*16
「おはよ。鳥飼くん」
「おはよう」
鳥飼くん、普通だ。昨日のこと、ほんとは夢だったんじゃないかと思ってしまう。
あたしだけ、こんな意識してるとか。
「昨日教えてもらったとこね、帰ってもできたよ。ありがとう」
へへっと笑いながら、鳥飼くんの顔を見上げる。いつもなら、ちょっと照れた感じで顔をそらされるのに、思ったのとちがう反応。
「どういたしまして」
言って、ものすごくやさしく笑ってくれる。でも、ちょっと照れてる?
な、ななななに? こんな顔、はじめて見るんだけどっ!
「また、あとでね」
「う、うんっ」
あたしが答えると、またにこって笑ってくれる。それがもう、たまんないくらいやさしくってどきどきする。
今まで、こんなこと言われたことないし、あんなふうに顔そらさないで笑ってくれたこととかないかも。
ま、またあとでね、とかっ。教室でってことよね?
なんでっ? 今度、遊びに行く約束したからっ? 仲よくなれてるってこと? 心臓の限界こえちゃいそうなんだけどっ。
あさって、ずっとこんな感じだったら、どうしよう? 心臓もたない気がする。
今までだってすきって思った人とかいたけど、こんなあふれ出ちゃいそうになるのとか初めてかも。
鳥飼くんはそんなつもりないのかも知れないけど、あたしはあさってのことデートだって思ってるし、しかも鳥飼くんのほうから、誘ってくれたんだよ? そんなの期待しないほうがおかしくない?
もしかして、鳥飼くんもすきとか…………な、なくはないよね? だって、誘ってくれたの鳥飼くんだし。あんな笑い方とか………ちょっと、特別感というか………そういうの感じちゃうんだけどっ?
それに、休みの日だよ? わざわざ、あたしと遊ぶためだけに出てきてくれるの? すごくない?
突然、あふれでちゃって、変な告白しちゃうより、ちゃんと言ったほうがいいよね?
あさって、言う? なんか、そっちのほうがいい気がする。
もしかしたら、今までのこと、全部鳥飼くんがやさしいだけで、あたしのかんちがいかもしれないけど、気まずくなっちゃうかもしれないけど、せっかくここまでの関係になれたけど、すきなの止まんないっ。
あさって、帰りとかに言おうっ!
明日、土曜日で紅実ちゃんと家で遊ぼうって言ってたけど、あさってのこと話して、相談のってもらおう。髪とか、服とか………もう気合い入りすぎって思われてもいいっ。一番かわいいって思ってくれそうな格好して行く。
それで、帰りくらいに、言う。すきって。
「とうとう決心したんだ?」
部活の時間になって、紅実ちゃんが作った服の糸の始末をしながらきいてくれる。
「う、うんっ。でもねっ、もしかしたらおじけづいちゃって、言えないかもしれないけど………でも、もうね、かくしてるのむりな気がするの」
「確かにね。朝とか声掛けられてんの嬉しいってバレバレだしね。いくら鳥飼君が鈍くてもそれなりに気付いてんじゃない?」
「うそっ? そんなうれしそう?」
「自分でわかんない?」
「………………わかる……けど………」
やっぱりばればれなんだ。はずかしいっ。
「気付かれてる状況で誘ってくれたんなら脈アリでしょ? 頑張れ」
「うんっ」
紅実ちゃんの励ましって、元気出る。
がんばろっ。
「はい。これ、あたしから」
糸始末の終わったスカートを渡してくれる。
「これ、よかったら着てって?」
にっと笑って、出来上がったばかりのスカートを渡してくれる。
「こ、これ?」
「咲妃がかわいいって言ってくれたんでしょ?」
「言ったし、くれるのはうれしいけどっ………あたしにはちょっと………」
「大丈夫だって、このくらい。咲妃ってば普通のミニは子供っぽくなっちゃう感じがするからって履かないじゃない? このくらいなら基本的には膝丈だし、よくない? ま、制服みたいと言えば言えなくもないけど」
確かに、見た目は制服のスカートみたいだけど………色は薄いブルー系で涼しげな感じするけど………スリットが深く入っていて、そこからかなり短めのミニスカートが見える。
多分、中はかなり短めだし、太ももとか結構きわどいとこまで見えたりしない?
