エヴァ様の提案
次に星水晶が目が覚めた時、傍らの美凪様の寝顔を見て微笑んだ。
(美凪様も、休まれていたのですね。)
美凪様もずっと星水晶についていて、生命維持をしてくれていたのだ。
『うん…眠っている間、あたしが死んだときの夢を見たわ…。』
星水晶は、相槌を打たず、黙って話を聞くことにした。
これは星水晶にではなく、神様への懺悔だと感じたからだ。
『小さい頃はお転婆で、武人でとっても強かった父上と1日じゅう剣を振っていたのよ。一緒に。馬にも乗ってた。
子供を産んでから数年は、危ないでしょ?控えていたけど。
剣を取って最後まで戦っていれば、1人2人は守って逃がせたかもなぁ…』
「……。」
『妻の私の縁座は仕方ないとしても、子供の命だけでも助けてもらえるように嘆願の手紙を書くとか、叶う、叶わないにかかわらず、生きていればもう少し、ぎりぎりまでできることがあったのかも…。
今更だし、何をしても結果は変わらなかったかもしれないけど。
カイン様の話を聞いて、本当すごいなって思った。私には地位や力があったのに、他人を守るためにそれを使わなかった。
武家の娘として誇り高く自害することしか考えてなかった。そういうものだと思っていたから。』
それでも、明日処刑されると判っていて他者を助けようとする人はどのくらいいるだろうか?自分は犠牲になるのに、他人が助かるように震える手で剣や筆を取る。それにどれほどの勇気がいるだろうか?
まして、地位の高い者ほど、下の者がどうなってもかまわないと思うだろう。
本来、力を持たない弱い者を守る立場にあるというのに。
『私は結局、型破りなお転婆娘なんかじゃなかった。小さい頃は、それが誇りだったのにね…。』
告白が終わり、静寂を破ったのは星水晶だった。
(…美凪様はたくさん苦しんだ末、自死を決断されました。その時の心は誇りあるもので、誰にも貶められることはありません。どうか、ご自分を責めないようにしてください。)
星水晶は、美凪様の心の苦しみが和らぎますように、と祈った。
人を救う、それ自体は素晴らしいことだ。カインほど強ければ、その力で救える命はたくさんあるだろうが、同時に敵対する人を傷つけもする。
救えなかった命、奪ってしまった命の責任も背負う。彼にはその覚悟があった。
しかし、武家の娘といえど、母親として生きてきた美凪様が剣を振るい、子供の前で敵を斬れるだろうか?そしてそれは真実、正しい行いだろうか?
自害することで、本来処刑人が背負う重しが一つ減った。そういう見方もできる。
答えはわからない。人生に正解はない。それでも選択しなくてはならないし、時には抗えない運命に翻弄されることもある。
選択の答えは自分自身の中にしかなく、選択した結果は自分自身で受け止めることになる。
それを真摯に繰り返していれば、きっと神様によって善い方向へと導かれるだろう。
(今はっきりわかった。他の人の罪を誰かが背負うことはできない。そんなことができるのは神の子であるイエス様だけ。)
悪魔に殺された時、星水晶の信仰は揺らいでしまっていた。耀子様が地獄に堕ちるなら、自分も同じ罪で裁きを受けると。
(私は私、お姉様はお姉様の生を全うするしかない。だからもう二度と、あの時のように迷わない。神様、私はあなたに背いたことを心から悔み、その助けによって、この後、再び罪を犯さないと、かたく決心いたします。)
星水晶はその時はっきり目を覚まし、神官に赦しの秘跡を受けるため、神殿へと向かうのだった。
星水晶は物思いに耽る時間が増えた。
耀子様がどうしているか、無事でいるのかどうかということや、文子様と一智佳様がいなくなった瞬間を思い出して、自分が悪いと責めてしまう。その気持ちに向き合い、罪の回心をしているため、どうしてもお祈りは長くなってしまう。
「セイラ。」
シスター寮に戻る道すがら、エヴァ様に呼ばれた。
人気の無いところへ腕を引かれる。
「エヴァ様、何か、ご用でしょうか。」
「…カインに、お城に住ませて、なんて馬鹿な返事をしたって本当?」
そう言うと、エヴァ様は星水晶の背後の壁にダンッと手をついて目を合わせた。
「ッ…!」
腕をつかまれ、星水晶の胸がエヴァ様にムニュウと当たってしまう。
(でっ…か!?)
