掛札の使い方
作者:酣酔楽
注意:内容はすべてフィクションであり、登場する人物、団体は 一 切 関 係 あ り ま せ ん
すべての授業がひと段落し、そろそろ太陽が役目を終えて沈もうかとしている時間帯。
一日からの解放感と気だるさに満ちた穏やかな空気が満ちる黄昏時。
『部外者立ち入り禁止』の札がかかった茶室の障子からはオレンジ色の明かりが漏れていた。
茶室に車座になっているのは文芸サークルの面々。
明らかに茶菓子でないスナック類やお茶には見えない飲み物(別名生命の水)などが畳の上に並べられているが、誰も咎める者はいない。
むしろこの状態が普通、なのだ。
もちろんお茶の師匠がいないときのことではあるが。
文芸部兼茶道部部員こと酣酔楽の隣に座るのは、茶室の主であり茶道部の部長ことみんなのおねーさんほしである。
彼女の前には猫耳しっぽ装備のほしのペットこと銀雪。何故かほしの前では正座してしまうのだとかなんとか。
斧を落とした木こりの前に現れた女神のごとく、両手に深皿を捧げ持ってほしはにっこりと笑った。
「ぎゃんくんはどっちが好きかな?日清とトップバリュ」
「答える前に聞いとくけど、その中身は焼きそば?」
「ぶー、はずれ」
「嫌な予感がするので黙秘権を行使します」
「茶道部部長の権限により却下です」
「なにその職権乱用!俺茶道部じゃないし!」
「はいはーい。じゃあ、文芸部部長の権限により以下略」
「ちなみに、ここら一帯治外法権が適用されてるから憲法なんて通用しないよ?ぎゃん」
「ちょっ、くーさんにおいちゃんまで!ってかここ日本だから!治外法権って違うしっ」
「あはは、銀雪さん愛されてますねー」
「楽さん、これはね、愛されてるじゃなくて弄られてるって言うんだよ?」
ツッコミの供給を1人で賄っている銀雪は疲れたように言った。
おっとりした笑みを浮かべて、愛には違いないですよー、とフォローにもならないことを酣酔楽は言う。
キャットフード(本来は学校にすみつく猫のために酣酔楽が買い置きしたもの)が入った容れ物は脇に置いておいて、「いいけどね」とほしは拗ねたように唇を尖らせた。
「今度は違うの買ってきてあげますから」
「人間の食べ物だよねもちろん?!」
「ぎゃんくん、猫さんでしょ?」
にっこりとほし。
彼女の笑顔と気迫に「うぐ」と銀雪が言葉に詰まる。
あはは…と酣酔楽は隣で困ったように笑うばかり。
君子危うきになんとやらを実践するくれおめ、望月はもとより文芸サークルの面々もいつものやりとり、として別の話題に花を咲かせている。
「弟兎くんの耳はやっぱり気持ちいい」
「気持ちいいって…痛いッお姉ちゃん痛い…ッ!そんなに引っ張らないで……!この耳、髪留見たいになってるんだから髪抜ける…!」
「可愛い可愛い」
すりすりと兎ことたーに頬ずりするのは彼のお姉さんハーツ。
彼の悲鳴は華麗に無視して、己に忠実に耳をもふもふする。あまり表情筋が動かないのでわかりずらいが、楽しそうであることだけは確かだ。
さくもん〜とやっぱり隣に座るさくもに助けを求めてみるが、「どうしたの?」と笑顔で聞き返されてしまった。
これはつまり、助ける気はないという意思表示。
「さくもんは私の可愛いお人形さんなんだから手を出しちゃダメ」
“私の”にことさら力を入れたハーツに釘まで刺され、2重の精神的ダメージ。まあ、さくもんを諦める気はさらさらないけれど。
「じゃあ、さくもんとココロンはセットでおいちゃんがお持ち帰りしまーす。これでハーレムエン痛っ!くーさん、なんで空き缶投げるの」
「んー?おいちゃんが欲しそうだったからね?」
「いや、空き缶どうしろと…」
「あいてないのが欲しいの?」
「できれば手の中に」
「うんうん、おいちゃんの額に赤い丸があるんだよね。100点って書かれた」
「くーさん、当てても賞品はでないからね」
「うさぎ持って帰るから大丈夫」
「え、ぼく!?」
「弟兎くんは渡しません」
「お姉ちゃん!」
「私がシチューにしますから」
「あ、あれー?」
ということで、第8回兎争奪戦開催……は、また別のお話。
永遠と続きそうな光景を、お酒でほんのり顔を赤らめた酣酔楽はじっと眺める。
「相変わらず平和ですねー、ここは」
くてっとほしの肩に頭を預けて、ほえほえ笑う。
「そうだねー」と同じくほわりとほしが笑った。
猫さんこと銀雪はいつの間にか兎争奪戦に巻き込まれて、やっぱり突っ込み役に回っていた。
ことこと、と障子の向こうで掛札が揺れる音がする。
『部外者立ち入り禁止』
姉妹が2人、顔を合わせて笑い合う。
楽しいね楽しいね。
こんな仕合せがずっと続きますように。
ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいー!
ただひたすらに平謝りするしか
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。