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楽園アポトーシス  作者: 耳 a.k.a 曇りmegane
第一章『魔眼覚醒』
1/9

第一節『別離』

3年ぐらい前に一度投稿したもののすぐに消した作品のリメイクです。被ってるのは設定とタイトルぐらいなのでほぼ1から作り直してます。


注意事項としては残酷な描写あり、動物好きな人は注意ぐらいです。よろしくお願いします。

人の細胞、外殻は例外はあるものの、数年をかけて殆どが入れ替わるという。それでも自分が以前までの自分と同一の存在であると証明出来るのは、中心に人格が備わっているからだ。

 しかし、もしもその人格に何か致命的な支障をきたしてしまったとしたら。

 ―――――その時は果たして、自分は自分であると証明する事が出来るのだろうか。



 迫り来る死、生命を奪う絶頂を前に自分自身に問いを投げる。その問いが既に意義を喪失しているものであると理解していながら、『神代黎児』は引き金に指を添えた。












 三月も半ばの事だった。

 俺――――神代(カミシロ)黎児(レイジ)は夕陽に浸った街の中を歩いていた。

 いつもなら気に留めない建物、空気、行き交う車と人々、その全てを忘れないよう記憶に刻み付けようとしていたからだろう。見慣れている風景のはずなのに、やけに新しい発見が目に付いた。

 何もかもを覚えていたい。そんな願いを揶揄うように、黎児の瞳は普段と異なる風景を捉えていた。



「……はぁ。我ながら女々しいよな、全く」



 街並みから視線を切って、目的地まで急ぐ。

 重い心を引きずったまま、黎児は指定された待ち合わせ場所に到着した。周囲を見渡してアイツらがまだ来ていない事を確認し、橋の欄干に身体を預ける。

錆だらけだった欄干は最近になって新しいものに取り替えられ、眩しい銀色を主張していた。

銀色は項垂れる黎児の姿を淡く映し出す。

緩くレイヤーがかかった黒色の髪の毛が微風に揺れている。友人からは童顔と評される顔が、今は暗く沈んでいた。




「この場所に来るのも、これが最後になるかもしれないんだな」




 この場所は『黎児達』にとって特別な場所だった。

 特別と言っても、ここは通学路の途中にあるだけの何の変哲もない橋に過ぎない。

 こんな観光資源にもならないただの橋を特別だと感じるのは、ここで過ごした時間そのものが特別だったからだろう。

 この橋には大切な思い出が、傷跡のように刻まれている。

 そう。アイツらと過ごした、大切な思い出が。



「……悪い。待たせちまった」



 飛んでいた思考が引き戻される。

 声がした方向に振り向くと、そこには険しい表情を浮かべたアイツらが立っていた。

 結護、颯太、陽菜、美渡、亜衣里。

 大切な、五人の親友達だ。



「何だよ、気持ち悪いな。いつも遅刻したところで謝りなんてしないクセに。悪い物でも食ったか?」

「……っせぇな。せっかく真面目な気持ち作ってきたのに水差すんじゃねぇ」

「真面目? お前が? っはは! 本当に似合わないって結護。お前は不真面目なところが取り柄なんだからさ。いつもみたいに女のケツでも眺めて鼻血でもぶちまけやがれ」

「けっ、今日ぐらい空気読むっつうの。そんな気分じゃねぇし、女のケツ程度で心は揺らがな……」

「ふーん。あそこにタイトスカート履いてる良い感じのOL居るけど、見ねぇの?」

「何!? どこに……ハッ!?」



 ガバ!!!! と黎児が指さした方向へ――――OLが居たというのは黎児の嘘だが――――身体を反転させる尻フェチ野郎。バカはこんな時でもいつも通りバカなのだった。



「……ねぇ黎児。私たち、ホントにこんなのと友達やって良いと思う?」

「良いんじゃね? グループに一人ぐらいはバカ必要だろ」

「まあ、確かに。ユウはバカなだけで変な事はしないしね。その代わり引くほどバカだけど」

「ああ、バカだな」

「バカね」

「バカかなぁ」

「み、皆ダメだよ。ユウくんが可哀想だよ?」



 ようやくいつも通りの空気が戻ってくる。いや、『いつも通り』を無理してなぞっていると言った方が正しいか。

 皆内心では思っているはずだ。何かがいつもと違う。しかしそんな違和感を表に出してしまえば、この時間が本当の意味で終わってしまうと知っているから、上っ面だけを取り繕っている。



