君をもっと好きになった日〜きかざる者達after story〜
10月9日土曜日。
コスプレカフェの帰り道、私の家まで送ってくれるという三上くんの言葉に甘え私達は歩いていた。
1歩ずつ歩きながら色んな話をしていると同時に彼の事をもっとよく知れてなんだか嬉しくなった。
途中で彼は1歩前に出て「大変可愛かったですよ。アリサお姫様」と言った。最初はびっくりしたけどコスプレの余韻か夜の魔法かに当てられた私も
「貴方もとってもかっこよかったわ。まるで白馬の王子様。私だけの王子様になってくれないかしら?ねぇ?剛王子?」と返し私は彼の手の上に自分の手を重ねた。
「私はもう貴方だけですよ。お姫様」彼はそう言い放ち上下に重ね合った手が繋がれる様に持っていった。
お互い急に恥ずかしくなって顔が見れなくなった私達は手を繋いまま会話を始めた。
「私達好き同士ってことだよね?」「うん」「急でびっくりしちゃったね」「うん」
なんだか素っ気ない彼の返事に違和感を覚えると彼は私の顔を見て
「姫野アリサさん!好きです。僕と付き合ってください」と言った。
まっすぐな瞳が私を見つめる。
「よろしくお願いします」私が恥じらいながらこう返すと彼は「夢じゃないよね?」と聞いてきた。
「王子様お姫様みたいにおとぎ話が良かった?」私が少し意地悪な質問をすると
「ううん。現実で良かった」と彼は言い、嬉しそうな気の抜けた笑顔を私に見せた。
その顔がなんだかとても愛おしくて、私の胸の鼓動が早くなった様な気がした。
でもまだ付き合ったという実感は湧かなくて、それよりも感じるのは彼の手の冷たさだった。
「ずっと手繋いでいるのに手冷たいね」私が聞くと「僕寒がりなんだ。寒い時期は手が冷たくなるから苦手だよ」彼は返した。
「冷たい時はいつでも私があっためてあげるよ」なんて言ってみると「それは…すごい嬉しい」
言葉に間があった。彼は照れているようだった。付き合ってまだ10分も経っていないのに私は彼の魅力にどんどん惹かれていった。
しばらくして私の家の前に着いた。「送ってくれてありがとう。また学校でね」まだ一緒に居たいなという気持ちを殺して彼に言うと
「ねぇ、明日デートしない?」彼の思わぬ一言に私は「え?」と声が漏れた。
「僕もっと姫野さんと一緒に居たい。駄目かな?」
「私もそう思ってた」「僕達やっぱり一緒だね」「それ私のセリフ!」「これからもっと揃うかもね」「私のセリフは取らないでよね!」
笑いながら言い合った私達は、明日の予定を決めていく。
「何しよっか?」優しい彼の問いかけに「見たい映画があるんだけど一緒に見てくれる?」
「勿論!!」私からの提案が嬉しかったのか彼はすぐに賛同してくれた。
「じゃあ明日12時に駅前集合でいい?」「分かった。また明日ね」
彼を見送り、見えなくなるまで手を振っていたがあまりにも彼が後ろを振り返るもんだから「さっさと行ってくれないと私風邪ひいちゃって明日行けなくなっちゃうよ!」と笑いながら言った。
それは困ると言わんばかりに帰った彼を見て微笑みながら家に入った。
「ただいまー!」「あらアリサなんだか嬉しそうね」「えぇそんな事ないよ」
必死にはぐらかすが母には全てお見通しだったようだ。
声だけでよく分かるなと思いながら風呂に入り今日の事を思い出す。
彼の事を考えるだけで自分が湯船よりも熱い気がした。のぼせてしまいそうだった。
風呂から上がり自分の部屋に戻ると、そこには先客が居た。
飼っている猫のティアラだった。ティアラは私が小学生の頃から飼っている雌の猫だ。
ベッドに10通りくらいのコーデを並べ「ティアラ〜明日の服どうしよ〜」ティアラを抱きかかえ、話しかける。
今までにも様々な相談をしてきた。名前の事、学校の事、恋愛の事だって話してきたけど服のコーデの相談は初めてだった。
ティアラは私の腕から飛び降り、10通りある服のコーデの中の1つに乗っかった。
まるでこれがいいよと勧めてくれているようで、家族でもあり親友でもあるティアラの助言を私は聞くことにした。
ベッドの中に入り明日のことを考えると全く眠れなくて、その日はディズニーのオルゴールを聞いていつの間にか寝落ちしていた。
昨日の夜、美容院に行って三上くんを驚かしてやろうと思い9時にアラームをかけた。
朝起きて苺のパンを食べ、ティアラが勧めてくれた服を着て美容室に向かう。
10時に予約していた美容院に着き入ると、林さんといういつも担当してもらっている若い女の美容師さんが待っていた。
