未来視
儀式で神域を作る場所は、星水晶が元の世界から飛ばされたところだ。
エヴァ様によると、そこが一番神様に近い場所だった。
「まさか東の聖殿で聖霊の儀式が行われることになるとは…」
「素晴らしいことですわ。」
神官やシスターたちは貴重な儀式に立ち合えることに喜んでいた。
「…でもさ、ここで祈っていいなら巫女は大聖堂から出られるってことだよ」
ノエルはローザに囁いた。
同意の上とはいえ、巫女が僻地に軟禁されている現状を疑問に思っていたからだ。
「…既にエヴァが大聖堂を出て数ヶ月経ってる。それを黙認している時点で、巫女は大聖堂にいないといけないって前提は崩れた。」
他の人に聞かれたらまずい内容になってきたので、ローザはノエルを本殿の外へ引っ張り出した。
「言葉に気をつけなさい。大聖堂の騎士だっているのに…。」
「不信心と咎められても困るよ。僕ら別に教会所属じゃない。たまたま怪我人の補充で雇われただけだ。その任務だって完了してるよ。」
「信徒ではあるでしょ!泊めてもらっているんだし、それなりの態度でいないとね。
…ロマリア大聖堂が祈りに最適なのは間違いないわ。
儀式ができる神官も多くないし、厳重に護るなら一箇所に集めておいたほうが都合がいいし。」
「厳重に、か。姉さん、僕達はその責任の一端を担っている。生まれる前からだ。」
「ノエル…。」
「行きがかり上、神殿に泊まったけど、これ以上関わるのはちょっと…できれば早々に戻りたいな。」
「うん、儀式が終わったらエヴァに言ってなるべく早く発とうか。」
ローザとノエルはエヴァと一緒に故郷まで戻る約束をしていたが、エヴァは大聖堂に連れて帰られる可能性が高かった。
エヴァ本人は戻るつもりはないが、護衛騎士同伴で実家へ帰るのを許可される可能性もあるので、掛け合ってみるつもりだと言っていた。
巫女とは、神様の声を聞いた後、その聖なる言葉を教皇へ伝えるのが仕事だ。
神様の声を聞く。それは言葉そのものというより、教えを正しく理解し伝えられる人だ。男性なら神官がその役目を担っている。
女性である巫女のみ大聖堂に閉じ込められるのは、象徴として信仰を集めやすいこと以外にも理由があるのだろうか…。
儀式直前になっても星水晶の姿はなく、それに気づいたミラが向かいの部屋のパティに尋ねた。
「あれ?シスター・セイラは?」
「さすがに昨日帰ったばかりで疲れているみたいで…もう少し寝かせておいていいと、シスター・エリカが。」
「そうよね…。残念だわ、聖霊の儀式を間近で見られる貴重な機会なのに。」
エヴァ様とアルベルトが儀式の準備を行い、
リュカ大神官によって秘蹟が行われた。
エヴァ様は巫女の礼服を身にまとい、金の鎖を首にかけ、教皇より賜った指輪を身につけている。神域へ音もなくひざまずいて祈った。
(神様、私の罪を告白します。
私は神様を疑い、教えに背いた行動をしてしまいました。ですが今、こうして神様のもとへ、星水晶やエヴァ様、騎士の皆のお陰で戻ってくることができました。
私の罪をおゆるしくださるなら、どうか聖霊様を通して、私に語りかけてください。
あなたが考えておられること、望んでおられることを教えてください。
私と、私の愛する妹がこれから進む道をお導きください。
主のみ名によってお祈りします。アーメン)
耀子が真摯にお祈りをした時、奔流のように未来視が流れ込んできた。
シスターはもちろん、ノエルとローザや東の聖殿の護衛騎士たちは、エヴァ様の神秘的な姿に圧倒された。
窓も開いていないのに優しくあたたかな風がふわりと体や髪を撫でた気がした。
朝日はとっくに昇ったというのに、夜明けの水平線から一番に輝く太陽のように眩い光が本殿に降り注いだ。
ポピーも、エヴァ様の姿に思わず膝をついて茫然としていた。
「すごい。これが巫女様の力…?」
「神様が巫女様を通して私たちに聖なる言葉を与えてくださるのよ。」
「なんだかあたたかくて優しくて、安心する…」
それを聞いてシスター・イザベラは涙ぐんで、ポピーの手を握った。
(ポピーの表情がこんなにやわらいで…。
儀式を見て、素直な気持ちが溢れている。こんなに嬉しいことってないわ。神様に感謝いたします…)
サンタマリア・クレール神殿の誰もがひざまずき、エヴァ様と一緒にお祈りした。
ただ一人、眠り続ける星水晶を除いて。
耀子様は、星水晶を強く想いながら、波のような時間の流れに従い、視界に広がる世界の渦へ沈んでいった。
ふいに、足元に柔らかな絨毯の感触があった。目を開けると、星水晶が美しいドレスで着飾り、まるで迎賓館のように豪華な部屋でお茶を飲んでいた。
ビロードの張られた猫脚のソファやテーブル。テーブルにはボーンチャイナのティーセットや、所狭しとお菓子や料理が並ぶ。
重たげなカーテンのかかった大きな窓。高い天井に美しいガラスのシャンデリアがキラキラした光を放っていた。
壁紙も無地ではなく緻密な柄で彩られ、部屋の一角の大きな本棚にはぎっしりと美しい装丁の本が並んでいる。
名家の生まれである耀子様から見て、インテリアはどれも高級感があり洗練されていた。また、この世界に来てからは見慣れないものばかりだった。
(星水晶はまだ生きている。でもドレス…?ここはお城…?)