「い、いやらしく見えない?」
「咲妃なら大丈夫だって。この前着て来てたブラウスとか合わせてみたらどうかと思うのよね。明日、咲妃の家で合わせてみようよ。髪とかも巻いてさ」
「でも、いいの? 明日は紅実ちゃん家でって………」
「どっちでも構わないって。でも、そのスカート着たところは写真撮らせてね?」
「うん」
やっぱり、紅実ちゃんにはかなわない。いっっつも、あまえさせてもらってる。
服とか自信ないから、紅実ちゃんにいっしょに選んでもらえると心強い。
紅実ちゃんの笑顔にほっとする。
ほんと、紅実ちゃんには感謝しかない。
もし、紅実ちゃんが西脇くんとかとうまくいったら、ダブルデート?………って思ってたし、みんなうまくいったらずっといっしょにいられるのかな? とか思ってたけど、そううまくはいかないか。
西脇くんもかっこ悪いわけじゃないんだろうけど、紅実ちゃんのタイプとは違うもんな。
*♠︎*♠︎*♠︎*
昨日は眠れなかった。空が白くなってきて、寝るのを諦めてリビングでコーヒーを飲んでいると、弟が起きて来た。
「あいかわらずジジイみたいな時間に起きてんのな?」
「お前もだろ?」
「今日試合だかんな。このくらいには起きてないと体動かねんだよな」
いつもいい加減なくせに、こういうところはしっかりしている。
弟は冷蔵庫から牛乳を取り出して、パックのまま飲み始める。
「そういうのやめろって言ってるだろ?」
「別にいいじゃん? この家、オレ以外に牛乳飲む奴いねーし」
「飲まなくても、使うことくらいはあるだろ?」
「たとえば?」
「…………シチューとか?」
よくは知らないけど、そう言ってた気がする。
「それ、とーちゃんが火通すから大丈夫って言ってたじゃん?」
そういう問題じゃない気がする。
「それでも、嫌なものは嫌なんだよ。分かれよな?」
こういうところは母さんの方が話がわかるものの、自分は飲まないから関係ないと思っている。
「こまけーの」
「普通だろ?」
冷蔵庫に牛乳のパックをしまうと、掃き出し窓からウッドデッキに出て体を動かし始める。
「今日も鳥見に行ったりすんの?」
「まあな」
「どこ?」
「………あおばの森自然公園」
体を動かしながらじっと見てくる。
「何だよ?」
「かいはらさきひさんって人と約束とかしてんの?」
「何でそうなるんだよ?」
あの時、文面までは見られてないよな?
「だって、めずらしいじゃん、大抵山とかなのに」
「そうでもないだろ? あと、名前、さきひじゃないからな?」
「あ、そうなん? なんてーの?」
聞き返されてどきっとする。
飲み終わったマグカップをキッチンに持って行きながら、聴こえるかどうかの声で答える。
「…………さき」
「かいはらさきさんね。了解」
思ったよりもよく聞こえていたようで、繰り返されて余計に動揺する。
名前言うだけでこんななのに、言えるのか?
……………でももう、言うって決めたんだ。海原さんに。
*♡*♡*♡*
「おかしくない? ちゃんと後ろもきれいに巻けてる?」
《うん、大丈夫。可愛い可愛い》
ビデオ通話しながらスマホの前でくるっと回ってみると、スカートが乱れた。
「や、やっぱりこのスカート、足出すぎじゃない?」
慌てて整えながら、紅実ちゃんに訊く。
《大丈夫だって》
「でも、自分用には作らなかったんでしょ?」
《だって、私だと下品な感じになっちゃうじゃない? 咲妃だからいいんだって》
「それって、あたしに色気がないってことでしょ?」
《あはははっ。そんなことないって》
笑ってごまかしてる………気がする。
不安で仕方ない。でも、もう、どうやったって不安で仕方ないんだろうな。
《それに、自分のことばっかり気にしてるけど、鳥飼君はどんな格好で来るんだろうね? あんまダサダサの格好だったらそのまま帰っておいでよ?》
「しないもんっ。鳥飼くん、背も高いし、細身だからなに着ててもかっこいいよ。ぜったいっ!」
《だといいけどね。結果報告待ってるからね?》
「う、うん。だめだった時はなぐさめてね?」
《わかってるって。そうはなんないと思うけど》
「ありがと。あたし、そろそろ行くね?」
《まだ早くない?》
「でも、待ってる場所わかんなかったらさがすかも知れないし、早めに出るの」
《どこで待ってるって?》
「緑が丘駅?」
《駅のどこ?》
「え?」
あ、あれ? ラインを確認してみるけど、場所の約束してなかった。緑が丘駅ってことだけだ。あれ? どうしよう?
「改札出たとことか?」
《もーー、しっかりしなさいよね? それでなくても緑が丘駅って、そこそこ広いのに。鳥飼君も鳥飼君よね?》
「鳥飼くんも、初めてって言ってたし、改札出たとことかで待ってるつもりかも」
《どこの改札?》
「え? たぶん、公園近いとこ?」
《大丈夫なの?》
「う、うん。だって、ライン知ってるし。会えないことはないと思う」
《もうっ。しっかりね?》
「うん。じゃ、また帰ったらラインするね?」
《うれしいの、待ってるね?》
「うん。またね」
紅実ちゃんが手を振って、通話終了になる。
がんばる。今日、あたし、告白するんだっ!
