隠された感情
審問官との話が終わって食堂へ向かう途中、星水晶はジルドとすれ違った。
大柄で、星水晶より頭1つ分は背が高い。
珍しい銀髪銀目で、片眼鏡をしているので目を引いた。
隣にはエヴァ様がいて、会釈する。
すれ違いざま、ジルドが「…猿?」と呟いた。
『……!』
星水晶はそれを聞いて、思わずビクッと肩を震わせた。
「っと、失礼。俺は審問官のジルドだ。
巫女候補の身元確認が必要でな。
出自がわからないかと君の顔を見ていたら…何となく思い浮かんだだけだ。」
フッと吹き出したように笑われ、星水晶は赤面して、顔を見られないよう下を向いて通り過ぎた。そうすればベールで顔が隠せる。
部屋に引き返してベールを取り、鏡が目に入ると余計に滅入ってしまった。
ロマリアは西洋人のように彫りの深い顔立ちの人が多く、比べると鼻は低く、目や顔かたちもぼんやりしているように見えた。
美凪様が怒って目を吊り上げている。
『何なの?失礼、って言えば何でも許されると思ってるの?嫌なやつ!』
美凪様はジルドは全く好みではないらしく、最初から警戒心を露わにしており敵意すら持っている様子だ。
真狒姫は星水晶を慰めつつ、審問に否定的だった。
『巫女試験なんて受けない方がよくてよ。
こんなのただの品定め。大聖堂で囲うのにふさわしい従順な生贄を探してるだけね。』
星水晶はため息を一つだけついた後、部屋の聖母像に向かってお祈りをした。
(元の世界でも、茶色いウェーブの地毛が変に目立って避けられることはあった。でも、今回はそういうのとは少し違う…。)
猿が駄目なのではない。賢く可愛い生き物だ。
だが、ジルドの発言の意図は人種差別だったと思う。この差別の本質は、要するに「少数派」であるということだ。
ジルドにとって異人の星水晶は、鼻があと数センチ高かろうが見る目は変わらないだろう。だから自分の容姿を卑下する必要なんてない。
もう一度鏡を見たが、今度は嫌な気持ちは起こらなかった。
星水晶は耀子お姉様のお人形のように整った顔を思い浮べた。
(あれだけ完璧な美人でもむしろ少数派になってしまう。孤独な人だったから…)
アンナマリア学院において、名家に生まれ、性格がよく学業もトップクラスで、美貌の耀子様は崇拝されており、心を許せる友人がいない様子だった。
だから、ひょんなことで知り合った星水晶のような目立たない後輩と、陰で友愛関係を結んで、心を慰めていらしたのだ。
親しく腕を組んで歩いたり、じゃれあったり、お弁当のおかずを交換したり。
そんな他愛のないこと全て、あの人は初めてだと嬉しそうに笑っていた。
それでも恐れ多くて、星水晶もくだけた冗談など言うタイプではなかったから、慰めになっていたかわからないが…。
美人に生まれてもそれだけでは満足できないだろう。心を満たすのに必要なのは、顔の良し悪しに関わらず自己肯定感だ。化粧品の力を借りてもいいだろう。
悲しいかな、持って生まれた顔が如何様でも、容姿を気にする心がある限り、ハンディキャップになりうるのだ。
星水晶のように、もとは多数派でも住む世界が変われば、いとも簡単に少数派へと逆転してしまうのだから。
星水晶はぱっと鏡を布で隠してしまった。
『カイン様に好かれるくらいの容姿なら人と違ってても別にいいんじゃない?』
『人間の価値は顔貌じゃなくてよ。でも飾ることでより磨かれる。テーベに行ったら化粧品は早急に揃えさせないといけないわ。』
物の一つも置かれていない部屋と鏡周りを一瞥して、真狒姫が呆れたように頭を振った。
(いいえ。私には不要なものです。シスターになれば鏡に姿をうつしてはいけませんし…)
神殿のシスターには元の世界基準でいうほど厳格な規律はなかった。世俗を捨て、神様へ献身する巫女という存在があり、そちらの方が近い。
