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無得点の巫女

 その昔、難関の審問官に任命されて間もなく、ジルドは理想と現実の違いに苦悩していた。

 我々男性は女性を通してしか神様の声を聞くことができない。

だが、巫女の審問官であれば神様の選ぶ声を間接的に届けることになる。それは神聖なる使命だと思っていた。

 大聖堂は巫女を確保したいし育てたいと思っているが、16才になるまで待ち、本人の意思を尊重しなくてはならない。

そのため、なるべく多くの巫女を確保したいがために、大聖堂は多額の補償金を出すことにしたが、それ目当ての家が増えたおかげで審問の要請が増えているのだ。覆面調査で落とすことがほとんどだが…。

毎日大量の書類や申請書に囲まれて、これでは役人と変わらない。


 ジルドは久しぶりに書類仕事から解放されて、巫女候補に会うことになった。その時出会ったのがエヴァ様だ。

 実家は裕福な商家でお金目当てではない。覆面調査で見る限り、資格も問題ない。


 審問官だったジルドが合格と言った時、エヴァ様は

「なんで?」

と、ぶすっとした顔で文句を言った。


ジルドはため息をつく。

不合格でなぜと聞くのは自然だが、合格したのに普通、理由は聞かないだろう。


「まるで落ちることがわかっていたみたいだな。試験の正答は秘されているのに。」


しまったという顔をする少女。

全く巫女らしくない。だが強烈に印象に残った。

 事前の覆面調査では問題なかったのに、全問不正解なんて、やりすぎだ。さすがに作為だとわかってしまう。


「やりたいこととやるべきことが一致しないって辛いことね。」


 11才の少女がため息をついて、まるで大人のようなことを考えていた。

もちろん彼女のような子供にとって、やりたいことはいくらでもあるだろう。


「神様から使命を賜ったんだ。エヴァならわかるだろう?」


「どうかな。あなたは?

ジルドさまの本当にやりたいことって審問官?」


 ジルドがやりたいことは、神様の声を届ける使者だ。でもそのためにやるべきことは大量の書類と向き合うことだろうか?

少女の将来を決めてしまうことと一致しているだろうか?

問われて動揺したのを隠すように、あえて質問に答えず職務を全うする。


「安心しろ。知っているか?合格したからって巫女にならなくちゃいけないわけじゃないんだ。昔と違ってな。」


「無理やり幼い子供を親から離す。それが教会のやること?」


まるで人さらいね!と毒づく。


「なりたい人がなればいいと思う。

それに結局大聖堂に集められるのに、そんなにたくさん巫女って必要?町や村に1人ずつならわかるけど。」


「ああ、少ないが現在は30人くらいいるんだよ。」


「そんなにたくさん?小さな村ができる。」


そこでジルドはふと気づいた。大人のジルドには少なく、子供のエヴァ様にはたくさんと感じられる。


(世界を知っている大人が導いてやるべきだ。女性にとって巫女ほど栄誉のある仕事は他にないのだから。)



 エヴァ様は口頭試験も実技も全問不正解だったが、ジルドの担当した面接のみの結果で合格とされた。

無得点で巫女になったのは史上初のことだった。


(あの子は大聖堂に行っても苦労するだろう。賢しいほど、理想と現実の矛盾に苦悩する。俺のように…)


 きっとエヴァは巫女にはならない。その時のジルドはそう考えて合格とした。

 それは、神様の選定を伝える審問官としての判断だったが、結果としてエヴァ様は巫女にならざるを得なくなった。

 エヴァ様が16歳になった時、実家の店が資金繰りに失敗したのだ。

そして、エヴァ様は補償金で家族の生活を立て直すために大聖堂へ行くことを決めたと伝え聞いた。

 

 職務上正しい審判をしたつもりだが、身売りのような選択を与えたことに罪悪感を覚えたジルドは、幼い頃から努力してやっと任命された審問官を辞めた。

巫女という道しか選べなかったエヴァ様への贖罪でもあった。

 その後エヴァ様の実家はテーベ王国へ移り住み商売は盛り返し、今ではとても裕福になっているという。



「大聖堂を出る時、やりたいこととやるべきことが一致したって思った。神様が導いてくださって、私が取るべき行動がわかった。」


 ジルドは昔同じような言葉を聞いた。今ならその言葉がいかに大事だったかわかる。


「脱走って聞いた時は驚いたけど納得したよ。エヴァならやりかねないって。」


「なんで?」


そういってエヴァ様はぶすっとした顔をしていた。

ジルドは久しぶりに声をあげて笑った。

最後にこんな風に笑えたのはいつだっただろう?

つられてエヴァ様も笑顔になる。大聖堂に閉じ込められたままだと、こんな笑顔はきっと見られなかっただろう。


(俺の手で彼女を自由にしよう。)


 ジルドは今度はエヴァ様の辞職が成功するよう、尽力することを誓った。


「神官がそんなことしていいの?」


「表立ってはしない。やるべきことは根回しと駆け引きだ。」


色々と頭の中で計画を練っているらしいジルドは今までになく生き生きとした表情だった。


「私は補償金に利子として寄付金をつけて返すつもり。実家にお金を無心しにテーベに行かないと。」


「今の実家なら払えそうか?」


「もちろん。借りられなかったら傭兵の仕事の伝手がある。」


「命と引き換えに補償金を稼ぐなんて…」


「けっこう強いよ私。でもやるならなるべく安全な仕事にする。」


「そうしなさい。何のために自由になるのかわからなくなる。」


 ジルドはヤン審問官とヨハネス審問官に先に修道女寮に行くように伝えた。

リュカ大神官に話があったからだ。


 星水晶は審問官が到着したと聞いて緊張しながら部屋で待機していた。

シスターたちは審問官が珍しいらしく、掃除もそこそこに野次馬に行っている。


 (試験ってどんなものかしら。エヴァ様に内容を聞いておけばよかった。)


 先日の件で少しだけ気まずいが、何となくエヴァ様と心の距離は縮まった気がする。


『星水晶ちゃんは巫女になりたいの?』


(大聖堂にお姉さまはいないので行く必要はないですから、そうするとならなくてもいいと思いますが)


『理屈っぽいのね。セーラって試験勉強真面目にやるタイプでしょ。』


(そ、そうですね。コツコツやるのが合い

ますね。成績は普通でしたが…)


 理屈っぽいと言われて焦っていると、部屋がノックされた。 


『来ましたわっ』


「どうぞ…」


 アルベルトに案内されて、黒髪で小柄な青年神官と、それより少し背が高く、榛色の髪をした青年神官が入ってきた。

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