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薬師渚の魔物退治奮闘記  作者: 水上瑞希
第三章 魔族の青年
18/41

17, 弟

 崖から落ちたときはどうなることかと思ったが、幸い下が川だったためびしょ濡れにこそなったものの、ごつごつとした地面に身体を打ち付けられるよりはましなダメージで済んだ。川はまあまあ深かったけど流れは速くなかったし、幸い私は泳げるから無事岸に上がることができ、かすり傷程度で済んだんだ。崖はそこそこ高さがあったから、もし川ではなく地面に打ち付けられていたら大怪我をしていたに違いない。軽くても骨折はほぼ確実かな…。まだ運が良かったってことか。

「ううっ、にしても寒いな…」

 冬じゃないだけましだが、5月に全身ずぶ濡れはさすがにつらいものがある。タオルも持ってはいるけど荷物もまるごと濡れちゃったから意味ないんだよなぁ。薬とか薬草とかは雨で濡れると困るし防水にも気をつけて管理してるから大丈夫なんだけど…。

 夏ならすぐ乾いたかもしれないけど今の時期じゃなかなか乾いてくれないよなぁ、今日曇りだし。私は諦めて気休め程度に服を絞った。上着はともかく他は着たまま絞っても絞りきれないし、絞ったところで完全に乾くわけじゃないけど、何もしないよりはましだろう。九条か東くんに会えたらタオルを借りようっと。

(…て、そうじゃん。まずは二人と合流しなきゃいけないのか…)

 二人はまだ崖の上だろうか?結構下に落ちちゃったけどどうやったら元の場所に戻れるんだろ?…てか戻れたところでそこに二人がいるかわからないよな。あそこにいつまでもとどまっても危ないだけだし、そもそもあの魔物達から逃げてたらどこにたどり着くかわかんないし。逃げることだけで必死で逃げ先とか気にしてる余裕はなかったから…。

(まあとりあえず上を目指すか…)

 私達の最終目的地は岩山の頂上だ。そこを目指していれば最悪道中では会えなかったとしてもそのうち皆集まってくるだろう。

 幸か不幸かこの山には木が全く生えていないので比較的見通しは良いため、上へ繋がっていそうな道もすぐに見つかった。一人でいるのに道中で魔物に会ったら絶体絶命だが、幸いここには隠れられる岩もたくさんあるからまあなんとかなるだろう。

 私は周囲を警戒しつつ、岩に身を隠しながら上の方へと進んでいく。今は一人なのでさっきまで以上に気をつけて周りを確認するようにしつつ、魔物の目をかいくぐりながらゆっくりと岩と岩の間を移動していく。もし魔物に見つかったらどうしようと思っていたが、そのやり方でなんとか見つからずに移動し続けることができている。

(ううっ、にしてもやっぱり寒いなぁ…)

 さっきよりましになってきたとはいえ未だ濡れている服は冷たいし、乾くときに体温を奪っていくので身体がだいぶ冷えてきた。

 こんなことが今後もないとは限らないし、これからは鞄の中身全部の防水対策をするようにしよう…。

 そんなことを考えたりもしているものの、珍しく油断せずに慎重に進むことができている私は、さっき落ちる前にいた場所までの距離の半分くらいは進むことができていた。音に敏感な魔物も中にはいるので足音もできるだけたてないように気をつけているためだいぶ疲れてきているが、だからといって気を抜くわけにはいかない。…のだが、そう上手くはいかないものである。

 寒いからせめて日向を歩きたいところなんだけど、岩陰を移動しないといけないので実際私がいるのはほとんど日陰である。当然かなり寒い。それでもずっと我慢し続けていたんだけどそろそろ限界が来ちゃってうっかりくしゃみをしてしまいました…。しかも、慌てて別のところへ移動したところ、移動先の岩陰に運悪く魔物がいました…。

(あ、終わった…)

 この場所の魔物とは相性が悪すぎる私は、たとえ1体であろうと魔物を倒そうと思うとかなりの長丁場を覚悟しなければならない。しかもそれで済むならまだいいが、たぶん途中で増援がくる。


