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1日目

「道はあまり悪くないだろう?ここは東の聖殿への巡礼に使われているんだ。」


「信者の方々が踏み固められてきた道なのですね」


 星水晶は馬車で移動したことがないので違いはわからないが、車に慣れている星水晶が乗っていられないほどではないので確かに悪くはないのだろう。


「ありがたいことに巡礼者用に整備されているから、夜は宿で寝られるそうよ」


 馬車は大聖堂の騎士が先導し、護衛についていた。

なるべく安全な道を行くが、何かあった時のためにカインは馬車に同乗した。

馬側にカインが座り、向かいにエヴァ様とセイラが並んで座った。


 馬車が動き始めてまずテーベ王国がどんな国かという話題になった。


「そうね…テーベ王国はロマリアとは真逆よ。」


 エヴァ様が星水晶に語ったところによると、テーベ王国の始祖は、聖ロマリア国から温暖で肥沃、広大な土地を求めて南下した開拓民だという。

 そういった土地は餌が豊富で、危険な魔物が多く生息するため、人々が生きていけなかった。

 魔物の住む森を切り拓き、田畑や町を作ることを彼らは目指してきた。しかし、広大さゆえに開拓に必要な人手が圧倒的に不足していた。

 およそ100年ほど前、突如として魔力持ちが生まれるようになったことで、魔法を利用した整地や耕作が急速に進み、魔物も数を減らしていった。

豊かな資源の獲得と、それに伴う人口増加によって発展してきた国だった。


 お詳しいですねと星水晶がエヴァ様に言うと、数年前までは商家の娘として外国についての勉強もしていたからだという。


「現国王は敬虔なロマリア教徒で、テーベ王国からの巫女も入ってきている。

当時、入植者が作った教会もいくつかあったけど、数年前には現国王によって南の聖殿と呼ばれるサンピエトロ神殿が建立されたそうよ。」


 聖ロマリア国は完全なる神権政治だが、テーベ王国は、主権が国王にある。

テーベの民は新天地を目指して新しい国を作った。だが、若き国王は伝統的な宗教を核とした国民同士の結びつきを求めた。

怒涛のように変わっていく国には信仰を核とした社会規範が必要だったのだろう。


「ちなみにあそこで事業を当てるのをテーベの夢というの。うちの実家もその一員。

もっとも、ロマリア時代から色んな事業に手を出して結局破綻させたから堅実ではないんだけど…」


 テーベは新しい文化も魔法も、良いものはどんどん取り入れていく国民性だという。


「それでは若い人は皆テーベ王国に行ってしまうんじゃないですか?」


 星水晶が聞くと2人は顔を見合わせた。


「それがそうでもなくて…ここ数年はむしろロマリアに入ってくる人が多いみたいだよ。」


 カインもエヴァ様もそれが不思議だと話していた。


 少しして、エヴァ様が星水晶の耳に口を寄せた。


 「カインとは話せた?」


 星水晶はあれからどう言おうかずっと考えていた。二人とも待ってくれている中、これ以上告白を後回しにすることはできない。

 星水晶は意を決してカインに真っ直ぐ向かって言った。


「カイン様、私には心から愛している人がいます。それは耀子様、私が探していたお姉さまです。」


 カインの思考はブラックホールに飲み込まれた。


「………………。」


すると、エヴァ様がカインのほっぺを両手でむぎゅっと掴んだ。


「戻ってこぉい!」


 カインの整った顔が福笑い的に崩れたのを見て星水晶は口に手を当てて驚く。


「わぁった…はなひてくえ」


 星水晶は遠慮のないエヴァ様をまじまじと見つめる。こんな風に男性とじゃれあっていいものだろうか。


「ヨウコは私との間に繋がりがあって、彼女の声が聞こえるの。実体はこの世界にはない。

それでもヨウコはセイラを想って私に声を届けた。神殿に寄こしたのも、治療したのも彼女。」 


 初めてそれを聞いて驚くと同時に、星水晶の胸は歓びと切なさでひどく痛んだ。


(私、お姉さまの想いを受け取るばかりで何も伝えられていない…)


「元の世界に好きな人がいるなら俺は諦めるしかない。忘れたくても…忘れられないだろうから。でも、ヨウコさんとは話せるかもしれないのか。

話して、セイラはどうしたいんだ?」


「私は、たとえ二人の距離が離れていても、お姉さまと心で繋がっていたい。

だから…愛してると伝えたいのです。」


 星水晶の手がぎゅっと握られて小刻みに震えているのを見て、それが冗談や断る方便などではないことをカインは理解した。

同性が好きだと告白するのに、どれほど勇気がいっただろう。


 星水晶があの日逃げてしまったのは、愛していますと伝えたら、二人とも後戻りできなくなるからだ。

家族に反対され、世間からも指さされる人生を選ぶには幼すぎた。

深く心で繋がる前に離れたら、大人になった時それぞれの人生を自由に選ぶことができると思ったのだ。

それなのに、耀子様が行方不明になってしまい自分も飛行機事故に遭い、どれほど後悔したかわからない。

人生はこんな風に突然終わってしまうものだから、選択を先送りにしようなどとずるい考えをしなければよかったのだ。


 エヴァ様もどうしてここに耀子様がいないのかと悔やんだ。


(未来に行かなければ星水晶の言葉を直接聞かせてあげられたのに。でも、耀子様は星水晶が生き延びる道を探しに行った。いつだって星水晶のことを思って行動してる。)


