18, 二人目の魔族
その後はかなり重い沈黙が流れた。だってあんなことがあった後じゃ何言っていいかわからないし、九条も何も言ってくれないし。
…こんな魔物しかいない場所でこんなこと願うだけ無駄かもしれないけど、誰でもいいからこの沈黙なんとかして!
そう思っていると、本当に沈黙を破る場違いな声が聞こえてきた。
「君たちこんな山奥に何の用?返答次第では対応を考えないといけないんだけど」
「何の用って…こんな魔物しかいないような場所に来る理由なんて魔物退治くらいしかないでしょ?」
私は沈黙が破られたことにほっとしつつ何も考えずに答え、直後ハッとする。
え、今の誰?
慌てて声のした方を振り向くと、黒髪に黒っぽいシャツに黒のジャケットとズボンという黒ずくめな青年が不気味な笑みを浮かべて立っていた。その瞳はなんと赤色をしている。
「やっぱり思った通りだ。君も言った通り、こんなところに来る理由なんてそれくらいしかないもんね。――悪いことは言わない、今すぐ帰ってくれないかな。おとなしく手を引くなら見逃すけど……邪魔をするなら容赦しないよ」
目の前の青年は基本的にうっすらと笑みを浮かべているのだけれど、容赦しないと言ったときの表情はぞっとするほど冷たかった。
「…きゅ、急に現れてそんなこと言われても困るんだけど!あなたは何者?目的は何?」
私は膝がガクガクと震えるのを必死に堪えながら尋ねる。
「何者って、そんなの言われなくてもわかるよね?この目を見ればさ。…それとも名前かな?俺はアルトっていうんだ、以後よろしく。…で、あとは目的だっけ?今の目的は君たちに帰ってもらうことかな。…てことで質問には答えたからそろそろお帰り願えるかな?」
…目的はぐらかされた。嘘ではないかもしれないけどそうじゃない。
でも魔族の目的なんてだいたい想像がつく。どうせレオンと似たようなことでもしようとしているのだろう。魔物退治をしようとしたら邪魔するなって言ってくるくらいだし。
「…もし退かないって言ったら?」
私がおそるおそる尋ねると、アルトはさっきまでの明るい声から一転、とても冷ややかな声になり、
「力ずくで排除する」
と冷たく言い放った。
その迫力に、私はゴクリと唾を呑む。追い返すとかじゃなくて排除と言っている辺りが怖い。しかもあの表情とか声色とか、どう考えても本気だよね…?
私はどうすれば良いかわからなくて助けを求めるように九条の方を見る。しかし九条も難しい表情で考え込んでしまっている。
「動かないってことは戦うつもりだと考えていいのかな?」
無言を肯定と捉えたアルトは、手始めに牽制の意味も込めて私達の目の前のあたりを軽く焼き払う。すると地面が真っ赤になり少し溶け、そこにあったはずの岩が跡形もなく姿を消してしまう。
(げっ、この威力はちょっと反則じゃない!?)
アルトの炎魔法のあまりの威力に焦った私は咄嗟に痺れ薬を投げつける。しかしアルトは飛んできた粉を風魔法であっさりと吹き飛ばしてしまった。それと同時にくりだされた九条の蔦の連続攻撃もひらりとなんなく躱してしまい、全くダメージを与えることができない。
「うそでしょ…」
魔族は全員がとんでもなく強い種族なのだろうか?レオンだけでなくアルトも反則的な強さだ。こんなのかなうわけがない。
「渚、ここはこいつに従ってとりあえず退こう。さすがにこれだけの実力差じゃこのまま戦っても分が悪すぎる」
私は九条の言葉に頷き慌てて退散する。
おとなしく手を引くなら見逃すと言っていたのは本当のようで、私達が退散し始めてからはアルトは一切手を出してこなかった。
しばらく走ってアルトのいた場所からある程度距離のある場所まで行くと、九条はようやく立ち止まった。
「渚、大丈夫?怪我とかしてない?」
「うん、平気。…にしてもさっきの魔族やばすぎない?レオンといいアルトといい、魔物退治をやろうと思うとあんなのと関わらないといけないの…!?」
「なんかこう、悉くタイミングが悪いよね。ちょうど魔族のいるときにその場に行ってしまってるというか…」
九条もさすがにこの魔族遭遇率の高さには辟易としているようで、答える声に疲れが混じっている。魔族に遭遇しちゃうと魔物だけを相手にするより格段に負担が大きくなるからねー。もはや現状勝つことは不可能だし。
「あんなのが関わってるとなると、今回も難航しそうだねー。でも隊商の被害のことを考えると魔物を放置するわけにもいかないんだよね…」
山の側を通っただけで重傷者まで出たのだ、このまま放っておいたら被害はどんどん拡大していくだろう。そう考えると、帰れと言われたからといってあっさりと帰るわけにはいかないのだ。
「…とりあえず東を探そう。あいつがいないと戦力半減するし」
「そうだね、向こうも私たちのこと探してるだろうし、こんなところで一人でいるのは単純に心配だし」
九条と話した結果、これからどうするのかは一端置いておいて、最重要事項ともいえる東くんとの合流をとりあえずの課題とすることにした。はぐれた仲間との合流は文句なしに最優先すべきことだし。東くんと合流できないことには、頂上へ向かうことも下山することも何もできないからね。
