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楽園アポトーシス  作者: 耳 a.k.a 曇りmegane
第一章『魔眼覚醒』
3/9

第三節『発破』

3話目です。


「それじゃ、次は君の番ね」

「え?」

「名前。こっちから自己紹介したんだから、君もするのが礼儀ってやつでしょ?」

「あ、ああ」



 少女改めイヴの言葉は正しい。自己紹介されたのなら、黎児も何かしら返すべきだ。



「神代黎児。生憎、()()の学生だ。……これで良いか?」

「知らないわよ。自分を紹介するんだから、自分が言いたい事だけ言えば良いんじゃない?」



 つっけんどんな物言いだが正論だろう。

 謎の動悸も前後不覚も気が付いたら収まっていた。今は普通にイヴとも対面出来る。普通に接する事が出来るようになったからこそ先程の『異変』の異常さも際立つ訳だが、今は気にしても仕方ない。

 黎児は今度こそ普通に、イヴの姿を視界に収めた。

 ――――色彩豊かな雑踏を、拒絶に近い銀色が貫いている。

 純銀を溶かして形成したかのようなそれは、少女の腰辺りまで伸びた髪の毛だった。

 地毛が基本的に黒色の我が故郷において、銀色の髪の毛にしようとするならば染色などで人工的に作るしかない。しかし目の前の少女の髪は素人目から見ても極めて自然であり、それら紛い物とは一線を画しているように見えた。

 そう、あまりにも自然。きっとどんな染料を用いたって、ここまで綺麗な銀色を作り出すのは不可能だろう。

 そして、印象的なのは髪だけじゃない。

 勝気そうな光をはらむ、澄み切った蒼色の瞳。白磁器のように透き通った白を持つ肌。高い鼻梁と彫りの深い顔立ち。

 目の前の少女は整い過ぎている。神が自ら創造したと言われても疑わない程に、整い過ぎていたのだ。



「なに。人の顔ジロジロ見て」

「あーいや、何でもない。それで、フラグメントさんは何しにここへ?」

「長いしイヴで良いわよ。さんも要らない。今朝レヴィアさんに『新入りの緊張を2人でほぐしてあげましょう!』とか言われたから迎えに来たんだけど、あの人何処かに行っちゃったのよね。全く、肝心な所で無責任なんだから」

「……ああ、本当に」



 俺のせいで逃げたんです、とフォローを入れる必要は無いだろう。元をたどればレヴィアの行為が原因だからだ。



「予定は少し狂ったけど、いいわ。学生寮に入る事は知ってるわよね? 今から寮に向かうから着いてきて」



 言って、イヴはこちらを先導するように前を歩き出した。少女の背中は颯爽と呼ぶに相応しい。

――――そういえば、コイツも俺と普通に会話してくれるんだな。

今更すぎる所感を抱きながら、黎児は少女の背中を追った。





 活気に溢れた街の中を歩く。

 空域魔導帝陸エルヴァーナ。その中でも皇帝とやらが住まう城がある都市がこの街であり、ただ『帝都』とだけ呼ばれている。

 中心というだけあって街の活気は相当なものだ。至る所に出店が出ていたり、威勢のいい呼び込みの声が飛び交っている。

 そこで気が付いたのは、ここには様々な肌の色の人間、地上風に言えば人種が居るという事だった。

 エルヴァーナを作った『賢者』達の殆どが元々は西洋人だったという話だが、そこから発展したにしては人も文化も空気も匂いもパッチワークみたいに節操がない。

雑多。

白や灰色に慣れている黎児からすれば見ているだけで疲労が蓄積しそうな風景だった。

負担を半分だけでも減らそうと目を眇めていると、五歩ほど先を歩く背中がくるりとこちらを向いた。



「黎児くんはもうお昼食べた?」

「……いや、何も食べてない。気が付いたら飛空艇とかいうのに乗せられてたからな」

「そ。じゃあレヴィアさんの思惑通り、アイスブレイクも兼ねて軽く食べてから帰ろ。うちの寮、夜ご飯はみんなで食べる決まりだけど、朝と昼は各自で適当にだから」

「そう、なんだ」



 チラリと横目でイヴの顔を盗み見る。

 今度は純粋な気持ちで心臓が跳ね上がった。こんなに整った顔立ちをしている人間を黎児は今まで見た事がない。一度、街中でトップレベルに可愛いと噂のアイドルを見かけた覚えがあるが、そのアイドルですらイヴの前では霞むレベルだ。