「よく来たねアリサちゃん。今日はどうする?いつも通り?」に対し「可愛くしてください!」と伝えると、いつもと返しが違う林さんは全てを察したような笑みを浮かべながら「OK!任せてよ!」と言った。
髪切っている時に「可愛くしてくださいなんて彼氏でも出来た?」と言われ、「実は…」と返すと「おめでとう!じゃあすっごく可愛くしないとね!」と言ってくれた。
私は林さんに一任した。
「はい、できたよ!彼氏君が可愛いって言わなかったらここに連れておいで!私が尋問してあげる!」
「ありがとうございました!頑張ってきます」と言って店を出た。
店を出てから、駅前に着いて時間を確認すると11時20分頃だった。
ちょっと早く着きすぎちゃったかなって思っていると昨日何度も聞いた声が後ろから聞こえた。「姫野さん?」振り返るとそこには髪を切った三上くんが居た。
「三上くんも髪切ったんだ」「うん。姫野さんを驚かそうと思って」「私も全く同じ理由で髪切ったの。早速また揃ったね」「そうだね。すごく可愛い。服も似合ってる」「三上くんもかっこいいよ」「じゃあ行こっか」「うん!」ティアラと林さんに感謝して私達は映画館に向かった。
映画館に向かう途中「お昼どうする?」と聞かれ「いちごのアイス食べたいな」「随分ピンポイントだね」なんてやり取りをした。具体的な事は映画見たあとに決めようという結論に至りその後すぐに映画館に着いた。
今日私が見たかったのは『霧の晴れた日には』という今人気の映画だ。
チケット、ドリンク、ポップコーンを買ってわくわくしながらシアタールームに入る。
ワクワクしている私を見るのが楽しかったのか心做しか三上くんも嬉しそうだった。
私は席を取った真ん中のGの7、三上くんはGの8に座り、上映を待った。
「楽しみだね」彼の言葉に「うん!」と私は大きく頷いた。
いつもの映画泥棒のCMが終わり、上映が始まった。
あらすじは病気で目が見えにくくなり、視界が常に霧がかかったように見える女の子志村香澄と主人公東峰晴太の話。
香澄は、成功だと治る、失敗だと失明の可能性もあるリスクの高い手術を受けるのずっとを拒んできたが、晴太と出会い、晴太から外の色々な話を聞いて手術を受けるのを覚悟する。
14時間の長い手術は成功で終わり、香澄の目にかかっていた霧は無事に晴れたという話だ。
劇中で香澄が手術を受ける直前、感情移入した彼はジュースを飲んで置いた私の手を握り出し、強く握りしめた。
手術中も隣から鼻のすする音がとても聞こえてきた。彼は私の手を離さない。
手術が成功した時にはハンカチを目元に当て泣いていた。まだ彼は私の手を握っている。
そして映画はエンディングを迎え、天井の明かりが着く。
私も感極まり、泣いていたが、彼ほどではなかった。
同じ時間で見ていた男の人の中で彼が1番泣いていたと思う。
「出よっか」「うん」「観て良かったね」「うん」
泣き疲れた子供の様に元気が無くなっている様子が窺えた。
でもそんな彼を愛おしく思えた。私は彼にどんどん惹かれている。
彼は涙を拭いて、私の手をほどき立ち上がる。
シアタールームから出ると、開口一番に「じゃあ行こうか」と言った。
きょとんとした私の顔を見て彼は笑って「いちごのアイス食べるんでしょ?」と優しい声で言った。
私の見たかった映画にハマってくれた事も嬉しかったけど何気ない朝の会話を覚えていてくれたことも嬉しかった。
「うん!」私は彼の腕に抱きついた。
フードコートにつくと、かなり混んでいた様子だった。
空いている席を探していると彼は1つだけ空いている机を見つけたようで、「荷物置いてきたから大丈夫だと思う。僕が2つ買ってくるから姫野さんは座ってて」と合流して言われた。
スムーズな彼の立ち振る舞いに私はまた鼓動が早くなった。
彼は、私にいちごのアイス、自分用にバニラアイスを買って「お待たせ」と言いながら椅子に座った。「ありがとう」食べたかったいちごのアイスを堪能しながら私達は映画の感想会で盛り上がった。
「映画ハマってくれた嬉しかった」「凄く良かったから」「三上くんずっと泣いていたね」「それは言わないで」「そんな三上くんも好きだよ?」少し間が空いて
「それは不意打ちだよ」赤くなった顔を手で隠しながら彼は言った。
一通り盛り上がった後、この後の予定について話し合った。
「この後どうする?」私の顔を覗き込む形で彼が言う。「服屋さん見たいかも」少し悩んだ後に私は答えた。
「付き合うよ」彼が笑顔で言う。「選んでもらおうかな」私の一言に彼は驚いていた。