一先ず、無事であることに安心する。
しかし、星水晶が紅茶のカップを手に取った瞬間、そのカップが何故かぱらぱらと崩れていった。
星水晶の指先から全身も、同じように崩れていき、耀子様は悲鳴を上げた。
星水晶だったもの、家具だったものは全て砕けて、舞い散る花のように足元に落ちては溶けては消えた。
(あの星水晶は幻ということかしら…)
段々と世界は俯瞰していき、そのうちこの惑星全体を眺められるようになった。
天からは般若面をつけた和服の女性が空からふわりと降り立った。
女性は、爪先辺りまで真っ黒な髪を伸ばしていて、人ではない、異様な存在だ。
それに、この世界ではありえない和服姿だ。
緋袴を着けて、黒地に金糸で彩られた着物に手には薙刀を持ち、顔は面で隠れている。
そして、その般若面の女性が薙刀を構えた。
たくさんの人の命が薙刀の一振りで吸い取られるように奪われた。
球の形の惑星を、すとんと、まるで半分に果物を割るような仕草だった。
半分にした惑星を手に取ると般若面の女が口にして、もう半分を誰かに渡すように差し出した。
銀色に光り輝くそれを半分こにして、それで世界は闇に包まれた。
それは、この世界がやがて終わりを迎えることを示していた。
(あれは何?この世界に一体何が起こるの?)
耀子様は戸惑った。エヴァ様は舌打ちをして言う。
『やっと軟禁生活から自由になれるっていうのに、もうすぐ世界が終わるなんて…。
ねえ、あの黒髪の女、異国の服を着ていたわ。まさかあなたじゃないでしょうね?』
(私のいた世界にああいう服装や仮面はあるけど…あれは私じゃないわ!確かに、以前は誰かが犠牲になっても自分の望みを優先したいと思っていたけど、今は…。)
耀子は、この世界のことは正直、どうでもよかった。馴染みのない世界に、馴染みのない人たち。
でも今はエヴァ様やローザ、ノエルなど世話になった人達を犠牲にしてまで、何かを得ようとは思わない。そんなことを願ってはいけなかった。
『だってヨウコは悪魔に巫女の力を渡した前科があるじゃない。』
般若面の女が、こちらを向いた。そして、耀子を指差して言った。
『この世界を滅ぼせば、あなたの大切な人の命を救うと言われたら、あなたならどうしますか?』
(地球と同程度の文明、規模があると仮定して、人口は数億人はいるはずよ…。数億の命と1人の命じゃ計るべくもない。そんなの釣り合わないわ。おかしなことを言わないで。)
『なるほど…では天秤が釣り合うように。』
般若面の女が手招きすると、猿の面をつけた長身の女が現れた。歯を剥き出して笑う猿の表情がなんとも不気味だ。
そして、猿面の女は般若面の女に向かい、腕を差し出した。
般若面の女は薙刀を構え、その首を掻き切った。
耀子様は声にならない叫びをあげた。面が外れて、見えたのは星水晶の顔だった。
星水晶は音もなく倒れ、こと切れた。血は出ないが、もう生きていないとはっきりわかる。
なぜなら、切られた傷からは、血の代わりに振袖姿の若い女性の体が這い出てきたからだ。
『自分の命で世界を救えるなら、星水晶は喜んで命を差し出すだろう。代わりに私は大切な人を手に入れる。これでいいか?』
(ダメ、ダメ、いや、こんな未来…ひどい、どうして?神様!)
般若面の女は、振袖の女性を抱き上げて消えた。
亡骸になった星水晶の体を、耀子様は膝に抱きあげる。
もう血が通っていない、冷たくて石みたいになった体を抱き締め続けた。
(私は、星水晶が死ぬのがどうしても絶対に許せない。それが、私の罪だわ…。
神様は私の願いを掬い取って、星水晶を異世界へ送ったのかもしれない。
神様、世界を救うために犠牲になるのが私では駄目なのですか?)
地を這うように、その問いに答える声がする。
今の二人は鏡合わせ。星水晶が死ねば耀子も死ぬ。代わりにはならない。
『鏡…そういうことね。セイラは実体があって、ヨウコには実体がない。この世界でヨウコは鏡の中に写る像でしかない。』
(合わせ鏡には未来が写るというわ…。だから私にできるのは、未来をただ見るだけだというの?)
エヴァ様が見かねて声をかける。
『ねえ、これっていつ起こると思う?私は、そう遠くないけど、少し先の未来だと思った。
神様があなたを絶望させるためだけに未来を見せたとは思えない。必ず救われる道はあるはず。
希望を探したいなら、もう少し近い未来で、なぜこうなったか見てきたら?』
耀子様は泣きながら頷く。これほど深く未来視に集中したことはなかった。
本殿の中は目を開けていられないほど光輝いて、その場にいた人たちは皆ぎゅっと目をつぶった。
『いってらっしゃい。』




