スイッチ
聖槍の光によってカインも正気に戻って、エヴァに微笑みかけた。
「セイラを治した治癒師は間違いなくこの人だ。」
「命を救ってくださって、ありがとうございます。」
星水晶はエヴァの手を包み感謝したが、エヴァの中の耀子ははぎこちなく笑って、うつむいた。
(星水晶は、エヴァが私だとわかっていない。そうよね、今の私は別人なんだもの…)
悲し気な表情のエヴァを見て、星水晶は不思議に思った。
「あの、私…」
エヴァは耀子なのだと打ち明けようと思ったが、アルベルトが食い違う話に疑問を持った。
「どういうことだ?エヴァ様は治癒魔法使いではないはずだが…。」
「エヴァ様、教えてください。私が神殿に来るという預言をしたヨウコという巫女はどこにいるのですか?」
星水晶もエヴァに問いかける。
(何て説明したらいいのか…今打ち明けて信じてもらえるかどうか。
せめて星水晶と二人のときに話したい。)
「事情を聞きたいのでエヴァ様はこちらに。」
言葉に詰まり、困っている様子を見て、アルベルトがエヴァ様を連れて廃屋を出ようとする。
その時、カインが片膝をついて跪き、星水晶の手を取った。
「命を救ったと感謝してくれた時から…俺はセイラを一生護ると心に決めたんだ。
だが、不覚にも悪魔に心を支配されてしまった。俺は騎士としてまだ未熟だ。以前から修業の旅に出るつもりだった。
セイラ、俺と一緒に来ないか?姉に会いに行くなら、それにも同行しよう。」
「やるぅ、兄さん。」
ヒュウッとアルベルトは口笛を吹いた。
しかしエヴァ様の中の耀子様はそれを聞いて怒りで気が遠くなりそうだった。
(私が、私だけが全てをかけて、全てを捨てて星水晶を救ったのに、あの男は何を言ってるの?
救ったですって?生きているか確認しただけじゃない!!)
その時、耀子の中にいたエヴァ様が出てきて、カインと星水晶の間に、割って入った。
『ヨウコ…カイン様ってこの方?』
(そうよ!)
憎々しげに耀子は言い捨てるが、反面、エヴァの頬は薔薇色に染まっていた。
『なんて美しい男性なの…』
先程、微笑みかけられた時にエヴァは、カインに恋をしてしまったらしい。カインの顔をうっとりと見つめている。
カインとの甘い雰囲気を邪魔された美凪様が、不穏な空気を感じて星水晶の代わりに出てきた。
『今、大事な話をしているところなのですが?』
『私もカイン様に用があるのよ。』
睨み合う星水晶(美凪様)とエヴァ様を見て、アルベルトは頭を抱えた。
「兄さんはまた…」
「とりあえずカインもエヴァ様も後にしてくれ。色々とやることがあるんだから。」
アルバスは神殿に、アルベルトや騎士は大聖堂に、エヴァを無事保護したという報せを出した。
星水晶は空を眺めて放心している。
その間、エヴァは耀子と話し合っていた。
(ぇ、エヴァ様…さっきあの男が悪魔に操られて斬りかかってきたのも知ってますよね?なんでそうなるんですか?)
(私、ちょっと影のある美男子が好みなのよ…。
ヨウコって男性の顔ほとんど見ないんだもの。間近で見たのもさっきが初めてだったし。
ヨウコは私の役に立つ必要があるのよね?だったら…私がカイン様と結ばれるよう協力して。)
(エヴァ様、巫女をやめたいの?)
耀子は驚いた。エヴァは心から神を信じていたからだ。
(私に自由に生きる選択肢を与えたのはあなたよ。神様があなたを私に宿して、大聖堂の外に導いてくださったのは、きっとカイン様と出会うためだったのよ!)
カインの微笑みでエヴァ様は何かのスイッチが入ってしまったようだった。
(そうすると、星水晶に私が耀子だと打ち明けるのは…)
(ごめんね。あなたが元の姿に戻った後にしてね。)
耀子様は驚愕した。自分は死んだと思っていたからだ。
(私、元の姿に戻れるの?)
(神様は願いを叶える間だけ、私の体を貸してほしいと言っていたわ。
星水晶さんの無事も確認したことだし、あなたの願いはもう叶っていると思うけど、戻らないのは私の役に立つ必要があるからか、もしかしたらあなたが戻りたくないと思っているからかしら?)
つまり、願いを叶えた後、耀子の魂はエヴァから離れるはずだという。
(私が元の体に戻ったら、元いた世界なのかしら…それとも…どちらにせよ、星水晶とは会えなくなるってことなのね…)
耀子は傍らに座っている星水晶を見た。
緊張がとけ、疲れているのか瞼が半分閉じかけている。そして時折、手で顔を覆って頭を振ったり、膝に突っ伏したりしている。
それを見つめていると、ふいに目が合った。
「怪我は…?」
耀子様は思わず星水晶に話しかける。
「はっ!いえ、わたくしは大丈夫ですわ…。」
そう答えた後、膝に顔を載せたまま、星水晶は頼りなさげにエヴァを見つめる。
「耀子様は…」
「!?」
「生きていらっしゃるかだけ、聞いてもいいですか?」
先程の悪魔の言葉はショックだったが、星水晶はそれを全て信じたわけではなかった。
だが、エヴァが先程耀子の居場所を言い淀んだことで、星水晶も聞くのをためらっていた。
耀子様もエヴァ様も、もし生きていないと答えたら、星水晶が消えてしまいそうに思えた。
実際、一智佳様と文子様がいなくなったことで星水晶の心は虚ろになっていた。
「…わからない。ヨウコという巫女の声が聞こえるだけ、なのよ。」
嘘ではない。エヴァにとっては確かに耀子の声が聞こえてそれに身を任せただけだ。
「それでは…エヴァ様はその声だけを信じて、命の危険を冒して私を助けに来てくださったのですか?」
実際、それは確かに、エヴァの高潔さのおかげでもあった。
ここまで無茶苦茶をやって許容できるのは聖人といえるだろう。
今、耀子はエヴァという別人の体を借りているだけだ。自分が助けたと、どうして言えるだろう。
耀子は、流石にそこまでしてはいけないと思った。
自分が耀子だと打ち明けたが最後、エヴァは耀子として生きていかなくてはいけないことに、今更気がつくなんて。
星水晶を助けるために形振り構わずやりきった。だが、その後に待っていたのは、ままならない苦しみだった。
「いえ、命が危険とまでは思っていなかった。結果的に悪魔に捕まってしまったけど…」
星水晶はエヴァの手を取った。
「エヴァ様には、言い尽くせないくらい感謝しておりますわ…。どうお礼を申し上げたらいいか。わたくしにできることなら、恩返しをさせてください。」
耀子は心の痛みを感じながらも何とか微笑んだ。
『セイラさんって…耀子が星水晶を想うほどには、耀子に執着してないように思える。
こんなに近くにいるのに、姿が違ったら気付きもしない。』
(…そうかもしれない。)
お互い好きだった。恋をしていた。でも、星水晶は最後に身を引いた。家のしがらみのないこの世界でなら二人は結ばれたかもしれない。
(星水晶と違って、私は私のままこの世界に来れなかった。それが私の望みだったから。
私はただ星水晶が生きることを望んだ。
そんな私が、今こうして生きて動く星水晶に再び会うことができたのは神様の思し召しかもしれない…)
少し前の耀子なら、エヴァに構わず星水晶に正体を明かしたかもしれない。
しかし、フィーネ様と文子様のクロスハートの光を浴びたあと、耀子は神様に少しずつ心を向けるようになっていた。
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