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海原さんも、この時間だよな。
ちらっと横を見ると、海原さんが上履きに履き替えている。僕の目線からじゃ頭くらいしか見えない。
こういう子って、僕みたいなのどう思って…………何とも思われてない方がいいけどな。どう考えても好意的には見てもらえないだろうし。
そもそもが、うざい・キモい・暗い、だしな。
海原さんが一番上の下駄箱に上履きをしまう。僕は履き替えるために姿勢を下げる。その一瞬、ちらっと横を向いてみる。
ちょっとふっくらした頬とか、ツヤっとした髪とか………長くは見れないけどな。避けられるくらい、気持ち悪いとか思われたら嫌だし。
履き替えたあとは早めに教室に行く。
………挨拶くらいなら、してもよかったのか?
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ち、近い。近い近い近い近い近い〜〜〜っ。
思ったより、全然近い。ちょっとどきどき、とかのレベルじゃない。
横向けない。っていうか動けない。っていうか、息できない。肘とか当たりそうなんだけど。
席と同じで隣の列だから仕方ないんだけど、こんな近い?
靴をしまった後も、ちょっと動けないでいると、鳥飼くんはさっさと教室へ行ってしまった。
今っ、チャンスだったよね? もしかして、そのまま話しながら、なんとなく教室までいっしょに行ってたりしてたかも知んないのに。
でも、あんな近いの…………前のときは、よく大丈夫だったな、あたし。
「言えた?」
後ろで様子を見てた紅実ちゃんが近くに来て、小声で訊いてくる。
「言えなかった」
あんな状況で、あいさつとか、余裕ない。
「あ、海原さん、坂上さんおはよー」
「おはよー」
七尾さんがあたしたちの姿を見つけて、近付いてくる。
「あれー? 海原さん、何か顔赤くない?」
「そ、そっかな? ちょっと、熱いかな」
「風邪? 気を付けてね?」
「うん。大丈夫」
七尾さん、気付かなかったよね?
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こういうの、気付かれるとやっぱりキモいとか思われるんだろうな。
わかってるんだから、やめればいいのについ気になって見てしまう。日によって、髪を留めるピンが変わってたりする。
校則の範囲、なんだろうな。シンプルなやつで、黒か茶色か紺。紺が多いよな。
………でも、今日違うな。
たまにしか見かけないやつ。いつもピンで留めている部分が三つ編みになってる。
「海原さんおはよー」
七尾さんが僕を避けて、海原さんに言う。
邪魔だよな、と思って、少し避けて上履きに履き替える。
「おはよ」
「今日、三つ編みだね? かわいい」
「ほんと?」
嬉しそうな声で、答える。
「うん。あんまり見ないよね? もっとしてくればいいのに」
「そっかな?」
「なんか意味あるの?」
そのあと、少し考えてから、海原さんが七尾さんの耳元で何か話していた。
…………意味とか、あったのか?
教室に行くと、手嶋君がすでに来ていた。
「おはよう。今日、早いね?」
「おはよ。英語の予習終わってなくてさー。ここんとこどう訳した?」
「そこは…………」
手嶋君に教えていると、海原さんと七尾さんが教室に入ってくる。
「あ、海原、七尾、おはよー」
「おはよー」
「おはよ」
こういう時、僕も………さっき言ってないのに、今更だよな。
「海原って、今日髪違うのな?」
「寝ぐせ直んなかったんだって」
七尾さんが、代わりに答える。
寝ぐせ?
「もうっ、言わないでよーっ!」
海原さんが真っ赤になって、七尾さんに怒っている。
「いいじゃん? かわいいし」
笑いながら、手嶋君が言う。
寝ぐせとか…………。
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もーーーっ! 七尾さんのばかっ。鳥飼くんの前で言うことなくないっ⁈
なんか、ちょっと笑われてた気するし。
これから、三つ編み=寝ぐせって思われちゃう。
「いいな」
七尾さんがぽそっと、言う。
「なにが?」
全然よくないからね? きっと、だらしないとか思われちゃったんだからね?
「手嶋君にかわいい、とか言われて」
「……手嶋くんって、誰にでもあんな感じじゃない?」
「そっかなー? あたし言われたことないよ? やっぱり、手嶋くんって、海原さんのこと好きなのかなー?」
「え? そ、それはないよっ! ないない」
慌てて、否定する。
え? そういうふうに見られてるの?
