第二話:オタク三人衆②邂逅
二話分で少し長いです。
〜前回のあらすじ〜
異世界転移しちゃったみたい。
「いやぁ〜月が綺麗でござるね」
「出会った頃からずっと綺麗だぶぅ」
「男二人何も起こらない訳もなく、ゴザルとブゥは一つになったとさ。おしまい」
「普通に気持ち悪いでござる!」
ワオーーーーンと狼のような鳴き声がする。空には竜やプテラノドンのような生き物が飛んでいる。遠くの方を眺めると、空に届くような巨大な木が……ジャ○クと豆の木に出て来るようなやつだ。
アニメでみたことがある景色に似ているからだろうか、どこか懐かしくも感じる。
ほっぺたをつまむ……なんてことはしていない。風の香り、草の手触り——知覚する限り全てがリアルだったのだ。
そこまでパニックにはなっていなかった。現実離れしていたこともあるだろうし、何よりこの二人がいたことが大きい。
「本当に異世界転移してしまったでござるね!」
「ハーレムの始まりだぶひぃぃ!!!」
こいつらを見ていると、慌てるのがバカらしくなる。
「まてまて、まずは現状を把握する必要があるだろ」
「異世界といえば、ステータス! スキル! 魔法でござる! 我がチート性能に驚くがいぃい! ステータスオープンでござる!」
元気よく叫んだメガネだったが、どうやら何も起こらなかったらしい。しょぼくれた顔になった。
それからそれっぽいのを色々叫んだが何も起こらなかった。
「そ、そんなぁ〜でござるよ……それにしても校長室からいきなりとは……何か前触れが欲しかったでこざるよ」
お? こいつあの魔法陣を見ていないのか? というか俺は魔法陣を踏んだりしたわけではない。
何か頭にぶつかったきもしたが……まぁ考えても分からないことはしょうがない。
「七不思議は一応本当だったということか? それにしても説明無しはキツいよな。テンプレだったら女神みたいなやつから説明とかあるのに」
「あー女神〜、女神を一緒に異世界連れてきたいぶぅ」
今いる場所は、見渡す限り草原が広がっていて、遠くの方に巨大な壁がみえる。壁の奥にチラホラと建物が見え、中心あたりには城のようなものが…… 。
時折り生き物の鳴き声は聞こえるが、今のところ草原に俺ら以外の姿は見えない。
「とりあえずあの壁目指して歩くか」
特に異論はなく歩き始める。ラノベの知識で異世界といえばを話しながら、落ちている石や木の棒を武器がわりに拾っておいた。
◇
「あぁ〜エルフとかいるでかぶぅ〜? 異世界のもの早く食べたいぶぅ〜」
どこから取り出したのか、ポテトチップを貪りながらブゥが言う。
「拙者は、魔法が使えるようになりたいでござるよ! そしていぎやぁぁぁぁぁああ!!!!!」
突如叫び出すゴザル。うるせ〜なと思いながら振り返る。
俺の瞳に映ったのは、右腕を抑えて蹲るゴザル姿。俺の意識はその右腕の先端に向いていた。そこには無かったのだ。
あるはずの右手が無くなっており、断面からは水道を捻ったかのように血が流れている。
一瞬呆気にとられて止まった脳が、高速で思考を始める。
何だ?! 何が起きた?