(む、胸が…)
吐息がかかるほどの距離に思わず息を呑む。
エヴァ様も、思いがけず密着する形になってしまったと思ったが、腹が立っていたので今更引くに引けない。
乳圧は負けているが、ガンを飛ばして圧をかける。
星水晶は胸がつかえて逃げられず、目を泳がせるしかない。
「あれは…あの時答えたのは守護霊様だったのです。」
ある意味責任転嫁とも取れる発言に、エヴァ様の目は険しくなる。
「真剣な気持ちで告白した相手に向き合っていない。あなたの態度は誠実とは言えない。」
そう言うとエヴァ様は、壁から手を離した。
確かに、星水晶はカインの告白について真面目に考えていなかった。
エヴァ様に言われた言葉に、胸がつかえるように重くなる。
言われた通り、私はカイン様に対して不誠実だったのかもしれない…。
星水晶には忘れられない女性がいて。それはずっと探していたお姉さまだ。
明日にも死んでしまうかもしれない体なのに、もしくは元の世界に戻る方法があれば帰るつもりなのに、気持ちを受け入れることはきっとカインを不幸にする。
カインが会ったセイラは、ほとんどが守護霊様で、本来の自分ではない。
そして、星水晶の中の美凪様はカイン様の気持ちを受け入れたいと強く願っている…。
文子様と一智佳様がいなくなってから気持ちのバランスがうまく取れず、カインへの好意が果たして元々の自分のものなのか、それとも美凪様の影響なのかわからない。
だからはっきり断れなかったのだ。
気持ちが半分に引き千切れたら、美凪様まで消えてしまいそうで怖い。
それでなければお姉さまを好きな気持ちが…。
星水晶の心は千千に乱れていた。壊れてしまいそうな気持ちをどうやって説明したらいいのか…。
少しでも好意があると伝えたら誤解を生むだろうことはわかっていた。エヴァ様と対立したいわけではない。
胸に手をぎゅっと当てて思い悩む星水晶を見て、エヴァ様がある提案をした。
「あなた、ロマリアの厳しい冬を越せる体じゃないと思う。私の実家はテーベ王国の商家なの。カインがテーベに行くなら私は一緒に行こうと思ってるから、あなたも屋敷に滞在していいわよ。」
「どうして、私を…?」
恋敵を引き取って世話するのはなぜかわからず、星水晶はエヴァ様に問いかけた。
「だって、このままセイラを置いて死なせたら、カイン様は引きずって、私を好きになってもらうのに時間がかかるもの。
まだセイラとも知り合って間もないのに結婚を決めようとしているけど、一生のことなのだから相手のことをよく知ってから考えた方がいいと思う。
でも、セイラがいてもきっと私に振り向かせてみせる。」
「エヴァ様…」
((か、かっこいい…。))
実は、密かにカインとアルベルトもハラハラしながら壁の裏で話を聞いていた。
アルベルトは、言わずもがなエヴァ様の護衛で、カインはたまたまセイラを見かけて声をかけようとした時にエヴァ様が駆け寄ってきたのだ。
星水晶だけでなく、二人もそんなエヴァ様に心を動かされていた。
「もうすぐ冬がきてこの辺りは雪がすごく積もるの。厳しい寒さは体に障るわ。
静養するなら温暖なテーベ王国の方がいいと思う。あちらなら雪が降るといっても年に数日だから。」
「そうなのですね…。」
初雪もまだなのに、布団を厚手のものに替えてもらっても寒くて度々目が覚めた。
星水晶の体は長い冬を耐えられるだろうか。
「図々しいとは思いますが、お世話になってもよろしいでしょうか…?」
「その代わり、カインのこと、ちゃんと考えて。言っておくけど、二人のこと応援するわけじゃない!振るならきっぱり振って、カインに私を見てもらえるようにってこと。」
耀子様と星水晶が想い合っているらしいことは知っていても、エヴァ様にも星水晶はどっちつかずに見えていた。
それでも、星水晶のために国中を巡って、治癒師を求め、悪魔に力を渡してまで彼女を救った耀子のことを思うと、その思いが届いて欲しいと願うのだった。
その方がカインが取られず都合がいいというのもあるが。
エヴァ様の話を聞いて、まだだ…まだ振られると決まったわけじゃないとカインが思わず呟く。
(しーっ!兄さん!)
壁の後ろを二人が覗き込むと、立ち聞きしていたカインとアルベルトが見つかった。
アルベルトだけが気まずそうに斜め下の地面を見つめる。
星水晶は、カインに向かって宣言した。
「私、テーベ王国に行きます。エヴァ様と一緒に…」
ここだけ聞くと何やら誤解を招きそうな言い方ではあるが、これまでこっそり話を聞いていたので、言いたいことはわかる。
「…わかった。俺はテーベで修行しながら、仕事を見つける。エヴァ様が一緒なら安心だ…」
そう言ってカインがエヴァ様を見ると、顔を赤くして震えていた。
先程の会話を全て聞かれていたということは、エヴァ様の好意が思いがけない形でカインに伝わったということだ。
それを見たカインも気恥ずかしくなり、その場にはひたすら沈黙が流れ、じゃあまた…と解散することになったのだった。
アルベルトは心の中で叫んだ。
(この3人、不器用すぎる…!)
乳ドン(*'ω'*)




