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人間サンドバッグ

書き手:LOV

 夕暮れの駐輪場、ラヴはタバコを噛み締めながら、そこに居並ぶ様々なバイクを順に見て回る。もちろん盗もうとか悪戯しようとか、そんな腹積もりは微塵もない。むしろバイクにそういう悪さをする連中を憎悪してさえいた。

 自由とか、風になるとか、そんなストイックな思想はない。ただバイクという単純にして奥深い機械、自転車や自動車で事足りるのに敢えて少し不便なバイクというカテゴリが存在する不思議さ、なにより……どこかしら繊細で女性的なバイクの佇まいに惹かれている。

 だがしかし、ゆるゆると歩きながら何事かを呟くラヴの表情は険しく苦み走っていた。


くそったれシャイセ……CB1400SFかよ。小僧の分際で結構なのに乗りやがって。こっちはハーレー883パパサンか……まぁ少しはゆるせる。お次は……ぐお、SB8Rビモータ……だと……!? ……まぁエンジンはスズキだがな……ヘッ」

 何かとケチを付けながら駐輪場をウロウロ。やがて1台の際だって威容を放つ大型バイクの前で立ち止まった。

「で、これは工場長のV−RODだ……いつ見ても羨ましい限りだが、まぁ、茶道部の壁に突っ込みすぎて修理費がかさんでるらしいから、ちょっと同情しておこう」


 ラヴはバイク乗りだった……無駄に長生きしているだけあって大型二輪免許も持っている。が、教習所を出て以来、大型二輪には跨ったことがない……それどころか中型にすらも。そしてラヴはバイク通学していた。しかし“バイク用の駐輪場”に彼の愛車は置かれておらず、それは“自転車用駐輪場”と呼ばれる場所に置かれている。

 なにせラヴの愛車は“原動機付き自転車”に分類されているからだ。即ちエンジン付きの自転車、いわゆる“原チャリ”である。ただし、ラヴは“原チャリ”という呼び方に抵抗があるらしく“原付”とか“50ccバイク”などと言い訳がましい呼び方をしていた。


 ラヴの愛車……それは余りに可愛らしいと言えば可愛らしい、黄色いホンダ・スーパーカブ50デラックスである。身長180cmを越える大男が、小さく華奢な黄色いカブに乗っている姿は冗談のようだった。文芸部の面々からも事あるごとに笑い者にされる。

 ましてや同じ文芸部には同じバイク乗りとして長さん(=V−ROD)の存在がある。排気量で25倍、値段でも15倍のV−RODにカブが太刀打ちできるはずもない……のだが、二輪に関してだけは、普段はのんき者のラヴも信念を譲らなかった。


「馬鹿野郎……スーパーカブは戦後日本の復興の象徴だ! もし本田○一郎オヤジさんが10年早く本気を出していれば日本は“原動機付銀輪部隊”でアジアを、いや世界を……」


 笑われるたびに得意の飛躍理論でもって熱く語ってはみるものの、まったく誰からも相手にされずに沈静化するか、あるいはラヴの(一方的な)天敵である“ほしさん”から冷徹な一言でもって撃退されるのが常となっていた。


「オレはカブが好きだ! カブを愛してるんだ! カブで充分とかそんなんじゃない! もうカブしか見えない(これは言い過ぎだけど)! カブさえあれば生きていける(これはさすがに嘘だけど)! このカブがおにゃのこだったらよかt」

「そんなことばかり言ってるから2留するんですよ」

「そりゃごもっとも! 2留で結構結構! いいじゃないか迂回路人生! どんとこい3りゅ……ハッ!?」

 慌てて振り返ると、そこにいたのは件の天敵ほしさんだ。明らかに哀れみさえ含んだ冷ややかな眼差しでラヴを見上げている。見上げてはいるのだが、20cm近い身長差も今は意味を為していない……むしろラヴの方が小さく見えるほど、すでに揺るぎようのない圧倒的な力関係パワーバランスが構築されているのだ。

「……は、はあ……これは……ほしさん……毎度どうも」

「なにが“毎度どうも”なんですか」

 銀雪ぎゃんくんに何事かを為そうとする時を除けば、普段から口調も物腰も丁寧なほしさんだが、ラヴに対するソレは明らかな冷ややかさを含んでいる。ラヴは冷や汗を流しながら作り笑い。

「あ、いや、その……単なる社交辞令でして……」

 それを聞いたほしさんは深く深く溜息をつくのだった。

「はあ〜……ラヴさん、あなた、もう何年大学に通ってるんですか。いま幾つなんですか。何か困ったことがあった時には少しだけ頼れる人だと思うときもありますけど、そうでないときのあなたは、正直言って、どうしようもない人間ですよね? サークルのみんなも、あなたのことを“ダメ人間”って呼んでますよ。1回生2回生のコたちは“ラヴさんみたいにならないように気を付けようね”って言ってます、公然と」