背中に焼けるような痛みを覚え、思考が中断される。
「ガア゛ッ……ハァ……ハァ……」
後ろを振り返ると、一匹の狼が低い姿勢でこちらを狙っていた。
咄嗟に拾っていた石を投げる! が、サッとかわしながら狼は走って飛びかかってきた。
俺の上にのしかかり、前足で抑えつけながら今にも噛み付かんとする。
「うらぁっ!!」
俺は持っていた木の棒を、狼の喉目掛けて差し込んだ。なんとも言えない感触が手に伝わる。狼の爪が体に食い込むのを、俺は歯を食いしばって耐え、力を弱めることなく必死に押し込み続けた。
目と鼻の先で狼が唾液を撒き散らしながら暴れる──
気がつくと狼は動かなくなっていた…… 。
「ハァ、ハァ.......」
心臓がバクバクしている。
息を整えながら周りを見ると、ブゥが一匹の狼の頭を鷲掴みにして持ち上げながら三匹の狼と対峙していた。その周りには二匹ほど横たわった狼がいる。
そしてゴザルはというと……いやゴザルだったものを二匹の狼が喰い散らかしていた——
「何してんだあ゛ーー‼︎」
俺は全速力で走り、その勢いのまま木の棒で狼の頭を叩きつけた!
すかさずもう一匹が俺めがけて飛びかかる——俺はくれてやると言わんばかりに左肘を狼の口に突っ込んだ。そして木の棒を離すと右手を思いっきり狼の目に突っ込み引っこ抜いた。
クゥゥゥゥーン
これはたまらんとばかりに狼はヨロヨロと後ずさった。
二匹の狼が低い姿勢で唸りながら隙をうかがっている。俺も負けじと必死に睨む…… 。
そうしてしばらく俺と二匹は睨み合っていたが、そこにブゥもやってきたところで、狼たちはどこかへと走り去っていった——。
夜の静寂が訪れる。遅れて痛みがやってきたが、すぐにハッとなってゴザルのところに駆け寄り頭を抱え込み叫ぶ。
「おいゴザル! しっかりしろ!」
スキュー、スキュー……
弱々しい呼吸音が悲しく鳴り響く。
「—— 」
ん? そのとき確かにゴザルが何かを言った。俺は慌てて耳をゴザルの口元に近づける。
「ゴザル! 何だ! もう一度言ってくれ!」
一言足りたとも聞き漏らさない。俺はその思いで、必死に親友の最後の言葉に耳を傾けた。
「…………おっぱいとおっぱいに挟まれたいで——痛いでござる!」
反射的に叩いてしまった。
「ふざけてる場合じゃねーだろ、大丈夫なのかよお前」
「新田氏〜落ち着くでござるよ。よく拙者の体を見てみるでござる」
ゴザルの体を見ると、服はボロボロで血だらけになっているものも、体は一切傷がついていなかった。
「これは超再生能力に違いないでござる! スキルきたぁぁぁあでござる!」
どうやら怪我が治るのはゴザルだけのようで、俺もブゥも傷は一向に治る気配はない。それを知ったゴザルが調子に乗り出す。
「いやぁ〜やっぱり選ばれちゃうでござるかぁ。うんうん。サクッと魔王でも倒して勇者になってきますか。
おや、そこの冴えない顔の凡人お二人さん? 心配しなくても荷物持ちとして連れてってあげるでごさるよ!」
芝居がかった口調で話しかけてくる。
「とりあえず勇者様の能力をもっと把握する為にも、一度首を切り落としてみるか。どれ少しは静かになるかなブゥ抑えとけ」
「わかったぶぅ」
「いや冗談でござるよ! 痛みはしっかりあったんでござるからね! 何より死んで生き返るかは分からないでござる!」
ブゥにガッチリ抑えられ慌て出すゴザル。
「打撃にも強いか確かめなかきゃなぁ」
そう言い木の棒で素振りを始める。やめるでござる〜やめるでござる〜と必死にブゥの腕の中でもがくゴザル。
それから色々試したところ、傷を負うと傷が治るというわけではなかった。
おそらく狼に喰われて一度死に、その後元の体に戻ったと予測を立てた。
かと言って本当に殺してみることはできない。実に残念だ。
狼たちの死体だが、持って歩くこともできないので放置していた。
お馴染みの天の声みたいな音は特に聞こえてこず、レベルアップのようなものがあったのかは分からない。
それにしても狼達が近づくのに全く気づかなかった。俺たちは辺りを警戒しながら壁目指して歩くのだった。
◇
「お腹すいたぶぅ〜、喉渇いたぶぅ〜」
先程よりも辺りを警戒して俺は歩いていた。
そんな俺とは反対に能天気そうなブゥの声。その手にはアイスが握られていた。
「!? ってアイス! どっから出てきた!」
「えー、アイスの形をイメージしたら……ほら出てくるぶぅ」
何も持っていなかったブゥの右手にアイスが出てくる。
「拙者が読んだラノベの、地球から通販のようにアイテムを頼める能力に似てるでござるな! これで食べ物の心配はしなくていいでござるね!」
「それがこれを使うと余計にお腹がすくぶぅ。けど何か口にしとかないと落ち着かないから困っているぶぅ。今はもう出せそうにないぶぅ」
どうやらそこまで便利というわけでもないようだ。何かしらコストが必要なのだろう。
お腹が空くということはブゥが食べた物が関係してくるのかな?
