3-12 そのAランク冒険者の狐疑逡巡
……師匠! 師匠は何故そんなに強いんですか?
──君は、私が強いように思えるかい?
……当たり前です! 4桁のダメージ量なんて、初めて見ましたよ!
──ああ、私は元々強かったのを、更に強くしてもらったからね。だから余計に強いんだよ。
……おおっ! つまり、師匠は無敵って事ですねっ!
──でもね、ただそれだけなんだよ。私の強さなんて、とてもくだらない強さだ。
……どういう意味ですか? 師匠ほど強い人なんて、世の中には絶対にいませんよっ!
──いいかい、よく覚えておくんだ。
──本当の強者っていうのは、弱い身なりでありながらも、それでも臆することなく強敵に挑み、そしてそれに打ち勝ってしまう者の事だよ。
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師匠は、強かった。理不尽とも言える圧倒的な力を持っていた。
だけどそんな師匠が言う、「私は弱いから、力に頼らざるを得なかった」という言葉の意味。
それが私には未だに分からないままでいる。
師匠は世界を救ってきた、その力で人々を確かに救ってきた。
だけど師匠は自分を敗北者だと言い、どこかで後悔していた。
その強さも、その行いも、これ以上なく立派に思えるのに。
──本当の強者なら、弱いままでも強敵に打ち勝ててしまう……
それは師匠の戯れ言だとずっと思っていた。そんな人間、いるわけがない、と。
師匠が抱く、在りもしない偶像を語っているだけなんだと。
そんな現象、起こるわけがないし、あやふやで全く想像も付かない。
「私は弱いから、力に頼った。
力に頼って、力で敵を倒す、そんなくだらない事しか出来なかった。
私は選択をミスった、敗北者だ。
本当に強ければ、力に頼らなくても強敵に打ち勝てる。
そして、この世界を本当の意味で救えるのは、それが出来る人間だけだ」
……師匠が言う、「本当の強者」。
そして本当の意味で世界を救うという言葉。
私はそれを確かめるために旅をしてきた。
師匠は半ば、そういう人間がいる事を確信していて、それが現れるのを待っていたようにも思える。
師匠は謎の多い人物であり、その眼で一体今まで何を見てきたのかは窺い知ることが出来ない。
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「なーに黄昏ちゃってるんですかね、隊長さん!」
「止めろ。今は休暇中だ、その名で呼ぶなっ」
ここは商業都市の酒場、王国へ帰る途中に立ち寄った場所。
普段は王国で働いてはいるが、今は休暇中であってそれも関係ない。
急ぐわけでもないし、気になる事も出来たので暫くの間滞在している。
酒場はガヤガヤと仕事終わりの冒険者で群がっていて何処も喧しい。
ギルド内では規律と模範が行き渡っていても、一歩外に出たらこんなものだ。
「本当に強ければ、力が無くても強敵に打ち勝てる。か……」
私は師匠の言葉を思い出していた。
この都市へ来る途中、私は船の中で勇敢な少女を見ていた。
その少女はEランクであるにも関わらず、海の魔物相手に活躍を見せていた。
あの状況下で、私が懸念していた事を庇うかのように立ち振舞っていた。
「まさか、な……」
まるでEランクとは思えないその立ち振舞いに、そして活躍。
しかし、確かめるようにその少女と剣を交えてみたが、その実力はやはりEランク相当であった。
「さっきから何考えてるんですかね、隊長さん?」
「おいおい。もう酔っているだろう、お前ら……」
コイツらはたまに冒険に行く時に一緒にパーティーを組む仲間だ。
何度か同じ苦難を越えた事もあるし、それなりに信頼も置けている。
酒場で遠慮なく語らえるぐらいには、お互いに打ち解けてはいる。
「なあ。お前らは……、優秀な冒険者ってのはどんなのだと思う?」
酒に酔っている目の前の仲間たちに聞く。
コイツらはそれなりの冒険者として、経験を積んで来ているはずだ。
「ほほう? 優秀な冒険者、ねえ……」
「そんなの、単純に強い事に決まってるじゃないっすか!」
「んー。行いが品性方向で、他の冒険者の模範になる…… とか?」
やはり曖昧な質問では、こういう曖昧な返事でしか返って来ないようだ。
ならばもっと具体的に答えられるように、話の中身を変えてみたらいい。
「質問を変えよう。例えば竜の鱗を手に入れようとした場合、お前らならどれくらいの手間が掛かる?」
「竜の鱗? 最低でもAランクのパーティーが必要になるわな」
「装備とか特級ポーションとかも必要だろ?」
「命が要らないなら、全員で巣に突っ込んで、全員で一斉に逃げたらいいんじゃね?」
