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第8王子ジュリアン

 この国の女性はとても高慢だ。

女性でも魔力が強ければ爵位を継げるから、貴族女性は特に高飛車な言動をし、基本的に父親以外の男性を下に見ている。

 女性は選ぶ立場で、男性はひたすらご機嫌取りをして選んでもらうのだ。

選ばれた後も、魔力次第では利用するだけ利用して捨てられる。女性は子供が生まれても魔力が低ければ男性に押し付けた。


 不甲斐ない男性たちは、いくら手酷く振られても、何人相手がいようと女性に求愛する。


(ふざけるな!王子である私がそんなことをするなんて…)


 プライドが高く旧時代的な考えを持つ第8王子のジュリアンは、決して女性にへりくだることをしなかった。 

だから、魔力が強く、有力な王太子候補であるにもかかわらず婚約者がなかなか決まらなかった。


 貴族女性は引く手数多で、わざわざ継承権がなくなるかもしれない王子の妻にならなくても次々と良い条件の相手が現れるのだ。

 外国からは、敗戦したわけでもなく属国でもないのにわざわざ8番目の王子に嫁いでくる姫などいなかったし、平民には王子妃はつとまらないと考えていた。


 そんな折、この国に大聖堂の巫女が訪れた。里帰りだという。

魔力はないが、神様に仕え神託を伝えるという神秘性は王子妃にふさわしい。

心が美しく清らかな巫女であれば、貞淑で男性の後をついて歩くような楚々とした妻になるかもしれないと密かに期待した。  


 そんなジュリアン王子の期待とは裏腹に、巫女は結婚するつもりはないと即座に断ったという。


(そうか…巫女ですらそんなものか!)


 内心幻滅したジュリアン王子だったが、巫女を見たという王の近衛から伝え聞いた内容は、可憐で美しく、断ったといっても魔力がないことが理由で謙虚な様子だったという。


(一度も会いもせず断るなど、私に失礼だろう。顔を見て文句を言ってやる。後になって婚約を受ければ良かったと後悔しても遅いのだからな。)


 興味を引かれたジュリアン王子は、お忍びでオルトレー宅を訪れた。

そして彼は、玄関ホールから漏れ聞こえるピアノを聞いた。 

 歌うようにゆったりとした旋律。これは王国に伝わる開拓民の歌だ。

悲哀の曲というイメージがあったが、聴こえてくるのは、働き疲れて帰った夫を労るような穏やかなトーンで、包み込むような優しいメロディーだ。

目を閉じて、ジュリアン王子は響いてくる音楽に聴き入った。

そして故郷を懐かしむ寂しさと強い望郷を思わせる調べへと変わってゆく。


(家族を思い、故郷を懐かしむ…まさか巫女が弾いているのか?

 巫女は家族と別れ、死ぬまで大聖堂に仕える覚悟で行くという。即座に断ったのも仕方ないことだったのかもしれない。

この私と会わなかったのも、別れの辛さを知っているから…)


 これを弾いている者は少なくともそういった感情を理解して弾いているように思えた。


 その日、ジュリアン王子はメッセージカードを預けてそのまま王城へと戻った。

 振り返ると、2階の窓にはピアノとその前に座る女性の背中がちらりと見えた。

顔は見えなかったが、それがまた想像をかき立てた。



【美しく気高いあなたへ 今度王城で開かれる舞踏会に招待させてください 

ジュリアン・ギルバート・デル・テーベ】



「嘘!断ったのにこんなカード送ってきたの?」


 見るからに上質で特別そうな意匠のカードをお手伝いさんから受け取ったエヴァ様は戦々恐々としていた。


「ちょっと!セイラのせいだよ!本当に見初められるなんて…やっぱり儀礼服で行けばよかった!」


 エヴァ様は手に力が入ってカードを握りしめてしまう。


「あのドレスや化粧は別人みたいに綺麗で…そう、まるでヨウコみたいだった!」


「…そんなことありません!オルトレー夫人や商会の方へ相談して、エヴァ様に似合う色やデザインに仕上げました。あれはエヴァ様にお作りしたものです。」


 淡い化粧は星水晶の好みが入っていたが、元々の素材の良さゆえそれを生かしただけだ。


その時、真狒姫が星水晶に語りかけた。


『ねえ、エヴァは時々ヨーコの声が聞こえるだけなんでしょう?どうして見た目をご存知ですの?』


 それを聞いた星水晶の動きが止まり、エヴァ様はなおも星水晶を責め立て、美凪様や真狒姫が反論するのだが、内容が全く頭に入ってこない。 


 しばらく呆然として、ようやく美凪様の言いたいことが理解できた星水晶は、エヴァ様に問いかけた。


「エヴァ様…お姉さまをどこへ隠したんですか?」


「何言ってるの?」


「お姉さまは…私の守護霊様たちのように、エヴァ様の中にいるんでしょう?なぜ隠すんですか?」


 エヴァ様もそこでようやく自らの失言に気づいた。そして開き直るように星水晶に向き合った。


「ヨウコはもうここにはいないわ。あなたが神殿で倒れた時、行ってしまった。気づいてなかったでしょ?」


「そんな…どうして言ってくださらなかったのですか?」


 悪魔を退けた後も、部屋でエヴァ様と話した時にも耀子様はいて、本当は会っていたのだ。


「私が止めたの。私はヨウコじゃないし、あなたと恋愛ごっこをするつもりはなかったから。  ヨウコはあなたを救うという目的を叶えたら戻らないといけない。神様がそう仰ったから。」

 

 星水晶はエヴァ様を見て、打ちのめされた。彼女は耀子様と話せて、耀子様とずっと一緒にいた。巫女であり、剣術に優れ…神様の声が聞こえる彼女は選ばれし人。


(私は…お姉さまが私を助けてくださったのに、存在にも気づかなかった。

巫女試験にも不合格で、本当に何の力もない。)


 星水晶はいたたまれなくなって、涙が浮かんだ顔を見せられず黙って部屋を出た。

 エヴァ様のせいじゃない。気づかなかった私が悪いのだと、そう考えたらもう駄目だった。  そのまま足元が底なしの闇に沈んでいってしまいそうで、神様の光に照らされた眩しいエヴァ様のいる家にいたくなくて、星水晶は外へ駆け出した。


 息を切らして、気がつくとずいぶんオルトレーの家のある場所からは離れていた。

王都に入るときに検問で通った場所とも違う。

星水晶は、見知らぬ町を当てもなくふらつきながら歩く。


『星水晶ちゃん大丈夫?カイン様に町は危ないって言われてたのに』


『心配しなくてもいざとなったらわたくしがセーラを守るもの。』


『守るっていったって…』


 星水晶は彷徨い続けて、かろうじて雨が凌げる程度の屋根付きテントがひしめき合う貧民街に迷い込んでいた。

 王都の中でも貧しい地域はあるようだ。周りを見てようやく1人で歩くことに不安を感じたが気持ちが落ち込むのに比例して足取りは重く、引き返すのが遅くなってしまった。

 すると突然、路地から腕を掴まれた。口をふさがれ悲鳴を出せないようにされて、複数の男たちに引きずり込まれた。

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