 やけに緊張しているのが自分でも分かる。一方で当人は黎児の心境など露知らず、立ち並ぶ店の看板に瞳を走らせていた。



「うわ、迷うなぁ。黎児くんは何か食べたいものとかある?」

「名物とか知らないしな。イヴさ……イヴの食べたい物でいい」

「そっか。じゃあ、ここかな」



 イヴが足を止めたのはハンバーガーのようなものを売っているこじんまりとした店だった。それなりに人気なのか、テラス席はあと一席しか空いていなかった。

 肉とスパイスの匂いが鼻腔を刺激する。今まであまり感じていなかった空腹感が、一気に押し寄せてきた。



「こんにちはおじさん」

「お、イヴちゃんか。久しぶりだね〜来るのはいつぶりだい?」

「うーん、一ヶ月ぶりぐらい? そんだけ空くとここの味が恋しくなっちゃって。というわけで今日のオススメある?」

「ほっほーう嬉しい事言ってくれるねぇ。実は一週間ぐらい前に新メニューを開発したんだ。良かったら食べていってくれないかい?」

「ジャイアントキリングバーガー? ……もの凄く不安になる名前だけど大丈夫なのこれ」

「もちろん。前回のウォレットバーガーと違って普通の具材と普通の味付けを満足するまで高めた、至高の逸品だとも」

「イマイチ信用ならないけど、三度目の正直ってやつを信じてみるのもアリかな。黎児くんは?」

「じゃあ俺も同じので」



 そんなやり取りから少々不安は残るものの、ジャイアントキリングという少年心くすぐるネーミングと店主の恰幅のいい体型を信じる事にした。

かくして出てきたハンバーガーは何というか、カロリー計算なんて賢しさを調理台に置いてきたかのような愚かな物体だった。

肉汁滴る肉厚のパティは驚異の七枚。

滝行じみたチェダーチーズと焼け石に水なレタスの緑。

マトモなのはバンズだけという徹底ぶりに、黎児だけでなくイヴも微妙な表情を浮かべている。



「……ねぇ、仮にも私女の子じゃない。グラム単位の変動に一喜一憂する乙女じゃない。そんな子にオススメするのが本当にコレでいいの?」

「勿論。自信作さ」



ぐっ、とサムズアップ。確かに、自信作というだけあって見た目も匂いも眩むほど上等だ。惜しむらくは、カロリーと女の子の胃の容量を全くと言っていいほど考慮に入れていない事だろう。



「俺は食いきれるだろうけど、イヴはどうだ?」

「……半分ぐらいなら何とか。けど全部は流石に厳しいかなぁ」

「だよなぁ。すみません、片方だけ半分にカットして貰えませんか?」



黎児のオーダーを店主は快く了承し、テラス席まで案内してくれた。ちなみに代金はイヴ持ちである。まだエルヴァーナに訪れたばかり故、持ち合わせがなかったのだ。



「……悪いな。ハンバーガーの代金は金が入り次第すぐ返すよ」

「これぐらい別に良いわよ。奢ってあげる。それより、本当に食べれるの? 私としては有難いけど、ただでさえ大きいのに丸々一個と半分なんて」



 黎児の手元にはモンスター級のハンバーガーが一個と半分鎮座している。一個で充分なのは言うまでもない。だが腹は減っているし、何というか、自分の顔より巨大なハンバーガーは少女に不釣り合いな気がしたのだ。