でも、まず電車でくじけそう。梅ヶ丘とか、紅浜行きとか乗ればいいんだよね?
いっつもだれかといっしょの時しか乗らないから、路線図とかよくわかんない。見方あってるよね? 乗り場とか。
紅実ちゃんも3番乗り場って言ってたし。うん、大丈夫大丈夫。
電車に乗れたら青葉朝日ヶ丘駅からは2つ目だもんね。駅には行けそうだけど、どうしよう?
電車乗ったら連絡してって言われてたけど、思った以上に早く着きそうだし。
鳥飼くん、桜台から乗るって言ってたよね? どこに着くのかな?
出てきそうなとこで待ってて、時間くらいになったらラインしてみよ。大丈夫だよね? まさか、会えないってことは、ないよね?
電車を降りてスマホで時間を確認すると、待ち合わせにはまだ30分以上あった。
みんな行ってるから、こっちが出口ってことよね?
人の波に乗って、歩いて行く途中で持ったままだったスマホに着信があった。
鳥飼くんだっ。どうしたんだろ? もしかして急用でこれなくなった、とか? それだったら、やだな。
不安に思いつつも、急いで通話ボタンを押すと、鳥飼くんの声。
「もしもし? 鳥飼くん?」
人ごみから離れながら答える。
《「海原さん?」》
ん? 声、スマホから? じゃなくない?
思わず、振り向くと鳥飼くんがいた。
あたしの顔を見て、スマホの通話を終了させる。
「連絡なかったし、違ってたらって思って」
言って、ほっとしたように笑う。
な、ななななんで、いるのっ? 早くないっ? しかも、そんな顔って? それにっ、私服っ!
「あ、ご、ごめんねっ。ちょっと早く着いちゃいそうって思って………」
初めてだっ。
Tシャツに長袖のシャツをはおってて、下はジーンズでワンショルダーバックとか…………ほんとにふつうのよく見る感じのかっこだけど………背高いから? すっごいかっこいいんだけどっ! あたし、いっしょいて大丈夫?
か、顔見れないっ!
「僕も、早く着いちゃって………まだ、来ないと思ってたから………学校の時と全然違うし」
「へん? いつものほうが、よかった?」
「ううん。か、可愛い、と思う」
思わず、見上げてしまうけど、鳥飼くんは顔を手で隠してて、どんな顔して言ってくれてたのかはわからなかった。
今、可愛いって、言ってくれたよね? あたしのことだって思っていいよね? この前みたいに名前のことじゃないよね?
はずかしいけど、うれしいっ。がんばって準備してきてよかったっ。
ふだん、言わないよね? こんなこと。2人だから? 社交辞令でもうれしいっ!
もしかして、今日ずっとこんな感じだったら、心臓爆発しちゃうかもっ!
「お昼ごはん食べられた?」
「あ、うん。軽く…………」
ちょっと待ってっ。もしかして、鳥飼くん、食べれてないんじゃない? だって、あたしより来るの時間かかるはずなのに、先に来てるしっ。
「そっか。それならよかった」
「もしかして、鳥飼くん食べてないっ?」
ちょっとびっくりした顔をして、くすっと笑う。
うわっ。なんか、今日、すごい笑ってくれる?
「食べてるよ。いつもよりは早めだったけど」
「そ、そっか。よかった」
ほんとにっ? あたし食べたって言ったから気使ってる? でも、ほんとに食べてたとしてもかなり早めだよね? おなか、すいてない? 最初に確認しておいたほうがよかったよね? もしかしたら、いっしょに食べるとか、そういうつもりだったかもしれないのにっ………。
「あとで、移動時間入れたら変な時間に出て来させたかと思って」
「あたしは大丈夫だよ」
そんなこと気にしてくれてたんだ? あたし、全然気にしてなかった。
場所だって鳥飼くんの家から遠いし、時間かかるのに、気使ってくれたんだよね?
もうちょっとまんなかくらいでって、言えばよかったかな?
「よかった」
言って、またほっとしたように笑う。
だからっ、そんな顔されたらたまんないんだって。
数学教えてって、言ったときくらいから? 誘ってくれたりとか、声かけてくれたりがなんか、特別っぽい感じがする。
あたし、その気になっちゃうからね? 期待しちゃってるんだからね? わかってるのかな? わかっててしてくれてるんだとしたら、今日、ほんとに言ってもいいよね?