「でも、手嶋君って男子にしては背低いでしょ? 海原さんみたいに小さい子の方がいいのかなって」
「そんなことないと思うよ?」
「あるよ。一緒にいてもバランスいいし」
「ないってば」
あたしと手嶋くんがいっしょにいたら、ぜったい中学生とかにしか見えなくない? それに、そんなこと言われたら、鳥飼くんのこと好きとか余計に言えない。
「海原さん、この前の身体測定、身長何センチあった?」
「146。1センチ伸びてた」
ちょっと得意気に言ってみる。すごくない? もう伸びないかもって思ってたのに。
「手嶋君、160なんだって。ハグしやすいのは15センチ差らしいよ?」
は、はぐ?
「え? え、え? なに? それ?」
「でね、キスするのに理想的な身長差って12センチなんだって」
キ? え? なに? その情報。あたしと手嶋君とだと14センチ?
「ないってば。それって、身長だけの話でしょ?」
「それに、1年の終わりくらい、手嶋君のこと避けてたでしょ? 何かあったのかなー? って」
「何もないよ? 気のせいじゃない?」
ばれてる?
「うそ? しかも、そのあたりから手嶋君ってやけに海原さんにかまってる感じするし」
それは………確かに、まだ気使われてる感じはするけど………。でも、七尾さんにはぜったい言えない。
ここは、とぼけたふり?
「そっかなー? 普通だと思うけどなー。それに、手嶋くんって大人っぽい子のほうが好きって言ってた気がする。あたしみたいな子どもっぽいのじゃ、そういう対象じゃないんじゃないかなー?」
「そーぉ?」
「うんうん」
「海原さんも、手嶋君のこと好きになんない?」
「うんうん」
「笹丘君とかのがタイプ?」
「う……え? 笹丘くん?」
また、あいづちを打ちそうになって、止まる。
「だって、仲いいでしょ? 去年も同じ委員会だったし、今年も笹丘くんが立候補して、そのあと海原さんのこと推薦してたし」
「あたしほんとは断りたかったんだけど、言えなかっただけだから。笹丘くんも、あたしが文句言えないから都合いいって思ってるだけだと思う」
笹丘くんって、ぜったい性格悪い。ほんとは一番関わりたくないくらいの人だ。頭もよくって、他の子に対してはやさしいから、みんな信じないと思うけど。
「笹丘君、結構かっこいいと思うけどな。田中さんとか狙ってるよ。多分」
まあ、そうなのかもだけど。1年の最初の時は手嶋くんとそんなに変わんないくらいだったのに、背伸びたりとか、コンタクトに変えたりとかして、ちょっとかっこいいとか言われるようになって勘違いしてるんだよ。
田中さんもねらってるなら委員会の立候補してくれたらよかったのに。
そこで先生が教室に入ってきて、七尾さんは自分の席に戻った。
たまに、七尾さんに探られてるような感じすることあったけど、疑われてたんだ。ちゃんと、伝わったかなー?
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手嶋君って、海原さんのこと好きだよな。何か、やけに気にかけてる感じするし。
海原さんはどうなんだろう?
でも、まあ、話してて楽しい方が嬉しいよな? いい人だし。
「さっき、西脇さんと会った」
リビングでテレビを観ていると、弟が帰って来て言った。
「静と?」
「うん。店の前通ったら、話しかけられた」
真面目に店、手伝ってるんだな。
「で?」
「にーちゃんが、最近ライン送っても遊んでくんないって、グチられた」
………勝手だな。
何で僕の周りにはこんなのしかいないんだ?
