眠り、そして旅立ち
エヴァ様が儀式を終えた頃、部屋から出てこない星水晶を心配して、シスター・エリカが様子を見に来ていた。
「セイラさん、具合はいかが…?」
声をかけたが、返事がない。心配になって「開けるわね」と声をかけてから部屋に入ると、星水晶はベッドに横たわっていたが、何となくいつもと様子が違うように感じた。
胸騒ぎを気のせいであってほしいと願いながら頬や肩を数回叩いてみたが、身じろぎもしない。
耳元で声をかけても、揺すっても星水晶が目を開けることはなかった。
青褪めて廊下に飛び出し、すれ違ったシスター・ミラに縋りついた。
「ミラ!すぐリュカ大神官を呼んで!アルバス様も!セイラが…目を覚まさないの!」
すぐにアルバスが鳥を飛ばして、町から医師が呼ばれた。
「以前と違って、かなり衰弱していますね…。」
悪魔と戦い、それを退けるため、セイラは勇敢に立ち向かったという。それはかなり精神的に負担になっただろうと、立ち合ったリュカ大神官は医師に伝えた。
「このまま眠り続ければ、最悪の事態も考えられます。なるべく早く意識を取り戻すことを祈るしかありません…。
刺激になるので、皆でたくさん声をかけてあげてください。」
医師が診察を終えて部屋を出ると、イザベラ達シスターやポピー、カイン、アルバスが心配そうに見守っていた。
お礼をして見送ると、セイラの周りに人が集まった。
「お聞きの通りです。協力してもらえますか?」
「もちろんです。」
「食べられなくても、匂いも刺激になるはずだよ。何か美味しいものを作ってこよう。セイラの好きな食べ物は知っている?」
アルバスは、全員はセイラの部屋に入りきらないと見て、数人のシスターとともに台所へと向かった。
シスター・パトリシアはセイラの手を握ってお祈りをし、ポピーは傍らで布団に顔を伏せて泣いていた。
カインは、唇を引き結んで悔しそうな表情を浮かべている。
(俺が守ると誓ったのに、結局あのおぞましい力を持つ悪魔を退けたのはセイラで、倒れるまで体調不良にも気付けなかった。
きっと予兆はあったはずなのに、ここに着く道中は言い出せなかったのだろう。無事に帰るという約束を守るために。
こんな目にあわせておいて、俺についてきてほしいなどとよく言えたものだ…)
星水晶は眠っているが、以前と違ってうっすら汗をかき、呼吸も浅い。
時折喉から苦しそうな呼吸音がした。
カインは水で冷やした布で、額の汗を拭ってやった。
エヴァ様も、星水晶が倒れたことを知らされてかけつけた。
(大丈夫…まだよ。まだセイラは死なないはず。
…未来を変えたいと願っているのに、都合のいい部分だけは変わらないでほしいと願うなんて。)
エヴァ様は、縋るように、天を仰いだ。
(そう、都合のいい夢を見ているだけなのかもしれない…。
私が自由になる未来をヨウコは見ない。
目が覚めたら、また私は白くて寒々しいあの大聖堂にいて、単調な生活を繰り返し、死ぬまで…)
朝のお勤めをこなした後、何もない音も聞こえない真っ白な部屋に1人きりで何時間も閉じ込められる。
娯楽もなく、経典と向かい合う日々。
神様の声を聞く時、巫女はトランス状態だった。そこからもたらされる神様のお告げは、精神に異常をきたして見る幻覚や幻聴だったのかもしれない。それが十分起こりうる状態に置かれてきた。
見目の良い騎士の噂話や、美しい巫女への憧れや手紙などは、精神の均衡を保つための数少ない娯楽であり、正常な証だ。
エヴァもそこは理解できるし、他の巫女に愛情を持って接し、望まないにしてもできる限り応えてきた。
審判を受けて合格したからといって、巫女が神様と交信できるわけではない。修業や教典を学んだ後、神様の声を聞くことができるとされている。
しかし、エヴァ様は大聖堂へ行く前から神様の声をはっきり聞くことができた数少ない巫女の一人だった。だからこそ耀子の未来視も、本物だと信じられるのだ。
カインが必死で星水晶に語りかけている。エヴァが来たことも気づいていない様子だ。
シスター達の啜り泣きが廊下に反響して、何となく居づらくて出ようとしたところ、ローザがエヴァ様に会いに来た。
「お疲れ様。大丈夫?」
「うん…。いえ、少し寝不足。」
エヴァ様は薄く笑った。
「悪いんだけど、大事な話があって、少し時間をもらえるかな。ノエルはシスター寮には入れないから外で待ってる。」
「わかったわ。」
ノエルは、シスター寮の門の壁にもたれて待っていた。
「エヴァ、僕らはテーベに戻ることにした。一緒に来る?」
「うまくいけば2人と抜け出そうと思ってたんだけど…。」
エヴァ様としては、耀子が目的を達成したら体を返してもらう予定だった。
セイラを救って無事も確認した。言葉も交わした。
しかし耀子は長い未来視のため眠っているような状態で、消えてはいない。それにつながりも残っている。戻ってきた時に耀子の大切なセイラを放置してきたと知ったらショックだろう。
それに、一番の理由は…カインともう少し一緒にいたいと思っているからだ。
先程の様子では星水晶が回復しない限り、エヴァが近づくチャンスもなさそうだ。
「今はまだ行けないから、先に行って。
追いついたらどこに向かえばいい?