「それは…まぁまぁアイスも食べたし行こうか」彼は話をはぐらかし私の手を取った。
エスカレーターに運ばれながら、私は閃いたように彼に言う。「私が三上くんに、三上くんが私に、何か買ってくるっていうのはどう?」
さっきの一言はさしずめ冗談だと思っていたのか彼はすごく驚いていた。
断られるのも覚悟していたが彼から出た言葉は「分かった。選んでみるよ」の一言だった。
「買ったらあそこのソファで座ってて!」エスカレーターに乗っている時に服屋の前にソファを見つけ指を指した。
エスカレーターから降りて服屋の前で解散し、私は三上くんに服を選ぶ。
三上くんが私に何をくれるのか期待しながら、店を歩く。ニットやスウェット等自分が欲しいと思う服も沢山あったが、今は自分の物では無いと雑念を無くしお目当ての服を探す。
私は寒がりな彼に暖かそうな服を買ってあげようと決めていた。
探している内にとても暖かそうな水色のパーカーを見つけこれに決めた。パーカーを手に取りレジに向かう。レジに向かう途中、とても悩んでいる三上くんを見かけた。
私のために一生懸命探してくれている事が嬉しかった。お会計を済まし先にソファで待っていると彼が店から出てきた。
「待たせてごめん!」申し訳なさそうに彼が言う。「大丈夫だよ!一生懸命選んでくれてありがとう!」私が言った。
私の発言に胸を撫で下ろした彼は「どっちから渡す?」と聞いてきた。
「じゃあ私から。私からはこれです」渡す前までは何ともなかったのに、いざ渡すとなると緊張が襲いかかってきて語尾が変になってしまった。
私は紙袋を彼に渡す。「見ていい?」緊張して彼の顔が見れなくなっていた私は彼の優しい声に頷く事しか出来なかった。
「えっ。パーカーだ!嬉しい!」彼が褒めてくれて私は安堵しやっと彼の顔を見れた。彼がとても嬉しそうで選んで良かったという気持ちになった。
「三上くん寒がりだから暖かそうなのを買ったんだ」「そっか…ありがとう。じゃあ次は僕のだね」彼は深呼吸して言う。
「女の子にプレゼントとか全然分からないけど姫野さんに似合いそうなのを買ったつもりです」
彼から貰った紙袋を見ると少しピンクのかかっているニットが入っていた。
それは私が彼のパーカーを探している時に、欲しいと思ったニットだったのだ。
あまりにも私の欲しい物と一致していて私は言葉が出なかった。
何も喋らない私に彼は「ごめん。気に食わなかった?」と聞いてくる。
「パーカー探している時に欲しいと思ったニットだったからびっくりしちゃって」
彼は「良かったー」と安堵していた。
「三上くんが寒がりっていう事を昨日聞いたから私は買えたけど、これ欲しいってよくわかったね。」
「色々悩んだけど昨日のお姫様の衣装で赤とかピンクとか似合うなって思って。姫野さんにどれを1番着て欲しいかなって考えたらこれだったんだ」
彼の一言に嬉しい気持ちと恥ずかし気持ちが私の中で飛び交っていた。
店の窓から入るオレンジの光を見て「もうこんな時間だし、じゃあ帰ろっか」
彼の一言に「うん。だけどその前にもう1箇所だけ行きたいんだけど駄目?すぐ終わるから」と答えた。「どこ行くの?」「まぁまぁ。ついてからのお楽しみ」
彼の一言をはぐらかした私は彼の手を取り、その場所に向かう。
「はい!着いたよ!」「ここは…ゲームセンター?」「うん!プリクラ撮ろ?」
「すぐ終わるの意味が分かったよ。なるほどね」
お金を200円ずつ入れ、プリクラ機の中に入る。
私は友達orカップルでカップルを選択し、私は「プリクラ機の指示には絶対従うからね!」と言うと、なんの事か分かっていない彼は「う、うん。」と答えた。
そんな会話で始まった私達のプリクラはピースや指ハート、背中合わせ等順々にプリクラ機の指定に従いながらポーズを取り続ける。
最後のポーズの指定はバックハグだった。「えっ。バックハグ…やるの?」「最初に許可は取ったもん」
読みが当たり、先手を打った私は、彼からのハグを待つ。「ほら早く」「分かったよ」
「私今日とても楽しかった。ありがとう」<3>
「僕もすごく楽しかったよ。またデートしようね」<2>
「次はどこ行く?僕は姫野さんとならどこでもいいけど」<1>
「じゃあ三上くんの部屋に行こうかな」「え」<0>
写真を撮り終え、私達は書き込みを始めた。慣れてなくてしどろもどろな三上くんを笑いながら進める。
私は、驚いて目を丸くしている彼と少し得意げな私の笑顔のバックハグの写真に「2021、10/8、君をもっと好きになった日」と書き込んだ。