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窓辺にて

サンタマリア・クレール神殿に審問官が到着した翌日。

 リュカ大神官や護衛騎士、シスターなど数人が審問官の調査に協力していた。

その中には星水晶の事情をよく知る者も、そうでない者も含まれていた。

 

 建物の外で壁を背に立つカインに、アルベルトが声をかけた。


「少しは自覚した?」


 顔を合わすのは先日ぶりで、同じ場所で赤面していた兄を思い出し、含み笑いをするアルベルト。


「からかうなよ。」


「エヴァ様、巫女辞めるつもりらしいよ。

僕は結婚するならエヴァ様がいいと思うな!丈夫な子供を産んでくれそうだ。」


「結婚は子供が欲しいからするんじゃない。」


「そりゃそうだけど」


「…セイラには身寄りがないんだ。俺が側にいないと一人ぼっちになってしまう。」


 気がついたらカインはセイラを目で追っていた。


(兄さーん!完全にハマってる!)


 ここからは窓際で教典と辞書を片手に一生懸命レポートを書いている姿が見える。

書き物をする机は光が入る大きな窓際に置かれているからだ。

 体調の優れない中、与えられた課題に健気に取り組む姿は確かに応援したくはなる。

時折ペンが止まって、唇に指を当て、悩んでいる様子だった。


(一体何を書いているんだろう?わからないところがあるのかな。)


 つられて目で追ってしまっているのに気づいてアルベルトは頭を振りかぶった。


「兄さんがああいう女性が好きとは知らなかった。いや本当に。」


 頼りなげなところを見ると放っておけないのだろう。エヴァ様なら何でもさらりとこなしてしまいそうだ。

 アルベルトは今の状態のカインには何を言っても無駄と判断して一旦放っておくことにした。 


 踵を返すと、もう一人窓を見ている人物がいる。


(あの銀髪は…審問官のジルド様だ。)


「ジルド審問官はエヴァ様と旧知だそうですね。」


「君は…教皇の近衛か。大聖堂には戻らなくていいのか?」


「今はまだ。無理やり連れて帰ったら絶対途中で逃げてしまうと思いますし」


 言うまでもなくエヴァ様のことだ。縛り上げてでも連れて帰れと命令が来たら従うしかないが、今のところ大聖堂も教皇もそこまでしろとは言ってこない。

それに、悪魔の襲撃があった以上、道中が安全とも限らない。

今審問官を送ってきたということはセイラを巫女にして聖槍が使える状態で一緒に移動した方がいいと考えているのかもしれない。

神殿にいる限りは安全で、エヴァ様もカインがいるので逃げ出さないだろう。


「どうしてエヴァ様の肩を持つんだ。お前は教皇の近衛だろう?」


アルベルトはお前は敵だと言われている気がした。


「エヴァ様が大聖堂の外にいることは神様の思し召しだとおっしゃったので。

彼女個人というより神様と巫女を信じているんですよ。」


(それが現教皇の意思か…?この男、教皇の近衛にしては随分若い。世代交代を始めるという噂は聞いていたが、なるほど。)


 フィーネ様失踪後、十数年経っても巫女制度への批判は少なからずある。伝統を守るだけではなく、時代にふさわしいやり方に変えていかなくてはいけない。

それには考え方の柔軟な若い世代を取り込んでいきたいのだろう。


「…山が雪で閉ざされてからはテーベ経由で船の方が楽でしょうね。

大聖堂に戻る際はデーモンキラーと名高いジルド神官にもご同行いただきたいものです。」


 (チッ、わざわざ二つ名を…無害そうなのは見せかけで、案外食えない奴かもしれない。) 


「どうしよう…書けないわ。」


一方、星水晶は羊皮紙を前に頭を抱えていた。出されたレポートの課題が進んでいなかったのだ。


『一智佳様の頭脳が抜けたのは痛かったね。』


「単語はわかりますけど、どういう法則で書いたらいいかわかりません…。」


 ロマリアの公用語は口語と文語が違うようで、本も参考にしたが難しくてよくわからない。

一智佳様は感覚で読み取っていたようだ。それに文子様は必死についていこうとしていたが。


「どなたかに教えを請いましょう。」 


 星水晶は机で頭を抱えるのはやめてシスターの力を借りに行った。


「ごめんなさいね、手紙はわかるけど難しい文章となるとちょっと教える自信ないかも。それのせいであなたが試験に落ちたらと思うと怖いし。」


「女性は殆どが口語しか使わないわよ。お仕事で使っているのはほぼ男性。

でも書くなら口語でいいんじゃない?きっと審問官もそこまで求めてないと思うわ。」


 できると言った手前、自力で書くしかない。

とにかく内容が伝わるように書くことにした。



「レポートはどうだ?」


顔を上げると、カインが机に手をかけていた。


「難しいですよ。」


「俺は聖職者ではないからよく知らないんだが、その…罪の回心をレポートに残すのはよくあることなのか?」


「ないと思います…。」


 どこまで誰が見るか分からない書類なので、当たり障りのないことしか書けない。

間違っても姦淫の罪のことなど書いてはいけない。

教典は古い言い回しが多く、引用しながら書くのは骨が折れた。


「試験に必要とはいえ、嫌がらせに近いな。

何か困ったことがあれば俺に相談してくれ。」


 星水晶はアーモンド型の目をぱっと輝かせた。


「早速なのですが…ここの部分のあやまちという単語と、罪深いわたしを清めてくださいという部分は文法的に正しいでしょうか?」


「ああ、そうだな…」


 後輩の指導に慣れているカインは、星水晶の質問に普段より言葉数多く、丁寧に教えてくれた。


 星水晶が困っていると聞いて訪ねたエヴァ様はその様子を目撃してしまった。

そこにジルドも一緒にいた。エヴァ様の想い人とセイラがいる所を見に来たのだ。



「カイン様、ありがとうございました。

それで、少しお話が…」


 先だって決めたように星水晶がカインに切り出そうとした時、カインがツンと袖を引いた。


「セイラは大聖堂には行かないんだよな…?」


 星水晶がレポートを一生懸命書いているのを見て不安になったらしい。


「今は行けません。もし合格してすぐ決めないといけないのであれば断ろうかと…」


「強要されたら俺が守る。遠い国に逃げてもいい。だから安心して受けてくれ。」


カイン様は、耀子様に少し似ている。


「どうしてそこまで?あなたには両親や弟もいるのに…。」


「俺がそうしたいと思うからだ。」


(やりたいことを自分で決められる…耀子様もカイン様も、大人だ。それに比べて私は…。)


 カインの真っ直ぐな思いに対して、手短に伝えようとしていた言葉は薄っぺらく思えた。

日本にいた時も今もそうだ。何も為さないまま死んでいくことを選ぼうとしている。


「やっぱり、長い話になるので…時間のある時に聞いていただけますか?」


「それならテーベ行きの馬車で聞こう。旅に長い話は歓迎だ。」


 星水晶は想い人がどんな人か、会ってどうしたいのか、正直に気持ちを伝えて話し合おうと決めた。

あの日、耀子様とそうすればよかったと後悔しながら。

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