時間のある時に実家に立ち寄ってもらってもいいわ。色々お世話になったからお礼ができると思う。」
エヴァ様の実家は、聖ロマリア国からテーベ王国に移り住んだ、裕福な商家だった。その事は二人には打ち明けていた。
「テーベの北東にあるイニツィオの雑貨店、ヒースクリフの店。手紙もそこへ送ってくれたらいい。」
「まさか、エヴァが王都の商家の娘だったなんて思わなかったわ。」
「商売が成功したのは、巫女になった後よ。
正式に巫女を辞められないなら、実家に迷惑がかからないように行方をくらまそうと思ってる。安心して、お礼はちゃんと手紙で言付けておくから。
ほとぼりが冷めたらまた一緒に旅しよう。」
お礼と聞いて、ノエルは息を呑んで、焦ったように打ち明けた。
「…内緒にしていたけど、僕らの母さんも元巫女なんだ。」
「ノエル!?」
「姉さん、この事を黙ったままお礼なんてもらえないよ。これは、母さんが亡くなった後、大人になってから父さんから聞いた話だ。
母さんは大聖堂から誘拐されて、解放された後、父さんと結婚して僕らを産んだ。
今も巫女の自由が制限されているのは、この事と関係があると思うんだ。
表向きは聖なる巫女、フィーネ様の失踪が原因とされているけど…。
だから、自由を求めて決死の覚悟で大聖堂を出るあなたを手助けした。それは贖罪で、純粋な親切ではないことを知っておいてほしかった。」
巫女誘拐事件のことはエヴァも知っていたが、巫女が解放された後は当然大聖堂に戻ったと考えていた。
だが、結婚して子供を産んだ巫女がいたなんて思ってもみなかった。
それも、教会から認められて。実際、そういった例は隠されてきただけで以前にもあったのではないだろうか?
エヴァ様にとっては希望の持てる話だった。
「父さんから人に話すなと言われてるのに…。エヴァ、このことは秘密にすると誓ってもらえるかな?
大聖堂に戻りたくないなら最後まで味方するから、交渉に使ったりもしないでほしい。お礼なんていらないから、それだけはお願い。」
「わかった、誓うわ。誰にも言ったりしない。秘密を漏らしたと知られたら困るんだよね。」
ローザが頷く。
「昔から教会に行くと違和感があったわ。監視がついてるんだと思う。」
「姉さんはそういうのに敏感だからなぁ…野盗につけられてても真っ先に気がつくよね」
「ローザ、ノエル。そういう事情があったとしても、私が2人に助けられたこと、感謝の気持ちに変わりはないよ。
むしろ事情を聞いて勇気をもらった…。ありがとう。
2人は先に行って。私にはまだやることがある。」
エヴァ様は俄然やる気が湧いてきた。
監視付きでも、結婚して子供を産んだ巫女がいると知ったことは心の支えになった。
(くよくよ考えるのはよそう。出るのは今じゃなくてもいい。絶対に自由を手に入れてみせる。)
「了解だ。基本、週に一回は戻るけど、今回みたいに長期の仕事がある時は、父さんに出先に連絡してもらえるよう頼んでおくよ。」
「そんな仕事が入る前に、エヴァが合流できるといいね。一緒に行けたら楽しいから。」
こうしてエヴァ様は、笑顔でローザとノエルを見送ったのだった。