 エヴァ様も2人が再会して幸せになることを心から望んでいた。


「私から伝えてもきっと意味がない。ヨウコに直接伝えられる日が来ると信じてるわ。」


「はい…。」


「結局、俺は振られたということになるのか。」


「カインには私が…」


 エヴァ様は顔を真っ赤にして口ごもったが、カインは俯いて表情を曇らせた。


「すまない。そんな…すぐには考えられない。」


 それを聞いたエヴァ様が押し黙ると、馬車の中が重苦しい空気になってしまった。


「君に好きな人がいても大切に思う気持ちは変わらない。ヨウコさんと再会できるまで、セイラを守って共にいよう。」


『カイン様…』


 カインを見る星水晶の口調と表情が突然ふわっと変わった。まるで恋する乙女のように頬を赤らめ微笑んでいた。

 するとエヴァ様が星水晶の顔を挟み覗き込んだ。射抜くような目で、瞬きをしないので少し怖かった。


「あなた守護霊だ。違いがわかってきた。しかもカインに惚れてるでしょ」


『ひどーい!星水晶ちゃんいつの間にバラしたのよ!』


(私は言ってません!エヴァ様の勘です!)


『嘘だ!じゃああたしもバラすから…エヴァさまにベッドに押し倒されてドキドキしてたこと。』


「?!」


 今まさに眼の前でエヴァ様と星水晶の顔は口づけしそうな距離にあった。二人はそういう関係だったのかとカインは少し腰を浮かせてショックを受けていた。


(エヴァ様からというのはどういうことだ?女性が好きなセイラならわからなくもないが…)


 星水晶はあらぬ誤解を招く美凪様に戻ってもらい、再度思考がブラックホールに飲み込まれそうになるカインのほっぺたに片手を伸ばし、ムニッとつまんだ。


「!」

 

「だって、エヴァ様はカイン様が好きなんですよ」


 手を伸ばすために背中を反らせた星水晶の顔はエヴァ様に頬を掴み上げられており、その体勢からカインの方へ首だけ向けていた。

 カインの頬は、強くつまんだわけではないのにみるみる赤くなった。


「寝込んでからはそういう気持ちはありませんから…」


 エヴァ様にドキドキしたというのは否定しなかった。


「そうよ、何にもなかったわ。」


エヴァ様も同意して星水晶の顔を離す。

カインは怪しみつつも一応納得した。


(女性同士というのは距離が近いことがあるからな…)


 大聖堂や神殿のシスター達も、男性に比べて友人同士で手を繋いだり寄り添っていることが多かった。



そんな風に話していると、あっという間に1日が過ぎていた。


 宿では大部屋で雑魚寝だった。カインはそれを断り、大聖堂の騎士と同じく交替で警備を申し出た。


「おはよう、カイン」


「エヴァ様?お早いですね。」


 警備に立つカインの隣にエヴァ様はしゃがみこんだ。

エヴァ様の装備は動きやすいパンツスタイルだ。背が高いので既製品で合うサイズがなかったというのもあるが。


「寒いですからどうぞ中に。まだゆっくりしていて大丈夫ですよ。」


 エヴァ様はそれには答えず、窓から朝日が登るのを見つめている。


(なぐさめた方がいいのか…)


 エヴァ様は振られてしまったカインの様子を見に来たのだが、横目でその美しい顔を盗み見ても普段とあまり変わらないようだ。


「…平気そうだね?」


「諦める方法がわからないだけだ」


 好きな人は変わらず傍にいて、離れるわけでもない。誰かと結婚もしない。


(私も同じだけど、これじゃ諦めるなんてできないよね)


 カインの守る宣言は悪手と言えるだろうが、星水晶が再会するまでと言っていた。

それが気持ちの区切りにもなるだろう。


(こうなったらヨウコを説得して、早く2人が再会する方法を見つけなくちゃ…)


「新しい環境で新しい恋や夢中になれるものを探すのもいいよ…そういう自由があなたにはあるから。」


 カインは黙ってそれには答えなかった。

頑固な人だ。自分がどれだけ恵まれているのか知っているんだろうか?

エヴァ様は少しからかうことにした。


「…セイラのどこが好きだったの?

やっぱり胸?あれ普段さらしで押さえてるから実物はもっと」


「…知ってる。」


 乳談義を止めようと、赤面したカインが言葉を遮った。


「あ、そういえば見てたんだ、カインは。じゃあ私のも…見たら意識してくれるかな?」


 シャツのボタンに手をかけるエヴァ様を止めようとカインが焦っていると、大部屋のドアが開いた。


「…。」


 星水晶は沈黙の後、タイミングを間違ったことに気づいて、そっとドアを閉めた。


 翌日の馬車の中はそこそこ気まずい空気が流れた。

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