「黎児もちょっと顔が暗くて気持ち悪いよ。いつも通りの間抜け面で居て貰わないと、こっちが調子狂うじゃん」

「誰が間抜け面だ。あぁん?」

「ちょ、黎児やめ……うぎゃっ」



 これも、その一環。

 黎児は颯太の首に腕を回してヘッドロックをかける。颯太はジタバタと腕の中で暴れていた。そんな様子を見た結護は茶化すように笑い、陽菜と美渡はやれやれと嘆息し、亜衣里は微笑ましそうに見守る。

 反応は様々だが、胸の内に秘めている想いはきっと変わらない。

 ――――こんな時間がずっと続けばいいのに。

 掃いて捨てるほどあると思っていたこの日常が、ある日突然崩れ去ってしまう程度のものだと知ってしまったから、今はこんなにも大切に思えるのだろう。



「ほらほら二人とも、いつまでジャレてるつもり?」

「いつまでもだ。何なら陽菜にもやってやろうか?」

「いいわよ暑苦しい。仲が良いのは結構だけど、あんまりやってるとクラスの女子に勘違いされるわよ」

「ひーちゃん、もしかしてれーくんにくっつかれてるそーくんが羨ましいの?」

「んな訳ないでしょうが。むしろ羨ましがってるのは亜衣里の方で……」

「わ、わあああああ!!!! 陽菜ちゃん変な事言わないでぇ!!!!」



 赤面した亜衣里が陽菜の肩を引っ掴んでブンブンと前後に振る。そんな様子を見た結護は呆れたように嘆息すると、



「告白までしたクセに今更何言ってんだよ。もう好きだって事バレてんだから堂々としてりゃいいのに」



 更に動揺を誘うような結護の発言に亜衣里はたじろぎ、慌てふためく。



「けど、ユウの言うことにも一理あるよ。もう気持ちはバレてるんだから、堂々と好きって言った方が黎児も意識するだろうし。ねぇ?」

「……そこで俺を見るなよ。気まずいから」



 気恥しさを滲ませて頬を掻きつつ、黎児は颯太をじろりと睨めつける。

 亜衣里に告白されたのは、約三ヶ月前にクラスの連中と開催したクリスマス会での事だった。

 その告白を黎児は断った。

 本当に断って良かったのか、受け入れるべきじゃなかったのかと思い悩む事はあったが、今では断って良かったと思っている。

 ――――何故なら、どんなに仲睦まじかろうと、恋人の関係は今日で否応なく終わりを迎えていたから。



「れ、黎児くんも気にしないで良いからね?」

「あーうん。努力はしてみるけど、その、なんだ。亜衣里も俺の事は忘れた方が良いと思う。……ほら、もう会えないしさ」



 最後の一言で、一気に空気が重くなるのを感じた。

 いつまでもあんなやり取りを続けていたかった。

 何の益体もない話で盛り上がっていたかった。

 けど、それももう終わりだ。

 今の黎児は自由に外出出来る立場にない。今も視界には入っていないが、十人近い黒服たちに監視されている状態だ。

 だからちゃんとお別れの言葉を言わないと。

 この関係は、ここで、黎児自身の手で終わらせるんだ。



「本当に行っちまうのか。……エルヴァーナに」

「行きたくて行く訳じゃないけどな。殆ど連行みたいなもんだよ」



 肩を竦めて答えてから、黎児は空を仰ぎ見た。

 緋色に染まった空の上。遥か遠くの雲間に、黒影が瞬いている。

 あの瞬きの正体は『大陸』だ。我々()()()()()にとっては忌むべき対象であり、黎児は明日、あの場所に連行される事が決まっている。



「何となく察してると思うけど、今日はお別れを言いにきた。きっと向こうに一度足を踏み入れたら二度と帰ってこられない。……よしんば帰ってこられたとしても、地上に俺の居場所はない。全人類に嫌われちゃったからな」



