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Inhaftierung. Verzogerung (18:07-21:43)

書き手:LOV

 冷凍庫と呼べるほど強力ではないものの、飲料や生鮮野菜を貯蔵するために強めに空調を効かせた倉庫内の温度は5℃あるかないかという厳しい環境だ。それに加えて、単に室温が低いだけではなく、冷気を効率よく循環させるために大型の送風機によって生み出された強い冷風が、庫内に吹きすさんでいる。

 そんな中、厚着をしているならともかく、よりによってイソはタンクトップ1枚にハーフパンツ、素足にサンダルという真夏の炎天下仕様の格好で、なぜか大きな白菜を抱きしめながら虚ろな顔をして床に寝転がっていた。

 紫色になった唇が微かに動き、まるで空言のような独り言が漏れる。


「オ、オレ……ここから脱出したら…熱い、ふ、風呂に入るんだー……」



 ここに閉じ込められて、もうかれこれ3時間にもなる。学食の厨房でバイトをしているということから文芸部の(非常に馬鹿げた)宴会の下準備をさせられたはいいが、部長くれおめの単純な奸計に踊らされ、無断で学食の食材を大量に使い込んでしまった……少しなら問題なかったが、さすがに小細工しないとバレかねない量の食材を“横流し”してしまったのだ。

 言うだけ言った「材料費を請求する」とは単に憎まれ口で、さすがに毛頭そんな気はなかった。同じ文芸部の愛すべき仲間のためなら……ではなく、どうせ請求してもウヤムヤになってしまうに決まっているからだ。そのため、事後工作をするために密かに倉庫に潜り込んだまでは良かったが、いつの間にか誰かに外側からロックを掛けられてしまったものらしい。


 最初の30分ばかりは体を動かしたりしてゴマカシが利いた。文芸部に所属しているとはいえ、元々体育会系、体力には自信がある。寒さを取り除くには運動が一番だとイソは考えた。

 腕立て、腹筋、スクワット……倉庫内の涼しい空気の中では、むしろ快適に筋トレができるくらいだと感じながら、イソは思う存分に体を動かした。

「ふーッ……今度からココで筋トレすっかな」

 額の汗を手で拭いながらイソは一息つく。適度な負荷ストレスで熱を帯びた筋肉にそよぐ冷風が心地良い。カラダに纏い付いていた汗も見る見るうちに引いていく。


 皆さん、お判り頂けただろうか? ここに単純かつ明瞭な自然界の法則が働いていることを。


 相転移、気化熱、大気熱力学的作用……すなわち水分は蒸発する際に熱を奪う。流れ出た汗は冷風に晒されイソの体温を急速に下げながら気化していくのだ。イソは体育会系であると同時に根っからの文系人間。化学だの科学だの自然だの熱力学だの、そんな事は滅多に考えない。


「……な、なんかさみぃぞ……?」

 程なくしてイソの動きは止まった。もう体を動かす気にさえならない。体を動かそうとするまでもなく、身震いが止まらない。奪われた体温を取り戻そうと、人体の不思議な恒常機能ホメオスタシスが働き、イソの意思を無視して全身の筋肉を自動的に細動させているのだ。

「さ、さみぃ……何だってあんなデカい扇風機が動いてやがるんだ……」

 せめて何か風を遮ることのできそうなモノを探すが、倉庫内を見回してみても(どこの神経質なバカの仕業か)段ボールの欠片ひとつ落ちていないほど徹底的に片付けられている。

 イソは思わず棚に横積みしてあった大きな白菜を抱きしめながら床に寝そべる。白菜はヒンヤリしていた。

「……オ、オレ……もしかして……このままここで……」


 どこでフラグを立てた?

 あの会話か?

 あの行動か?

 あのセリフか?


「オ、オレ……ここから脱出したら…熱い、ふ、風呂に入るんだー……」

 朦朧とした意識で呟くイソ。そして思わずニヤリとしてしまった。

「あ……ヤベ……むしろ……いまので立てたか? し、死亡フラグ……」

 そしてイソの意識は遠のいて……遠のいて……。



「……! ……! ろう! ……るな!」

 誰かが叫びながら体を揺すっているのにイソは気が付いた。朦朧としたまま目を開けると、そこには古臭い軍服を着た海軍の軍人さんがいて、イソの肩を激しく揺すりながら何やら怒鳴っている。

「救護兵! 衛生兵! 看護兵! 軍医! 赤十字! 国○なき医○団! 誰でもイイから来てくれー! メディーック! ザニテイター! エス・イスト・アイン・ノートファル! シケン・ズィ・ビッテ・バルト・イェマンデン・ズー・ミアー! ジーク・ハイル! ジーク・ハイル!」

 日本の軍服を着ているのに、後半はドイツ語じゃね? とイソは思った。

 そして軍人さんはイソの頬を白手袋の平手で叩く。何度も叩く。

「イソーん! 寝るなー! 寝ちゃイカーン! 寝たら死ぬぞー! 戻ってこーい!」

 それは、いつも顔を合わせるたびに聞きたくもない戦争やら軍隊やら兵器やらの話を仕掛けてくる……そして時々描きたくもないムニャムニャな絵を描くことを強要してくることもある、万年4回生ラヴだった。

「……あ……ラヴさん……?」

「おお!? イソん! 気が付いたか! よかったあ〜」

「……また……軍人ごっこコスプレ……すか……」

「言いやがったな!! 小僧! 言うに事欠いて“ごっこコスプレ”とは何だ“ごっこコスプレ”とはッ! 海軍精神叩き込んでやる! 今すぐ立て! ケツバットだ!」



 かくしてイソはラヴに助け出されたらしい。ふたりは薄暗い学舎内を外に向かって歩く。

「で……ラヴさん、なんで独りなんすか? 飲み会は?」

「……酒盛りだというから一度ウチに帰って気合いを入れて“正装”に着替えたんだけど……支度に手間取ってなあ。部室に顔を出したときには誰もいなくなってたよ……くれさんの置き手紙があって、みんなでカラオケに繰り出しているらしい……オレらは置いてきぼりさ」

「……どうしてオレが学食の倉庫に閉じ込められてるって気付いたんすか?」

「フッ、愚問」

 ラヴは鼻で笑って立ち止まり、手にしていた海軍精神注入棒で自分のコメカミの辺りを軽く叩く。

「……軍人の勘……ってヤツ、かな?」

「食いもんパクりに来ただけっすよね?」



 その後ふたりはカラオケ屋に向かい、皆と合流した。

高回転・低品質がウリのLOV3回目です。


このエピはイソんの書いた「悲しき死亡フラグ」の顛末ということになります。

なぜか「悲しき死亡フラグ」では、LOVが存在を明示されながら姿もセリフも最後まで出なかったため、

そこに着想して書きました。いちおうイソんから了解は頂いておりますw


ちなみに、実際のユニット式の冷蔵/冷凍倉庫は、中に人が入っている状態で庫外から施錠されてしまっても大丈夫なように、

内側からも鍵を外すことが出来る仕組みになっているものが大半です。

サブタイのVerzogerungの“o”は本来はウムラウト付きですが、「なろう」では半角ウムラウトは文字参照外らしく、

正しく更新・反映されなかったため、不本意ながら現表記とさせていただきました。

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