目覚め
星水晶が意識を失ってから、数日が経った。
星水晶は発熱し、眠り続けている。
「エヴァ様が持っていた治癒の石は?」
カインがアルバスに問う。
「大聖堂の要請で魔法協会に調査に出してしまったけど、連絡したからすぐに戻ってくるよ。
効果があるといいんだけど…。」
治癒士にもみせて、治癒魔法もかけてもらったが、一旦熱は下がるものの星水晶は意識不明のままだった。
時刻は真夜中。側にはカインだけがついていた。
「君がいない神殿は陰が濃くなる気がするよ…。
頼む、死なないでくれ。君の言葉が俺を照らす灯火なんだ。」
カインは少しでもいい…頼む、と願いながら、濡らした綿を星水晶の口内に含ませた。ずっと、水を飲むこともできないのだ。
その時、喉が少し動いて、星水晶が咳き込んだ。
「セイラ!目が覚めたのか!」
カインの顔が、未だ起き上がれないセイラの顔へ近づく。熱に浮かされ、トロンとした目はかすかに開いていた。
『このまま、時が止まってしまえばいいのに…』
「え?」
言葉の意味かわからずにカインが息を飲むと、美凪様は弱々しく微笑んだ。
『一度、言ってみたかった台詞です。気にしないで…』
カインの綺麗な顔をずっと見ていたかったが、状況も差し迫っている。惜しみつつ美凪様は話し始めた。
『星水晶ちゃんが目を覚まさないのは…』
「ああ、守護霊様でしたか」
『美凪です。守護霊の中で一番若くて可愛いって言われてます。』
(誰に?)
心の中でカインが疑問に思う。以前話したことがある、少し幼い感じの守護霊様だろうと納得しておく。
一番とまでは言っていないが、美凪を常に可愛い可愛いと思っているのは星水晶だった。
『まず…この間の戦いで、光の槍を出した守護霊、文子さまは突然消えてしまいました。
そしてそれを追って別の守護霊、一智佳さまも離れてしまい、今はあたししか守護霊がいません。』
「それだけでこんなに衰弱してしまうのか…」
美凪様は、起き上がれるか試したが体を支える力がなく、難しい状態だった。
『普通、守護霊がそれほど人の生命に関わることはないけど、星水晶ちゃんは異世界転移した時から、魂もボロボロの状態で、その隙間をあたしたちが塞いでいたようなものだから。』
いくつも守護霊を内に入れて、体を貸すなんて、誰でもできるものではない。
守護霊とは普通、見守ったり、悪いものを遠ざけたりする存在だ。
一智佳様によると、血の濃い先祖霊を代々受け継ぐという特殊な能力を持つ一族もいるらしいが、星水晶がそうではないことははっきりわかっていた。
魂が隙間だらけの状態で、もうすぐ死ぬところを生き返ったのが異例中の異例。
死にかけた星水晶がいて、守護霊を宿したブローチがあって、異世界転移して傷を回復したために、それが可能になった。
それでは治癒の石が戻ってきても、効果がないだろうと思われた。
『そんな状態から二人ほど守護霊が消えてしまったものだから、魂はヒビや穴だらけで今にも崩れそうな状態なの。』
「どうにか、助ける方法はないのか」
『…一つだけ、時間を稼ぐ方法ならあるわ…実は星水晶ちゃんにはもう一人の守護霊がいる。
でも、4人目の守護霊を起こすと、間違いなく面倒なことになる。
あたしじゃ手に負えないと思うの。一智佳さまだから丸め込んで眠らせることができたけど。
でも、起こせばもう少しは生きられる。』
「もう少しは、って…」
カインは力なく横たわる星水晶を前にして絶句した。
つんとすまして手玉にとるような、ミステリアスな言動。女性らしい振る舞い、時には媚びるような目線。大人しく清らかな様子。
好奇心旺盛で知的な言動。モンスターをボコボコにする突拍子もない姿。光の槍で悪魔を退けた神々しさ。
色々な表情を見てきたはずなのに、こうして弱っている姿を見ると、可愛らしい笑顔の星水晶を思い浮かべても、すぐに一番最初の黒焦げの姿に変わってしまい、どうしても頭から離れない。死が這い寄ってくるのを感じた。
『星水晶ちゃんがこちらに来るときは疑問に思わなかったけど、最近考えるの。
どうして神様は星水晶ちゃんをあのまま死なせてあげなかったのかなって…
あの事故で天に召されても良かったはずなのに、異世界に来てこんなに弱ったボロボロの魂になってしまって、悪魔に狙われたら次は本当に堕ちるしかないんじゃないかって…。』