 空の人類と地上の人類の間には決して埋められない深い溝がある。

 そんな場所に赴く事になった黎児がどんな扱いを受けているか、言うまでもない。

 しかし、



「なに言ってんだ大バカ、俺達が居るだろ。お前が全人類に嫌われてようが関係ねぇ。俺達はいつでもお前の帰りを待つ。いつでも歓迎する。だろ? みんな」



 結護の確認に四人は当然と言わんばかりに頷く。

 その言葉で、胸中に込み上げてくるものがあった。嬉しさと悲しさ、何よりそんな言葉に対して何も返せない悔しさが、激情となって身を焦がす。



「……ありがとう。ホント最高だよ、お前ら」



 絞りだすように、感謝を伝える。

 結護達だって理解しているはずだ。黎児とはもうこれっきりで、もう会えない事ぐらい。

 しかしそれを分かっていて尚、結護達はお前の居場所はここだと言ってくれたのだ。

 その事が泣きそうになるぐらい嬉しくて、悔しくて、強く拳を握りしめる。



「何辛気臭い顔してんだよ。別れは笑顔で、だろ。自分から言い出したんだから、責任持って守れよな」

「……ああ、そうだった、な」



 先日、政府の人間に監視されながらではあるが、メッセージアプリで少しだけやり取りをした。その時に黎児から言い出したのだ。

 別れは笑顔で。

 最後の記憶を悲しいものにしたくなかったからそう言ったのに、自分から破りかけるとは世話がない。

 こぼれかけた涙を袖で拭った時、ズボンのポケットに入れたままの携帯が震えて着信を受けた事を伝える。

 送り主は、今この瞬間も黎児を監視している黒服の内の一人だろう。

着信の内容は理解している。あらかじめ与えられていた時間を使い果たしたぞ、と振動が伝えてくる。

 つまりコイツらとの、何物にも変えがたい親友達との、別れの時間だ。



「……っ」



 けどその前に、感謝を伝えないと。

 その全てが無駄だったとしても、親友()()()という事実を残しておくために。



「結護。颯太。陽菜。亜依里。美渡。改めて、本当にありがとな。お前らと過ごす時間は楽しかった。あっちにいっても、俺は絶対に忘れない」

「そんなの当たり前だ。忘れたら承知しねぇぞ。……俺らも忘れない。だから、元気でやれよ。大怪我や大病なんか患ってみろ。場所が空だろうがなんだろうが、飛んで見舞いに行ってやる」

「良いわねそれ。別に異世界に行くわけじゃないんだもの。地上と空中という違いはあっても、同じ世界に居る事には変わらないのだし、いざとなれば無理やり会いに行ってあげる。だから、首洗って待ってなさい」



 そう言って、結護と陽菜は黎児の胸に拳を軽く打ち付ける。

 二人らしい言葉を、黎児は笑って受け入れた。

 それが、絶対に叶わない事は分かっていたけれど。



「ま、黎児は僕と違って図太い性格してるし身体も頑丈だし。エルヴァーナに行ったとしてもそれなりに上手く生活出来るでしょ。最初は愚徒(ゲイザー)って事で嫌な偏見もあるだろうけど……黎児は良い人だから。きっとそういう色眼鏡に騙されない人は、君を受け入れてくれると思う。……立派にやるんだよ」

「れーくんは確かに良い子だけど、ちょっと危なっかしい所もあるから不安だなぁ。注意しないと三食しっかり食べないし、意外と喧嘩っぱやいとこあるし、悩みがあっても一人で抱え込むタイプだし。だから、私ぐらいお節介な子を見つけないとね」

