サンタマリア・クレール神殿の朝
出発の日が来た。
テーベ王国までは馬車で2日半。それほど遠くない距離だ。
エヴァ様の実家は王都にあり、国境からさらに半日かかる。
「体に気をつけるのよ。」
「着いたら手紙をちょうだいね。」
「テーベは手紙が安く出せるみたいだよ。神殿からは俺が送るから遠慮しないでたくさん書いてくれよ。」
カインはアルバスや護衛騎士らに背中を叩かれ激励されていた。
「カイン、セイラさんとエヴァ様のこと、くれぐれも頼みましたよ。春には元気で顔を見せてくださいね。」
「リュカ大神官、お世話になりました。お元気で…」
「さようなら。」
カインと星水晶はリュカ大神官に軽い抱擁をして別れを告げた。
シスターたちにお礼を伝える星水晶にエヴァ様が声をかけた。
「馬車に乗る前に鞄とコートを取ってきなさいよ。」
「えっ?」
「まさか手ぶらで行くつもり!?」
「いえ、本当に持ち物がないのですが…」
ほとんど身一つでこの世界に来て、町に買い物に行ったことはない。休日は散歩するか、本を読んで過ごしていた。
カインですら鞄二つ分くらいの荷物はあるというのに、まさか手ぶらとは思わなかったので皆が慌てている。
エヴァ様は元々の荷物に加えて足りないものを大聖堂の騎士に頼んで手配していた。
シスターら神殿関係者はその際一緒に手配したものと思い込み、エヴァ様は神殿側で手配するものと思っていた。
しかし、星水晶自身が誰にも何も言っていないため、わかりようがなかった。
それには合理的な理由があり、居を移すのにわざわざ荷物を増やす必要を感じなかったのだ。着替えなども必要に応じて現地の気候に合わせ揃えるつもりだった。
換えの下着やハンカチくらいは持っているはずだが、ワンピースにポケットなどもない。
それをカインが指摘すると、星水晶は胸に手を当てて答えた。
「女性には隠し場所がいくつかありますので」
カインはそれ以上問い詰めることができなかった。
「もう、体を冷やしたらダメじゃない。」
「手持ちの下着は全て重ね着しているので意外とそんなに冷えませんわ。」
早朝の冷え込みで白い息を吐きつつ、空気の層ができて暖かいと話す星水晶に周囲は呆れた目をした。
「…とりあえず私のを着てなさい。」
エヴァ様はせっかく詰めた荷物から厚手のショールを引っ張り出して星水晶の体に巻きつけてくれた。
(セイラさんってほっといたらいつの間にか死んでそうで…こわい)
アルベルトは心の中でこっそり呟いた。
教皇の近衛であるアルベルトはさすがにテーベ王国までついていくことはできず、大聖堂の騎士達が馬で護衛に付くということだった。
「教皇には報告してあるのですが、一応里帰りということで認めてもらっていますから安心してくださいね。」
(どうやって認めさせたのよ。アルベルト、恐ろしい子!)
教皇の近衛には年のいった兵士が多く、教皇自身も似たような年代だ。彼らからするとアルベルトは息子や孫くらいの年で、加えて素直で明るい性格から気に入られていた。
巫女達に関する相談もよく受けていた。
彼のアドバイスにより教皇たちは年若い娘さんへの接し方に困惑することが減ったため、信頼されていたのだ。
エヴァ様の無事も確認でき、悪魔の襲撃も聖槍によって一先ず収束をみせていたことから、里帰りで冷静になって考え直してくれる可能性があるのであれば…と許可されたのだと思う。
だが、大聖堂派と呼ばれる戒律に厳しい人たちまで許可したのは意外だった。
アルベルトがその辺りの事情をエヴァ様に語ることはなかったが。
ポピーは見送りにあえて行かなかった。星水晶の使っていた部屋に入り込み、ベッドに身を投げ出して天井を見つめていた。
そこへシスター・ローズがやってきた。ローズは眼鏡をかけた金髪の少女で、ポピーのすぐ後、星水晶の少し前に神殿にやってきた子だ。
「ポピー、なぜそんなところに…掃除するから起きてくださる?」
「掃除は優等生がきれいにしてあるわ…」
ローズは引き出しや棚などを確認して、整然とした室内にチリ一つないことを確認すると、ポピーと並んでベッドに腰掛けた。
「…やっぱりね。
私も見送りは遠慮しましたの。もう挨拶はすませたもの。ポピーは行くと思っていたのだけど」
ローズと星水晶はさほど仲が良いというわけではなく、年も離れていると思っていたのであまり積極的に話す仲ではなかった。
「そうよね!春には帰ってくるっていうのに大勢で見送りなんて…リュカ大神官まで」
「帰ってくるかしら。だって修道女寮の部屋は余っているから私物のいくつかは置いていってもいいと言われていたのに、見事に何も置いてないんですもの。」
ポピーはそれに気がついて愕然とした。
そもそも、彼女は私物自体ほとんど持っていなかった。まるで、いついなくなってもいいような…
「あの人ちょっと風変わりで、いい人なんでしょうが…私は少し苦手ですね。
私、社交的な方じゃないのでこちらにあまり馴染めてなかったんですけど、ポピーはもっと馴染めていなくて、セイラさんのことも嫌ってましたでしょう?