「まあ何とか。それじゃ、いただきます」



 手を合わせてから大口を開けてハンバーガーにかぶりつく。

一口。二口。三口。

間違いなく美味い。美味いのだが、味を楽しむ前に我を忘れた。ここ数日まともに食事を摂っていなかったからだろう。夢中で食べ進め、気が付けば一個と半分のハンバーガーが跡形もなく消えていた。

その様子をイヴは唖然と見送ってから、遠慮がちに言った。



「お腹、空いてたんだ」

「……それなりに。最後に何か食べたの一昨日ぐらいだし」

「二日何も食べてないって事? 不健康にも程があるわ。毎日三食しっかり食べるようにしないと身体壊しちゃうじゃない」

「色々あって仕方がなかったんだ。俺だって普通なら三食ないし四、五食ぐらい摂ってるって」

「五は多すぎるでしょ……」

「食べ盛りだからな。そんなもんだろ」



 見れば、彼女のハンバーガーは半分も減っていなかった。自分がよっぽどがっついて食べていたのだと知り、気恥しさをセットで付いてきたアップルサイダーもどきで飲み下す。

しばし空白が流れた。

不思議と窮屈な時間ではないものの、クラスの代表と交流を深めるというレヴィアの思惑に乗るならイヴとその周りの人間の事を多少は知っておいた方が良いだろう。

幸いイヴもレヴィアと同じく、最初からヘイトを爆発させるタイプではないらしいし。

そう思って口を開きかけた黎児だったが、



「うん。確かに今回のハンバーガーは当たりね。前のウォレットバーガーは酷い有様だったし」



満足気なイヴの呟きに寸断された。



「その、ウォレットバーガーってどんなバーガーだったんだ?」



出鼻をくじかれた形になったが、食べ物と凡そ結び付かなさそうな単語の組み合わせに惹かれてついつい質問を返してしまった。

イヴはどこか遠い目をすると、



「……バカな店主がバカな考えで生み出したバカな代物よ。パティに蛇やらワニやらの爬虫類系の肉が使われててね。これが包み紙の代わりですと言わんばかりにワニの皮でハンバーガーを包んであるの」



