雪月花
著者:酣酔楽
重い鉄扉を押しのけて、外に飛び出す。
視界一面の青空と、緑色のフェンス。地面は灰色で、ところどころに白いヒビが走っている。
強い風にはためくワンピースを抑えて、酣酔楽はほてほてとのんきな歩調でフェンスに近づく。
手には藤色の風呂敷包みと小さな水筒。
春風が心地よい午後。緩やかな時の流れは、まるで頭上を往く雲のようにゆったりとしている。
「珍しいですね」
背後からの声に酣酔楽は飛び上った。
とり落としそうになった水筒を慌てて捕まえ、先客らしい声の主を振り向く。
見知った顔に、ほうっと笑顔になる。
「こんにちは、オワタさん」
「こんにちは」
「えっと、オワタさんも休講で?」
とりあえず、話の継ぎ穂を失うまいと当たり障りないことを聞いてみる。
耳に当てていないため音が漏れているヘッドホンを首にかけ、壁にもたれるオワタ式は特に表情なくこちらを見上げる。
「も、ということは、酣酔楽さんはそうなんですね」
「はいです」
若干、ひっかりのあるものいい。とりあえず気にしないことにして慌てて言葉を紡ぐ。
「……ええっと、もしかしてお邪魔しましたか?」
「はい、お邪魔されてますね」
「うっ、す、すみません…」
「座ったらどうですか?」
「え?ああっ、そうですよね。なんだか見下ろす形になってました…!すみませんっ」
慌てて持ってきていたシートを敷いてその上にぺたんと座る。
どうしてか正座になるのは、あまり話さない人の前だからであろう。
靴を履いたままの正座は正直お尻が痛かったりする。
「いえ、いいですけど」
呟くオワタ式の言葉は春風にさらわれて霧散した。
ふっと空を仰いだオワタ式につられて空を見上げる。
少し目を細めなければ眩しい空。柔らかい光に包まれた碧空。流れる雲は、夏の雲のようにはっきりした形を持たず、刷毛で刷いたよう。
優しくなれる春の空。
しばらくの沈黙ののち、
「あのですね、ここにはお月見に来たのです」
思い出したように声に出して、酣酔楽は膝に置いていた風呂敷包みを広げる。
転がり出てきたのは白い丸。ほんのり匂う甘い香り。果実の匂いだ。
月見?と怪訝そうにオワタ式は眉をひそめた。
「はい」
ほえっと笑って、酣酔楽は天上を指す。
一緒になってオワタ式も見上げる。
吸い込まれそうなほどに青い。どこまでもどこまでも、深い、それはまるで底の見えない海のようで。
「ああ…」
中空にぽっかりと浮かぶ白い球体。霞のように朧な天体。兄弟星。
それに、と酣酔楽は楽しげにうたう。
「ここならお花見もできます」
吹き上げる風に、花びらが舞う。
ちょうど、このクラブ棟の近くに生えている桜の巨木の贈り物。
乱舞するその姿は春を祝福しているようで。
淡い空に春を謳歌する。
「これ、どうぞー」
目が前髪の影になっていて何を考えているかわからないオワタ式に、風呂敷から取り出した和菓子を差し出す。
ひどく不思議そうに手の中の和菓子を見つめるオワタ式に酣酔楽が説明する。
「苺大福です。電子レンジで作れちゃうんですよ、それ。あ、毒は入ってませんから」
「そうですか。よかった」
どうでもいいような、他愛のない会話がせせらぎのように流れる。
蒼穹に浮かぶ月、天上を舞う花、手には真っ白な大福。
雪月花
ヤマなしオチなし意味なしでし、た…orz
すべて フ ィ ク シ ョ ン です!
すべて酣酔楽の想像の元に書かれたものです。実際とは混同しないでください。
事後承諾になっちゃいますが、オワタさん勝手に申し訳ありませんでした…!(土下座
そしてここまで読んでくださった方、ありがとうございます