メガネチャンダイオー、出る寸前編
……なんて考えていた私が甘かった。雷鳴5回か6回っていうと、地球の感覚でいうと翌日か翌々日くらい。そんな素早く数千の戦力を揃えてショッピングセンターを包囲されるなんて夢にも思わなかった。
のは、私だけらしい。
「ああ……これはもう仕方がないよね? もうどうしようもないよね? 全力で迎え撃っても仕方がない状況だよね? むしろ先制的自衛権の行使もあり? ありだよね? 相手の火点をつぶさないとキリがないし……」
メガネちゃんが相変わらず怖い。何がどう仕方がないのかはよくわからないけど、全力で抵抗すべき状況であることには同意する。
「ま、ひとまずは前回と同じ対応かな。前回くらいの対応なら勝てるって判断の上での戦力投入だとは思うけど、現場の報告を軽く見るなんてよくある話だから、もう一回だけ威嚇射撃だけにしとこう」
あ、はい。
ちなみに今回はエントランス前にドラちゃんたちを配置しつつ、私たちはショッピングセンターの屋上に陣取っている。メガネちゃん曰く、前線にいても別に大丈夫だとは思うけれど、流れ矢などを警戒して念のためこの位置取りにしたそうだ。
メガネちゃんは意外と短気だったのか、単騎で使者に来ようとした騎士の前面を、口上も待たずにロケット砲で吹き飛ばした。圧倒的既視感。しかし、前回と違うのは、使者の馬も軍勢の馬も棹立ちになるどころか身じろぎもしなかった点である。
「ガハハハハハ! その程度の魔術は正規軍にしてみれば慣れっこよ! 我が精強なる万物を突き破る槍の穂先団は正統なる第二中央帝国直臣、東部瘴気領域伯リッシュバイゲン様軍においては所詮露払い程度のもの。伯軍の真の力を思い知るがいいぞ!!」
前回逃げ帰った騎士団のリーダー的な人が何やら偉そうにふんぞり返っている。自分が率いる軍隊をディスってるように思えるんだがいいのだろうか。案の定、リーダー的な人の後ろで「クソ隊長が……」「あいつ戦死しろよ……」「あいつの奥さんヤリマンだぜ」「あ、娘の本当の親父たぶんおれだわwww」みたいな声が聞こえてくる。ちょっと不憫に思う。
「やはり、威嚇しかしてきませんな」
「本格的な戦闘に耐えられるほどの魔素がないのであろうよ。相手がたかだか二人であることはわかっている。強力な魔術師ではあるだろうが、少々の被害で押しつぶせるだろう」
これは相手側の本営で交わされている総大将と参謀っぽい人の会話だ。不可視化した飛行型
ミニドラちゃんを偵察に飛ばしているので、相手方の情報はすべて筒抜けである。魔素とか魔術とか、ファンタジーっぽい単語が漏れ聞こえてくるけれど、こっちは火薬と鉛玉がメイン兵器なんだよなあ……。
メガネちゃんから渡されたアサルトライフルを抱きしめつつ、私はメガネちゃんの隣で縮こまっている。メガネちゃんは「ファッキュー……ぶち殺すぞ……てめぇら……異世界はお前たちのママじゃない……」とかよくわかんないけど物騒なことをつぶやいている。私がすべきムーブはなんだ?
私が私の身の振り方について考えていると、「神人騙りの魔物モドキなど恐れることはない! 突撃! 突撃! 突撃ぃぃぃいいいい!!」という叫びと共にショッピングセンターを囲んだ数千の軍隊が一斉に押し寄せてきた。屋上から見てるからいいけど、目の前で見てたらションベンちびってたと思う。超怖い。
「仕方ないにゃあ……」とつぶやいて反撃を開始したのがメガネちゃんだ。屋上の縁に据え付けたガトリング銃を撃って撃って撃ちまくる。銃口の向かった先の騎士たちが次々と落馬していく。「死なないねえ……ゴムだから!」とか言いながらゴム弾を連射しているのだけれど、勢いよく落馬したら打ちどころ次第でやっぱり死ぬんじゃないだろうか。
一人で3桁近いモブ騎士を落馬させる大戦果を遂げたメガネちゃんであったが、やはり多勢に無勢、残りの数千の騎士たちにショッピングセンターに取り付かれてしまい、もう屋上からでは射線が通らない。どうしよう、これ絶体絶命?