「まあダメ人間は自称でもあるんで問題ないです。事実ですしね……はっはっはっ」


 それは明らかに余計な一言だった。


「ラヴさん……あなたと同い年の方々は社会に出てもう何年も働いてるんですよ。年収400〜600万、中には1000万円以上稼いでいる人も、それどころか起業して年商数億円という人もいます。それにひきかえ、あなたは何ですか。懶惰らんだな大学生活を繰り返して、貧乏だ貧乏だと言う割にやっているバイトは自己流の変な辻占い、しかも気が向いたときだけ。だいたい、私が大学に入ったときにラヴさんは3回生だったはずなのに、どうして今は私と同じ4回生なんですか? この“失われた2年間”は何なんですか? なにかオカシイって思いませんか」

「……は、はあ……その案件につきましては、目下、鋭意調査中でして……」

「だいたい、その窮したときに中途半端な笑いを取って逃げようとする思考が変です。私も、みんなも、ラヴさんに初めて会った頃は泰然とした人だな、なんて頼もしく思ってましたが、全部ハッタリなんですものね。進路とかどうするんですか? この前ラヴさんが進路相談室に出入りしてるのを見ましたけど、何を相談しているのかと思えば“ゲームクリエイターになりたい”だの“ラノベ作家になりたい”だの、まるで中学生レベルの発想じゃないですか。挙げ句に“成功した暁には美幼女メイドさんをはべらせてでる”なんて劣情剥き出しの恥ずかしい夢まで大声で語ってしまって、進路の先生も呆れて笑ってましたよ。こんな有様で後人生をどうやって生きていくんですか? 公園や橋の下に段ボール製の豪邸でも建てて住むつもりなんですか?」

「……言われてみれば、それはそれで面白おかしそうですなあ」

 これはついに殴られる、とラヴは思った。しかし、ほしさんは心底から呆れたように頭を振り、更なる冷たい舌鋒で延々とラヴを詰り続けたのだった。


 ラヴは駐輪場の隅で項垂うなだれながらタバコを噛んでいる。

「……結局、小一時間も説教された……オレ涙目……説教と言うよりもアレじゃ折檻せっかんじゃねえか……さすが容赦ないぜ我が強敵ともよ……だいたい、文芸部そのものが元から“ダメ人間見本市マーケット”じゃないか……略して“ダメケ”……くくく……流行はやんねーかな、この造語……流行んねーよな……」

 余りにも下らない独り言に、先刻のほしさんの冷たい視線がフラッシュバックする。こんなことで満足してしまうから先に進めないのだ。いや、満足するしない以前の問題だ。

「……なんとか“ギャフン”と言わせる方法はないかな?」

 別にほしさんを憎んでいるわけではないが、どうにかして鼻を明かしてやらねばなるまい。確かに現状のままでは単なる“2浪で2留の変態ボンクラ”として、文芸部に汚名を遺してしまう……。


 その時、徒歩で帰途に就く部長くれさん望月おいちゃんが駐輪場の脇を通りかかった……ラヴはしゃがみ込んでいたため、その存在には気付かないまま、何やら世間話している。

「そーいやさぁ、エストさん、なんか研究論文で賞を取ったんだってさー」

「あの人、普段は何やってるか判らないくらい怪しげだけど、やる時はやるからね。尊敬する」

「大学院って楽そうだけどねー。でも実際は……」

 ふたりの声は遠のき、聴き取れたのはそこまでだった。


 その話を耳にして、しばらく黙考していたラヴだったが、起死回生、捲土重来、臥薪嘗胆、換骨奪胎、巧言令色、曲学阿世の妙案を思いつく。

「そ、そうだ! 方向性は違えどもエストさんみたいに大学院に進めば良いのだ! そしてエストさんみたいにアヤシイ研究に没頭する姿を見せ付けてやろう! そうすれば、ほしさんも連中もオレを見直すんじゃないかな?」

 希望が……余りに楽観的で安易な希望がラヴの胸に灯る。

「そうと決まればさっそく帰って……美味しいものを食べて○ちゃんねる見てゲームをしてネット巡りして寝よう! 頑張るのは明日からだ! うはwwwみwなぎwwってwきwwたwww」

 カブに飛び乗り、淀んだぬるま風のように走り去るラヴ。




*脚注*

 大学院とは、大学(短期大学を除く)の学部課程の上に設けられ、大学を卒業した・・・・・・・者、およびこれと同等以上の学力・・・・・・・を有すると認められた者を対象に、学術の理論および応用を教授研究し、文化の進展に寄与することを目的とするものである。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)



2回目のLOVです。


実際のほしさんは、もっと優しくて親切な方です。

話の展開上、過剰に脚色しましたことをお許し下さい。

では、また ノシ

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