文芸部のとある昼下がり
書き手:望月
春の暖かい日差しが、窓から文芸部の部室に入り込んでいた。文芸部の部室にはおいちゃん唯ひとり、窓際の席に座ってパソコンに向かっている。
イヤホンを耳にはめ込み、一定の速度で左クリック。イヤホンからかすかに漏れる音楽とクリックの音が、部室の静寂を追い払っている。
ガチャリとドアの開く音がしたので、画面から視線を持ち上げてドアの方を見た。
「こんちゃ〜っす、っておいちゃんだけか」
「やほー、いらっしゃい」
ドアから入ってきたのは、後輩のぎゃん。ペンネームが銀雪だから、言葉を崩してぎゃんという訳だ。
左耳のイヤホンを外し、画面に視線を戻す。止まっていた指を再び動かして、クリックを繰り返す。
「おいちゃん、他の人ってまだ来てないんですか?」
「くーさんはパチンコ、ラブさんは日本史の講義、たーくん・さくもん・楽さんは新入生勧誘で校内を歩きまわってるから、ぎゃんも早く行ってきなさい」
ぎゃんは手近にあった椅子に座りながら、鞄からペットボトルのお茶を取り出して飲んでいる。
「うぃー、分かりました。チラシってどこですか?」
「そこの棚の上、ちなみにぎゃんはネコ耳着用ね」
「っ、げほっごほっ!!」
画面から再び視線を上げると、ぎゃんがペットボトル片手にむせていた。
「大丈夫?」
「なんでそんなものつけなくちゃ駄目なんですか!?」
口元に垂れたお茶を袖で拭きながら、ぎゃんが文句を言ってくる。おいちゃんに言われたところで、決定は覆らないというのに。
「ほしさんがさっき来て、ぎゃん君にって。文句があるならほしさんへ」
ほしさんの名前を出したとたん、大人しくなるぎゃん。なぜその従順を、おいちゃんには示さないのやら。
「ちなみに、たーくんもちゃんとウサ耳と尻尾を装備で徘徊してるはずだから」
「最悪だ……」
「そうだ、おいちゃんおいちゃん」
「おいちゃんは一回」
「それじゃぁ、おいちゃん」
「気安く呼ぶな」
「どうしろって言うんだよ!?」
ため息をひとつ吐いて、右耳のイヤホンも外して向き直った。
「とりあえず、手短に用件を言うことをお勧めするよ」
「新入生って、もう何人か入った?」
「あぁ、さくもんたちがもう何人か連れて来たよ。くーさんがパチンコ行ってるから、おいちゃんが一応手続等をここでやってるけど」
「その新入生の中に、背の低い女の子っていなかった? 140センチちょっとぐらいの」
「あぁー、女の子は何人かいたけども、そこまで小さい子は来てないかな? 何、ぎゃんってロリ○ンだっけ?」
「ちがうよ!? そういえば、おいちゃんは執筆中だった?」
「いや、エ○ゲーやりながら新入生待ってた」
「最低だよ、おいちゃん!」
ぎゃんがいつものようにツッコミを放つ。下手にツッコむから弄られるというのに。
「ちなみに、いつ来たの?」
「朝から来てるよ」
「いつからやってるの?」
「来た時からやってるよ」
ぎゃんは最低だと繰り返す。おいちゃんは手を振って、さっさと勧誘に行くよう促した。
ぎゃんもペットボトルを鞄にしまって、棚からチラシを十数枚持ち出す。
「あっ、ぎゃん」
「なに?」
「ネコ耳、忘れるなよ?」
ドアに手をかけていたぎゃんが一瞬固まって、棚の上のネコ耳を乱暴に掴んで部室を出て行った。
「それ、ほしさんのだから大切にー」
言った言葉は果たして届いたか。そしてまた部室には、おいちゃん唯ひとり。
イヤホンを再び両耳にはめて、画面に視線を戻す。
画面ではかわいい女の子が笑っている。
文芸部の部室は、今日も平和であった。
サ○エさんのじゃんけんはチョキ>パー>グーの順に多いそうです。
二番手、お粗末さまでした。