 うん、なんとか逃げるしかないね。


 私はナイフを使って攻撃をいなしつつ全力で逃げる。今回はさっきと違って隠れるところがたくさんあるので、それを上手く使ってなんとか撒いてしまいたい。

 そう思って隠れる場所の特に多い辺りに走っていったのだが、それが裏目に出た。岩に隠れてたくさん魔物がいたのだ。いろいろ裏目に出すぎ…。自分に戦闘力は大してないのに5対1っていよいよ絶望的だ。いっそさっきみたいに谷に飛び降りたい…。いや、今回はそばにないんだけど…。


 まあそんなことを言っていてもしょうがないので、私は死ぬ気で攻撃を避け続ける。それ以外に何もできないから時間の問題な気もするけど、こうするよりほかないんだからどうしようもない。逃げつつ突破口を探してみるが悲しいほど何も思い浮かばない。こんなとき九条がいれば地形を生かした作戦を何か考えてくれたりしそうなものだけど、私には残念ながらそんなものを考える頭脳は備わっていない。いや、薬についての知識は豊富なことからわかるように決して頭が悪いわけではないんだけどね…。

 はぁ、九条みたいな天才的な頭脳か東くんみたいなパワーが欲しい…。


 わかってはいたことだけど、さすがに5対1では逃げるにしても限界がある。ずっと頑張ってはいたんだけど、攻撃を躱し続ける内に私はうっかり着地に失敗して足を滑らせてしまい、そのまま転倒してしまう。そしてそこへ、その隙をつこうとした魔物達の一斉攻撃が襲いかかる。

 せめて急所ははずせないかなと私は相手の攻撃に集中していたんだけど、その時突然身体がふわっと浮いた。

「え?」

 いつのまにか身体に蔦が巻きついていて、ちょっとびっくりしている間に私は魔物から少し離れたところにそっと下ろされた。

「大丈夫?渚」

 さっきの蔦にこの声、間違いない。

「九条!?」

 びっくりして振り返ると、そこには心配そうに私の顔を覗き込む九条がいた。

「その様子だと大丈夫そうではあるけど…なんかびしょ濡れだね。唇も青いし…」

「あ-、さっきちょっと川に落ちまして…荷物もぜんぶ濡れたので使えるタオルも着替えもなくてですね…」

 私がしどろもどろに言うと、九条は小さくため息をついて自分の鞄の中からタオルを取りだし差し出した。

「これ使って」

「あ、ありがと」

 さらに「渚には小さいだろうけど、肩に掛けるくらいはできるだろうから」と言って上着まで貸してくれる。サイズが合わなくてもめちゃくちゃありがたいです。

 そして私に待ってるように言って、自分は魔物の群れの方に向かった。

 この辺りにいた魔物が全部集まってきてしまったようで、数はいつのまにか7体にまで増えている。しかしそれを見ても九条は顔色一つ変えずに平然と戦い始める。数は多くてもさっきの魔物よりは1体1体が弱かったらしく苦戦するそぶりはない。地形を上手くいかして攻撃を躱しつつ相手を自滅させていく。上手く身を隠して2体の攻撃を互いに当てさせているのだ。さらに岩石魔物の頑丈さを生かして、蔦で魔物を放り投げて他の魔物に当てるという戦法で両者にダメージを与えたりもしている。なるほど、相手が固すぎて自分の攻撃が通りにくいなら、相手の堅さを生かした戦いをすれば良かったのか…。

 九条はあっという間に全ての魔物を倒し終えると、「やっぱり温存なんて甘いこと言ってる場合じゃないね」と言いながら私のところに戻ってきた。

「九条、助けてくれてありがとう。あとタオルや上着も…」

「これくらい気にしなくていいよ。それより、まだ寒そうだし暖まるまで日当たりのいい場所で休んだ方がいいんじゃない?この辺の魔物は倒したし、ちょっとくらい休んでも大丈夫だと思う」

 …あ、ひょっとして九条はそのために温存しないで全部の魔物を倒してくれたのかな?魔物がうろうろしてたら休めないから…。

 私は本当につらくなってきていたのでお言葉に甘えてちょっと休ませてもらうことにした。いつの間にか雲の間から日が差してきていたので、春のポカポカ陽気のおかげで日向はさすがに暖かい。

「ねえ、そういえば九条はなんでここにいるの?東くんがどうしてるか知らない?」

 ここはさっきの場所からはまだ距離があるし、魔物から逃げている内にたどり着いた、とは考えにくい。東くんがいないから、落ちた私を探しに来てくれたというわけでもなさそうだし…。

