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カインとアルベルト

 アルベルトが教皇の護衛騎士に選ばれた時から、カインは弟と向き合うことを避けてきた。 

 カインの弟、アルベルトはカインより2才年下だ。

 わずか15才で騎士になったカインの剣技を直々に教わっていたため、上達もかなり早かった。

 そして、現在アルベルトは教皇の近衛兵。

カインは東の聖殿の護衛騎士で、元近衛兵。

 近衛兵と、"教皇の近衛兵"との違いは、巫女の居住区域に入れるかどうか。

 教皇の近衛兵にのみ、巫女の居住区内での警護が許されていた。

 そして位も、アルベルトの方が上になる。 


 カインがロマリア大聖堂で近衛兵になって4年後のことだ。

 兄であり師匠であるカインに憧れ、アルベルトも近衛兵を希望したのだが、まだ着任前のアルベルトが教皇の近衛に抜擢された。

 カインは打ちのめされていた。弟の方が教皇に認められた。

 今まで剣なら誰にも負けないと思っていたが、2才下の弟の方が教皇の近衛にふさわしいと判断されたのだ。


 アルベルトがロマリア大聖堂に来る直前、思い悩んだ末、体を思うように動かせなくなり、カインは休暇を取っていた。

 訓練していないからか、いつもより進まない食事。

 大半を残して皿を下げようとしたとき、後ろから声をかけられた。


「何だか、悩みがあるようですね。」


「リュカ大神官…!東の聖殿からいらしていたのですか。ご無沙汰しております。」


カインは慌てて向き直った。


 カインの故郷、シュバルツ村は、リュカ大神官のいるサンタマリア・クレール神殿からほど近く、アルベルトとともに子供の頃からお世話になっていた。

 そして、リュカ大神官はカインの悩みの原因も何となく察していた。


「この年になると山越えは体に堪えますよ。」


 もう少し移動が楽にならないか、とリュカ大神官は苦笑する。


「カイン、君は今落胆しているのではありませんか?」


 カインは溜息をついた。今日、ここでリュカ大神官に出会えたのも、神様のお導きかもしれない。


「リュカ様は何でもお見通しですね。」


 カインは、リュカ大神官に悩みを打ち明けた。


「アルベルトが…教皇の近衛に抜擢されたことで自信を失くしてしまって…

弟に会いたくないし、比較されるのが怖いんです。」


「カイン、あなたのその不安は真実でしょうか?

 教皇がそうなさったのには強さ以外の理由もあるのです。強い、弱いの比較はありません。

 心の不安は悪魔によるものです。あなたのものではない。」


「不安が消えない場合、俺はどうすればいいですか?」


「そういう時、常に神様に心を向けるのは難しいでしょうが…あなたが神様に愛されていると、信じて祈るのです。」




 馬から離れ、月明りの下で、カインとアルベルトは剣を打ち合った。確かに単純な力はアルベルトの方が上だった。

 だが、距離を取った瞬間、カインは恐るべき速度で踏み込んでくる。

 剣の重さを感じさせない太刀筋。ふり抜くスピードも速く、月明かりで反射した光しか見えない。

 アルベルトはそれをぎりぎりでかわすことができた。


(兄さん、本気だな…)


 アルベルトとしては稽古のつもりだったが、勝負を言い出したのは自分だ。

 カインの動きに集中する。夜は冷え込むが、首の後ろにじっとりと汗が噴き出していた。


(兄さんは余分な力が抜けている。体の中心がぶれないし、どんな態勢からでも打ち込んでくる。)


 カインの身のこなしは群を抜いており、細身の体を活かして鮮やかな技を繰り出すものだった。

 アルベルトも、教えてもらって技はある程度真似できるようになった。

 そして、教わったからこそどこに打ち込んでも返されるとわかってしまう。

ただ、こちらから仕掛けないと勝てない。

 今までの経験から、左から全力で打てばカインは避けないで受け止めることが多かった。力で圧して隙を作れるかもしれない。

 アルベルトが思い切り左から剣を打ち込むと、読み通りカインは剣で受け止めた。

 しかし、まるで左から来ることが分かっていたように、すぐさま回り込んで攻撃してきた。カインは寸でのところで剣を止めた。


 カインはどちらが強いかなど既に自分にとって意味がないことは判っていたが、何となく勝負を受けてみたくなったのだ。

案の定、勝っても全く嬉しくなかった。


「…負けたよ。兄さんには勝てないか。」


「アルは教皇の近衛だろう。そのうち俺より強くなる。その力と体格を生かして教皇を護ってくれ。

 俺は、この隊に入れないくらいなら神殿の護衛騎士も辞めようと思っていたくらいだ。」


「えっ、どうして…?」


「どうしても、俺の手でセイラを守りたかった。」 

  

