MANGA killed the NOVEList
書き手:LOV
「やっぱりこのマンガ面白いなあ」
ベランダでタバコを噛みながら週刊青年マンガを読み耽るラヴ。
「……ヒロインのおにゃのこがなあ……こう、なんというか、イヒヒ」
今風の絵柄とでも言うのか、ヴィジュアル偏重の、いわゆる「萌え系」マンガである。今後には関連ゲームやアニメ化の予定もあるらしく、しっかりと商業ベースに乗った“大衆搾取商品”だ。実際、すっかりラヴも踊らされ、タイアップのイメージアルバムとドラマCDをさっそく買ってしまった。
「早くゲーム出ないかなあ……そしたら……うひゃひゃひゃ」
「そういうのがイコール面白い、というのは納得いきません」
突然の女性の非難めいた声に驚き、くわえていたタバコを落とすラヴ。火種がページに落ち、ラヴお気に入りのヒロインの“お顔”を焦がしてしまった。
「なっ! 何をするだァ――――ッ ゆるさんッ!」
ラヴが今までの人生で500回は口にしているであろう奇妙な怒声を上げながら見れば、茶道部の、そして文芸部の“真・最後の良心”酣酔楽さんである。
「あっ、すいません。驚かせてしまいましたか?」
「いえ。まったく問題ありませぬ。それにしても、あなたといい、ほしさんといい、随分と私の不意を突くのが得意な姉妹ですなあ、ハッハッハッハー」
やおら立ち上がり腰に手を当てて大笑するラヴ。白々しい。一方の酣酔楽さんは真面目な、そして少し寂しそうな顔で呟く。
「サン=テグジュペリは? サリンジャーは? コクトー、ディケンズ、トウェイン、ウェブスター、宮沢賢治……」
ページの向こう、そこには鮮やかな世界が描き出されている。思索の常若の国。いつでも、どこでも、それは目の前に大きく拓かれ、何者も拒まない。楽しいことも、悲しいことも、喜びも、憤りも、畏れも、驚きも……おおよそ人間に必要な感性と感情、その全てが込められている。
何十年も、いや何百年も読み継がれ、決して色褪せることのない“世界”。歴史上の偉人、不世出の文豪、古今独歩の詩人……そのような自分とは異次元の世界の著者たちと同じ目線で、同じ物事を、同じく共有できる……それどころか、国境や言語さえ超えて、同じ物語を読んだ人たちと“ただひとつの世界”を共感できるのだ。
「それは本当に素晴らしいことだと思うんです」
仄かな熱意をもって控えめに気持ちを吐露する酣酔楽さん。
一方、それを聞いたラヴは一瞬だけ魂が抜けたような顔をしていたが、吸おうと思って取り出しかけたタバコを再び箱に戻しながら呟く。
「文学なんて君が思ってるほど綺麗でも素晴らしくもないんじゃないかなあ……?」
ふて腐れたような、知ったような事を言ってのけたラヴに、酣酔楽さんは少なからぬ狼狽と失望の色を隠せなかった。在り来たりといえば在り来たりな、面白味のない“大人の”意見ではあったが、6年も大学に通うと誰しもこんなヤサグレてしまうのだろうか。
「ラヴさんは、もう少しロマンティックな方だと思っていたんですけれど……」
結局ラヴは一旦しまったタバコを取り出し、酣酔楽さんに目配せで喫煙の了解を取り付けると1本くわえ、火を点け、言う。
「もう、そんな時代じゃないんじゃないかな。今や日本はMANGAとANIMEの国だし……あとHENTAIも」
例によって下らないお茶濁しで逃げに回ったラヴだったが、酣酔楽さんは小さな握り拳を握って切々と訴える。
「でも、文学や文芸は絶対に廃れないと思います」
「どうだかねえ。今の世の中、どれだけの人間が純粋な文芸で食っているのか甚だ疑問だよ。ここ数年の茶川賞や直本賞を獲った作品と著者を憶えてる? その後、その著者がどんな作品を書いたか、その後の評価は知ってるかい?」
「そ、それは……」