でもあなたは反抗しながらも皆の輪に入れるようになって…影響されて私も。
そういえば、皆と仲良くなれるって思えたのはバザーの日から…」
「セイラはずっとここにいるつもりなかったってこと?」
「そうじゃない?それにカイン様と結婚したらもう戻ってこないでしょ。そんなのって…」
(違う。セイラはあの時のあたしと同じなんだ。)
部屋に閉じこもって、両親を追って死ぬことを考えていた時期のポピーと同じなのだ。
今は違う。部屋にはベラに教えてもらったレース編みの敷物や、作りかけの縫い物。
実家から持ち出した道具や新しい生活用品で彩られていて、壁には日焼けした古い両親の絵が飾られている。
それら全て、ここがポピーの居場所という証だった。
だが星水晶の部屋にはいつ見ても借りものしか置かれていなかった。
(あたしのせい…?)
ポピーが意地悪をしなければ、居場所を取ったと責めなければセイラは出ていくことを考えなかったのかもしれない。
「巫女試験に落ちたって聞いた時、ちょっといい気味だと思ってしまって。私、性格が悪いかもしれません。」
仲間と思っているローズの独白は続いていたが、ポピーは無言で部屋を飛び出した。
星水晶は馬車に乗る前にサンタマリア・クレール神殿を目に焼き付けておこうと見上げていた。
すると、ポピーが階段を駆け下りて来るのが見えた。
「待って!セイラ!」
そのまま走り込んできて、お腹の辺りに体当たりするように飛び込んだ。
「ポピー!?」
「ひどいこと言ってごめんなさい!…居場所をとったのはあたしの方だった」
星水晶はポピーの小さな背中を抱いて、優しくさすった。
「どうして?私はそんな風に思っていませんよ。」
「セイラ…春には帰ってくるよね?約束して。」
彼女だけが星水晶の身辺整理の意味を理解していたのだ。
星水晶は微笑みを崩さないまま、眉を少し下げた。
事情次第ではこちらに戻れない可能性もあると思っていたからだ。
体調の悪化か、耀子様の行方についての情報があれば、おそらくそれを優先するだろうという自覚があった。
ポピーはそんな星水晶に小さな箱を押し付けた。
ふちは緑色で、お花の絵付けが全面に施されている。
ポピーの小さな白い手がそれを開くと、色とりどりの花が魔法のように咲いて、蝶が翅を開いて箱から出てきたように見えた。
よく見ると、花びらや蝶の翅は細い糸で繋いであり、蓋を開くと仕掛けが連動して動くようになっていた。
「実家のものは戻ったらほとんど親せきに売られて…これはたまたま戻ってきたの。」
ポピーの実家は資産家向けの小物も作っていた。
店にあったものは売掛金の支払いなどのために売り払われたが、売れないもの…両親の絵などは残されていた。
この仕掛け箱も、納品する予定だったものだが傷ましい事故の顛末を聞いたその家の人が後にお見舞いとして贈ってくれたものだった。
「とても…とてもきれいだわ。」
アンナマリア学院に植えられた花々や蝶々。あの日の2人の思い出を閉じ込めたようなその箱を見つめる星水晶の胸は苦しく締め付けられた。
「返してよ。」
「見入ってしまってごめんなさい…。ありがとう」
星水晶がポピーに箱を返そうとすると、ポピーは首を横に振った。
「それはセイラにかしてあげる。だから絶対返しに来て…そうじゃなきゃゆるさない。」
何も残していかないなら、こっちから置いていってやろうという、それはポピーの精一杯の思いやりだった。
星水晶はポピーの手を両手で包んで誓った。
「わかりました。必ず返すとお約束します。」
星水晶は仕掛け箱が壊れたりしないよう、木の箱に藁を敷き詰めて馬車に積んだ。
「では、行ってまいります。」
いまだかつてない手ぶらで旅に出ようとする女…
リュカ大神官にもらった青いワンピースを着て、下着は手持ちのものを全部重ね着しています。
本編にあまり関係ないステータス
セイラ
職業:シスター
ぶき:なし
ぼうぐ:ぬののふく
どうぐ:シナモン 守護霊のブローチ
状態異常:たましい
Lv.1
HP30
MP10
こうげき 10
みのまもり 8
すばやさ 15
まほう:なし
スキル:祈り 守護霊
スキル説明:
祈り ぜんたいのデーモン・アンデッド族の状態異常無効
守護霊 美凪 特殊効果 乗馬/徒手空拳
守護霊 真狒姫 特殊効果 ???