「仕方ないにゃあ……。コックピットに移るよ!」
メガネちゃんはそう叫ぶと駆け出した。よくわからないけど私も慌ててついて行く。「仕方ないにゃあ」って気に入ってるんだろうか? 階段を駆け下り、通路を走り、たどり着いたのは……漫画喫茶?
「二人用ブース! 艦長モードでお願い!」
漫画喫茶の受付をしているドラちゃんに口早に告げると、メガネちゃんはA8のブースに走った。引き続きよくわからないけど私も慌ててついていく。Aのブースってなんだったっけ? たしか真っ平らなクッションが敷いてある仮眠にも使える2畳くらいのブースだったような。
A8ブースの扉を跳ね明け、メガネちゃんはデスクトップPCのモニタ前にあぐらをかいて陣取った。そんなはしたない。物理的に狭いって理由もあるけれど、私は思わず女の子らしい横座りでメガネちゃんの隣に腰を下ろした。
「ショッピングセンター地上戦艦モード……起動っっっ!!!」
メガネちゃんがキーボードをはちゃめちゃに叩いた後にこう叫ぶと、全身がじんわりと地面に押し付けられる感覚がした。エレベーターで上階に昇るときのような感覚だ。あの独特な感覚にふわふわしていると、気がつけば周囲は無数のモニターに囲まれた無駄に広い空間になっていた。広さでいうと20畳は越えてると思う。
「司令……おつかれさまです。いよいよこの日が来てしまいましたね……」
トレーにしゃれおつなカフェで出てきそうなカップを二つ載せた銀髪で長身のスレンダー美女がすっと歩み寄ってくる。漫画喫茶の平らなマットに座っていたはずなのに、私もメガネちゃんもエルゴなんちゃらが完璧に計算されたようないかつい椅子に座っていた。
「そうね……こんな日は望んでなかったのだけれど」
メガネちゃんがなんかノリノリで応じてるけど、なにこれ? なにこれ?
「でも、まだこの世界は滅ぶには能わない。ギリギリまで……限界までがんばってみるわ」
「わかりました。司令。どうかご武運を……」
メガネちゃんがノリノリで続けてるけどちょっと説明、説明オナシャス!
「あ、なんかね。ピンチになったらショッピングセンターを宇宙戦艦みたいなかんじにしようかなって。世界の滅びとかなんとかはフレーバーだから心配しないで」
いつの間にか視界の全面を覆い尽くしているモニターには、宙に飛び立つショッピングセンターと、それを呆然と見上げるなんとか騎士団たちと、梯子やらなんやらをかけてたのにふるい落とされるなんとか騎士団たちが映し出されている。ちょっと、この高さから落ちたらさすがに助からないんじゃ……。
「あ、一応飛び立つときには重力軽減フィールドを展開してるから、落ちてもそんなひどいことにはならないと思うよ」
私が心配していると、メガネちゃんがフォローをしてくれた。さすがメガネちゃん、私が心配するようなことはすべて想定済みだ。
それにしても、ショッピングセンターが宙を飛ぶとはそれこそ発想がぶっ飛んでいる。メガネちゃんは私の想像なんて軽く飛び越えていく存在だ。きっとこういう面倒が起きるのを想定して、いつでもどこへでも逃げられるようにチートをもらっていたんだろう。さすがメガネちゃん、さすメガ。
「あ、逃げないよ。攻める」
はい?
「あっちこっち逃げ回れないこともないけど……忙しいのやだし。一回脅しつければおとなしくなると思うんだ」
はい?
私の理解を置いてけぼりにして上空に浮かんだショッピングセンターは一番低い太陽に向かって進路を取り、すさまじいスピードで爆進していった。円形の雲がいくつもできて、円錐状の軌跡を描いていく。これってなんだっけ? ソニックブーム? 音速超えてる??
座席に押し付けられる感覚を味わうこと数十秒、真下に見えてきたのは地球の感覚でも「大都市」と言って差し支えのない街だった。中央には教会みたいな建物があって、北側には大きなお城があって……あの、これってひょっとしなくても王都ってやつじゃ?
「そうだね、王都だね」
メガネちゃんがめったにしないキリッとした笑顔を向けてくれた。プロテインを常食する筋肉芸人みたいな笑顔だ。
「それでね、こうするの。……変形!!」