言うまでもないと思うけどモチーフは財布ね、と被害者は語る。



「……それは、なかなか独創的だな」

「ええ。これで女子ウケを狙ったって言うんだから驚きよね。ロクに処理もしてないから生臭いし見た目も最悪だし、ほんと、何でおかしな方向に独創性を出すかなぁ」



それでも店の味自体は気に入っているのか、イヴは幸せそうに手元のハンバーガーにかぶりついていた。

――――目の前の女は安心しきっている。

今の黎児の心境とは真逆。

それが癪に触ったのだろう。

黎児は糾弾するかのように、言葉を放っていた。



「お前、怖くないのか」

「怖い? 何が?」

「……俺は愚徒だ。こんな風に一緒のテーブルで飯を食う間柄じゃないだろ」

「そういう君だって、別に萎縮してるようには見えないけど?」



それは買いかぶり過ぎだ。今は必死に取り繕っているだけで、根っこの部分で黎児は目の前の少女を、神徒を恐れている。



「……別にしてない訳じゃない。そんなの、お互いの立場を考えれば当然だろ」

「そうね。敵同士だもんね、私たち」



黎児が半ば自棄気味に吐き捨てたのに対し、イヴは互いの立場をさらりと詳らかにする。

それがあまりにも清々しく、鮮やかな事実の抽出だったからだろう。自分から言い出したというのに、黎児は何も言葉を返す事が出来なかった。



「何よ、君の方から言い出したんじゃない」

「……だな。今のは俺が間抜けだった。けどお前も悪いぞ。敵同士だって分かってるのに、何でこんな風に昼飯食って、普通に会話してるんだ」

「もっと険悪なムードになるべきだって、そう言いたいの?」

「いや、なるべきとまでは思ってないけど……」

「じゃあ何も問題ないじゃない。それに、敵意もない相手といがみ合うほど暇じゃないし」

「……俺に敵意がないって、何を根拠に」



本当なら、その言葉を手放しで受け入れたかった。

それでも執拗に食い下がったのは、黎児自身がどうしようもなく『敵意』を恐れているからだ。

傷付けられるのが怖いのか。

――――あるいは傷付けてしまう事が怖いのか。

どちらにせよ黎児にとっては視界に入るニンゲン全てが恐怖の対象で、イヴの言葉を受け入れるには自分自身が納得できるような根拠が必要だった。

そして、そんな黎児の心境なぞ露も知らぬと言わんばかりにイヴは、



「んー、なんていうか、敵意を持ってたらもうちょっとシャキッとしてそうなもんじゃない? 君、あんまり覇気とかないし。むしろ捨てられちゃった子犬みたいな雰囲気というか……」



拾ってくださいって顔に書いてあるみたいよねー。

なんて抜かしやがった。



「っ、誰が子犬だ! ふざけんな!」



反感のあまり、弾かれたように立ち上がって抗議する。

イヴは「キャンキャンうるさいなぁもう」などと更に黎児を煽るような発言をすると、あろう事か黎児の額を人差し指で軽く弾いた。

額に弾けた軽い衝撃は黎児の気勢を削ぐには充分過ぎた。イヴは固まる黎児に指を突き付けて、



「私含めて神徒が怖いのは分かる。けど、そうやって声を出せる内はシャキッとしなさい。うだうだ文句言ってくる連中全てを噛み殺すぐらいの気概でいないと、これからやってけないわよ」

「噛み殺すって、お前……」



物騒な物言いに反論しようとして、やめる。

目の前の少女に対してこれ以上の反発は無駄だし、見苦しいだけだ。

何より――――認めるのは癪だが、今の発破は()()()

強引極まりないが、何クソと前を向きたくなるような、そんな発破だったのだ。



「……分かったよ。もうちょいシャキッとしなきゃいけないのは事実だしな。けど焚き付けた責任は取れよな、『委員長』。嫌われ者が少しでもクラスに馴染めるよう、協力してくれ」



少し前だったら言えなかったであろう言葉をすんなりと口にする。

きっとイヴ好みの回答だったんだろう。

任せなさい、と。

こっちの不安を吹き飛ばすかのような笑顔で、そう頷いた。





「それでこれからどうするんだ? もう寮とやらに戻るのか?」

「そうね。本当は観光案内とかしてあげたいけど、君がエルヴァーナに来た事を快く思ってない連中が騒ぎを起こしてるらしいし。あまり出歩くのは良くないかな」

「……じゃあここでハンバーガー食ってる場合じゃなかったんじゃないのか?」

「ん、大丈夫でしょ。アイツらターミナルがあるエリアで張ってるだけだもの。君が降りた隠しターミナルを除けばこのエリアから違うターミナルまで距離があるし、見つかる心配は薄いわ。今のところ顔も割れてないらしいしね」

