仮面のあたしに愛の手を
書き手:桐原さくも
※激しくフィクションです。
桃色のポニーテールを風に遊ばせたまま、さくもはぼんやりと空を眺めていた。
彼女がいるのは、サークル棟の裏。中庭の茶室脇にある桜の花弁が、時折風に乗って迷い込んでくる。さくもの頭にも数枚乗っているのだが、気にしていない様子だった。
それなりに大きな敷地を持つ那楼大学は、今彼女がいるここを含めた数ヶ所を除けば、非常に賑わいを見せているはずである。
新入生の勧誘日。多少行きすぎたパフォーマンスも、今日なら堂々とできるのだから。
実際、さくもの所属する文芸部も勧誘に駆り出されている。かくいう彼女もその一員なのだが……
(うへー……めんどい)
胸中で呟くは、普段ほとんど見せることのない本音。
(第一さぁ、あんな濃い面子に追加メンバーなんて不要でしょ)
酒飲み数名、コスプレ数名、武器持ち数名、謎の人数名。
そんな部活である。もちろん、皆真摯に創作活動に取り込んではいるが……変わった部であることは否定できない。
今日だって、親愛なる部長クレオメはパチンコ、参謀的な立場の望月もはモゴモゴゲー……。
(あたしがこうやってサボってることなんて、可愛いもんよ)
それに、あの二人ならわかっているはずである。
桐原さくもと言う人物の本質。『さくろ』とも呼ばれる、それなりに女の子らしい容姿とは正反対の本性を――
(あー、めんどくせえ)
新入生の勧誘も。
他の部員たちの知っている『容姿通り』の性格ですごすことも。
(演じすぎたなあ)
入学してからの一年。なるべく当たり障りなく、『可愛く可憐に』をモットーに(若干名には恐れられている気がするものの)過ごしてきた(つもりである)。
ぶりっこ生活はなかなかに楽しいものであった。(主にぶりっこに引っ掛かった男性陣の挙動が←)
しかし――
(飽きた)
生来、さくもはかなりの飽き性なのである。一年続いた自分を誉めてやりたいほどだ。
(このままだと、ヤバい) 最近自覚するほどに発言に黒さが滲み出ている。
爆発させてしまいたい。
が、爆発後を恐れているのもまた事実。
それなりに付き合いのある、クレオメと望月は、年上なのもあって寛容に見てくれているが……
(他の人は、どう思うかなあ)
ふとそんなことを考えていると、声が飛んできた。
「さくもん、なにやってるのさ。勧誘係っしょ」
現れたのは、青髪の青年。同級生の銀雪である。
あははーと適当な笑みを浮かべ、さくもは彼と目を合わせた。
「あー、ぎゃん。……で、なんで耳を押さえてるの?」
「そこは断固黙秘で」
憮然とした表情の銀雪をみて、くすりと笑う。仕掛人である望月からネタは徴収済みだ。
今度はにっこりって、爆弾を放つ。
「スコティッシュフォールドのお耳も可愛いと思うよ?」
「なぜ猫耳のことを! しかも種類まで! しかも今少し『へっ』って笑ったっしょ!」
「ぬー、気のせいだよ? 可愛いなーと思っただけ」
「目が笑ってないから!」
半泣きのていになっている銀雪に、もう一度笑いかけ、立ち上がる。
「さてっ、勧誘にいきますか」
「さりげなくサボりをなかったことにしてない!?」
「何か言った?」
少し笑顔を変えると、銀雪の顔がたちまち青くなる。何かを察したらしい。
(これくらいなら、そこまで腹黒じゃないよね、あたし)
言い訳のように心の中で呟いた。
□■□■(´▽`)フィクションダヨ?■□■□
新入生と在校生でごった返す講堂前。着ぐるみやらコスプレやらがあふれている。風船などまで使われていて、まるで某鼠の国のようである。もしくは中国のアレ。
そこそこ身長のあるさくもと銀雪(観念して猫耳絶賛公開中)は、結局勧誘するでもなくぶらぶらしていた。
(ぎゃん情報によると、とりあえず入部希望者はいるみたいだし。別に声を枯らす必要ないよねー)
そんなことを考えながら歩く。
その時――
「あいたぁっ!? す、すいません……」
少し前を歩いていた銀雪の身体がぐらりと揺れ、少し高めな少年の声が響く。姿は見えないが、さくもはその声の人物に思い当たりがあった。
「いや、こっちこそって、……何だたーくんか」
予想通りの名前を銀雪が呟き、わきからさくもが顔を覗かせるとその人物と目があった。
ウサギ耳を付けた、ピンクの髪の小柄な少年。名前は、たー。文芸部の一員である。
ひどく息切れしている彼に、さくもは声をかけた。
「たーくんどうしたの? 勧誘は出来た?」
たーは大きな瞳にさくもをうつしつつ、慌てた様子で答える。
「ハーツお姉ちゃんに追いかけられて、勧誘はまだ。で、何で二人はぶっ!!」
どうやら、銀雪の猫耳がツボに入ったらしい。けたけたと笑いながら、ツッコミをいれる。
(……自分もウサギ耳なのに)
さくもはそう思ったが、あえて何も言わない。
否――言えない。
(……感想を、くれたから)
たーは以前、さくもが執筆した小説にとても丁寧な感想をくれたのだった。
そして、作品を好きだと言ってくれた。
そんな『良い人』を邪険には扱えない。
(理由はそれだけ)
それだけだ。
嫌われたくないだけ。
好かれたいわけじゃない――
(くだらない)
ここにいる自分は、偽りのかたまり。
本当の、自分ではない。
(本当の、あたしなんて――)
少し、視界が揺れた。頭をふる。くだらない思考を追い出すために。
すると、視界に赤毛の少女が飛び込んできた。小さい、身長が。
「……中学生?」
思わずそう呟くと、意外なことにたーも銀雪も反応を見せた。
少女がこちらを見る。ぱあっとその顔が遠目にも分かるほどに明るくなった。 銀雪の名前を叫びながら、駆け寄ってくる。刹那、まるでオリンピック選手のごとく、銀雪が勢いよく地面を蹴り――
何も言わずに、二人で駆けて行ってしまった。
残されたのは、ふたり。
(……どうしよう)
軽口で話題を作ろうにも、口が開かない。
(うるさい)
自分のなかの、音。
たーが何かを呟いたが、音に邪魔されて聞こえない。とりあえず、曖昧に笑い、口をどうにか開いた。
「たーくん知り合い?」
それにたーは、どこかおどおどした様子で答える。
「一応、妹なんだ」
「そうなんだ……」
沈黙。ただ、木偶のように突っ立っている、ふたり。
「さくもん、部室戻ろう?」
しばらくしたのち、気を取り直したようにたーがいった。明るく、屈託のない笑顔をさくもに向ける。
その笑顔がどうしようもなく羨ましく――その傍が、妙に心地よい。
(このひとの前では、なるべく『可愛い』あたしでいてあげよう)
それは、自分のため。
何気ない動作で手を握られる。伝わるぬくもり。
(いつか……嘘はばれる)
でも――
「……そうだね」
精一杯の笑顔をつくり、手を握り返す。
もう少し――もう少しだけ。
はい、読了お疲れ様です!
たーくんの話とクロスさせてみましたw
激しく激しくフィクションです!