天国を作る方法
星水晶はジルド達審問官に案内されて部屋に通された。昨日と同じように椅子を勧められる。
「先程、祈りの際にこちらの聖具を使っていただきましたが、同様のものはいくつか存在しています。」
その聖具は杖だった。
布に包まれて置かれている。
続いて、ヤンが革張りのトランクから、いくつもの道具類を取り出した。
聖水の入った瓶。
蠟燭と燭台。
月桂樹の幼木の植木鉢。
透し彫り細工の香炉。
金で縁取られた鏡。
磨かれた大きな水晶珠。
金の宝石のネックレス。
白蝶貝で作られたサークレット。
ヤンが蠟燭に火をつけ、ヨハネスが香炉に炭と乳香を入れて戻ってきた。
「この中に聖具とそうでないものがあります。それを見分けるのが試験です。」
三方をジルド、ヤン、ヨハネスに囲まれあらゆる角度から見られている。
星水晶はプレッシャーを感じながら、手に取っても良いということで一つ一つ見ていった。
聖水の瓶や燭台、植木鉢は何の変哲もないただの道具にしか思えない。
(蠟燭は火がついた状態でないといけないということでしょうか。香炉も同じ…)
水晶やネックレスなども、傍らに置かれている聖具の杖とどう違うかと言われると、それはただの物体でしかなかった。
ひとしきり手に取ったり、じっくり見つめてみた後、星水晶はため息をついて言った。
「聖水と蠟燭と植木は聖具とは違うような気がしますが、それ以外はお手上げです。私にはわかりませんでした。
聖槍は物ではないように思えましたし…」
あの時フィーネ様と文子様が出した聖槍は聖具とはまるで違っていた。眩しい光の塊で、実体があるように思えなかった。
「それが答えだな。」
ヨハネスが焦ったように星水晶の方を見た。
「待って下さい。守護霊に聞かれてみては?」
「いや、教典では降霊を禁じている。巫女であるなら神とのみ交信すべきだ。」
そこに、リュカ大神官やシスター達が星水晶の守護霊について口を噤んだ理由がある。
あれが禁則にあたるのではないかと恐れていたからだ。
星水晶は誰か特定の方の霊を降ろしたりはできない。したがって、降霊と言っていいのかは微妙なところだった。
「守護霊たちはこの世界に飛ばされ、生きる希望を失った私を励まし、救ってくださいました。
彼女たちは神様が遣わされたそうなのです。つまり、天の御使いではないか…と。
天使が人の姿をとって現れることがあるように、霊の姿をとって現れることもまたありえると思うのです。」
「彼女たち…まるで友人のような呼び方だ。
しかしあんなわがままな天使がいるか?あの意味不明の防御も神のご意思か?」
美凪様たちに振り回されることの多い星水晶はその名付けに妙に納得しながらも答えた。
「私はいると思います。神様がこれほど人に自由をお与えくださっているのに、天使には自由がないということがありますでしょうか?」
「ならばその天使に替わってもらってやってみろ。神に近い存在ならわかるだろう。」
『えっ?あたし?わからないわ。真狒姫は?』
『…先程まで邪魔していたわたくしって信用できるかしら。ね?セーラ』
(そう、ですね…美凪様や真狒姫が正しい答えを出されたとしても…私自身は不合格ということになりませんか?)
『神様に遣わされたあたしたちがこの試験の合格に必要だとしたら、それが役目じゃない?』
(私の役目は…)
守護霊達を連れて来るための容れ物だったのではないだろうか?