「当然だろ? 夜の10時すぎに送って来て、今から来いとか、あり得ないだろ?」
「あ、そーなん? でも、この前は連絡とってないって言ってなかった?」
「こっちから連絡することはないけどな。大方暇になったんだろ?」
「ってことは、別れたんだ?」
「だろうな。もうちょっと考えてから付き合えばいいのに………惚れっぽいんだよな」
思わずため息が出る。ほんとにな。自分も我儘な癖に、相手も我儘とか、合うわけないんだよ。それなのに、一緒にいると楽しいとか言われて簡単に付き合うからそうなる。
まあ、でも、嬉しいんだろうな………。
「あと、高校でも彼女できないようなら友達紹介しようか? とか言ってた」
余計なお世話だ。
「いらないよ。あいつの友達はみんな気の強そうなのばっかりだし」
悪いことじゃないけど、苦手だ。自信があるから強くいられるんだろうな、ってところは羨ましくもあるけど、自分がより情けないと思わされる。
「けど、にーちゃんって、自分からは声かけらんねーじゃん?」
「お前みたいに用もないのに話しかけたりしないだけだよ」
用があって話しかけてるのに、キモいとかうざいとか言われる奴がいるとか知らないお前には解らないだろうけどな。
「ちょっとしゃべってみてーって思うのも、用じゃねーの?」
「そんなの、用って言わないだろ?」
「………ま、いーや。けど、にーちゃん自分で言ってたじゃん? 普段できないことがいざという時にできるかよ、ってさ」
「…………受験の話だろ?」
「かもね。でも、オレは普段の生活にもあてはまるなーって思ってさ」
言って、弟は荷物を持ってリビングを出て行った。
それとこれとは違うだろうが。
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「海原。今日、放課後に今月の掲示物配るから各クラスに貼っとくように、ってさ。あと、整理も」
昼休み、教室に戻る途中に廊下で笹丘くんに声を掛けられた。
「国語準備室でいいの?」
「うん。でさ、俺今日塾で早く帰んないといけないんだよね。やっといてくんない?」
そんなことだとは思ったけど。去年もそうだったし。
また今年一年こんな感じかと思うと気が重い。部活出る時間が少なくなっちゃうし、放課後の教室とか………。
「うん。わかった、やっとく」
言えないけどね。大した仕事じゃないし。むしろ、笹丘くんいない方が気にならないし。
新しいのもらってきて、古いのはいだあと新しいのはればいいだけだもんね。かんたんかんたん。
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放課後、駅に行く途中でスマホを忘れたことに気がついて引き返す。
ついてないな。
ホームルームの時にスマホが鳴ってチェックして、そのまま机の中に入れた気がする。
誰もいないと思っていた教室のドアを開けると、物音がして奥に海原さんがいた。
いたずらを見つかった子どものように、慌てて散らばった画鋲を拾っている。
今、ロッカーに登ってたよな?
もしかして、僕が入って来たのに驚いて、下りる時に画鋲のケース落とした、とか? 多分、そうだよな? タイミング的に。
「ごめん」
「?」
海原さんが僕を見る。
「い、いいよっ。拾わなくてっ」
周りに散らばった画鋲を僕が拾い出すと海原さんが慌てて、僕を止める。
「でも、僕が入って来たのにびっくりして落としたんだよね?」
「違っ………あたしが自分で落としただけだから」
それが嘘ってことがわからないほど、鈍くはない。僕がいるよりも、一人の方が楽、とは思っているのかもしれないけど、さすがにこれを放って帰れるほど薄情にもなれない。
「これで、全部?」
「たぶん。ありがとう」
海原さんは俯いたまま、顔を上げない。画鋲のケースをロッカーの上に置いて、掲示板を見たり、画鋲のケースをいじったりしている。
「帰らないの?」
「あたしはまだ、委員会の仕事が終わってないから」
僕のせいで遅くなっているのかと思うと、帰りづらい。
「鳥飼くんは、帰らないの?」
僕の方を見てくるけど、視線は合わない。
「海原さんは、あと、何が残ってるの?」
答えないけど、ちらっと掲示板に目をやる。
よく見ると、ロッカーの上にポスターが置いてあって、掲示板には何もなかった。
届かないんだよな、多分。
「これ、貼ったらいいの?」
「い、いいよ。あたし、やるから」
それに構わず、ポスターを手に取る。
「画鋲、貸して」
恐る恐ると言った感じで、画鋲のケースから一つずつ渡される。
ちっさい手。簡単に握り込めるくらいの………。
受け取った画鋲でポスターを留める。
多分、もう一度ロッカーに登るのを見られたくなくて、僕が早く帰るのを待ってた、ってとこなんだろうな。余計に申し訳ない。
「こっちも?」
「…………うん。ありがとう」
もう一枚、新しいお便りを、貼り付ける。また、海原さんが画鋲を一つずつ渡してくれる。
………わざわざ、一つずつ渡してくれるんだな。
掲示板には、今月のお便りとポスターだけが貼られた状態になった。
「これで、帰れる?」
「うん。あとは職員室にこれ返しに行くだけだから」
言って、画鋲のケースをかしゃかしゃと鳴らした。
「鳥飼くんは、なんで戻って来たの? 忘れもの?」
「あっ‼︎ うん」
そうだった。慌てて、机の中に忘れていたスマホを確認する。
「ふっ………」
見ると、口を抑えて必死に笑いを堪えている。当然、だよな。忘れ物取りに戻って、また忘れて帰ろうとするとか。恥ずかしすぎる。
「ごめっ…………」
でも、海原さんって、こんなふうにも笑うんだな。
「今、完全に忘れてた?」
まだ、少し笑いながら訊いてくる。
「うん。海原さんに言われなかったらまた忘れてたと思う」
幼い感じの子だな、とは思ったけど、笑うと余計にあどけないというか、無邪気な、というか………可愛い、感じ………?
