表現する、伝える
書き手:TAR
空は、青い。
「…………」
雲は、白い。
「……あ、ニンジンの雲」
風は、そよぐ。そしてそれらの他愛ない出来事が、彼に思考を与える。それが持つ意味が、彼に自己を見出させる。
何故空は青い? 何故雲は白い? 何故、俺はここにいるのか? ……そこまでは、少し行き過ぎだろう。ただ、時々、ふと思う。
歓喜、憤怒、憐憫、狂気などの感情。それらは一体、どこから来るのか? そして、それで自分に何をもたらしてくれるのか? 思う。考える。わからなくなる。
それの、繰り返し。堂々巡りをして、結局は思考を投げ出し、卑劣にも生きることに逃げる。歴史上の有名な哲学者たちは、生涯の末に一体何を掴み、どこに至ったのだろうか。わかるはずもない、彼らはすでにこの世にはいないのだから。いたとしても、その崇高な考えが、果たして自分の理解の範疇に及ぶのか。それに、これは人に聞いてどうなるものでもない。
では、何故俺は文を書く? 歌を歌う? 絵を描く?
好きだからと訳知り顔で言うのはいとも容易いことだが、それで終わっていいはずがない。或いは、終わることを自分が望んでいない。
空は、変わらず青い。そこに俺は、何を見るのだろう。
「……眠いー」
部室の窓から空を仰いでいたたーは、襲い来る睡魔に息を漏らした。空より深い碧の目はゆるやかに伏せられ、身体を反対側へ向ける。文芸部部室、そこにある長机の一つにうつ伏せに上半身を投げ出す。部室には、他に誰もいなかった。即ち、今この空間は彼の領域ということだ。
陽光が窓から背中に差し込み、その心地よさが尚更眠気を促進する。たーはさながらスライムのように机にへばりつき、意識をも夢の海へと落とそうとしていた。
と、その時。
「お、たーくんいたー」
「人が捜してたってのに寝てんのかよー」
二人の自由に響く声。それとともに、静寂の扉が勢いも強く開け放たれる。たーはそれに視線だけを向けて、その存在の有無を認める。文芸部のツッコミ神の異名を持つ青い髪の青年銀雪に、正体不明の悪の根源、とは言い過ぎか。文芸部のナンバーツー、腹黒さがそこはかとなく滲み出ている参謀望月だった。
普段ならそれに挨拶の一つでも返すものの、たーは起きあがる素振りすら見せない。むしろ、宿敵の登場で殊更居眠りを決め込んだようにも、見えようによっては見える。銀雪は、辟易する。
「おーい、たーくん。起きろー」
「…………」
やはり、それにも答えない。銀雪が近くに寄って頭を軽く小突いても、同じ。きっと、船を漕いでいるのだろう。そう思った銀雪は苦笑して、傍らの望月へと顔を向ける。
「どうする、おいちゃん?」
「まぁ、おいちゃんに任せたまえよ」
望月は肩をすくめておどけた口調で喋ってみせる。邪悪な笑みを浮かべ、それに密かに恐怖した銀雪を無視して、たーの耳元に顔を寄せる。そして、その頼り無い耳にふぅっと息を吹きかけた。
「うひゃぁいぃい!?」
「おはよう、たーくん」
ただの風には有り得ないその生暖かさにどうしようもない感覚がたーを襲い、眠りの渦から救い出す。上げられるのは、聞く方がびっくりするような高い声。銀雪が、軽く頬を染める。
「あぁああ、青息吐息細雪牡丹雪粉雪……」
「あぁ、たーくんが壊れた! というか待て、途中から雪の種類になってる!!」
そのまま意味不明な言葉の羅列を続けるたーに、たまらず銀雪はツッコミを入れる。それと同時のチョップで、たーは正気を取り戻す。望月は、静かに微笑んだ。たーはようやく二人の姿を本当の意味で認めたようで、聞く。
「あれ? 二人とも何か用なの?」
「何言ってるんだよたーくん。……今日はみんなで音合わせするっていったろ?」
銀雪の言葉に、たーが目を見開く。その顔は、どう見ても覚えていたと言い訳の出来る顔ではない。面白いぐらいに狼狽するたーを見て、望月は一層楽しそうに言葉を紡いだ。
「くーさんが、シチューシチューって笑顔で連呼してたお?」
「行こう、今すぐ行こう! むしろ逝こう!!」
「たーくん気をしっかり持て!!」
