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まだらの鳥影

 巫女試験が終わり、ヤンとヨハネスは聖ロマリア国の都市、アッチェターレの大教会の審問支部へ戻った。

 ジルド支部長は大聖堂に巫女試験の報告書を届けるため、神殿を出た後は別行動だ。


 戻ってみると書類が山積みとなっており、二人は対応のため忙しい日々を過ごしていた。

 机は書類が積み上げられすぎて、背の低いヤンの顔を超える高さになってしまっている。

 ほぼ徹夜で期限が近い書類を片付けた翌朝、ヤンから見えないのをいいことに、ヨハネスはこっそりと休憩に出た。

お詫びに朝食でも買って帰りますと、ヨハネスは今も書類に向かって濃い隈をつけた目を酷使しているヤン先輩に心の中で謝る。


 早朝のアッチェターレは静かで人通りはまばらだが、身支度をする人の気配や物音がして心地よい。

 静かな大教会の執務室にずっと泊まり込んでいるせいか、雑音を聞きながらこうして歩くと、日常の感覚を取り戻せる気がするのだ。

大教会の神官がそんな事を言うと、世俗的だと注意されるかもしれないが。


 早くから開いている店を目指して歩いていると、道端で子供が手のひらに鳥を乗せてうつむいていた。

 神官の執務服が通り過ぎるのを見てぱっと顔を上げた子供はヨハネスに駆け寄って袖を掴んだ。


「神官さま!ぼくの話をきいてください」


 その子供が言うには、怪我をして動けなくなっていた鳥を拾い、手当てをして保護していたのだが、飛ぶことができない状態が続いていた。

しかし、ついに親から元いた場所に返してくるように言われたそうだ。


「両親に、今日鳥を放してくると約束して、ぎりぎりまで飛ぶ練習をしてたけどダメで…

ぼくは魔物におそわれても逃げられない鳥をみごろしにしようとしています」

 

 話をしている間もその鳥は子供の手のひらの上に乗って、時折目や首を動かしながらも大人しくしていた。

野生の鳥が人に懐くなんて珍しい。

確かに、愛玩用にするような種類ではなく、小動物を餌として狩るための鋭いクチバシを持ち、羽根も鑑賞に適さない茶色のまだらだった。


「この鳥の行き先はご両親やあなたではなく神様が定められたものです。

きっと鳥も故郷に戻ることを望み、あるがままの運命を受け入れるでしょう。」


「本当?…お前、飛べなくてもあそこへ帰りたいかい?」


 子供が鳥に向かって話しかけると、それまでじっとしていた鳥が、急に隣に座っていたヨハネスの腕に飛び移った。


 驚いたヨハネスが、おどかさないようにそっともう片方の手を伸ばすと、指先にこれまで感じたことのないような、何かが流れ出てゆく力があった。

それと同時に体の力が抜けていく。目にうつる世界がぐるんと回転して、ヨハネスが意識を失う直前に見たのは、青い空に舞い上がり飛翔する茶色のまだらの鳥影だった。


 気がつくと、見知らぬ部屋に寝かされていた。

部屋には治癒士のローブを着た男性がいて、ここが治療室であることがわかった。


「倒れてしまったのか…ご迷惑をおかけしました。」


 ローブの男性に話しかけると呆れたようにため息をついてベッドに近づいてきた。


「睡眠不足で疲労が溜まっている時に魔法なんて使うんじゃない。魔力切れを起こしてるぞ。」


「いや私は神官で、魔法使いではありません。」


 神官の中にも魔法使いはまれに存在するが、なぜ魔法使いと勘違いされたのだろう?

 真顔で男性に問いかけると、男性は頭を振って顔をしかめた。


「呼びに来た子供が治癒魔法で鳥を治したと言っていたけど?