「おれも渚同様谷から落ちたんだ。蔦を使って安全に着地したから、濡れてもいないし怪我もしてないけど」

 さすが九条です…。さすがに私みたいなまぬけなことはしないか…。

 …でもそっか、そういえば九条も崖の側まで追い詰められてたんだっけ。

「東については魔物に囲まれてるところは見たんだけど、おれが落ちたからその後どうなったかはわからない。あいつのことだから大丈夫だろうとは思うけど」

 あ、そっか、そういえば私も囲まれてるところ見たな…。あの時点ですでに囲まれてたうえ私たちがいなくなったせいで集中攻撃受けてそうだけど本当に大丈夫かな…。

「あの、さすがに助けに行ったほうがいいんじゃない?」

 私は心配してそう言ってみたが九条は首を横に振る。

「どうせ今から行っても遅いよ。たぶんそろそろ逃げ切れてると思うしあいつを信じよう」

 ううっ、確かにそうか…、私が落ちてから結構時間経ってるもんね…。東くん強いし、しばらくは一人で魔物退治してたみたいだし大丈夫だって信じよう。

「おれはそれより渚の方が心配。ずっと濡れたまま日陰にいたんだよね?おれが見たときにはだいぶ青くなってたけど風邪引かない?」

 九条が心配そうに私の顔を覗く。

「うーん、まあ大丈夫だよ。風邪引いても自分で薬調合できるし」

 てか今も風邪薬持ってるし。

「…そう言う問題じゃないんだけど」

 あ、やば、九条ちょっと怒ってる。

「あ、えーっと…じゃあこうしたら温かいし風邪引かないかも!」

 私は横に座っている九条の方に近寄ってぎゅっと腕につかまる。

「あ、こうするとすごく暖かい…ってこれじゃ九条が寒いか。ごめんね」

 私は慌てて離れる。今の私は絶対にかなり冷たいに違いない。

「……多少冷たくてもおれは構わないけど、渚はもうちょっと警戒心を持つべきだと思う」

 …あれ?九条がますます不機嫌だ…。

「いや、さすがに私も誰にでもこんなことするわけじゃないよ?見ず知らずの人にこんなことしないよ?相手くらい選ぶよ?」

「…なんか違う」

 え、ち、違うの!?

「じゃあ例えば東にだったらこういうことする?」

 え、東くん?

「うーん…東くんはさすがにやめとくかな。男の子だし」

 私が答えると九条が眉を寄せる。

「……あのさ、渚はおれのことどう認識してるわけ?聞くまでもない気はしてるけど」

 あれ、なんか質問が飛躍したよ!?まあいいけど…。どうって…そんなの決まってるじゃん。

「もちろん大切な仲間だよ!あとは頼りがいがあって可愛い弟?」

 別に血はつながってないけど、出会ったときのこともあるし年下だし、九条のことは初めてできた弟みたいな感じがしてすごく可愛がりたくなる。東くんに九条のことを弟みたいに思ってるって話をしたら「あいつ、どう考えても弟って感じじゃないだろ」って言われちゃったけど。

 …確かにいつも助けられたり叱られたりしてばっかりで私は全く姉っぽくないけどさ。……そう言う意味で考えると九条は保護者?…年下なのに保護者って…なんか悲しくなってきた…。

 そんなことを考えつつふと九条の方を見るとなぜかさっきよりさらに不機嫌になっている。

 …え、なんで?まさか大切な仲間って言って不機嫌になるとは思わなかったんだけど!?

「…要するに、家族みたいなものだと思ってるからスキンシップに躊躇がないってこと?」

「そ、そうだね…?」

 あ、あれ?だめだった?え、だめなの?まさか反抗期的な?私親じゃないけど…。あー、でも大きくなった男の子ってあんまり家族にべたべたされるの好きじゃないのかも…。近所にそういう子いた気がする…。

 対応策を求めて近所の男の子のことをもうちょっと思い出そうとしていると、突然九条が口を開く。

「おれは渚のこと姉だなんて思ったことないけど?」

 次の瞬間、私はぐいっと腕を引っ張られた。唇に触れる暖かな感触に一瞬頭がフリーズする。

(!?!?!?!?)

