童話って現実との矛盾点が多い
書き手:亥月
「さーて……どうする、おいちゃん?」
「そうだねぃ……やっぱポピュラーなのは童話だね」
文芸部、部室。
部室内では、おつまみの袋や茶色い焼酎瓶が転がったテーブルの上で、部長がおいちゃんと向き合うようにして椅子に座り、頬杖をついて真っ白な紙を見つめていた。おいちゃんは腕を組んで、目を開けたまま、ゆらゆらと船を漕いでいる。
夏の青葉の色に染め抜かれた、豊かな長い緑色の髪をシックなバレッタで纏めた部長が、顔を上げて怪訝そうに、寝ているおいちゃんをじとりと見つめた。それでも、ゆらゆらと頭を揺らしながら居眠りを続けるおいちゃん。瞬きをし、寝言で返事をできるのはさすがである。
「おーいーちゃーん。だから、何すんのって聞いてんの」
「そうだねぃ……やっぱポピュ……」
「おいちゃん。俺との会話を寝言でできるっていうのはすごいけど、言える言葉が限られてるよ」
それでもなお、船を漕ぎ続けているおいちゃん。部長は、おいちゃんを無視して、また机上の白紙に目を向けた。
「童話ねぇ……」
「童話ぁ?」
昼過ぎ。
文芸部・部室に集まった、文芸部員は一様に間延びした声を上げた。そ、と部長は短く言うと、ぱたんとパチンコ情報誌を両手で閉じた。おいちゃんは起きたものの、パソコンと向かい合ってギャルゲーの真っ最中。
「何で童話なの部長?」
桃色の前髪を少し揺らして、たーがかくりと首を傾げた。その後から、部員全員がこくりと頷く。
「おいちゃんの提案〜」
そう言いながら、両手を頭の後ろで組む部長。おいちゃんは表情一つ変えずに、ひらりと右手でコピー用紙を掲げた。
『まぁね』
「おいちゃん、何で筆談?」銀雪が真顔でツッコむ。
『おやゆび姫とか』
「え? 何、俺のツッコミ無視?」
「ドンマイぎゃん」
さくもが微笑んで、ぽんと銀雪の肩に手を置く。
「というか、何でおやゆび姫なの?」ラヴがポケットに手を突っ込む。
『ノリ』
「部長、おいちゃん、どしたの。おいちゃん筆談する人だったっけ」
ラヴの言葉をさらりと流して、部長は欠伸をすると、頭を掻いた。
「早くに用意しとけば、前みたいにゴタゴタする事ないじゃん。今年はさっさと用意して、練習しよーってコト」
「おいちゃん、部長、どしたの。アルコール摂取しすぎ?」
『バカ言っちゃるなラヴ。私がいつも制御している』
「ま、他に意見あるだろうけど、おやゆび姫でいくから。多数決とかメンドくさいから」
『ホラ見ろ。いつもの部長だ』
「そうだね、おいちゃん」
「まだ一部しか集まってないけど、会議開くか」部長があくびをしながら呟いた。
「じゃあ簡単なストーリーからいこっか」
部員が集合した部室で、部長はホワイトボードを引っ張り出して前に立ち、ラヴの竹刀を持って説明を始めた。
「おやゆび姫はチューリップから生まれて、ある日ヒキガエルに誘拐される。魚達の助けで何とか脱出するものの、その後、コガネムシに誘拐されて、さらに置き去りにされる。秋になって、ノネズミのお婆さんの元へ居候する。しかし、隣の家の金持ちのモグラに結婚を強要される。しかしモグラの家にいた瀕死のツバメを介抱し、結婚式の日に親指姫はツバメと共に、花の国へ行く。そこで親指姫は、花の国の王子様と結婚する。ウィキペディアから一部抜粋」
部長が、「一部抜粋」のところまでを見事な棒読みで読み終ると、パイプ椅子に座っていた亥月が酢昆布を咥えたまま、目をぐりぐりと動かした。
「部長。花の国の王子様って反吐が出るんですけど。せめて酢昆布の国の王子様がいいです」
「却下。ハイ次の質問」
部長は瞬時に意見を切り捨てると、挙手したラヴの方に竹刀を向けた。
「部長、誘拐ネタ多くないですか。アンデルセンは、ぎゃんくんみたいにロリコンだったんですか」
「だからロリコンじゃないって!」
「あー、それは分かんない。もしかしたらロリコンだったのかも」
さらりと流す部長、今度はさくもに竹刀の先を向ける。
「私的には、生まれる花はチューリップじゃなくて茨が……」
「茨はおやゆび姫のイメージじゃないから。どっちかというと、さくもんの腹黒さを表してると思うから」
真顔で、微笑むさくもに言葉を返すと、部長はハーツ姉さんに竹刀を向ける。
「私的には、おやゆび姫はさくもんがいいです。それで私は茨になって、さくもんを永遠に閉じ込めます。だってさくもんは、私のお人形だから」
「ごめん、今配役の話し合いじゃねーんだ」
竹刀を肩に担いで、手近のテーブルの上に置かれたビール缶に手を伸ばしながら、部長が呟く。
「お……俺も、さくもんがおやゆび姫なら王子の役やるっ!」たーが、意気込んで挙手する。
「いや、だから今、配役じゃないって」
「それなら俺、チューリップでいいや」ラヴがそう言いながら、パッケージから煙草を引き抜く。
「私的には茨がいいです部長」
「茨だろうがなんだろうが、おやゆび姫の生まれる植物の役目は私よ」ハーツ姉さんが、鋭く光る包丁を構えたまま呟く。
「じゃあ銀ちゃん、ナレーターでいんじゃね? ナレーター=語り手=話の全貌を知ってる人=作者=アンデルセン=ロリコンだし、ぴったりじゃね?」
亥月が、酢昆布を飲み込んでから立ちあがって、いい事を思いついたような満面の笑顔で、銀雪に向かって毒を吐く。
「いや、何でそんな=多いの!? てかロリコンじゃねーし!」全否定する銀雪。
「いや、だから今、配役じゃ……」部長が低く呟く。
「たー君がツバメやってくれるなら、おやゆび姫しよっかな〜」
「えっ!? 何でツバメ!? 王子じゃダメなの、さくもん!?」
「よく考えてみろ、たー君。ツバメと言えば空を飛んで、さくもんを連れ去れる、おいしいポジションじゃないか」ラヴがにっこり笑って、たーの肩に手を置く。
「誰が何と言おうと、さくもんは渡さないわよ。たー君」真顔で、包丁を実の弟に向けるハーツ姉さん。
「コワイ! お姉ちゃんコワイ!」半泣きのたー。
「いんじゃね別に。ロリコンも、ちょっとイタいけど好みの一つだよ?」
「イタいって何!? フォローしてると見せかけて、傷つけてんの!?」
ギャーギャーと大騒ぎになった部室。その隅で部長は、ごくごくと喉を鳴らしてビール缶を空にした。隣ではおいちゃんが、パソコンと向かい合っている。
「おいちゃん、童話は失敗だったね」
『じゃあ、次はオリジナルストーリー?』
「おいちゃん、創作よろしく」
『メンドくさいから、また後にするわ』
今日も、文芸部は平和である。
現実の皆様は、もっと落ち着いております(笑)
それにしても駄作だ……お次の方にご期待を。