 セイラの護衛までアルベルトに取られたらさすがに嫉妬心を抑えられなかった。

 



 大聖堂の食堂でリュカ大神官を見送った後、カインは礼拝堂で祈り、自分を見つめ直した。


(俺が剣を持ち始めたのは、アルがまだ母さんのお腹にいた頃。母さんが、弟ができたら守ってあげてと言ったからだ。

木剣を父さんに作ってもらって、振り始めた。

 お腹の大きい母さんの代わりに、弱いモンスターを追い払ったこともあった。

 だが…そうか、もうアルを守る必要はないんだ。)


 カインが長年磨いた剣技を教え、後輩たちは成長している。

 ロマリア大聖堂の近衛兵は大変名誉な職だ。現在の部隊長以上の出世を望むべきだろうか?それよりも…


(俺は剣士として、まだ成長したい。精神的にも未熟だとわかった。

鍛錬のため、南のテーベ王国に行くのもいいかもしれない。)


 テーベ王国の兵士と剣術の大会で手合わせしたことがあるが、強い剣士が多かった。


 辞職の申し出をすると、人事を担当している神官が驚いて、体調不良で休暇を取っていたことも知っていたので、治癒師でも治せないような怪我をしたのかと尋ねた。

 自分の弱さを克服するため、修業の旅に出たいと言うと、呆気に取られてペンを取り落としていた。

 なぜなら、近衛兵団にカインより強いものなど居なかったのだから。

 その後、神官に引き留められた。


「カイン隊長のお気持ちもわかるんです。まだお若いですし、力試しをしたいというのも…

ただ、後悔しないためにもう少しゆっくり考えられては…?」


 話は教皇にも行き、サンタマリア・クレール神殿のリュカ大神官の進言によって、しばらくの間異動をすることになった。


「カイン、私はあなたの自由を妨げるつもりはありません。ただ、教皇も、近衛兵の皆も、あなたに大聖堂へ戻ってきてほしいと思っているんですよ。」


「ありがとうございます。皆にそう言ってもらえて、以前ご相談した時よりずっと心が軽くなったように思います。」


 自分が皆に認められていたことがよくわかり、カインの心の不安は去っていた。

 アルベルトへの嫉妬や対抗心はまだ残るものの、会わずに大聖堂から離れたことで心は落ち着いていた。

 リュカ大神官は笑顔でカインの肩に手を置いた。


「それにしても、あのカインが自分探しの旅に出たいと言うなんて、驚きましたよ。

あなたは努力家ですが真面目すぎるんです。

節度は忘れてはなりませんが、たまには常識から外れて、無茶をしてみてもいいと思います。」

 

 カインは、尊敬するリュカ大神官から意外な事を言われ、顔を赤くした。




 勝負に勝ったのはカインだが、結局アルベルトと汗を拭き清めながら話をしていた。


「兄さん、セイラさんと結婚すんの?」


「シスターだぞ。」


「巫女と違ってシスターは辞めたら結婚できるじゃない。あの兄さんがねぇ…」


 アルベルトはカインに心を寄せる娘たちを思い出した。

 一心不乱に剣の修業をするカインにたくさんの娘たちが見惚れていた。

 飲み物を用意したり、手紙や贈り物を持ち、声をかけるタイミングをうかがっているが、それには一切目もくれない。

 結局、真剣なカインに近寄れず、すごすごと引き下がる光景を毎日見ていた。


(教皇の近衛が兄さんじゃなくて僕だったのは見た目が()()()()からって気づいてないんだろうな…)


 過去、若い近衛兵と恋に落ちた巫女がいて問題になったことがあった。

 そして既にカインを巡って大聖堂に仕える女性たちの恋の鞘当てが起こっていたため、今のカインは教皇の近衛になることはできないだろう。


(教皇は兄さんを近衛にしたかったみたいだけど、騒動になることは目に見えてるよ。)

 

 教皇の近衛には若い女性の興味を惹かないような中年の騎士を揃えていたが、そろそろ後進育成と世代交代の必要があった。

 体裁もあるため、見た目がよく凛々しい騎士を教皇の近衛にしたいという思惑もあり、アルベルトが抜擢された。

カインだって結婚してもう少し年を取れば声がかかるだろう。


(僕って若い女性になぜか男として意識されないんだよね…)


アルベルトは溜息をついた。

 顔もいいし体も大きく男らしいはずなのに、気になった女性には都合のいい相談相手にされる。

 あと、幼い子どもが遊んでーとなついてきて、相手をしているとその子のお母さんになぜか食事に誘われることが多かった。


「兄さんがセイラさんを好きになったきっかけ教えてよ」


「駄目だ!もう寝るからな。」

 

 カインが欠伸をして横になったので、アルベルトも休むことにした。

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