「おれだって男なんだけど?渚は隙だらけすぎるからこうなるんだよ。何度も言ってるけど、渚はもうちょっと警戒心を持つべきだと思う」

(え、何!?今の何!?え!?!?)

 私は動揺しすぎて口をパクパクさせることしかできない。いや、だって、今のって…え?

「はっきり言われないとわからない?おれは渚のことが好きなの。おれも弟なんかじゃなくて一人の男なんだから、もうちょっと警戒心持って関わって下さい。好きな人にべったりくっつかれる方の身にもなって。…それともまたキスされたい?」

 九条、なぜか敬語混じってるしめっちゃ怒ってる…。てか九条が私の事を好き?しかも今キ………。え、あれ?そんなことってある?だって九条は弟みたいな……でも九条はそう思ってないって…。え………?

 九条の言葉が理解できないわけではないんだけど、私は動揺のあまりその意味をいまいち飲み込みきれない。

「あの、おれの言ってることちゃんとわかってる?」

 九条が訝しげな表情で尋ねてくる。その態度があまりにもいつも通りすぎて、私は余計に混乱する。

(九条めっちゃ普通だけどさっきのは夢?いや、でも今別に寝てないよね。でも告白て……いや、でも今のは告白というより、どっちかっていうといつも通り叱られてただけのような気も…?…じゃあ全部勘違い?いや、でもそんな勘違いする?でも内容がなにかの間違いとしか思えないし…。)

「…あの渚、今の全部夢だったと思おうとしてない?さすがにそんな現実逃避されたら傷つくんだけど」

 うっ、こんなこと言われるってことはやっぱり今のは現実?……まあそうだよね、ほんとはわかってました。九条の言う通り、あんなの初めてだしびっくりしすぎて現実逃避してただけです。未だ感触残ってるし顔は自分でもわかるくらい真っ赤になったままだし、さっきのが現実じゃないわけがないもん…。

 でもやっぱり急に言われても信じ切れないというか…。いや、あんなことされたら信じるしかないけど……でもやっぱりずっと大切な弟だと思ってたから戸惑いが隠せないというか…。でもなぁ、本気なら逃げずに受け止めないと九条に失礼だもんなぁ…。

「あの、九条、ほんとにほんとなの?私を…その…好き、って…」

 私はしどろもどろになりながら確認してみる。

「もちろんほんとだよ。おれがこんな意味のない嘘をつくと思う?」

「思わないです…」

 私があまりに警戒心がなさすぎるからそれを教え込むため、くらいならあり得なくはないかもとも思ったけど、それにしては告白とキ…はやりすぎだと思う。でも本気にしてもキ…はやりすぎじゃない…?

「えっと、あの…その……気持ちは嬉しいんだけど…」

「まだ幼馴染みのことが忘れられないんだよね?」

「え、なんで知ってるの!?」

「見てればわかるよ、渚かなりわかりやすいし」

 うっ、確かに親にも友だちにも思ってることがすぐに顔に出るって散々言われたけど…。

「でもさ、渚はおれのこと今まで弟としか認識してこなかったんだよね?だったら返事をするのは一度おれのことを恋愛対象として見てみてからにしてよ。そしたらちょっとはおれに対しての見方も変わるかもしれないし」

 そ、それは確かにそうかも…。あまりに想定外すぎて未だに九条の事そういう対象としてなかなか見れてないくらいだし。一度真面目に考えてみてから返事を考えるようにしたら今と答えがちょっと変わる可能性もゼロではない…ような気がする。

「えっと、じゃあそうさせて頂きます…」

 でも九条を一人の男の子として見ろって言われても、今そんなことしたら(ていうかそうでなくても)顔を見るだけで赤面しちゃいそうなんですけど…。私こういうの耐性ないんだって!ううっ、いきなりあんなことするとか九条のいじわる…。


はい、投稿しにくかった回はこれです。九条くんが渚のことを好きなのはわかってたと思いますが、ついに告白しましたね、なかなかな方法で。あと渚ちゃんひどい。

九条くんってもともとは本当にただの弟ポジだったんですけど、気づいたらこうなってました。最初は正性格も今よりだいぶおとなしめだったんですけどねー。なんでこうなったんだか。


次回は新キャラ登場です。(どんなキャラかは三章のタイトルでわかっちゃいますけどね…)

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