使い手なのにあえて神官になったからってごまかさんでいい。

慈善で治すのは結構だが、うちは治癒士だろうと神官だろうとしっかり金は払ってもらうぞ。」


「そんな…生まれてこの方、魔法なんて一度も使ったことありませんよ…」


「本当に?」


 治癒士の男性はまじまじとヨハネスの手を穴があくほど見つめた。


「魔法使いには魔力が見える。あんたには間違いなく魔力がある。」


 呆然として何も言えずにいるヨハネスに、治癒士の男性はちょっと待ってろと言い残し、部屋の外へ出ていった。


 これがヨハネスの身に起こる苦難と、彼に課された試練の始まりであった。




「ジルド支部長!大変なんです、ヨハネスがいなくなりました!」


「!?なぜ…」


「大量の書類を処理するのに徹夜で教会に泊まり込んでいたんですがいつの間にか姿が見えなくなっていて…仕事が嫌で逃げ出すような奴じゃないし、寮にも帰っていません。

どこへ行ったのかわからないんです。」


 ジルドにとって短い間の付き合いだが、ヨハネスは真面目な青年だ。審問官としての意欲も高く、ヤンや他の同僚との仲も良好に見えた。

そのため、無断でどこかへ消えてしまう理由がないというのはジルドも同意見だった。

その場合、何か事件に巻き込まれたことになる。


「ところでその方たちは一体…?」


 ジルドの両脇をがっちりとかためている屈強な二人の男性のことだ。彼らは背の低いヤン審問官をじろりと見下ろしただけで、何も答えようとしない。


「すまないが、枢機卿の依頼で彼らと共にすぐにテーベ王国へ向かわなくてはいけない。ここの大神官にはもう話はしてあるな?」


「はい。」


 ヤンはまた急ぎの試験かとげんなりした。

それがつい先日と同じ巫女候補の試験とは思わず、こんな頻繁にイレギュラーが起こるなんて審問官としてはたまったものではないと内心憤った。


「それならヤン審問官も心配だろうが探すのは他の人に任せて、ヨハネスの分の仕事を頼めるだろうか?他の支部から人を派遣してもらえるようすぐに手配する。」


「うっ…徹夜続きですがヨハネスの分で期限が近いのは終わらせたから…何とかします。

俺がぶっ倒れる前に早めにお願いします…」


「わかった。苦労をかけるが本当にすまない。」


 ジルドはアッチェターレの大神官に仕事の引き継ぎをして、くれぐれもヨハネスのことを頼みますと伝えて旅立った。



 その頃、ヨハネスは魔法協会できちんと魔力を測って証拠を見せると言われて治癒士の男性に連れてこられ、そこで軟禁されていた。


「確かに魔法協会に登録はされてないな…。」


「だが急に魔法が使えるようになるなんて、そんなことあり得るか?」


「魔法だって100年ほど前に急に使える人が生まれ始めたんだ。

後天的に使えるようになる人が急に出ても何ら不思議じゃない。」


「でもそれならもっと報告が上がっていてもいいはずだ。」


「テーベ王国では近年魔法使いが増えているが、あれは…」


「もしそうなら大変なことだぞ…」


 壮年の魔法使いが数人、魔法協会の代表者などを含めた者たちで会議が重ねられて、ヨハネスの処遇が決定した。


「魔法協会会員規定第5条 魔力使用に関する危険性を認めたため、これよりヨハネス神官を拘束する。」


「…私は魔法使いでも、魔法協会所属でもない。従えません。」


「規定を守るのは我々会員の義務だ。5条2項により、対象は協会に所属していない人物にも適用される。大人しくしていれば危害を加えるようなことはない。」


「いつ、大教会に帰れますか?忙しいので何日も抜けられません。」


「…。」


 抗議もむなしく、ヨハネスは魔法協会本部、大本山へと連行されることになった。

魔法が使えるようになった原因の特定のためである。


 そして、これをきっかけに大聖堂と魔法協会は対立することとなる。

だが、それすら始まりに過ぎなかった。

後にこれが聖ロマリア国とテーベ王国を巻き込んだ大戦へ発展することになるとは、この時は両会の誰も予想していなかった。

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