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うっわー一一っ‼︎ ロッカー登ってたのはバレてないよね? はしたないとか思われたりしてないよね?
画鋲渡す時、あれでよかった? ケースから直接とってもらったほうがよかった?
手、おっきかったな。指とかも長くて、すってしてた。
…………それに、最後、めちゃくちゃかわいくなかった? あんな顔するんだ?
しかも、忘れ物取りに戻ってまた忘れそうになるとか、かわいいっ!
いっつもまじめな顔しかしてないし、しっかりしてるんだろうなって思ってたけど。
何したら笑ってくれるのかな? とか思ってたけど。
照れ顔見れちゃうとか、すごくないっ?
笑顔より、ある意味レアだったりして。
よしっ………今日なら言える気がする。
昨日のことで距離ちぢまった気がするし。
靴箱の前で、靴をしまいながら決心を固める。
もう、気配でわかるしっ。今、絶対横いるしっ。今なら、自然な感じで言える気がする。
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時間、ずらしたほうがよかったか?
昨日あんなかっこ悪いとこ見られてるし、顔合わせづらい………顔は合わせないか。
それに、僕のことなんか何とも思ってないに決まってるしな。自意識過剰にも程がある。
………何とも思われなかったよな? キモいとか、うざいとか………最後、笑ってたし、大丈夫だよな?
ちらっと、横を見る。
あれから、三つ編みしてこないよな。手嶋君の前であんなこと言われて気にしてるのかな?
可愛いのに。
「海原さんおはよー」
あ、やばっ………。
そう思ったときには遅くて、七尾さんの声に、海原さんが振り向く。
心臓が止まった気がした。
「ご、ごめっ」
「や、僕のほうこそ、ごめん……」
思った以上の至近距離で目が合ってしまって、海原さんが後退る。
意識しなくてもはっきりとわかる異様な感覚の動悸。変な汗まで出てくるのすら感じた。
今、絶対キモいとか思われたよな?
謝ったところで、そういうのってどうしようもない………。
「ご、ごめんね。近くにいたの気付かなくてっ………」
「あー、うん…………」
もう、昨日みたいな顔を見ることはないな。多分、次目が合う時は嫌悪………。
「え、と……あ、お、おはよう。昨日は、ありがとね」
言って、僕を避けて七尾さんのところに行って挨拶をする声が聞こえた。
何、だ? あれ。僕に?
あんな顔と言葉を向けられるとは思っていなくて、一気に、顔が熱くなる。
顔を隠して、人を避ける。
しばらく、教室には行けないな………。
さっきとは違う心臓の音が治らなかった。
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ひゃー一一っっ‼︎⁉︎
ち、近っ……しかも、目、合った。
あんな距離で目合うとかっ⁉︎
ぐ、偶然にしても、ちょっと………。女の子とでも、あんな距離で目合うことなくないっ?
心臓おさまんないっ!
頭まっ白でなにしゃべったか、おぼえてない。けど、あいさつはできた、ような気がする。
え? できてたよね?
あと、昨日のお礼、とか?
あれ? 言った?
今度こそにこって………笑えてた?
顔ひきつってなかった? あーーーっ、わかんないっ。
でも、顔熱い。絶対赤くなってる。顔、上げらんない。
こういう時、身長低いと少しうつむくだけで顔見られないのは助かる。
「どうしたの?」
うつむいたままのあたしに、七尾さんが声をかけてくれる。
「さっき、鳥飼くん近くにいたの気付かなくって………」
「あー、わかるっ。こわいよね?」
「こわくはないけど、びっくりしちゃってっ」
あたしの後ろから、紅実ちゃんの声がする。
「咲妃? どした?」
「何かねー、鳥飼くんにびっくりしちゃったんだって。こわいもんねー?」
七尾さんが代わりに答えてくれる。でも、こわかったんじゃないってば。
「ふーん? あたしも見たかったなー」
紅実ちゃん、たぶん、にやにやしながら言ってる。