「そう、なんだ」



つまり顔が割れたら出歩く出歩かないに関わらず狙われるのでは、という不安を内側で噛み殺す。

仮にクラスに順応出来たとしても、ここが敵地であるという認識は持っておいた方が良さそうだ。

そして残念ながら、その認識は杞憂で終わらなかった。



「おい、イヴ」

「……見通しが甘かったかな。ごめん、私のミスだ」



静かに柳眉を逆立ててイヴは自分のミスを悔いる。

複数の足音が近付いてくる。

誰もが無関心の鎧を纏う雑踏の中で明確に黎児達、否、黎児に向けられた『敵意』の筵。

敵意の数は二十を僅かに超えるか。剣呑な雰囲気を隠しもしないその集団は黎児達が座っているテラスから五メートル程離れた場所で立ち止まった。

通行人が奇異の視線を向ける中、



「――――神代黎児だな」



集団の中から一人、代表者らしき男が前に出て黎児を名指しする。顔は割れていないという話だったが、名指しされた以上、その情報は古かったという事か。



「神代黎児だって?」

「それって、あの……」

「愚徒の神代黎児!? おい皆! ここに罪人がいるぞ!! 囲め囲め!!」



男の一言で、周囲の神徒が喧騒以外の音で騒々しくなる。

ここで違いますと言うのは簡単だが、今更誤魔化したところで焼け石に水だろう。

黎児は今すぐにでも逃げ出したい気持ちを抑え込み、万が一に備え僅かに体勢を変えて代表者を見据えた。



「……そうだ。そういうアンタは?」

「貴様のような下賎な者に名乗る名などない。無駄は省くべきだ。こちらの要件は言わずとも理解しているようだしな」



ああ、それは実に分かりやすい。

自分の部屋に害虫が入り込めば排除したくなるのは当然だ。

しかし同時に、害虫がただ駆除されるだけの存在ではない事も理解しておくべきだろう。

先のイヴの発破を熱量に、黎児は立ち上がろうと両脚に力を込める。

しかし、行動は僅かに隣の方が早かった。



「ふん、何が下賎よ。どんな人間かも分からない相手を愛国心とやらを建前に寄って集って排除しようとする、貴方達の方が品がないわ。自分のつまらない人生の憂さ晴らしなら他所でやってくれない? 不愉快よ」

「っ、貴様……!」

「うわ……」



代表者の男の顔が歪む。

それはもう男側の方に同情したくなるほどの容赦ない切り口だった。

剣呑さが実に五割増しになった集団だが、その内の一人が何かに気付いたかのように素っ頓狂な声を上げる。



「蒼い瞳に銀色の髪……まさか、『蒼銀の魔女』!?」

「その名で呼ぶのは勘弁して欲しいわ。恥ずかしいし」



辟易とした様子でイヴは肯定すると、椅子を鳴らして立ち上がる。

そして黎児に向かって一枚の銀貨と、小指程の小さな革の袋を投げつけてきた。



「この先にバス停があるわ。その銀貨で行ける所まで逃げなさい。袋の方はお守りみたいなものだから肌身離さず持っておく事。私は後で合流するから」

「逃げるって、お前はどうするんだ」

「コイツら黙らしてから追いかける。心配は無用よ。

こんな奴ら何十人束になっても私をどうにかするなんて出来ないだろうし――――何より、偉そうに黎児くんの背中を押したばっかなのに、黎児くんが危惧していた事態を避けられなかった。それは、私のプライドが許さない」



ビシリ、と幻聴が聞こえてきそうな大気の軋み。

本当に大丈夫なのかという確認は、連中の様子を見て本当に無用だったのだと悟る。

怯えていた。

突き刺すようだった敵意が、今はあちこちに乱れて統一感を失っている。



「……分かった。けど怪我とかすんなよ。俺のせいで女の子が怪我したとか、後味悪すぎる」

「……」

「なんだよ。俺変な事言ったか?」

「ううん。そんな風に心配されたのいつぶりだったかなと思って。無知って怖いわ」



良く分からないがどうやら馬鹿にしているらしい、という事だけは分かった。

黎児は連中に警戒を払いながら立ち上がり、逃走の準備をする。喧嘩もしたことなさそうな華奢な女の子を一人残してこの場を去るのは正直嫌だった。しかし、連中の怯えた様子を伺う限り、今はイヴ一人に任しておくのが最善だと判断する。

どこか冷静に、そう判断する自分に苛立ちを覚えた。

逃げろと言われ、実際にそうするのが最善だと分かっていても。

――――今から俺は逃げるのだ。

自分に向けられた敵意を他人に押し付けて、逃げるのだ。



「それじゃあ――――行きなさい!」

「っ!」


鋭い声に背中を叩かれる。

次の瞬間、懊悩は跡形もなく吹き飛び、火を付けられた鼠花火のように黎児は地を蹴り走り出していた。




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