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調査報告書

 二人の会話を聞いていたエヴァ様は、後でジルドに愚痴をこぼしていた。


「ずるい。16才の時の私にもあんな風に言ってくれる男の人がいたら…」


「エヴァは家族を見捨てて駆け落ちするような女の子じゃなかっただろう?」


「それはそうかもしれないけど」


「仕方ないな。じゃあもし巫女を辞められなかったら、俺が攫って逃げてやるから。」


「仕方なくじゃあっていうの失礼よ。1人でできるからいらないっ!」


 むくれるエヴァ様を苦笑しながらジルドはなだめた。


「その方が格好いい。

しかし今日想い人を見た感じ…勝ち目は薄いようだが。」


 少し会話を聞いただけでもセイラに本気で惚れているのがわかった。


「そうでもない。セイラの視線の先にいるひとにカインは絶対にかなわない。だから私が貰う。」


「知り合い…?三角ではなく四角関係か。詳しく聞いていいか?」


 エヴァ様は神様の啓示から耀子様とのことをジルドに話して聞かせた。


「…いくら調べてもニホンなんて国はない。それが虚言ではなく異世界だと…。」


「信じられないなら信じなくてもいい。」


「ヨウコ…とんでもない奴だな。長かった髪も切られて、悪魔に監禁されて。」


ジルドはエヴァ様の中に入っていた()を不快に思った。

エヴァ様は短くなった髪を撫でて微笑んだ。


「ふふ、それがね…すごく楽しかった。治癒士を探して、色んな町で色んな人に会って、ヨウコと一緒に見たことのない景色を見た。私がかつて望んで、諦めたものを。」


 ジルドには耳の痛い話で、思わず目を逸らしてしまう。


「ヨウコは愛する人を救うために必死で行動した。そしてそれは大聖堂で生きながら死んでいた私に命を吹き込んだ…。

それはセイラに渡り、セイラから私、私からヨウコへ還っていく。」


「それって何だ。巫女の…神様の力か?」


エヴァ様は首を横に振る。


「分からない?それって愛のことよ。」


 エヴァ様の話は抽象的で、ジルドには理解するのが難しかった。


「いつわりのない感情。心を揺さぶられる経験。他人の苦しみを自分のことのように感じ、幸せを願うこと。愛はそうやって廻っていく。最初に神様がくださったもの。」

 

 最初とはすなわち、神の子が全ての罪を背負って十字架にかかったことだとジルドはかろうじて理解できた。 

 ジルドもエヴァ様に対して幸せを願っているが、男性はまず苦しみをなくすために問題を解決したがる。

一方、女性は苦しみを共感し合いたがる。

だから理屈も根拠も関係なく、感覚で神様の存在を感じ取れるのかもしれない。



 星水晶はレポートを提出するため、審問官の使用している部屋をノックした。


「ああ、どうぞ。」


中にいたヨハネスに椅子をすすめられた。

星水晶は目の前で読まれるのかと思いつつ掛ける。

 レポートの形式は整然として、読みやすかった。文字も丁寧に清書され、異言語を学んで一年未満とは到底思えない。


「努力されたのですね。」


「いいえ、私は何も。それに、巫女は才能とエヴァ様はおっしゃっていました。」


その言葉にヨハネスは興味を引かれた。


「才能?」


「どんな絶望の中でも最後まで神様を信じられる人。…自分がそうではないことはよくわかっていますから。」


「ですが、あなたも神様に救われたと聞いています。」


星水晶は目を閉じて首を横に振った。


「私が救われたことは奇跡ですが、選ばれたわけでは…。」


 死ぬ間際、偶々守護霊がついたブローチを掴んだだけで、選ばれたのはきっと聖槍を持つ文子様だ。

その文子様ももういない。


つ、と涙が流れた。


「…っ!」


「ごめんなさい、泣いたりして。」


 ヨハネス審問官は困惑して、ハンカチを取り出そうとしたが、星水晶は気づかず手の甲で一度ずつ目元を拭った。


「巫女の適性を判断するのは審問官です。

が、もし選ばれなかったとして、あなたを不信心だと決めつけるようなことはありません。誤解されませんよう…。」


「はい。」


 そこでジルド支部長が戻ってきたため、星水晶はなるべく涙が伝った顔を見られないように軽く頭を垂れながら退室した。


「泣けば男は何でも言うことを聞くと思ってる女もいるからなー。気をつけろよ。」


 同じ部屋で聞き耳を立てていたヤンは茶化すが、誰も笑わない。


(別に、セイラさんには何も頼まれていないし…)


 肩をすくめて書類仕事に戻るヤンをジルドが呼び止めた。


「出自の調査は一旦終わり」「何かわかったんですか!?」

食い気味でヨハネスが机に手をついて立ち上がる。

一瞬の沈黙の後、咳払いしてジルドが説明した。


「…リュカ大神官やエヴァ様から詳細を聞いた。彼女はこことは違う別の世界から来たと言っている。」


 ジルドがリュカ大神官の話を聞いた時はセイラの虚言ではないかと半信半疑だったが、エヴァ様があのような途方もない嘘をつく意味が無いため信用できると思った。

ヤンとヨハネスは、経緯を説明されて色んな意味で動揺した。


「あのおん…巫女候補、重要な部分を濁して!お陰で無駄に仕事が増えた…。」


「本人も周りも説明に困っていたみたいですね。」


「待て、神が同じなら異世界で洗礼していればよしとするのか…それを判断するのが審問官でいいのか…だが前例がない前例が…」


ほぼ徹夜明けで思考が追いつかないヤンは呻いて机に突っ伏してしまう。

 ヨハネスは机を見て、星水晶の姿を思い出しながら表情を曇らせた。

 

 「それはレポートか。」


 ヨハネスの机から手に取ってジルドがざっと内容を確認する。星水晶の提出したレポートは当たり障りなく、罪を回心した後、奉仕活動を行ったことが綴られており、特に目立ったものはなかった。


「レポートは読みやすかったです。教典の引用も入れて、当たり障りなく。このまま本部への報告書に混ぜても違和感がないくらい。」


「そうだな、お手本のように体裁を整えた…薄い内容のレポートだ。」


ヤンも手に取ってレポートを読む。


「ま、優等生って感じですね。聞き取り調査の報告書からも基本的に真面目な人柄のようですが、一方で本の虫とか負けず嫌い、騎士に色目を使っている、魔法使いだとかいくつか気になるものもあって」


ジルドは最後の部分に反応した。


「魔法?この世界の者だけが使えると…」


 それは、およそ100年ほど前、神様から魔法が授けられた時、巫女の神託の中にあった内容だ。

 別の世界が存在するということもそこから信じられている。


「いや、こっちの生まれには違いないらしいですよ。だから魔法が使える、聖槍も魔法と言っていたそうです。」


「行って帰ってきた…ということになるのか?ややこしいな」


「やはり、元々の出自は調べたほうがいいのではありませんか?この世界にご家族がいれば探しているかもしれません。」


 ヤンは、ヨハネスが審問官の仕事からズレていることに気づいていたが、あえて指摘はしなかった。人道的には教会も協力した方がいいと思ったからだ。


「…今回は年齢の高さや出自の不確かさで戸惑うことも多いだろう。だが、審問官は書類や人柄のみ見ればいいというわけではない。

明日実技試験を行い、調査内容もふまえたそれぞれの意見を聞く。追跡調査についてはその後で話し合おう。」


「わかりました。急ぎということですしね…」


「そうだ。だから今回はこれを使ってもらう。」


 ジルドは緋色のビロードで包まれた聖具を取り出した。

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