[prelude]荒野の治癒師
東の大陸に着いて、耀子様はやることがあったので、ローザとノエルの姉弟とは別れることになった。
「ローザさん、ノエルさん、ありがとうございました。今まで大変お世話になりました。」
「いつも丁寧な言葉遣いね。それだけ強くて品があるなら、貴族の娘さんの専属護衛になれるわ。」
ローザは冗談めかして提案した。耀子様の行く末を心配していたのだ。だがそれは、身元がしっかりしていればの話だった。
「もし大聖堂から追手が来たら返り討ちにしてやりなよ!頑張ってね。」
「妹さんが良くなるように祈っているわ。」
ノエルも物騒なことを言いつつ耀子様を応援してくれた。
その後、耀子様は治癒師を訪ね歩いた。どの町にも一人は治癒師がいるが、一番力を持つ人でないと安心できない。
ローザたちと別れてから、街から街へ、モンスターから守る代わりに荷馬車に乗せてもらって旅をした。
そして、治癒師の情報網を辿って、ようやく国一番だという治癒師が見つかった。どんな傷も跡形もなく消し去るという。
東の荒れ地の粗末な小屋に、その治癒師は住んでいた。
「ごめんください。こちらに腕の良い治癒師がいると聞いてまいりました。」
100年以上生きているというその老婆は耀子様を見て嬉しそうに笑った。
「おやおや、巫女がこんなところに何の用かぇ?」
「どうして私が巫女だとわかるのですか?」
「ヒェヒェ、そうさねぇ、儂みたいに長く生きていると巫女の一人や二人は会っているからねぇ…」
「お願いします。妹が瀕死の傷を負って死にそうなんです。治していただけませんか?できれば傷一つ残さずに…」
「死にそうという割に、ずいぶん長く旅してるみたいだねぇ?」
「…旅の途中で事故の知らせを受けまして。」
「なら、そういうことにしとこうかね。それで、儂の助力を得るために巫女は何を対価にするんだい?」
この老婆は見た目も、話の内容も、まるで魔女みたいだった。
耀子様は訝しく思いながらも、今までの治癒師と違う、凄い力がありそうだと思った。
「私にできることなら何でもいいのですか?命を取るとは言いませんよね…」
「ヒヒ、命でもいいのだけどねぇ…それより、巫女の力を半分もらえんかね?」
「こんな力はいらないからあげます。だから、助けてください。」
「こんな力…なるほどねぇ。まあ仕方ない、助けてやろうかねぇ。」
老婆は、治癒の力をこめた石を出してきた。
「儂はあんまり遠くには行けないから、これで治してやりな」
「待ってください。本当に治せるかどうか確認させてもらえませんか?」
治癒師を神殿に連れていこうと思っていた耀子様は、そんな石ころで本当に治せるかどうか不安になった。
「それなら瀕死のモンスターを一匹生け捕りにしといで。効果を見せてやろう。」
燿子様は、外に出てサソリのモンスターを狩ってきた。毒のある尻尾を切り落とし、心臓以外をめった刺しにして、ついでに棒にくくりつけてたき火で焦げるまで全体的に炙っておいた。
それを棒にぶら下げたまま小屋へ戻ってきた。
サソリはピクピクとまだ動いている。
「ヒッヒ、なかなかやるねぇ…」
老婆は治癒の力を込めた石を、モンスターの心臓付近に当てると、たちまちモンスターの尻尾は元に戻り、めった刺しにした傷も跡形もなくなった。
傷が治ったモンスターが老婆を襲おうとしたので、燿子様は心臓を一突きして倒した。
「せっかく治したのに、一瞬の命だったねぇ…」
せっかく助けたのに嫌味を言われてしまった。
「ありがとうございます。妹を治したらまたこちらへお礼にまいります。」
「ああ、約束だよ。」
耀子様は荒れ地を後にし、ようやくサンタマリア・クレール神殿へ向かった。
そして、神託があったと嘘をつき、国一番の治癒師と名乗って滞在することに成功した。
神殿内が騒然としたとき、ついにこの時が来た!と思った。
待ちわびたその姿は、何度も未来視で視てはいたが、酷すぎる状態だった。
急いで治癒の石を震える手で握りしめて、星水晶の心臓に当てた。
するとたちまち皮膚が元通りになってゆく。
(すごい。苦労してあの老婆に頼んでよかったわ…)
星水晶の服は焼け焦げて、美しい裸体が人目に晒されてしまう。
これは想定外だった。神官や護衛兵が近くにいて、自分の顔をあまり見られたくなかったがやむを得ず自分のローブを被せた。
最初は星水晶が目覚めたらすぐ会いに行くつもりだったが、一週間たっても二週間たっても星水晶は目覚めない。未来視を使っても依然眠ったままだった。
(このままいばら姫のように、100年も眠ったままだったらどうしよう…。)
心配でずっと付いていたかったが、治癒は成功した以上、正体がばれる前に出ていかざるを得なかった。
その数か月後、眠っている時に、星水晶が目覚めるビジョンが見えた。久しぶりに見る元気な星水晶の姿はまるで別人のようだった。
夜に騎士と二人きりで良い雰囲気だった。そして、キスをする直前まで見て、叫んでベッドから起きた。その続きを視る勇気はなかった。
「いや!私の星水晶に手を出さないで!」
ベッドにうつ伏せて耀子様は泣いていた。
(星水晶は私に会いたいと思っていないかもしれない。
あの騎士と結婚して、こちらの世界で幸せに暮らすのかしら…?)
嫌なことばかり考えてしまう。
その時、暗闇から急に気配がして、後ろから声をかけられた。
「待ちきれなくてねぇ。約束のものを貰いに来たよ」
そう言って、耀子様は昏倒させられた。
(どうして…?)
未来視で分からなかったのは、おそらく直前に精神が乱れていたからだ。
老婆はその瞬間を狙ってきたようだった。
目が覚めたときには、囚われの身となっていた。




