思い出と希望 3
『なんで怒らないの?完全に八つ当たりよ、あれ。』
「美凪様なら、いつかそう聞くと思ってました。
…答えを用意していたわけではないのですが…今までも、こういうときはお姉さまの教えに従ってきたのです。」
お姉さまの膝に顔を乗せて、星水晶は悩みを打ち明けていた。
「そうね…どう言えばいいのか…
あのね、自分のやったことが返ってきたって思うと、自分を悪く言う人のことを、責める気持ちはなくなるわ。
あっ、私は悪口なんか言わない…って今思ったでしょ?」
お姉さまは、うふふといたずらっぽく笑う。笑うたび、長い黒髪がゆれるのがくすぐったかった。
「星水晶はそんなこと言わないって、私も知ってる。
でもね、今私に相談していることが、相手からしたら悪口のように聞こえることもあるのよ。」
(実際、お姉さまに憧れてた子の嫉妬、だったのよね…
みんなの憧れのお姉さまに、私はその子の言ったことで悩んでいると打ち明けた。
もしそれを何かで知ってあの子が嫌な気持ちになったら、結局はあの子も私も同じ…)
「人が生きる以上、これは避けられないこととして受け入れるの。
傷ついた心も、傷つける他人の言葉も、形は違うけど自分から出たものなのよ。」
他人の行いで傷ついたと思っても、それは自分の行いから生まれたもの。時間差はあるけど起点と終点は同じ…?
星水晶はお姉さまの言葉を受け取り、考え続けた。
「そうして、…いつしか、傷つき悲しむ気持ちは冷静になっていたのです。」
『今まで星水晶さんのこと、ただいい子って思ってましたけど、そういう考え方と知ると嫌いじゃないですわ。哲学的ですわね。」
『せやね、わざわざ仕返しする必要なんかない。神様はちゃんと見てはるってこと。』
『悪人が報いを受けない場合はどうなるんですの?』
『そんなん、死ぬまでずうっと見張ってるわけにいかへんやん?
それこそ、人の範疇を超えてるから、なおさら手を出す必要はないってことや。』
「一智佳様のおっしゃるとおりですわ。私も神様のなさることを信じています。
それで、嫌われても冷静に受け取れますの。心は痛いですが、彼女のことを怒ってはいませんわ。
それに、あの子は私と同じですから…。」
家族と離別する悲しみ。生きることへの拒絶と諦め。事故の記憶に悩まされる夜も、星水晶はよく理解できる。
彼女の怒りが八つ当たりだとしても、ポピーも、そして自分も責めないことで星水晶の心は穏やかになれた。
「二度と家族に会えないと思うと、今でも心が空っぽになります。
ポピーが事故を思い出すのなら、私が出ていった方がいいのかもしれません。ここは元々彼女の居場所ですから…」
『文子は、ここを出るなら止めませんわ。魔法使いでお金を稼ぎますわよ!』
『とりあえず生きていくためなら、それもいいかも…』
『どうしても合わない人間がいるなら、離れるのも手やけど。
星水晶がそうしたいなら、好きにしはったらええんちゃう。』
一智佳様だけはどことなく、賛成していない気がした。
その後、星水晶はパトリシアの部屋を訪れていた。
「シスター・パトリシア。少しいいですか?」
「何か用だった?」
「少し話したいことが…これを、今度バザーのクッキーに入れてみようと思うんです。」
星水晶は乾燥させたシナモンを持ってきていた。
「何これ、植物?甘い匂いがするね。」
「シナモンという木の皮から取れるスパイスなんです。」
「変わってるけど、なんだか落ち着く香り!いいと思う。食べられるの?」
パトリシアはくせになったのか、ずっと匂いをかいでいる。
「気に入ったわ、少し分けてもらってもいい?」
「もちろん、どうぞ。実はこの間、これを取りに行くのに、カイン様に案内してもらったんです。」
「そっか、さっきのこと、気にしてくれてたんだ。
っていうか私だけじゃないよ?イザベラも、ローズだってショック受けてたんだから。」
「カイン様は人気者ですわね。」
「当たり前よ!気にならない子なんていないでしょ。
他の護衛騎士ってかっこよくても皆妻子持ちだし。」
『星水晶ちゃんが恋バナを!?』
『文子はアルバス様の方が…』
『アルバスさん妻子持ちやんか』
(…昔よりこういう話についていけてる気がするわ。)
今までこういった話は苦手で避けていたが、恋がしたいという美凪様の影響で、以前ほどは嫌悪感がなくなっていた。
「まぁ、カイン様の方はセイラのこと気にしてるみたいだけど、こうしてシスターになったんだし、付き合う気なさそうなのはわかってるよ。」
「そうですね、そういう気持ちはありませんね…。」
星水晶が困ったように言うと、美凪様が突っ込みを入れた。
『そこはカインは私のものよって牽制しときなさいよ!』
美凪様はそう言うが、パティは、もし私がカイン様の恋人で色目使う女がいたら張っ倒すけどね。と言っていて、セイラは思わず身を震わせた。
(お姉さま、恋する乙女って、暴走するとみんなああなのでしょうか…?)




