?」
なにしゃべってるかわかんないけど、おこってるのかな?
「だって仕方ねーじゃん? 試合間に合わねーと思ったし………借りれるわけなくね?」
あ、もしかして、あたしに借りといて、みたいなこと言ってくれてるのかな?
いいよ。貸すよ? 鳥飼くんならあとで、すぐに返してくれそうだし。大丈夫だよ?
「にーちゃんいっつも言ってんじゃん? 友だちにも金は借りるなってさ」
確かにお金の貸し借りはよくないもんね。さすが鳥飼くん………。
で、でもっ、緊急事態だし、よくないっ?
毎日会うし、それきっかけで話す理由もできるし。
「とりあえず駅な? 改札。いいじゃん? 咲妃さんについて来てもらうから。わかった。んじゃ、あとで」
え? 駅っ? あたし、ついてくのっ?
電話を切られて、スマホを返される。
「駅で会うことになったんで、一緒に行ってもらえます?」
「な、なんで、あたしもっ?」
「駅で会えなかったら、にーちゃんから連絡入るかもしれないんで。もしかして、このあと用事とかありました?」
「な、ないけどっ………」
意味ありげに、ものすごく見てくる。なにっ? なんか、へんっ?
「お礼しなきゃと思って。駅ついたらにーちゃんになんかおごらせるんで」
「い、いいよっ? そんな、お礼とかっ………」
「いえいえ、申し訳ないんで」
もしかして、気つかわれてるっ
鳥飼くんに会えるように、みたいな?
ほんとはさっきまでいっしょにいて、この後もその予定だったとか、言えないっ。
あとで会ったとき、さっきまでいっしょにいたの、ばれないっ?
それに駅まで戻ったら、また公園行くの遅くなるよねっ? かといって、お礼だからっておごられるわけにも………燕くんもいっしょなわけだし………。
でも、ちょっとほっとしてるかも。変に告白とかして気まずくなるより、今のままのほうがいいかな、とか。
*♠︎*♠︎*♠︎*
なんで、あいつが海原さんといっしょにいるんだよ?
しかも迷惑かけてんじゃねえよ。
駅の改札で待っている間、イライラして堪らなかった。
しばらく待っていると、海原さんが弟と一緒に来るのが見える。
………………………。
「あ、にーちゃん。先ついてたんだ?」
弟が駆け寄ってきて、ちょっと得意気に言う。
何なんだよ?
「すごいっ、偶然だねっ? やっぱり、弟くんも背高いんだねっ?」
海原さんが、ちょっとぎこちない様子で、僕に話しかけてくる。
ばれたくないんだよな? 僕と今まで一緒にいたこと。
「ごめん。うちの弟が………」
「ううん。大丈夫だよっ」
言って、恥ずかしそうに笑う。
「にーちゃん、カネ貸してくんね? 切符買ってくる」
「ん、あぁ」
ムカつく。でも、こんな場所で怒鳴るわけにもいかない。海原さんもいるし。
仕方なく弟に電車賃を渡し、切符を買いに行かせる。
弟が離れたことを確認して、海原さんが訊いてくる。
「え、と。ごめんね? ど、どうしよっか?」
海原さんは、どうしたいんだろう?
桜並木行けてないもんな。でも、また公園っていうのもな。遅くなるだろうし。
女の子だし、危ないよな。僕みたいなのが送るわけにもいかないし………。
電車で2駅の後、学校から20分くらいって言ったか? 駅から学校まで10分……15分くらいとして、帰るのに1時間くらいはかかるよな?
今から帰っても17時すぎくらいか………。
「帰る?」
海原さんは、ちょっと複雑な顔をしてから頷く。
「そ、そうだねっ」
「咲妃さん帰るんですか?」
切符を買って戻ってきた弟が馴れ馴れしく話しかける。
「う、うんっ。特に用事もないし、駅まで来たから」
弟が意味あり気に俺の顔を見る。
何なんだよ?
「でも咲妃さんにお礼………」
「だ、大丈夫っ。あたしもちょうど帰ろうと思ってたとこだったし………燕くんも、よかったね? お兄ちゃんと会えて」
ちょっと、名残惜しそうな顔をする。
「あたし、帰るね? ばいばい」
「あ、うん………」
「んじゃ、またね」
またね? どういうつもりなんだよ、コイツ? 何でまた、会うこと前提なんだよ?
海原さんは、ちょっと手を振って改札に入って行った。
姿が見えなくなってから、燕が話しかけてくる。
「何で誘わねーの? お礼にお茶でも、みたいな」
「うるせえよ。帰るぞ」
「何、怒ってんだよ? ヒトがせっかくチャンス作ってやってんのに」
「頼んでないだろ?」
「いや、まあ、そうだけど………」
さっさと電車に乗って座ったあと、いつも通りに話しかけてくる。
「にーちゃんスマホの予備バッテリー持ってね? もしかしたらカッツンたちからライン来てるかも知んねーし」
バックの中から予備バッテリーとケーブルを無言で渡す。
「サンキュー。まさか買い食い見つかるとか思わねーもんな。バラけて逃げたけど明日叱られんだろーな」
「ちゃんと計算して使えよな? いつも言ってんだろ?」
「いや、だってスマホ充電切れで電子マネー使えなかったんだよ」
「そんなんで買い食いしてんじゃねえよ」
「だって忘れてたんだから仕方ねーじゃん?」
呆れてため息しか出ない。
「ま、結果オーライってヤツだな。にーちゃんも休みの日に咲妃さんと会えてよかったろ?」
にやにやしながら、得意気に言ってくる。
普段は勘のいいヤツなのに、こういうところのタイミングの悪さって何なんだよ?
たまたま会うことがあったとしても、何で…………?
「…………お前から話しかけたのか?」
「まあね。コンビニで水取ろうとしてて、背ちっこくてビミョーだったから………まさか、それがあの、海原咲妃さんとはね」
「………気付いて、声掛けたんじゃないのか?」
「いや、見たことねーのにわかるわけなくね? 西脇さんからにーちゃんの理想まんまみたいなことはきいてたけど」
…………理想って、何なんだよ?
でも、そうだよな? 海原さんの写真とかないし、見たことないはず………。
「何でわかったんだ?」
「咲妃さんのが先に気付いて………にーちゃんが教えてたんじゃねーの?」
教えて、ない………。弟がいるっていうのは言ったけど、初対面でわかるほどの情報なんか話してない。
…………最初から、知ってた?
木村君も知ってたくらいだし、他に知ってる人がいてもおかしくないよな?
考えたくないけど、そういうこと、だよな? 中学の頃とかしょっちゅうだったし。
コイツと歩いてるとき、顔まっかにしてて………嬉しそうにも見えたし。
馬鹿みたいだ。
海原さんももしかしたら少しくらいは、とか………勘違いも甚だしい。




