一流の仕事
書き手:望月
「あれ? Est氏じゃないですか、どもどもちわ〜っす」
講義が終わり文芸部の部室を訪れると、おいちゃんの定位置である窓際の席に先客が座っていた。
「あぁ、もさんか。久ぶり」
昨年度を持って我らが那楼大学を卒業し、そのまま理工学部の大学院に進学したペンネーム『Est』氏。文芸部のいわゆるOBである。
ちなみに『もさん』と言うのは、おいちゃんのペンネームである望月の一文字目をとっているらしい。
「ところでEst氏、それ、おいちゃんのゲームなんですけど」
「まぁ、そうだろうね。君以外がこれをやっていたら、流石にどうかと思うし」
Est氏はそれが当然であるがごとく、おいちゃんのポジションでモゴゲーをやっていた。しかも、おいちゃんのまだ未攻略作品を。
「その席とゲームディスクの引き渡しを要求します!」
「まぁ落ち着け、もさん。実はここに、この間のコミケで貰って余った本が何冊かあるんだが」
「買収するつもりですか? ですが、そのモゴゲーはおいちゃんが楽しみにしていた作品!! 今の講義だってその中のシーンを想像して、今か今かと……」
右の拳を握りしめ、講義中でのおいちゃんの心境を熱く語る。しかし、部室にはモゴゲーから発せられる喘ぎ声が響くだけで、Est氏はプレイに集中していた。
というか、イヤホンは装備しようよ。一応女性も来るんだし……
Est氏がこちらに視線を向けて、口の端を少しだけ持ち上げて嗤う。あれは勝利を確信してる顔だ。
「もさん、その本が●●さんと××さんが描いたイラスト本だとしてもかい?」
「どうぞ心ゆくまで、ごゆっくりご堪能ください!!」
右腕を斜めにして額の前に手を持っていき、敬礼のポーズを取る。Est氏はテーブルの上にある鞄を一度指さして、再びゲームに集中し始めた。
おいちゃんは敬礼の姿勢を解き、Est氏の鞄からA4サイズの冊子を二枚取り出し自分の鞄にしまう。
「そうだ、Est氏。実は相談というか、頼みがあるんですけども」
「なんだい、もさん。今は見ての通り少し忙しいんだけども」
カバンの中から、一枚のケースに入ったDVD-Rを取り出してEst氏に見せる。
「これがなんだか、分かりますか?」
「なっ、それは!! まさか、今日発売の……」
「そう、今朝発売されたアレです」
「あの行列に、並んでいたのか、君は……」
Est氏がクリックの手を止めて、身体ごとこちらに向き直った。どうやら交渉のテーブルには、誘い込むことが出来たようだ。
「もさん、要求は何ですか?」
「話が早くて助かります。おいちゃんの要求はただ一つ! おいちゃんが主役でこのサークル内の女性陣とのハーレムENDのお話を同人誌っぽく書いてください!」
おいちゃんは再び拳を握ってEst氏に力説を始める。クオリティや大まかなあらすじ、自然と拳に入る力も増していった。
「というわけで、こんなのお願いできませんか!?」
「ほぅ、おいちゃんはそういうのがお望みか」
後ろから女性の声、それは聞き覚えのある部長の声によく似ていた。ものすごい圧迫感を背中越しに感じ、声をかけられたものの振り返るのを躊躇う。
いざ覚悟を決めて振り返ると、そこには部長のくーさんを筆頭に、さくもん・ほしさん・酣酔楽さんが立っていた。
「おいちゃんさー、モゴゲーをやるなとは言わないけども女性陣が居るのに音量全開でやるってどういうこと? あと、そのハーレムエンドも興味があるからできれば詳しく」
逃げようとしたおいちゃんの襟首を、くーさんが笑顔で確保する。
「おいたんさん、最低です」
「望月さんがそんな人だったなんて……、知ってましたけど」
「まぁ、おいたんだし。懲りないよねぇ」
と言うのは、冷ややかな視線を送ってくるほしさん達。
「まっ、待ちたまえ。今回モゴゲーをやっていたのはおいちゃんじゃなくてEst氏で……」
「おいちゃん、じゃぁそのEstさんはどこ?」
その言葉に、慌てて先ほどまでEst氏が座っていた場所を見る。しかし美少女のあられもない姿を映したパソコン以外は、そこに無かった。
「それじゃぁまぁ、ちょいと茶室まで行こうか、おいちゃん」
襟首を引かれ、女性陣に囲まれるようにおいちゃんは文芸部の部室を後にした。女性に囲まれてはいるが、その状況はハーレムからほど遠い。
手に持っていたディスクケースが、部室の床に落ちる。それを拾う一人の痩躯の男性。
「だから以前言っただろ? それだから君はまだ二流なのだよ、もさん」
今日も文芸部の部室は平和、しかし旧校舎に新たな怪談が誕生した。
それは、茶室に吊るされた血まみれの人間と呼ばれるものだった。
どうも二作目です、読んでいただきありがとうございました。
作中のEst氏をはじめとする方々は、実際にはいい方ばかりです。
このようなキャラにしたことを、この場を借りてお詫びさせていただきます。
すみませんでした!!