そう考えた瞬間、星水晶の目から生気がなくなり、体がぐらりと傾いだ。
向かいに座っていたヤンが咄嗟に火のついた燭台を手に取り直撃は避けられたが、机にうつ伏せに倒れた星水晶によって、聖水の硝子壜が倒れて中身が流れ出てしまった。
「大丈夫ですか!?」
ヨハネスやジルドが駆け寄ろうとすると、突然、奇妙な現象が現れた。
まず、こぼれた聖水が女性の形になり、ヤンが持つ蠟燭の火に包まれた。
審問官達が一目見てそれを女性と思ったのは、豊かな2つの胸があったからだ。
火が消えると、月桂樹の幼木の枝と葉はするすると伸びてゆき、新しく萌え出た3枚の葉から雫が垂れて、机の上に再び女性が形作られる。
本物の聖具である鏡と水晶、そして杖から光が放たれ、雫の女性の中に入るとそこにメッセージが現れた。
"天国を作る方法"と…。
ふと気がつくと、星水晶は硬いベッドに寝ていた。チャプ、と水の音が聞こえる。
目を開けても真っ暗で何も見えない。起き上がろうと手をつくと、ひどく揺れてバランスを崩しそうになった。
手探りで、今いるのが小さな舟のようだとわかった。
今度は慎重に身を起こすと、周りのものが見えるようになった。
枕にしていたのは楫で、草で編んだ莚の上に寝ていた。
風がなく、空気は湿って温い。だから外だとは思わなかった。
見渡す限り、陸はまるで見えない。
(美凪様…真狒姫…)
いつもは問いかける前に話しだす2人の声も感じられない。
星水晶はなぜ1人きりでこんなところにいるのかわからず、怖くなり莚を体にぎゅっと巻きつけた。
すると突然、空が眩しく光った。だが、夜明けではこんな光り方はしない。
思わず目を瞑った星水晶だったが、次に目を開けると、舟の前に真珠で出来た門が現れた。
天に届くほど大きな一つの真珠のようで、七色に発光しているように見えた。
その光がベールのように降りかかり、蝶のように周囲を舞っている。
キラキラと輝くその美しさに、星水晶は恐怖も不安も忘れて、ただ満ち足りて安心した気持ちになり、頭を垂れて祈った。
神よ いつくしみ深い神よ
この世からあなたのもとにお呼びになった私を
あなたの国に受け入れてください
復活の栄光を信じ、あなたのもとに召された人々が永遠の光のうちに迎えられますように
アーメン
星水晶を乗せた舟はその門の中へとゆっくりと進んでいった。
ヨハネスは星水晶を抱え起こす際、肩に触れた。
その瞬間、視界が黄金色に染まり、ヨハネスは驚いて膝をついた。
どこまでもつづく紫色の砂地に、卵色の空。
膝をついたところは遙かに続く道で、目の眩むような黄金色の光で照らされていた。
「ここは…?」
ヨハネスが呟くと、肩に何か柔らかいものが乗った。思わず身構えると、肩と首の後ろをトトトッと走って腕に回った。
それは、白毛の小さい猿だった。
猿はヨハネスの顔を真正面に見て、歯を剥いた。
「ここはネオアウスのくにだ。」
「喋った…」
「おどろいたかい。普通の猿ってのは物を言わないもんだ。」
ヨハネスは猿を腕に乗せたまま、遠くに流れる川や地面をつつく鶏、足元を忙しそうに横切る蟹を見ていた。
知らない場所にいるというのに不安も焦りも感じなかった。
しばらくすると、黄金の道から小さな羊がやってきた。
「ようこそ、ヨハネス。来てくれてありがとう!」
「どうも…でもどうやって来たかわからないんだ。」
「そうだね、門が開いたから…。ぼくは門を開いたり閉じたりする係なのさ。
急だったから間に合わなかったんだ。」
「そうか。ここはすごくいいところだけど、帰らなくちゃ。」
すると、腕に乗る猿が口を挟んだ。
「まだ作っている途中だ。もっといいところになるよ。そうだ、帰って、もし覚えていたらあの子に伝えてくれるかい?」
「うん。」
「いつでも帰っておいで。みんな君を待ってるから。」
「またね、ヨハネス。」
羊がそう言った瞬間、辺りに霧が立ち込めた。
ヨハネスが気づくと、そこは元いた部屋で、思わず十字を切って祈った。
椅子には星水晶が座っており、抱え起こした時からそれほど時間は経っていないようだった。
「ヨハネス?どうした?」
ヤンが心配そうに声を掛ける。
ヨハネスは今見たことを説明しようと思ったがうまく言葉にできなかったので、部屋に戻って記憶を整理してから説明することにした。
「いえ、驚いて…そう、聖具に起こったことについて考えていたので。」
「あれは一体何だったんだ。天国へ行く方法?」
「いや、"天国を作る方法"だ。」
(まだ作っている途中だ、と猿は言った。)
ヨハネスはまだ先程の夢のような体験に思考が引っ張られていたが、まさかと思い直した。
星水晶は肩の上下で息をしているのがわかる。ジルドが頬を軽く叩くと、目の焦点が合った。
「シスター!大丈夫か?」
「……。」
無言で頷くが、様子がおかしいと感じたジルドは、試験の終了を決めた。
「とりあえずベッドへ運ぶか…。」
シスター達が呼ばれ、星水晶は修道女寮へ戻ることになった。
「お腹すかない?何か食べる物を持ってくるわ。」
そう声をかけるイザベラに、星水晶は無言で首を振った。
「そう、ゆっくり休んでね…。」
『…らちゃん…星水晶ちゃん!』
(まあ、美凪様…今までどちらに?)
『ああびっくりした。あのね、いつもあたしたちがお茶飲んだりしてる空間あるじゃない?さっき、あそこが急になくなって、真狒姫と無意識空間に飛ばされちゃったのよ。』
(あそこが…お姉さまは!?)
星水晶達が確認すると、眠る耀子様を隔てる硝子が壊れて消えていた。
『星水晶ちゃんのあれってダイイングメッセージみたいよね!』
(犯人を示す暗号ですね。天国を作る方法…どういう意味でしょうか?)
『犯人は…この中にいる!』
『もおお真狒姫!それあたしが言いたかったのに!』
(一度は言ってみたい台詞ですよねー)




