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指輪

 星水晶は翌朝、ジルドら審問官に呼び出された。


「これより、巫女試験実技を行う。

まずは試験を見守ってくださる神に感謝の儀を。」


 星水晶には仮の巫女として聖衣と聖具が授けられる。

教皇の近衛であるアルベルトが付き添って教えられながら、星水晶は祈りを捧げた。


(既に覚醒している巫女であれば、祈りによって光が差し込むが…特に変化はないな。)


先日エヴァ様が祈った時に朝焼けのような光に照らされたのがそうだ。

 だが、修行も何もしていない巫女候補が光らせることもまた、ほとんどない。


 次に、ヤンが緋色のビロードから小さな黄金の指輪を取り出した時、エヴァ様が呟いた。


「試験内容が私のときと違う…。」


「今回は急ぎだからと特別に指輪を預かってきた。」


ジルドが小声でエヴァ様の疑問に答えた。審問官も人なので間違うこともある。何かあった時のために作られたものだった。


 星水晶は緊張しながら指輪をはめたが、変化はない。


「おかしいな。針が刺さって、血を一滴取ったら、水晶の色が変化するはず。」


 不合格なら不合格で仕方ないのだが、星水晶は少しだけショックを受ける。


「ちょっと貸して。」


 エヴァ様が指を嵌めてみると、水晶珠の中央が金色に輝いた。その美しさはシスターたちが代る代る水晶を覗いてため息をつくほどだった。

シスターの中にアルバスも混じってキラキラした瞳で最後に独り占めして見ていた。

指輪の針は魔法を帯びているらしく、どうやらかなり珍しいものらしい。

ヤン審問官に催促されてアルバスは名残惜しそうにエヴァ様から離れた。


「巫女が嵌めるとこうなる。もし巫女ではない場合、水晶の中心はただ血の色に変わるだけだ。」


 巫女を辞めたいエヴァ様は光を帯びた指輪を見て微妙な反応だった。

一度は悪魔に巫女の力を取られたはずだが、徐々に戻っている感じはしていた。


「おそらく、皮膚に何かしら原因があるのでしょうね。」


(私…皮が、厚い?)


 こういった場合の対応方法もマニュアルにないためヨハネスは動かず、ヤンは指輪に不具合がないか虫眼鏡で覗いて確認している。

その間に星水晶は真狒姫に体を乗っ取られた。

 

『えへっ、わたくしが刺さらないようにしていてよ!』


そう言うと真狒姫はぱちんとウインクした。


(真狒姫?)


『えへっ、って言うんだ…』


『針の一筋も傷つけるのは許さなくてよ。セーラを巫女になんてさせない。』


(あ、私も使い回しの針を刺すのはちょっと…)


B型肝炎の水平感染が…と心の中で同意の手を挙げる星水晶。


「いや傷つけるとかじゃなくて!針の先にほんの一滴血をつけるだけ」


『じゃあ一切傷つけずに血だけお取りなさい。』


「ええ…無茶言うなぁ…」


 ヤン審問官が頭を抱える横で、ヨハネス審問官が気づいた。


「待ってください。何だかセイラさんの様子がおかしくないですか?まるで、別人のような…」


「別人というか守護霊が乗り移ってる。そうよね?」


 エヴァ様が尋ねたそれは、リュカ大神官、カインや他の護衛兵、シスター達も知っていることだ。

だが、アルベルトや審問官、大聖堂から来た者たちは知らされていなかった。


「は…?」


「守護霊が乗り移る…?」


 こうして、事前調査の浅さが浮き彫りになり、試験はぐだぐだになってしまっていた。

エヴァ様も見かねて口を出し始める。


「ねえセイラ。指輪が使えるように守護霊に頼んでくれない?」


『い・や。わたくしはエヴァと一緒にテーベの屋敷に行くのよ。約束したわよね?

水晶が光らなかったんだからもう不合格でよいではないの。』


「そう言われても。試験方法変えたら?」


エヴァ様はジルドの方を見て言った。

2人の審問官や護衛兵たちも一斉にジルドを見る。


「…そうだな。そもそもが通常とは違う試験だ。」


 ヨハネス審問官は露骨にホッとした様子を見せた。


「私は初めからそのつもりで準備してたんです。」


 審問官が打合わせしている間、しびれを切らした真狒姫が天を仰いだ。


『あーあ。やってられないわ。これ放棄したらどうなるの?』


(破門だけは避けたいので真面目に受けようと思っています。)


 ただでさえ、身よりもなく知り合いも神殿関係者しかいないので、破門されることはこの国での死を意味する。


(それに、もし私に巫女の才能があったなら…修行して神様の声が聞こえたら…エヴァ様のように、私にもお姉さまの声が聞こえるかもしれません。

大聖堂で一生を過ごす覚悟はないのに、巫女の力は欲しい。とても身勝手ですよね…)


 だが、巫女に選ばれた少女が皆、最初から覚悟しているわけではない。

また、指輪は血液で判定しているようだが、巫女は子孫を残さないため血統ではない。

それでは巫女の資格とは何だろうか?


『聞いたでしょ?真狒姫、そろそろ星水晶ちゃんに替わってよ。』


『そうね。邪魔するのも飽きたわ。』


(邪魔してたんですね。何か心配なことがあるんですか?)


特に怒ることなく星水晶は訊ねる。


『セーラ、あなた巫女になりたいと言わなかったではないの。』


『あーそういえば…。』


『もっと欲望を吐き出して。わがままになりなさいセーラ。』


(欲望…禁欲…?大聖堂にこもることが不浄を清めるためだとしたら)


 欲望とは人が生きている証。人が生活を送る上で必要なもの。

禁欲するということはそれを捨てて、人の世界から上位の神の世界へのアクセスするための方法なのかもしれない。


(なら、やはり私が巫女になることはできないのでしょうね。)


力が欲しい理由が欲に結びついているからだ。


(今の私がお姉さまに会うという目的を失うのは、生きながら死ぬのと同じことです。)


 ここに来る前は星水晶にも将来の夢があったが、それも生きる目的にはなりえなかった。


 準備が整い、ヨハネス審問官に呼ばれていく星水晶だったが、諦めの境地に至った。


 一生涯かけて耀子への想いを断ち切ろうとすることこそがまさに禁欲だということに星水晶はまだ気づいていない。

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