思わず言い淀む酣酔楽さん……何人かの名前と作品名が思い当たったが、確証もないし、何より全てを読んだわけでもない。
「オレも知らない」
「…………」
「……時代に迎合し作品に埋没する“顔のない著者”こそが持て囃される時代だよ。それこそ最近のラノベブームみたいにね。著者の作風や主張なんて誰も気にしない。世間にウケる字書きが“賞味期限が切れる”まで消費されていくだけ。もう文学じゃない、経済学だ」
「そんな落魄れた昔の文学青年みたいな事、言わないで下さい」
「実際問題、落魄れた文学青年だもの」
「それは、ラヴさん、あなた自身に問題が……」
「君ら姉妹は本当にオレを叩くのが好きみたいだねえ」
酣酔楽さんの言葉を遮って笑うラヴ。それは嫌味というよりも、ある種の――妹にでも対するような――暖かな響きがあった。
「正直、オレはもうダメかもしんない……そうは思いたくないけど、もうダメだろう。行き着くとこまで行ってしまった。先が見えた。元から何かを気負って生きるのも苦手だし、こんなんで良いんだよ、オレは」
そして、深くタバコを吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出す。わざとらしくベランダの手摺りに手を掛けて空を仰ぎ見る。
「もう書けない。何を読んでも感じない。出し尽くして、結果は出なかった。楽しいからここにいるだけで……もう文芸なんて言葉はオレの天敵だ」
そして酣酔楽さんに振り向き、寂しそうに言う。
「……それは君のお姉さんが可愛く思えるくらい、無情で冷徹な天敵なんだよ」
やがて陽も落ち、文芸部の面々も三々五々、帰途に就く。
酣酔楽さんは薄暗い茶室の窓の前に佇み、釈然としない気持ちで物思いに耽っていた。
哀れというか、悲しいというか……かつて文芸を愛し字を書くことに熱意を注いだ者も、いつかは誰しもラヴのようにああして燃え尽きの出涸らしのようになって、自ら途と世界を閉ざしていくものなのだろうか。
今も本を開けば、永遠の命を吹き込まれた物語を――春の河原で、厳粛な古城で、風吹き荒ぶ丘で、日差しを受けた湖畔で、霧に閉ざされた市街で、穏やかな庭園で、雪に閉ざされた邑で、落ち葉散る散策路で――感じることができる。
それがいつか失われるというのだろうか。すべてが色彩を無くし、何も感じられなくなるというのだろうか。文学や文芸とは本当にその程度のものなのだろうか……!
「でも、オレは君の想いが正しいと確信もしている」
不意に男の声がした。酣酔楽さんが顔を上げて窓の外を見ると、そこにはヘルメットをアタマに載せて原付に跨るラヴの姿があった。
「文学や文芸はオレなんかが判った気になれる、そんな程度のモノじゃない」
ラヴはタバコを噛みながら、少しだけ気まずそうに苦笑いしている。
「オレみたいな枯れた奴を蘇らせるのも本や文芸の不思議な作用だよ……たとえ一時的だったとしても」
それからラヴは照れ隠しに視線を外し、言う。
「帰ったら久々に読もうかな……カフカか太宰あたりでも」
酣酔楽さんの表情が少しだけ明るくなった。
「せっかくですからエンデやバーネットなんか、いかがですか?」
翌日、ラヴは“酣酔楽さんを虐めた”罪により、ほしさんに小一時間ばかり折檻された。
4回目LOVです。
酣酔楽さんの趣味も判らず、勝手に“文学少女”にしてしまい、申し訳ありませぬ。
チャットなどでの印象から最適と判断し、ご登場頂きました。
ラヴも妙にヘタレカッコイイ風になってしまい、申し訳ありませぬ。
実際は文学も何も語れない、単なる軍ヲタ・二次ヲタ・百合ヲタですもんww
サブタイはバグルスの名曲「Video killed the Radio star/ラジオスターの悲劇」のモジりです。
若い人は知らんかぁw