審問官ジルド
サンタ・マリア・クレール神殿にほど近い都市、アッチェターレの大教会に審問官支部があり、数日前にロマリア大聖堂から審問官経験のある神官が新しい支部長として赴任してきていた。
支部には元々審問官が2名のみ。うち1名は審問官経験が浅いため、急な巫女審問要請に対応するため、支部長が任命されたのだ。
「…調査報告書によると、セイラは衰弱して床に伏していたそうです。命の危険もありましたが、現在は回復に向けて療養中。
なお、本人は待遇に不満を訴え、体調不良を理由にシスターを辞して神殿を出るそうです。よって巫女の審問も辞退したいという手紙が送られてきました。」
部下の審問官から報告を受けた支部長のジルドは、手元で書類をしている手を休めず聞いていた。
「それで、審問官としてどう感じた?」
「はい。最初の報告では、セイラはエヴァ様の捜索隊に志願し、大神官より直接任命されています。つまり出立前は体力健康に問題はなかったと思われます。
にもかかわらず、力を使って数日後には衰弱しております。悪魔の力によるものか、あるいは何らかの代償が考えられます。
過去の記録を調査しましたが、幼少期にフィーネ様が衰弱した記録があります。療養後は回復され、巫女の職に戻られております。
聖槍の発現年齢より以前ですが、関連があるかは調査中です。審問が終わるまでに速やかに資料を揃えます。」
そこで審問官の青年はジルドの方を見た。
「続けてくれ。」
ジルドは、片眼鏡を外し、曇りがないか確かめ始めた。銀色に光る目がより鋭くなり、それを目撃した別の審問官の背中に冷や汗が流れた。
審問官の青年は報告書に目を落として話を続けた。
「大神官が、神官ではなくシスターを捜索隊に入れたというのは異例ですが、セイラに聖職者としてその資格があると見込まれたということです。
また、セイラはシスターを志願して日が浅いですが、教典の勉強や奉仕に真摯に取り組んでいたようです。待遇についても受け入れていたようなので、急に不満を訴えて辞めるというのはおかしい、何か別の理由があるのではないかと感じました。」
ジルドは、部下の意見が終わったと同時に、磨き終わった眼鏡を置いて言った。
「リュカ大神官様ともあろう方が特別扱いか…。」
「かの大神官は温厚で善性でできているような方ですが、人を見る目はあるはずですよ。」
「普通、自分に特別な力があるとわかったら、それに見合った待遇を受けるべきと思うものだ。
セイラの調査報告は、神殿に来てからの数ヶ月分しかないということを忘れるな。
今までは本性を隠してたんだろう。身寄りがなく、生きていくためにシスターになるしかない女性もいる。」
伝説の巫女と同じ力があるとわかったら、同じくらい尊敬され讃えられるのが当然の扱いと思うはずだ。
おそらく派遣した聖騎士の態度からそれを察したのではないだろうか。
先程の青年より少し年上の、もう一人の審問官が、ジルドの机に書類を提出しにきて言った。
「中央から離れるほど多いんだよな。巫女になれば働かずに食べさせてもらえて、大聖堂から出られない代わりに我儘放題、贅沢できるって勘違いしてる者が…。
勿論、本人だけじゃなく親もだぜ。俺たち審問官はそういう偽物を見抜いて省くのが仕事だ。」
「ヤン先輩。巫女の審問を辞退したいとセイラから手紙が来ているんです。本人は巫女になりたくないようなんですが…。
わざわざ断りの手紙を出す人なんて初めてです。」
「いいか?ヨハネス。例外だから巫女候補に上がるんだ。
彼女らは全員が例外だと思っておいた方がいい。
俺たちはそれを正しく見極める立場にあるんだ。
今までお前の担当は10代前半くらいまでの無垢な少女だ。本人から辞退の手紙なんてまず寄越さないだろ。」
信心深い少女が、教会から巫女候補になったので試験を受けなさいと言われて断れるだろうか?まだ小さく不安で泣く子もいるだろうが、親が説き伏せる。断る理由がない。
昨今は批判により、巫女に合格しても16才までに本人の意志で大聖堂に行くかどうか決められる。建前上、断ることができるということになっているが、試験はほとんど強制で受けることになるのだ。
それでも変わり者というのはいるもので、ジルドは過去にも試験を拒否した者がいると補足した。
「力を既に発現しているなら、巫女試験の合否は不要と思っているんだろう。大聖堂に行くつもりがなくて、巫女を利用しようと目論む国や団体と既に接触しているのか…。逃げ込まれても厄介だ。どこまでも追いかけるがな。まずは調査に行くぞ。」
外套をバサリと羽織ってジルドは支部を出た。
ヤンとヨハネスら審問官もそれに続く。彼らは聖職者だが騎士と同程度の体格をしていた。
「ジルド様。これは報告書には書いておりません。友人の護衛騎士から仕入れた情報なんですが…」
ヨハネスは、護衛騎士のカインがセイラを想っているらしいことと、巫女のエヴァ様もカインに惚れたようだと報告した。
「巫女候補に恋人がいた場合の規範だと確か、本人の意志を尊重するんですよね。」
ヤン審問官が真面目に資料を確認しているヨハネスに呆れながら答えてやった。
「そうだ。だが、恋人がいなくても、審問が終わるとどこから聞きつけたのか、巫女に近づこうとする男の輪ができるな。
巫女は人格に優れている。当たりがわかっているクジ引くようなもんだから、嫁に貰いたいというのはわかるが…。
それで巫女は怯えて教会に引き籠り。ここ最近は巫女にならなかった例は聞かないな。」
「なるほど…。エヴァ様は外で好きな人ができたとなると…巫女を辞められるんですか?