・・・やはり、こういう答えになるか。
あの少女は言っていた、私は1%のリスクも背負っていない、と。
普通に考えたらとんでもない命懸けのはずなのに、彼女はそれを平然とやり遂げている。
さっきの優秀な冒険者という質問に、強さだと答えた者はBランクだ。
しかしその強さを持ってしても、竜の鱗は簡単に取れないと言う。
ならば、優秀な冒険者とは。一体何なのだろうな? ……
「そういえばこの前、ギルドに面白い奴が来ていたぞ」
「ああ、Eランクなのに森のモンスターを調べてた奴だろ?」
「しかもあれ、パーティーを組まずにソロでやるつもりだぞ」
どこか心当たりのある話題に、私は聞き耳を立てた。
「いけると思うか? あの森に」
「いや、絶対に無理だろ。あれはガチのEランクだぞ?」
「普通に考えれば、火の魔法を連続で喰らって終わりだわな」
そうだ。あの森はゴブリンメイジが火の魔法を放ってくる。
あの火の魔法は18ダメージの威力があり、しかも二匹連続で36ダメージも喰らう。
それもゴブリンメイジを倒そうにもオークが行く手を阻み、気が付けば合計で144ダメージも受けている場合がある。
Cランクはおろか、Bランクでさえ気を抜いてたら命を落としかねない危険地帯だ。
ましてやEランクの冒険者では二匹からの火の連続ダメージにそもそもが耐えられないはずだ。
あの少女は竜の鎧を持っていたが、あれで防げるのは物理ダメージだけだったはず。
どう考えても、立ち向かえるわけがない……
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酒場の帰り道。
ギルドの中から現れてきた、その見覚えのある姿を見付けた。
何やら素顔を隠しているようだが、あれは彼女に間違いない。
「よお、どうだ? そろそろギブアップか?」
どうやらこの少女は、本当にソロであの森に挑んでいるようだ。
ひとまず生き残っている事に安堵したが、ただそれだけだろう。
あの森はトラップ型のモンスターによる毒攻撃などもある。
そもそもゴブリンメイジなどは倒しても割に合わない敵なのだ。
そう、あの森はそもそもが全体的に割に合わないのだ。
一応、魔力草という金になる素材があるにはあるが、それもほとんどが生えてはいない。
余裕のある強者が敵を薙ぎ倒していくのならばともかく、実力の無い者があの森に無理に挑んでも赤字が膨らむだけなのだ。
「ギブアップ? 何の事?」
「いや、そろそろ行き詰まってるんじゃないかと思ってな……」
この少女はEランクの冒険者だ。
あの森に、立ち向かえるわけがない……
「ご心配なく。何の問題もなくやっていけてるわ」
そう言って、彼女は今日稼いできた金額を私に見せてきた。
その金額は……、10、20、30……ッ!??
馬鹿なっ! こんな金額、どうやって稼いできた?
この少女はEランクの冒険者なのだ、有り得ないっ!!
「用件はそれだけかしら? じゃあね、クロスさん」
「ま、待てっ! 待ってくれッ!!」
思わず引き留めてしまった…… だが、この少女に対して、私は一体何を聞くつもりだ?
そういえば、師匠が言っていたあの言葉……
「この世界を本当の意味で救う」という言葉の意味。
この少女なら、もしかして。その意味を…… 知っているんじゃないのか?
「この前、言っていたあの言葉の意味……。あれは、何だ?」
あの時、私はこの少女に、運命に抗えるかと問われた。
師匠は、世界を救ったはずなのに、本当の意味で世界は救えてないと言っていた。
お前たちは、一体何を知っている? そして、私は何を知らないでいる……?
「………………。」
少女が、私を見詰めてくる。
その瞳は、まるで師匠のようなSランク冒険者を彷彿させる力強さがある。
この少女は、本当にEランクなのか……?
「例えば、この世界がただの舞台だとして……」
「貴方たちは、ただ舞台の上で踊っているだけの人形に過ぎないとする」
「ならば、貴方たちは。舞台の上で、何をするべきだと思う?」
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なんだ、それは…… それは、世界の真実なのか?……
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あの時の少女の問いに、私は未だに答えが浮かばないままでいる。
師匠の求めてたものは、あの少女が答えを持っているのだろうか?
やがて暫くして、あの少女が。
毒炎の森の更に奥地──「毒霧の森」と呼ばれる更なる危険地帯に踏み込んだ事を、私は聞き及ぶのだった。