もちろん、これでも美凪様は守護霊なので全力で阻止するつもりだった。
ただ、あの悪魔の邪悪さ、恐ろしさを前にすると、どんなに抵抗しても次はないとわかる。
『今なら…ここで神様に見守られながら、魂を穢されずに天国へ導くことができる、から…』
美凪様はカインを真っ直ぐ見た。
カインは場の空気が、敵を前に命のやり取りをしている時のように張り詰めるのを感じた。
美凪様の口調はがらりと変わり、顔つきや目線の動きが成熟した女性に変わっていくのを目の当たりにした。
『私は…生前、武家の娘でした。戦に敗け、家族は斬首され、最後は自害しました。なぜか?誇りを守るためです。
祖国の言葉で生き恥を晒すという言葉もあります。
それでもカイン様は自ら死期を選ぶことを悪いことだと思いますか?』
カインは問いには答えず、目を逸らして静かに聞いた。
「セイラもそう思っているのか?このまま死にたいと…」
それは確かに本人の意志が一番尊重されるべきことだった。
『それは…星水晶ちゃんは、自分が死ぬことは受け入れてる。耀子ちゃんには会いたいけど、でも神様の思し召しのままに、お任せするって…。
なんでいつも神頼みなのよぉっ!
遠い昔の戦争の時代じゃない、平和に生きてきた子よ!
普通、泣き叫ぶとかするでしょ…死ぬのが怖くないのっ?』
美凪様は、拳でベッドを叩きたかったが、力が入らず、爪が食込むほどシーツを強く握った。
思えば、胸に懐剣を突き刺すことで、死の恐怖からは逃れられた。
明日処刑されると知っていて、その最後の瞬間までただ耐えるのが恐ろしかった。
死は容赦なく訪れる。死神の鎌は躊躇なく振り下ろされ、それを止めることはできないと知っている。
信仰により、死を怖れず受け入れるまでにどれほどの覚悟と勇気が必要か…想像もつかない。
美凪様の体は恐怖に震えていた。それを感じて、微睡みからようやく目覚めた星水晶が、内側から優しく語りかけた。
(美凪様、本当は泣き叫びたいほど怖かったのに、誇りを守るために気丈に振る舞われたのですね。立派なことです。誰でもできることでは、ないと思います。
死の恐怖を知っているからこそ、私が眠るように逝くことを選ぼうとしてくださってるのですね。)
『星水晶ちゃん…。』
(美凪様は可愛らしいのに芯の強い方です。
心配かけてごめんなさい…。でも私、美凪様にそんな重い選択をする責任は負わせられないです。
どうか私の運命は神様に委ねてください。それが私の望みです。)
『そうなのね…。あたしが星水晶を終わらせるって思うと、抱えきれないほど恐ろしい。でも死期を決めるのが神様なら、負い目に感じなくてすむ…。
それでもあたし、苦しむ星水晶ちゃんを見るのが辛くて嫌なの。
死を待つ苦しみに耐えられなくて自害を選んだ私のこと、悪いって思う…?』
(いいえ。善い悪いは私が判断することでは…命を与え、そして死を与えるのも神様です。その中で、私たちがどんな選択もできるよう、自由にしてくださっているのです。
確かに、自死は罪だと説かれていますが、赦されないとは思いません。
罪に大小はないからです。つまり、人に迷惑をかけないような小さな嘘だったとしても、それが罪にならないということもないのです。
私たちは皆罪を持って生まれ、罪を持つゆえに死という結果がもたらされます。
しかし自死の場合、死後はそれについての告白も悔い改めることもできないから、いけないと説かれているのではないか、と…。
でも、私たちが計り知れないくらい、神様は広い御心で私たちを導いてくださっているんですね。こうして、死後も考える機会が与えられているのだから。私は、美凪様のおかげで今、心からそれを信じられるのです。)
大丈夫、と星水晶は美凪様の強く握った拳を弛めた。
そして、神の子が私たちの罪を負ってくださったことに、あらためて感謝した。
『どちらにせよ処刑される運命だったけど、私、自害する時自分のことしか考えていなかった…。』
カインはじっと話を聞いていたが、思うところがあったようで、口を開いた。
「万一の時は自死せよと、家の教えがあったのであれば、やむを得ないと理解できる。
護衛騎士は、もし捕虜になったとしても、生きるように教えられている。死んだらそれ以降誰も守れなくなるからだ。