東くんが今どの辺りにいるのかは全くわからないので、私達はとりあえず最後に東くんを見た場所―つまり魔物に囲まれたあの地点に戻ってみることにした。まだあそこにいる可能性もなくはないし、私達のように墜落したりでもしない限りはそう遠くへは行っていないと思うからだ。…行ってないといいな。
戦闘もできる上計画立案を得意とする九条と合流できたことで、私一人のときよりも移動が格段にスムーズになった。私よりも方向感覚もしっかりしているので、迷わず正確に目的地を目指せるのも大きい。…そろそろ九条に頼らず自分でできることを増やしたい。
順調に進めたお陰で元の場所には思ったより早く着いた。ただやっぱりさすがにそこには東くんはいなかった。
「さすがに移動してたか…」
手がかりがなくなって私が途方に暮れかけていると、九条が何かを発見して私を手招きした。
「渚、これ見て」
九条が見つけたのは何の変哲もない石ころだった。一個だけ見るなら何も気にとめることはない石だが、しかし、それは等間隔で並んでいてまるで何かを示しているようだ。一列に並んだ石はずっと先まで続いている。
「これって…」
「たぶん東が自分の居場所を示すために置いていったんだろうね、谷に落ちたおれたちがここに戻ってくるのを見越して」
確かにこの石があればどこへ行けば良いのかが一目でわかる。石をたどって進んでいけば良いのだから。…東くんすごい、私だったら絶対こんな頭いいこと思いつかない…。
「この石、上の方へ向かって続いてるね」
「たぶんおれたちも上を目指すだろうから、先に行ってればそのうち追いかけてくると思ったんだろうね。探しに戻ってもすれ違う危険があるから」
あ、なるほど。お互い身を隠しながらの移動になるからその危険があるのか。確かにすれ違ったら悲惨だし、先に進めばどんなに会えなくても頂上までいけばそのうち追いかけてくるもんね。
「ねえ、こんな風に石を置いて先に進んでるってことは東くんは無事って考えていいのかな?」
「たぶんね」
良かった…、東くんのこと信じてなかったわけじゃないけど、やっぱりさすがに魔物に囲まれた状態で一人にしたのかなり心配だったから…。
「ねえ九条、早く行こう!東くんが待ってるよ!」
この先に東くんがいるとわかっていると自然と歩みが速くなる。やっぱり一人は危険だろうから少しでも早く合流してしまいたい。それにまだ九条と二人きりでいるのは気まずいので…。アルトの登場で有耶無耶にはなったものの、言われたこともされたこともなかったことになったわけじゃないからね…。だいぶましにはなったものの、まだ九条の顔を見ると頬がちょっと紅潮しちゃうんだから。
山を上へ登れば登るほど、どんどん道が険しくなっていく。足場も悪くなってきて歩きにくいが、それでも私は頑張ってできるだけ速く進んでいく。するとしばらく行ったところで見覚えのある後ろ姿が視界に飛び込んできた。その瞬間私の足取りが一気に軽くなる。
「東くん!」
近くに魔物がいないことを確認してから、私は大きな声で東くんを呼び止める。
「渚!九条!無事だったのか!」
私の声に気づいた東くんが慌てて駆け寄ってくる。やっぱり東くんの方も私達のことを心配していたみたい。
「良かった、崖の下に落ちたのを見たときはどうなることかと思ったよ…」
あー、それは確かにびっくりするね…。ごめんなさい…。
「幸い怪我はせずに済んだので…。東くんの方こそ、よくあれだけの魔物に囲まれて無事だったね」
見たところ東くんにはたいした怪我はない。あれだけのボス級魔物を相手によくこれだけで済んだものだ。
「さすがにまともに戦ったらやばいから岩の多い方へ戻って撒いたんだ。ほら、最後に隠れてた辺りからまだそんなに離れてなかったからさ」
あ、その手があったか…。邪魔だった魔物を別の場所へおびきだせるから一石二鳥だね。こんな作戦があったのに気づかなかったなんて、九条でもうっかりすることもあるんだね。
「…言っとくけど気づかなかったわけじゃなくて、三人で逃げても上手く撒けないと思っただけだから」
あ、はい、なるほどです…。そりゃ九条が気づかないわけないよね-…。
「まあ皆無事だったならそれでいいや。それより話したいことがあるんだけど…」
私はアルトのことをかいつまんで東くんに説明する。ただ私の説明だけだとわかりにくいところもあるので、時々九条も補足してくれる。
「まじか、また魔族…」
話を聞いた東くんが少々げんなりとした顔になる。
「でもここまで来て戻るわけにもいかないよな…。どうせもともと今日は調査がメインで、魔物と戦うのは対策を練ってからのつもりだったし、隠れたまま様子だけ見て、そのアルトってやつに見つからないうちに帰ることにするか…」
「確かにそれがいいかもね。出直せばアルトもいなくなるかもしれないし…」
…そうだった、今回はとりあえず調査をするのが目的だったんだっけ。忘れかけてた。調査さえできればいいならアルトと戦う必要もないし、見つからないようにだけ気をつけてればなんとかなるかも!よし、ちょっと希望が出てきたよ!
新キャラアルトの登場です。魔族との遭遇は災難ですが、沈黙を破ってもらえたという一点においてはある意味助けられてますね。
ようやく東くんとも合流できたので次は例の魔物のところへ行きます。