ってあれ、ジルド様は?」
「もう行った。ジルド神官がエヴァ様を崇拝してるって知らないのか?まだ厩舎にいるだろうから急ぐぞ!」
ジルド神官はセイラの調査結果について考えていた。
突然神殿に落ちてきて、身元不明らしいが、会ってみれば容貌や訛りから出自は辿っていけるだろう。
教会の名簿に該当者はいないようだが、教会の管轄外に巫女はいないことになっている。
管轄外…つまり洗礼を受けていないことがわかれば巫女ではないとして調査終了でいいだろう。
離島や、国外の二世などであれば調査にかなり時間がかかるかもしれないが、大聖堂からは早急に審問を終えるよう指示が来ている。
それならば素性くらい調べておいてほしいものだ…。
ただの巫女候補にそこまでこだわる必要があるかと思ったが、何せ聖なる巫女フィーネ様と同じ力を持つと教皇の騎士が報告したのだ。大聖堂も見過ごすことができないのだろう。
それよりも…東の聖殿に行けば、エヴァ様に会えるということに動揺していた。
ジルド神官は、以前巫女の審問官だったが配置転換を希望して現在は別の担当になっている。今回は突然現れた成人に近い巫女候補ということで、急遽呼び戻されたのだ。
サンタマリア・クレール神殿に着くと、思いがけず出迎えたのはエヴァ様だった。他に大聖堂の騎士もいたが、ジルドの目には彼女以外は入らなかった。
「えっ…ジルド…?」
「お久しぶりです。エヴァ様。巫女の審問以来ですね。こうして巫女になられたエヴァ様にお会いできて…。」
光栄だと言おうとして、言い淀んだ。
思わず涙が滲み、顔を背けて隠す。
(俺は巫女になったエヴァ様には会いたくなかった。だが、大聖堂から出て自由になった姿を見たかった。心から…)
以前、エヴァ様を巫女として審問したのは、ジルド神官だった。
「そう…ジルドが、セイラの担当なのね。」
エヴァ様もジルドに会って複雑そうな表情をしていた。
「ええ。突然のことで、すぐに動ける者がおらず。…申し訳ありません。」
「それは何に対して謝っているの?」
「…後悔したのです。あなたが大聖堂を出たと聞いて。本当は巫女ではなく違う道を選びたかったのではないかと…。」
「いいえ。大聖堂を出た理由は別…。神様のお導きだから。
貴方が仕事を全うし、巫女の資格を与えたことで、私は結果的に家族を助けられた。ジルドには感謝しているのよ。」
それを聞いて、ジルドはエヴァ様が巫女になった後、審問官を一度は辞めたことは秘しておこうと決めた。
彼女の真意がどうであっても、ジルドにとっては贖罪だ。
「セイラは修道女寮にいるわ。まだ体力的に出迎えは難しいの。神官ですからかまわないでしょう…。」
大人になったエヴァ様は、美しさに磨きがかかっているとジルドは思った。
彫りの深い顔立ちに、冷静な表情。
手足が長く、しなやかな筋肉がついていて、大聖堂の巫女と言われても信じられないくらいキビキビとした印象の女性だった。
どちらかというと巫女を守る女騎士だろうか。
ジルドはエヴァ様と出会った頃のことを思い返しながら、修道女寮に向かった。