「あそこを見るぶぅ! 池があるぶぅ!」
ブゥが指差す方向には、学校のプールぐらいの大きさの池があった。池の周りには草一本も生えていない。その水の色は紫だったのだ。
「どう見ても毒でござる! 飲めないでござるよ!」
ゴザルの意見には賛成だし、そもそも池の水を飲むのに抵抗がある。
「どうせこのままじゃ死ぬぶぅ!」
そう言うとブゥは、俺とゴザルが必死に止めるのを押し切ろうとする。こっちが必死になるほど相撲と勘違いしたのかニヤニヤしながら反撃してきて、ついには押し切られた。
「ゴクゴクゴクゴク……プフゥー生き返るぶぅ!」
ポンプのように水を飲み出すブゥ。なんて美味そうに飲みやがるんだ。
「どうやら異世界の水は紫色だったようでござるね、拙者も喉が渇いていたでござるよ」
そう言うとゴザルも水を手ですくい飲んだ。
「あ〜この口の中が溶けるような感覚がたまらんでござる〜だんだん感覚がなくなぁあ゛……」
ゴザルの体がビクン! と震えたかと思うとその場に崩れ落ちた。
しばらくしてゴザルは目を開けた。
「いや拙者確実に死んだでござる! 狼のときは分からなかったけど同じ感覚があったでござる! あれが死ぬってことでござるね……二度と勘弁でござるよ……」
どうやらゴザルが死んだら生き返るというのは間違いないらしいな。何でブゥは大丈夫なんだ?
気づくと既に池の水は空になりそう……いや待て待てこれは毒とかそう言うレベルじゃねーぞ。
「おいブゥ! そんなに飲んで大丈夫なのかよ」
ブヒッ、ブヒッ、ブヒッ、ブヒッ
とうとう全て飲んでしまったブゥ。体が膨れ上がっている。明らかに異常だ。何かのスキルだろうか……ブゥだから大丈夫なのかで片付けられそうな気がするのが怖い。
ブゥとゴザルのスキルに関して考察を話し合っていると……
ガチャ……ギィギィギーーー
音の方を見ると、池の真ん中に宝箱のようなものがあり、蓋が開いていた。
「ミミックかもしれん、ゴザルみてこい」
「全く人使いが荒いでござるなぁ」
文句を言いつつも興味があったのだろう、ゴザルは宝箱のもとへスタスタ歩いて行った。
「拙者が最強になる為のアイテムが入ってるに違いないでござる。どれどれ〜……うーん魔導書でござるかね」
宝箱には一冊の古びた本が入っていたようだ。ゴザルが本を宝箱から取り出す。
——目の前が真っ白になった。
直後巨木が真っ二つに引き裂かれるような音がして落雷が轟いた。鼓膜が破れそうだ…… 。
池がちょうど埋まってしまうよな大きさの雷が落ちてきたのだ。
視界が元に戻ると池だった場所は黒焦げになっていた。池の中心には宝箱とメガネだけが落ちていた…… 。