巫女になることはできないとしても、体調が良くなれば正式なシスターになることも考えていた。その場合は自らを律するつもりだった。
それを聞いて、真狒姫は急に態度を変えた。
『本気でシスターになるつもり?世俗を捨てられないセーラが?』
『真狒姫!』
言葉とともに、真狒姫は星水晶の本心と罪を無理やり暴いてしまう。
色情を懐いて女を見るものは、既に心の中で姦淫したるなり。
姦淫ほど忌まわしい罪はない。
あの日、耀子様に卒業したら一緒に暮らしたいと言われて、星水晶は想いが溢れてしまいそうで冷静に話せなかった。
もう一度きちんと話がしたくて帰国を待ち侘びていたが、耀子様は帰ってこなかった。
もしも、あの日が最後と知っていたら…
食べたいと言っていた手羽先と蟹を思う存分食べさせてあげたい。
赤く刺のある蟹の足と、反して艶のある滑らかな白い身。普段上品に閉じられている小さく赤い口が大きく開いて蟹の身を吸い、ちゅるんと殻を抜き取る。今度は手羽先を咥えてちゅ、と音を立てて味わう耀子様。
そして鶏の脂や蟹の汁に塗れた耀子様の指を舐めとって、唇を食んで。胸に手を這わせ、人差し指と中指で先端を挟んで…耀子様を抱いてしまいたかった。
そのような生々しい欲望が二人の守護霊の前に曝される。
(あ…ああああっ!)
『守護霊ってそんなことできるのね…。
でもしちゃダメ。星水晶ちゃんが可哀想。』
『だってウソつかれたくなかったんですもの。セーラの本心を教えてほしかったの。』
美凪様も恋愛妄想ダダ漏れだが、いつも少女漫画くらいのものなので顔を赤くして気まずそうだった。
星水晶は、この邪な目をえぐり出しておけばよかったと思いつつ身悶えし恥辱に耐えていたが、真狒姫や美凪様からは蔑むような目は感じられない。
ただ、大人しくて清廉という印象だったので、悩ましい想いを抱えていたことに驚いた様子だった。
星水晶は冷静さを取り戻すと、罪を認めて告白することでこのどうしようもなく忌まわしい罪を償えるような気がした。
(お姉さまをお慕いする気持ちがある限り世俗を捨てることは難しいかもしれません…。
でもそうしなくては…いつかはこの気持ちに区切りをつけなくてはいけないと思っています。それが私の償いです。)
この世界には耀子様と通じる道がある。それがどういうものだとしても、会って話せたら、それ以上を望むことはない。
再会しても心の奥底で妄想したようなことを行動に起こそうなどと思ってはいない。
自分だけ助けられて、そこまで都合のいい話はあってはならない。
『できる?耀子と話す方法もないのに?』
それについては星水晶は確信があった。
(何となく、エヴァ様についていけばお姉様の行方がわかるような気がします。)
『そうよね!一緒にいる時にコンタクトが取れるかもしれないし。カイン様のことはどうするの?』
(私は心に想う人がいることを伝えようと思います。そして美凪様にも替わっていただいて、気持ちを伝えていただくのはどうでしょうか?)
『それはカイン様混乱するんじゃないかな…』
『あの美青年をキープにするなんてセーラもやるわね?』
真狒姫はクスクスと口に手を当てて笑う。
(えっ?そんなつもりじゃ…)
『出た…。「そんなつもりじゃなかった」
魔性の女がいいそうなセリフNo.1…』
美凪様が半目になって呟いたのを真狒姫が耳聡く聞きつけた。
『ちなみにNo.2はどんなの?』
『〇〇くんとは友達だと思ってたから…』
『なるほど』
(言ってませんよ!?)
2人とのやり取りで少しリラックスできた星水晶は、食堂へ再度向かうことにした。
妄想をぶちまけて慌てる星水晶




