3-37 クロノ・アリスティアの付いていた嘘
どれくらいの人々がその世界を願い、望んだのだろうな……
在りもしない物を求め続け、画面の中の世界に恋い焦がれて。
そうやって求め続けて、本当の幸せは画面の中にしかない事を悟ってしまった。
増え続ける公害、尽きてゆく資源、宇宙に救いを求めるのも現実的に難しくて。
仮想現実の実現こそが、人類にとって最後の究極的な救いだった。
世界中の人々が、各国が、最初で最後の一丸となって、その究極的なシステムの実現に挑んでいっていた。
“フルダイブ型仮想MMORPG世界”という可能性の実現に向けて……
それは技術的にとても難しく、世界中が一丸となってようやく実現に漕ぎ付けたような代物。
実現できただけでも奇跡と言えるような未来的な技術の域。
バグは有り、不具合は多発し、それでも辛うじて、実現出来ただけで、それは精一杯だった。
だけど、人々は知らなかった。
“フルダイブ型”などという脳に直結するような技術を用いた結末を。
人の意識とは何か、という答えを電気信号でしか表せなかった失敗を。
“魂”という存在の在り方を……
人は物を見て、経験を経て、意識を強く高めてゆく。
『強い意識』という概念を、電気信号でしか再現出来なかった時点で、それはきっと失敗していたのだ。
その強さ、意識の高まりは、何処から来るのか──その答えの、“魂”という存在の認識に行き着いていれば、あるいは……
世界中が精一杯に協力して、ようやく、辛うじて実現に成功させた“フルダイブ型仮想現実世界”は、綻びと欠陥に満ちていた。
魂の剥離した人間の続出、意識を消失した人間の多さ、それでも画面の中にしか救いは無くて。
ゲームに精通し、システムを理解していたその時のゲーマー、その赤い髪のプレイヤーは、その危険な仮想現実世界の結末に誰よりもいち早く気付いていた。
事の大きさを、誰よりも一人だけ早く気付いて知っていた。
周りの人間は倒れてゆき、親しかった友達、同級生たちがどんどんと意識を失ってゆく。
だけど世間はまだこのゲームの危険性に気付いていなくて。
まるで楽観視をしていて、残酷な未来の結果の予測に行き着いていない。
いずれは世界の破滅を奏でるその序曲の音色に、誰一人も気付いていない。
手遅れになる前に、手を打つ必要があった。
世界中の人々が望んだ世界。
精一杯を持ってして実現させたゲーム。
そう、私たちはずっと画面の中に行きたいと想い続けていて……
バグの溢れる中を進み、システムの隙間を掻い潜り、そのプレイヤーは突き進んでゆく。
システムの根幹、“マザーシステム”に辿り着いたその赤い髪のプレイヤーは、そこで真実の光景を視ていた。
“魂”とは、人間の持つ強い意志によって形作られるのだと。
それを失う事は、人の経験、想い、心の強さ、それらを失う事と同義なのだと。
在りもしない物を願い続けて、想像の世界に救いを求めて。
そうだね、いつしか私たちは、もはや二次元の中こそが本当の居場所だったんだ。
それを実現させた、世界中が協力した究極の最後のゲーム……
私は、それを壊したんだ。
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「お前は…… 一つ、嘘を付いていないか?」
クロスさんが私の顔を見ながら、話に割り込んでくる。
毒霧の漂うエリアが、遠くから見え始めた辺り。
森の木々が生い茂る中を戦い続け、進み行く最中で。
「お前のその容姿…… その姿は可憐で美しい。だけど、何よりも惹き付けられるのは、その“瞳”じゃないのか?」
クロスさんが私を見ながら、話を続けてゆく。
「持って生まれた容姿、恵まれた血、それらで確かに肌や姿などは美しくなるのかもしれない。だけど、“瞳”はどうだ? それは血筋や生まれなど関係なく、本人の強い意志によってのみ造成、形成されるものではないのか?」
このメンバー相手に、一体どこまで話が通じるのか……
そんな事を考えながら言葉を選んでいたというのに、まさかそんな所に突け入れられてしまうとは。
私は確かに、それを、それっぽく上辺だけで取り繕っていた。
「クロノ・アリスティア…… お前は、その容姿を世界の意志による補正の結果だと言ったな? だが、仮にその補正とやらが解けて、本来の姿が戻った時に、お前はその意志の宿った力強い瞳を止めるとでもいうのか?」
クロスさんは私の眼、その瞳を見ながら問いてくる。
「止めはしないだろう。お前を印象付けている、最も大きな魅力であるその瞳は何も変わらずに、いや、むしろ──お前は、魔法が解けた時には。もしかしたら、本来の姿は、今以上に……」
……今日のクロスさんは、中々に鋭いね。いつもは少し抜け目があるような気もするのに。
もしかしたらこの人の師匠の、先代勇者とやらの偏った入れ知恵が働いているのかもしれないな。
なんかあの人も噂で聞く限りだと私の同郷っぽいんだよね。
「アリスちゃんは案外、嘘付きよね。自分がモテる理由を世界のせいにしてみたり、自分の容姿が優れてるのを世界のせいにしてみたり。自分の事になると、本当に誤魔化してくるんだからっ!」
ああ、ルナさんにも、なんだかんだとさっき論破されて否定されてしまってたような気が。
私はそういうの、気恥ずかしいから誤魔化せる分があれば誤魔化したい性分なんだけどな。
それに、そういう要素があるのだって別に決して嘘ってわけでもないんだけどなぁ。
「素直にアリスティアさんが、アリスティアさんだからこそ好かれるんだって事を認めたらどうです? そんな、いちいち世界のせいにして逃げなくても良いでしょうに……」
ミネアさんにもやれやれ、と溜め息と共に追撃のように言われてしまった。
なんだ、この私を取り囲むような言葉の包囲網は?
私にこんな気恥ずかしい思いさせて、どうしろっていうのか?
もう、みんなやめてよ……
そういえばメルちゃんにも、あの時に言われてたっけ。
『私は、お姉ちゃんが何者であっても構わないっ!』と。
あの言葉を、あのメルちゃんの気持ちを、世界の補正のせいにしてしまうのは。やっぱり、メルちゃんに対して失礼だよね……