先程までの緩慢さが嘘のように、たーは俊敏に身体を起こす。最早眠りを邪魔されたことに対して一片の不満も抱かず、緑髪の部長の狂気にひたすら戦慄を抱いて。望月と銀雪はたーに続いて部室を出て、後には誰もいなくなった。
銀雪が言った音合わせについて、ここで言及しておこう。文芸部メンバーの中の五人は、趣味でしがない音楽バンドも組んでいた。たーがボーカルとベース、望月がギター、さくもがドラム、クレオメがピアノ、そして銀雪がバイオリンだ。もちろん、大会に出るなどの本格的なことはしておらず、楽しんでいる程度だった。
とりわけ、今日はみんなでスタジオに集まって合同で曲の練習をする日だったのだ。それを忘れていたたーは、メンバーのことを考えると焦って当然だといえる。
「たーくん、遅いよー」
「ご、ごめんなさいぃ」
貸しスタジオに着くと、そこにはすでにさくもとクレオメがいて、さくもが本気では怒っていないような声色で言った。たーはそれに謝り、次いでクレオメを見やる。他の二人も見ていたので、それに気付いたクレオメは、大っぴらに溜息をついてみせる。
「まぁったく、たーさまさまなんだからよぉ!」
「くーさん、それパチンコやって景品はじき出してた人の言うセリフじゃない」
「ぽ?」
「ぽ? じゃねぇええ!! そんなもんで誤魔化せると思うな、俺ナメんな!!」
さすがはツッコミ大魔神と言ったところか、銀雪は笑顔のクレオメに鋭い言葉を浴びせる。こんなのも、またいつもの日常だ。たーはそれを見て薄く微笑み、銀雪の荒ぶるツッコミを見て満足そうに腕を組む望月を、やおら見やった。そしてまたさくもに向き直り、微笑んだ。
「さくもん、スティック持って構えているとカッコ可愛い」
「ありがと。……たーくんはウサ耳とウサ尻尾つけたらもっといいと思うよ」
「え? 何か言った?」
「うぅん、何でもない」
聞こえるか聞こえないかの言葉に思わずたーは聞き返すが、さくもは微笑のまま微動だにしない。その笑顔の含みを知るクレオメと望月は、裏のボスに軽く戦慄。これも、いつもの日常と言ってもいいのだろうか。……いいことにしよう。
「じゃ、音合わせしよっか!」
「イエッサー」
屈託なく笑ったたーの言葉に、一同がばらばらに返事をして楽器を構える。このバンドで創作した歌、創りだした歌。たーは前奏に肩を揺らしてリズムをとる。歌詞を考えた、これにもまた意味はあるのだろうか? ふと、頭の隅を掠める。
たーは、文を書く。絵を描く。そして、歌を歌う。それらは大学生であるたーにとってはどれもまだ職業とは成り得ていない。だが、自らの手ですでに創りだしていることには変わりない。また、何もこの三種だけでもない。
いつも思うこと、何故自分は創作に打ち込むのか。今更また空の青さについて無味乾燥な言葉を紡ぐつもりはない。自分は、何故何かを生み出したいのか。
それは、万物の祖である神になりたいからだとか、そういった理由でないことだけは確かだ。なら、何故か。
自分の中の何かを、それに昇華させたい。人に、伝えたい。例え、その媒介が何であろうと。文であろうと、絵であろうと、曲であろうと。
「ちょ、たーくん歌い出し!」
「え、あ、ごめん!!」
呆けて、出だしを忘れていた。それを銀雪にいち早く注意され、慌てて謝る。他のメンバーも不思議そうにたーを見つめる。
「どったのたー?」
「何かあった?」
「まさか歌詞覚えてないとか?」
クレオメ、さくも、望月の順番で問い掛けられる。たーはそれにひたすら申し訳ない表情を浮かべ、その後満面の笑顔になる。
「大丈夫、ちょっと間違えただけ!」
「しっかりしてくれよー」
その言葉に、銀雪が苦笑して言う。そして、みんながまた持ち場へ戻る。たーは、はにかむ。そして、今度こそ。
「じゃ、もう一回! ミュージック・スタート!!」
言葉とともに、音が響き飛び、ハーモニーを奏でる。……そう、自分の思いを表現する。
曲に乗せ歌う。文にして詠う。絵に描いて謡う。
自分という存在を、謳う。
三回目の投稿です、すいません(え
あの、最後の部分。最初の三つのうたうは漢字が違うだけなんです。最後の謳うだけ、意味も違うんですが^^;
というか、今回かっこつけすぎましたorz
すいません、もう逃げますッ!!