それで味方を害することになるなら、自死をすることで守れるかもしれない。しかしそれは同時に味方の心も傷つけるし、殺すのと同じくらいの痛みだと思う。
大切な人を傷つけなければ生きられない、俺はそんな選択をしたくないから、誰より強くありたい。
どうしようもなくなって、殺せと剣を渡されたらそれを使って逃げる。追手を殺すことになっても、殺されようとも、最後まで足掻く。それが俺の誇りだ。」
それは武士の娘だった美凪様と、武人であるカインだからこそ分かり合える問題だった。
例え正反対の教えでも、それに反抗した場合の結果は同じだ。
『カイン様…。』
カインの信念を聞いて、美凪様は惚れ直したようだ。顔を赤らめて、潤んだ瞳で見つめている。
星水晶もその話を聞いて、思うところがあった。
(私も、大切な人を傷つけないように強くならなくてはいけないわ。力をつけなくちゃ…。
文子様も一智佳様もいなくなってしまって、私には何の力もないと思っていたけど、できることはあるはず。)
「お願いです、もう一人の守護霊様を起こしてください。このままだとセイラは衰弱して死んでしまう。
苦しまずに死ねるからって何もしないなんて、俺にはできない!」
(二度、死の淵に立ったとき、神様とフィーネ様のおかげで生き返ったようなもの…。
私が生き長らえる道が残されているなら、それは神様のお導きだと思います。)
『かなりややこしくなるけど、本当に起こしていーい?四人目を起こすとあたし、しばらく表に出てこれないから、責任取ってよね?』
(そうですね…私の守護霊ですから、何とか頑張ってみます。まだ、会ったことはないんですが…)
「責任は取るつもりだが、起こしたらどんな問題が起こると言うんだ」
「たぶんここにはいられなくなる。シスターを辞めたらカイン様が引き取ってね。」
「!?」(えっ!?)
結婚、ということだろうか。星水晶は、それはちょっと…と思い、カインは目を白黒させている。
なんだかぶりっ子のメッキも剥がれてきてしまったことを感じながら、美凪様は目を閉じた。
少しして、4人目の守護霊が目覚めた。
ゆっくりと起き上がり、眠そうな眼で悠然と辺りを見回す。
そして、カインに目を止めると『そこの者』といったきり、黙っている。
眼が据わってしまっていて、睨みつけているようにも見えてきた。
数秒後、カインはようやくはっと気づいた。
(そこの者…俺か?)
カインが恐る恐る近づいてみると、星水晶は明らかに見下す目をして鼻を鳴らしてまくしたてた。
『どうしてセーラはこんな硬いベッドに寝かされてるの?それに部屋もボロボロ、服もシーツもゴワゴワよ。可哀想に。すぐにきちんとしたものに変えなさい、すぐよ』
一智佳様とはまた違う威圧感というか、とにかく堂々と人を顎で使う態度である。
『わたくしのセーラをこんな粗末な使用人部屋に閉じ込めたのはだぁれ?早く教えなさい。打ち首にしてあげる。』
カインがどうしたらいいかわからずに戸惑っていると、守護霊はにっこり笑い、首に横一文字にすっと親指をすべらせた。
4人目は…過激、いや過保護すぎる守護霊だった。
その動作の意味するところが伝わったらしいカインが青ざめる。
(これでは、まるで暴君…っ!しかし俺はセイラを守ると誓った身。逆らうわけにはいかない…。)
「不遇に苦しむセイラに気づかなかったことは、誠に申し訳ございません。
彼女が処罰を望むなら、仰せのままになさってください。」
『くっ…殺』
「セイラが目が覚ましたわ!」
そこへ、アルバスやシスター達が話し声を聞きつけ駆けつけてきた。
「びっくりして嬉しいのはわかるが、すぐシスター達呼ばなきゃダメだろ?
まさかとは思うが、見せられないようなことしてたとか?」
「そんなことするか!」
カインは、アルバスの言った見せられないようなことを想像してしまい、星水晶の顔が見られなくなって部屋を出ていってしまった。
騎士は「くっ…殺せ!!」とかあんまり言わないような気がする。
むしろ実際は悪役の方が言う機会が多い台詞かもしれない。
今回は後者の
「くっ…(生意気な…)殺せ!!(命令)」
みんなは気高い女騎士の屈辱ゆえのくっ…!が見たいのであって、悪役のは違う違うそうじゃそうじゃない〜♪