「どっちも努力してみるよ。……っと」



 二人の言葉に応えた直後、横から軽い衝撃が身体に走った。亜依里だった。抱き着くというより、軽くぶつかってきた程度の接触が、実に彼女らしい。



「……また、会えるよね?」

「……ああ。いつか、きっと」



 嘘だ。黎児は今、親友達に嘘をついた。

 もう一度会う事が出来る可能性は限りなく低い。たとえ再会出来たとしても黎児達は親友として相見える事はないだろう。

 次に会った時には、親友達は黎児との思い出を失っているのだから。



「それじゃあ、俺行くから。次会う時までに色恋沙汰の一つや二つ作っとけよ」

「うるせぇ、てめぇは亜依里の為にも絶対作んじゃねぇぞ。……元気でな」

「ああ、そっちも」



 短く返して、黎児はかけがえのない親友達から背を向けて歩き始めた。

 ――――後ろからすすり泣くような声が聞こえる。

 立ち止まりそうになる足を無理やり動かし、距離を取ってその耐え難い音を遮断した。

 湧き上がる感情を押さえ付けるように唇を噛む。僅かに血の味がした。

 景色が歪む。夕陽に溶ける街並みが、いっそうその輪郭を曖昧なものにしていく。黎児は一度立ち止まって、目元を服の袖で拭った。

 すると、



「別れは済みましたか?」



 感情の起伏に乏しい平坦な声が耳を打つ。

 声がした方に視線を向けると、そこにはスーツを隙なく着込んだ男性が立っていた。

 不本意ながらその男性とは知り合いである。

 名前は式条という苗字しか知らない。

 年齢は恐らく二十半ば。黒色の無地のスーツを隙なく着こなし、『地上』に溶け込んでいる。黎児と接する時は常にビジネス然としており、温度を全く感じさせない佇まいは人間というより機械のようだ。



「……形だけなら一応。それより、監視役の数が多すぎる。俺は逃げも隠れもしないし、仮に実行したとしても逃げきれない事ぐらい分かってる。現実が見えてないガキじゃないんだからさ。アイツらとのお別れぐらい、俺達だけでやらせて欲しかった」

「そういう訳には参りません。配置した人員が黎児様の監視役も担っている事は否定出来ませんが、本来の役割は護衛ですから。不安を煽ってしまうと判断しお伝えしていませんでしたが、昨日未明、民間人から襲撃を受けました。襲撃に関与した民間人はその場で捕縛、現在ホテルの一室にて拘束しています。襲撃を計画するに至った動機は……」

「いい、説明不要だよ。……俺が愚徒(ゲイザー)じゃなくて神徒(ステラ)だったから、でしょ」



 苦々しい口調で黎児はそう吐き捨てた。式条は何も言わなかったが、否定しなかったという事はそういう事なのだろう。



「監視役が増えた理由については納得した。それで、出発は明日なんだろ? 何時に起きれば良いんだ?」

「ご理解頂けて何よりです。起床時間に関しては気にする必要はございません。そのままホテルの部屋でお休み下さい」

「俺、人に起こされるの苦手なんだけど」

「我々が起こしに行く訳ではありませんのでご安心を。……では、私は監視役の任に戻ります」



 式条は手短に告げて踵を返す。しかし数歩歩いたところで、



「今から五分の間、監視任務に就いている全ての人員に任務一時中断の命令を出します。まだ清算したい感情があるのなら、ここで終わらせておくと良いでしょう」



 そんな気に食わないセリフを残して、黒い背中は去っていった。

 式条が黎児に配慮したという訳ではないのだろう。

 不要なもの、無意味な感傷はここに全て捨てていけと、式条は言外に告げたのだ。



「っ、クソ!!!」



 ガン、と近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばす。無論、そんな事をしたところで気分など晴れない。虚しくなるだけだ。何も出来ず、悔しさと苛立ちが胸の内に蟠りを残すのみ。



「精算なんて出来るかよ。俺は、俺はまだ、アイツらと……」



 アイツらと、一緒に居たかったんだ。

 夕陽が落ちる。続こうとした言葉は冷たい風に攫われて、跡形もなく空に消えていく。

 当然感情の清算なんて出来るわけもなく、与えられた五分は無為に過ぎていった。


読んでくださりありがとうございます。

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